Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
Side:神宮寺 セイラ
まっしろ。
どこまでも冷たくて、なにもない、まっしろな壁。
ツンとするお薬の匂いと、魔法が焦げたみたいな嫌な匂い。
あんまり好きじゃないけど、わたしのお部屋だ。
「……素晴らしい。魔力伝導率、細胞の再生力、そして空間把握能力。どれを取っても過去の検体を遥かに凌駕している。やはりヒューズ家の血と神宮寺の血は相性がいい」
ガラスの向こうから、冷たい声が響く。
エデン・グループの会長。『お父様』の声。
でも、お父様がわたしを見る目は、お母さんと違う。
うまく言えないけど、死にかけの虫でも見てるみたいな感じがする。
「はあ……はあ」
わたしは、冷たい鉄の床にへたりこんで、はぁはぁと息を乱していた。
まわりには、動かなくなった大人たちがいっぱい倒れている。木でできた剣を一本だけ持たされて、戦えって言われたから。戦って倒した。
……手加減はしたけど、大丈夫かな?
死んじゃってないかな?
少しだけ心配。だけど、これで──
「お父、様……わたし、がんばっ、たよ……」
ガラスの向こうへ向かって、震える声でそう呼んだ。
だって、こんなに頑張ったんだもん。
褒めてほしかった。頭を撫でてほしかった。お母さんがやってくれたみたいに、ただ優しくしてほしかった。
だけど、お父様から優しい言葉は返ってこなかった。
お父様はわたしじゃなくて、隣に立っていた白衣の人に話す。
「実戦投入の目処は立ったな。だが、まだ恐怖や躊躇いといった無駄が混じっている。……次のフェーズに移行しろ。感情を削ぎ落とし、より完璧な存在に仕上げるんだ。私の最高傑作に、心などという弱点は必要ない」
「……っ」
むねの奥が、ぎゅっと冷たくなる。
お母さんは心は大事って言ってた。けど、お父様にとっては違うみたい。
でも、わたしは、お母さんが大事だって言ってた心を捨てたくないから……ずっとこのお部屋から出られないのかな。それは嫌だ。
「お母さん……」
お母さんは、ここには来ない。来られない。それは、わたしでもわかっていた。
白衣の人たちが言っていたのだ。お父様がほしかったのは、お母さんの『特別な血』だけ。はじめから、二人は仲良しじゃなかったって。
それでも、お母さんはわたしをぎゅっと抱きしめて、とっても大切にしてくれた。
だけど、わたしが剣の力に目覚めた日から、お父様はわたしをお母さんから引き離して、この白いお部屋に閉じ込めた。
お母さんは泣いて怒ってた。わたしを返してって、お父様に魔法を使ってまで向かっていった。
だから、お母さんは『邪魔者』として、遠くて高い塔に閉じ込められてしまった。見張りがたくさんいて、絶対に外に出られない場所。
「ううっ、ぐすっ……会いたいよ」
だから、お母さんが助けに来られないのは、しかたがないことなんだ。
そう分かってても、会いたくなって涙が出ちゃう。
泣き止まないと、何をされるか分からないのに……
ウゥゥゥゥン……!!
いきなり、うるさいサイレンが鳴り響いた。
真っ赤なランプがチカチカ光って、分厚い鉄のドアが、ドカン!と外から吹き飛ばされた。
「セイラ……! セイラ、無事なのね!」
けむりの中から、温かい光が見えた。
そこに立っていたのは、服がボロボロになって、はぁはぁと息を切らしているお母さんだった。
無理に魔法を使ったせいで、お母さんの体からはバチバチと危ない光が漏れている。
「お母、さん……? どうして……?」
「遅くなってごめんね……。ずっと、一人で寂しかったわよね、怖かったわよね……!」
お母さんは駆け寄ってきて、震える腕でわたしを痛いくらいに、強く抱きしめてくれた。
温かくて、優しかった。私の知っているお母さんだ。
「どうしてもっと早く、こうする決意が出来なかったのか……。ごめん、ごめんね、セイラ。お母さんが、間違っていたわ。もう迷わないから……!」
涙を流して謝るお母さんは、すごく焦っていた。
わたしは、お母さんがどうして死んじゃうかもしれないのにここへ来たのか、後になって知った。
お父様は、わたしと同じ『便利な道具』をたくさん作りたかったらしい。でも、上手くいかなかったから……
『じゃあ、セイラを死なない程度に切り刻んで、頭のなかをぜんぶ調べよう』って決めたらしい。
それを遠い塔で聞いたお母さんは、魔法の力が壊れちゃうのも気にしないで、死に物狂いでわたしを助けに来てくれたのだ。
「行きましょう、セイラ。あんな人たちに、あなたの身体も、心も……好きにはさせない」
わたしを連れて逃げるお母さんの背中。
怖い魔法をぶつけられて、お母さんが血を流しても、ぜったいにわたしの手を離さなかった、その強さ。
それを目の当たりにしたからこそ、嫌でも理解できる
(お母さん……)
――私は、お母さんの人生を犠牲にして生まれてきて、今を生きている。
私という存在そのものが、お母さんからすべてを奪ったのだ。
久しぶりに『エデン・グループ』の名前を聞いてからは、それを強く意識してしまっていた。
けど、今日お母さんは言ってくれた。
『あなたは何も悪くない。ただあなたとして、自由に生きていいの』と。
恨まれるのが怖くて向き合ってこなかった。けれど、透たちと一緒だったから、勇気が出てきて受け止める事ができたお母さんの本心。
それを聞けて、今はすごく心が軽くなった気がする。
◇
「……んっ……」
微かな振動が止まり、ふわりと香る甘い香水に鼻をくすぐられて、私はゆっくりと目を開けた。
「……起きた? セイラ」
すぐ真横で、呆れたような、でも優しい声が聞こえた。
視線を上げると、窓から差し込む地下駐車場のオレンジ色の灯りに照らされた凛の顔があった。私はずっと、凛の肩を枕にして眠っていたらしい。
「あ……ごめん、凛。私、ずっと寝てて……重かったよね」
「別に。いつも守ってもらってるんだし、肩くらい貸してあげるわよ。そんなことより……」
凛は意地悪そうに微笑んで、私の口元を指差した。
「涎、垂れてるわよ。どんな美味しい夢を見てたの?」
「えっ!? う、嘘!?」
慌てて口元を拭うけれど、涎なんて垂れていなかった。凛がクスクスと笑う。
「もう、凛ってば……!」
「ほら、二人とも。着いたぞ」
運転席から、透が振り返って笑いかけてきた。
車の窓の外には、見慣れた地下要塞のガレージの風景が広がっていた。
昔の夢を見ていたからか、この見慣れた風景にも、なにか込み上げてくるものがある気がする。
「透、凛……ありがとう!」
私は力いっぱい背伸びをして、お礼をした。
唐突だったからか、声が大きかったからかは分からないが、2人は少し困惑しているみたいだ。
してやったりなんて思いつつも、感謝の気持ちは、まだまだ届けきれていない。
「私が二人を守るからね! 絶対に!」
残りのありがとうは、凛と透を守りきって返す。
私は2人の方を向いて宣言した。
私は、私として自由に生きる。
この大切な場所を守り抜くために。