Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
Side:酒井 凛
賑やかな音楽と、甘い匂いが入り混じる原宿のストリート。
地下に引きこもっていたせいで、久しぶりに浴びる地上の太陽の光は少し眩しく、私は無意識に目を細めた。
「ん〜っ! 美味しいっ! 凛、この生クリームとイチゴのやつ、すっごく美味しいよ! 一口食べる?」
私の隣では、顔の半分くらいある巨大なクレープを持ったセイラが、幸せそうに頬を緩ませていた。プラチナブロンドの髪が陽光を反射してキラキラと輝き、すれ違う人たちが思わず振り返るほどの可憐さだ。
「私はいいわよ、甘いものはさっきのマカロンで十分。ほら、口の端にクリームがついてるわよ」
「えへへ、ほんとだ。あ、あそこの服屋さんも見てみたいな! 凛に似合いそうな大人っぽい服、いっぱいあったよ!」
精神的にどういう状態なのか心配していたが、彼女は純粋にウィンドウショッピングの空気を楽しんでいるらしい。
少し前まで、私はこの神宮寺セイラという存在を『手なずけておくべき最強のSランク探索者』であり、会社にとっての『最重要防衛資産』だと打算的に見ていた。だからこそ、彼女の機嫌を取るために丁寧に接していた部分もある。
でも、こうして二人きりで街を歩き、クレープにはしゃぎ、可愛いアクセサリーを見つけて目を輝かせる姿を見ていると……ただの女の子なんだと気づかされる。
(……探索者なんて過酷な世界で生きてきたはずなのに、ちっともスレてない。ついつい甘やかしたくなるわね)
気がつけば、私の心から打算は消え去っていた。
純粋に、この妹のような可愛い友人と過ごす時間を、心から楽しんでいる自分が何処かにいる。
「凛、これどうかな? お揃いのシュシュ!」
「ふふっ、いいわね。透くんのお金だし、遠慮なく買っちゃいましょうか」
私たちはいくつかのお店を巡り、買い物を満喫した。
エデン・グループからの接触で張り詰めていた神経が、少しずつ解きほぐされていくのを感じる。透くんの気遣いには、本当に感謝しなくちゃいけない。
「そろそろ帰りましょうか。あまり遅くなると、透くんが心配するわ」
「うんっ! 今日はすっごく楽しかった! 凛、一緒に来てくれてありがとう!」
満面の笑みを浮かべるセイラと共に、人混みを避けて少し裏通りに入った、その時だった。
「――相変わらず、呑気なもんやね。セイラちゃん……と、おお。懐かしい寄生虫もおるやん。なんで一緒におるの? 君ら、格違うやん」
背後からかけられた、軽薄で、それでいて底冷えのするような男の声。
その声を聞いた瞬間、私の心臓がドクンと嫌な音を立て、全身からサッと血の気が引いた。
振り返ると、そこには三人の男が立っていた。
いずれも、威圧感のある最高級の武装に身を包んでいる。その中心で、顔に傷のある長身の男――鮫島 恭司《さめじま きょうじ》が、私たちを見下ろしていた。
日本の探索者の頂点に立つ、数少ないSランク探索者パーティ『漆黒の牙』のリーダー。
そして鮫島は、私がかつて──。
「鮫島……さん……」
声が震えた。喉がカラカラに渇き、足がすくんで一歩も動けない。
過去のトラウマがフラッシュバックする。
少しでも彼の不利益になる動きをすれば、理不尽な暴力と精神的な虐待が飛んできた日々。お前は私に寄生しなければ生きられないゴミだと、毎日毎日耳元で囁かれ続けた記憶。
「剛田っちゅう泥船に乗っとったから、どっかで野垂れ死んでるもんかと思たら……」
鮫島は私を品定めするように見つめ、小さく鼻で笑った。
「なるほど。どうやら、えらい羽振りのええパトロンを見つけたようやな。また捨てられんように気ぃつけや」
「っ……ちが、う……私は……」
言い返したいのに、言葉が喉に張り付いて出てこない。
透くんもセイラもパトロンなんかじゃない。私たちは対等なパートナーだ。今は確かにそう思っている
そう叫びたいのに、鮫島に見下ろされると、あの頃の『無力で惨めな自分』に引き戻されてしまう。
