Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
新宿の喧騒を離れ、車で一時間ほど走った郊外。
緑豊かな丘陵地帯に、その施設はひっそりと佇んでいた。
周囲を高い白壁と最新鋭の魔力センサーに囲まれたそこは、表向きは高級老人ホームを装っているが、実態は日本ダンジョンギルドが直轄する極秘の『特別療養施設』らしい。
車を降りた瞬間、耳を打つのは風に揺れる木々のざわめきと、遠くで鳴く鳥の声だけ。
ゲートでは、スーツ姿のギルド職員が厳しい検問を行っていたが、東郷さんから発行された特別入館証を提示すると、彼らは一転して恭しく頭を下げ、俺たちを通してくれた。
「……ここに来るの、結構久々だなあ。なんだか、少し緊張しちゃうね」
セイラが、手に持った高級フルーツの籠をぎゅっと抱きしめながら呟く。
今日の彼女は、鎧やラフな私服ではなく、少し落ち着いた清楚なワンピース姿だ。それでも隠しきれない瑞々しい気配が、静謐な空気の中で際立っている。
「大丈夫よ。お母様も、セイラが元気な顔を見せればきっと喜んでくれるわ」
隣を歩く凛が、優しくセイラの肩に手を置いた。
凛もまた、落ち着いたブラウスにロングスカートという、上品な装いに徹している。
俺も、いつもの不審者ファッションではなく、ちゃんと普段着で来た。
施設の内装は、病院というよりは一流のホテルのようだった。
だが、随所に配置された警備員たちの鋭い眼光や、壁の裏側に仕込まれたであろう魔導兵装の気配が、ここが単なる休息の場ではないことを無言で告げている。
エレベーターで最上階へ上がり、一番奥の個室の前に立つ。
セイラが深呼吸を一つして、静かにドアをノックした。
「お母さん、入るよ」
返事を待たずに入ったその部屋は、大きな窓から午後の柔らかな光が差し込む、広々とした空間だった。
バルコニーの向こうには美しい庭園が広がり、室内には花の香りが微かに漂っている。
部屋の中央、リクライニングベッドに身体を預けていた女性が、ゆっくりとこちらを向いた。
「あら……セイラ。来てくれたのね」
その姿を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
神宮寺 琴音《じんぐうじ ことね》さんというらしい、セイラの母。
顔の造作こそセイラによく似ているが、彼女は艶やかな黒髪を持つ、和の雰囲気を感じる美貌の持ち主だった。
長く美しい黒髪は枕に広がり、深い知性を湛えた黒瞳は、娘の姿を捉えた瞬間に温かな光を宿した。
「お母さん、ごめんね。最近忙しくて、なかなか来られなくて……」
セイラがベッド脇に駆け寄り、琴音さんの手を握る。
琴音さんは弱々しく微笑み、娘の頬を愛おしそうになぞった。
「いいのよ。あなたが、新しくできたお友達と楽しく過ごしているのは、東郷さんから聞いているわ。……そちらが、その方たちかしら?」
琴音さんの視線が、俺と凛に向けられる。
俺たちは一歩前に出ると、あらかじめ打ち合わせていた通り、ごく普通の友人として会釈をした。
「初めまして。相馬透と申します。いつもセイラさんには、本当にお世話になっています」
「同じく、酒井凛です。セイラさんとは公私ともに仲良くさせていただいております」
俺たちが軽く挨拶すると、琴音さんは優雅に頷いた。
「神宮寺琴音です。……透さん、凛さん。この子、真っ直ぐなこと以外は危なっかしいところがあるでしょう? 仲良くしてくださって、本当にありがとう」
穏やかな対面。
だが、俺の右目に宿る『真贋鑑定』は、彼女の微笑みの裏側に隠された、絶望的なまでの「損傷」を無情にも描き出していた。
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【対象】神宮寺 琴音
【状態】重度の『魔力枯渇症(深淵の呪い)』による生命力の減退。
【詳細】十年前に欧州で受けた魔導追跡および呪詛による後遺症。体内の魔力回路が修復不能なまでに破壊されており、外部からの供給がなければ肉体の維持すら困難。
【真実】現代医学や既存の解呪魔法では完治不能。呪いの元凶の術者の意思でのみ呪いは霧散する。
――胸が締め付けられるような感覚の後、俺の脳裏に電流が走った。
これまで数え切れないほどのガラクタを直し方を示してきた『真贋鑑定』。それが初めて、命を助けるの可能性を提示したのだ。
完治不能、ではない。
彼女を直すためには、人体そのものではなく、その原因となっている「誰か」を見つけて呪いを解かせることができれば、セイラの母を助けられるかもしれないというのだ。
(……呪いの元凶。欧州で受けたってことは、そっちにいるってことか?)
「……透さん? どうかしたかしら」
琴音さんの問いに、俺はハッとして表情を繕った。
「いえ、すみません。あまりにセイラさんと似ていらっしゃったので、つい見惚れてしまいました」
「ふふ、上手な方ね。そうだ……セイラ、少しお外の空気が吸いたいわ。透さんとお話ししたいこともあるし、車椅子を準備してくれる?」
セイラは少し驚いた顔をしたが、嬉しそうに頷くと、看護師を呼びに部屋を出た。
凛もまた、察したように「私もフルーツを洗ってくるわね」と、給湯室の方へ席を外してくれた。
部屋には、俺と琴音さんの二人だけが残された。
柔らかな日差しの中で、琴音さんの表情から「母親」の顔が消え、どこか冷徹な、芯の強さを感じさせる顔が覗いた。
「……透さん。隠さなくて結構ですよ」
彼女は窓の外を見つめたまま、静かに口を開いた。
「あなたの目は、単に私を見ている目ではありませんでした。……何かを、隅々まで見極めようとする者の目。それも、この世の理から外れた、特別な力を持った方の」
俺は心臓が跳ね上がるのを抑え、沈黙した。
セイラと初めて会った時に、早々に看破されたことを思い出す。
流石はSランクの母親、並の洞察力ではない。
「誤解しないで。東郷さんから、あなたたちの本当の正体は聞いていません。……でも、セイラのあの憑き物が落ちたような笑顔を見れば分かります。あの子は、私以外で、自分を兵器としてではなく、一人の人間として愛してくれる『場所』を見つけたのだと」
「……俺たちは、ただ彼女に助けられているだけです」
「いいえ。……あなたが、エデン・グループからの接触を知って、わざわざここまで警戒の確認に来てくれたことも分かっています。セイラが、自分の『大切な場所』を守るために、どれほど無茶をする子か……あなたにどれほど救われているのか、母親である私には手に取るように分かるのです──さて」
琴音さんは、黒い瞳を少しだけ鋭く細めた。
「あの子は嫌がるでしょうが……エデン・グループについて、あなたにはお話しすべきですね」
「っ! 何か知っているんですか!?」
俺が思わず身を乗り出すと、琴音さんは窓の外を見つめ、絞り出すような声で告げた。
「……エデン・グループの現会長。私に呪いをかけ、あの子を兵器として弄ぼうとしていた男は……私の元夫であり、セイラの実の父なのです」
その告白に、俺の思考は一瞬凍りついた。