Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
「……そんな大事なこと。今日初めて会ったばかりの俺なんかに、言っちゃってよかったんですか?」
俺は湧き上がる様々な感情を無理やり押し殺し、努めて冷静な声で尋ねた。
ギルドの極秘施設に匿われているとはいえ、彼女にとって俺たちはどこの馬の骨とも知れない若造のはずだ。
だが、琴音さんは真っ直ぐに俺の目を見つめ返し、静かに首を振った。
「あなたは信用できる。そう判断しました。……母親の勘というのは、よく当たるものなのですよ」
微かに微笑んだ彼女の瞳の奥には、確固たる意志が宿っていた。
そして彼女は、窓の外の青空から視線を外し、自らの膝の上で組まれた青白い手を見つめながら言葉を続けた。
「エデン・グループ会長、アダムス・ヒューズ……あの人が、私に……神宮寺の血に求めているのは『純粋な力』だけです」
「純粋な力?」
「ええ。優秀な遺伝子を掛け合わせ、優れた個体を造り上げる。……そうして生まれた理想の個体を量産し、その理想に満たない者は徹底的に淘汰する。その果てにある優れた者だけの世界、それがアダムスの目的です」
正直、スケールが大きすぎて、俺には実感が湧かない。
しかし、静かな病室に響く彼女の言葉から滲み出す深い憎悪と、骨の髄まで染み込んだ恐怖が嘘はないことを物語っている。
「セイラが『剣聖』として覚醒した時、あの人は喜びに狂いました。
当然……娘の成長を祝ったのではありません。自らの理想を具現化する『最高傑作』が、ついに手に入ったことを祝ったのです。私は、あの子をあんな冷たい檻には戻したくない。……透さん。あの子を、お願いします」
「琴音さん……」
「私の命は、もう長くはない。だからこうして、無理にでも託すしかないのです。どうか、お願いします……!」
琴音さんの細い手が、掛けられた布団をぎゅっと握りしめた。
自分自身の命が削り取られていく恐怖よりも、娘が再び地獄へと引き戻されることへの恐怖。それこそが、彼女を今この瞬間まで生かしている原動力なのだろう。
俺は、彼女の真っ直ぐで切実な視線をしっかりと見返した。
「……分かりました。約束します、琴音さん」
俺は一呼吸置き、心の中で固めた決意を、はっきりとした言葉にして紡ぐ。
「セイラは、俺たちの大切な仲間です。エデンの会長だろうが、なんだろうが……全力で抗ってみせます。そして――」
俺は右目に宿る『真贋鑑定』が示した、一筋の希望の光を思い浮かべた。
呪いの元凶である術者の意思。
それを砕くことができれば、この呪いは解ける。
「貴女を蝕んでいるその呪いも、俺が必ず解いてみせます」
俺は琴音さんの目を見据え、力強く告げる。
琴音さんは一瞬だけ驚いたように大きく目を見開き……やがて今日一番の、深く、そして穏やかな笑みを浮かべた。
「……そう、ですか。ふふ、あなたのような方が、あの子のそばにいてくれて本当に良かった」
その直後、コンコンと軽いノックの音が響き、ドアが開いた。
「お母さん、車椅子借りてきたよ! あ、凛もフルーツ剥いてくれたって!」
車椅子を押して戻ってきたセイラの後ろには、綺麗にウサギの形にカッティングされたリンゴや、色鮮やかなフルーツが盛られた皿を持つ凛の姿があった。
その後の時間は、先ほどまでの重苦しく張り詰めた空気が嘘のように、穏やかな笑い声に包まれた。
凛が切り分けたフルーツを「甘くて美味しい!」と幸せそうに頬張るセイラ。
車椅子に乗って美しい庭園を散歩しながら、最近あった楽しい出来事を身振り手振りで話す娘の姿を、琴音さんは目を細めて愛おしそうに見守っていた。
俺と凛も、その温かく穏やかなひとときを共有した。
やがて日が傾き始め、空が茜色に染まり出す頃。
別れの時間が近づいてきた。
「お母さん、また来るね。ちゃんとご飯食べるんだよ? 無理しちゃダメだからね」
セイラが車椅子の前にしゃがみ込み、琴音さんの手を両手で握って名残惜しそうに言う。
琴音さんはゆっくりと手を伸ばし、セイラのプラチナブロンドの髪を優しく撫でた。
「ええ、分かっているわ。……セイラ、おいで」
「え……?」
琴音さんは娘の身体をそっと引き寄せ、その小さな背中をぎゅっと抱きしめた。
「あなたは、何も悪くないの。……神宮寺の血も、『剣聖』の力も、あなたが背負うべき罪ではないわ。あなたは、ただあなたとして、自由に生きていいの。……それを、絶対に忘れないで」
「……っ、うん……うん、お母さん……!」
エデン・グループの名前を聞いてから、いろいろと限界だったのだろう。
セイラの瞳から、これまで必死に堪えていた大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
琴音さんの言葉は、セイラの心を優しく解き放つ、温かい魔法のようだった。
「……よかったわね」
「ああ。どんなに頑張っても、俺らには出来なかったことだ」
俺と凛は、その様子を少し離れた場所から静かに見守っていた。
海の向こうから、魔の手が迫ってきているのは間違いない事実だ。
だが、今この瞬間、この庭園で親子を繋いでいる絆は、確かに本物だった。
◇
施設を後にして、夕焼けに赤く染まるハイウェイを車で走る。
バックミラーを覗き込むと、後部座席では泣き腫らした目をしたセイラが、凛の肩に寄りかかったまま、すーすーと穏やかな寝息を立てていた。
凛は起こさないようにそっとセイラの髪を撫でながら、流れる窓の外の景色を見つめている。
「……透くん」
不意に、凛が周囲の静寂を縫うように、静かな声で口を開いた。
「琴音さんに言ってたの……本気?」
「聞こえてたのか」
「ええ、全部ね。……でも、相手はエデン・グループよ。場合によっては、相手の心臓部に踏み込むことになるかもしれないわ」
「ああ。分かってる……危険な橋だ。逃げても構わないぞ」
「別に……逃げないわよ。やるなら、とことんやろうってだけ」
「え? あ、ああ。そうか、心強いよ」
だからこそ、逃げてもいいって言ったのだが、凛が普通に乗ってきてくれるのは正直予想外だった。
「……ねえ、透くん」
「ん? 何だ?」
「私、は……」
何かを言おうとして、凛は目を伏せて、昨日渡したばかりのプラチナの腕輪をじっと見つめる。
いつになく不安そうな様子だ。やはり相手が相手なだけに恐怖心があるのだろうか。
「……わ、私が手伝うからには、たっぷりボーナス弾んでもらうわよ!」
いきなり顔をあげたかと思えば、凛らしい強気な顔で、これまた彼女らしい要求をしてきた。
どうやら杞憂だったようだ。
「なんだ、そんな事か。勿論、言い値で払ってやるよ」
「っ……言ったわね! 約束だから 忘れないわよ!」
「分かってるって」
俺は凛と駄弁りながら、アクセルを深く踏み込み、地下要塞へと車を走らせた。