「そこまでにして。……私の友達を、これ以上侮辱しないで」
冷たく、底冷えするような静かな声。
私の前に、セイラがスッと立ち塞がった。
手にはクレープの包み紙を持ったままだというのに、彼女から放たれる空気は一変していた。
無邪気な少女の面影は微塵もない。その碧眼は刃のように鋭く鮫島たちを射抜き、Sランク探索者特有の濃密な『殺気』が、裏路地を支配した。
「……おお怖いなあ。優しゅうしてや」
だが、鮫島はセイラの殺気を真っ向から浴びても、顔色一つ変えなかった。
まるで路傍の石でも見るような目で、セイラを観察している。
「おんなじSランク同士、仲良うしようっていつも言うてるやん、『剣聖』神宮寺セイラちゃん」
「……鮫島さん。どうしてあなたがここにいるの?」
「お仕事。君とお話しするだけでええんやて。海外のお金持ちは太っ腹やね?」
鮫島の言葉に、私とセイラは息を呑んだ。
このタイミングでの接触。鮫島の雇い主はエデン・グループの可能性が高い。
「まあそんな感じで来たんやけど……本命の隣に、昔飼うとった寄生虫がおるなんてなあ。……なるほどなあ」
鮫島の目が、冷たい光を帯びて私を射抜いた。
「凛ちゃん。君……今『Master_Eye』のところで飼われてるやろ?」
心臓が鷲掴みにされたように痛んだ。
透くんの正体がバレたわけではない。
だが、私がMaster_Eyeの組織の人間であること、そしてセイラとの繋がりを、この男は瞬時に見抜いてしまった。
「ビンゴや。うれしい誤算てとこかな。無能な寄生虫も、案外使い道があるちゅうことやね。野に放ってみるもんや」
「次、凛を侮辱したら、ここでその首を落とすよ」
セイラが一歩踏み出し、腰の『聖剣エクスカリバー』の柄に手をかけた。
一触即発の空気に、鮫島の後ろに控えていた男たちが殺気立ち、武器に手を伸ばす。
だが、鮫島はそれを手で制止し、余裕の笑みを浮かべた。
「物騒やなぁ。白昼堂々、街中でSランク同士衝突したらどないなるか……ギルドの犬やったら理解出るやろ? 今日はお話だけやって言うたやん。僕らかて戦いたくないんやで?」
鮫島はスーツの襟を正し、私とセイラを交互に見つめた。
「まあ、思いがけない収穫もあったし、僕らはこれで帰るわ。ほんならお幸せに~」
鮫島たちは踵を返し、足早に裏通りから姿を消した。
男たちの気配が完全に消えた瞬間。
張り詰めていた糸が切れ、私はその場にへたりと座り込んでしまった。
「はぁっ、はぁっ……」
「凛! 大丈夫!?」
殺気を綺麗さっぱり消し去ったセイラが、慌てて私に駆け寄り、背中をさすってくれる。
「大丈夫……ごめんね、セイラ。せっかく楽しかったのに、私のせいで……」
「そんなのいいよ! すぐに透に言って――」
「ダメっ!!」
私は思わず、セイラの腕を強く掴んで叫んでいた。
驚いたように目を見開くセイラに、私は震える声で懇願した。
「お願い……。今の話、透くんには……絶対に言わないで」
「え……? 透に教えないと危ないよ!」
「エデンから接触があったかもしれないって話は、ちゃんと報告する。でも、私が鮫島たちと会って、こんなに怯えてたことは……言わないで」
私は唇を強く噛み締めた。
透くんには、見られたくなかったのだ。
他人に怯え、一歩も動けず、誰かに守られなければ何もできない……過去の亡霊に囚われたままの、弱くて惨めな私を。
透くんの隣に立つなら、私は有能な専務でなければならない。
捨てられないために。
「私……透くんに、足手まといだと思われたくない。……そうなったら、また捨てられちゃう……」
私の情けない本音を聞いて。
セイラは少しだけ悲しそうに眉を下げた後……私を、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。
「……そっか、分かった。これは、凛と私だけの秘密。誰にも言わないよ」
セイラの温かい体温に包まれながら、私は小さく頷いた。