Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
セイラの母親が入院する療養施設から帰還した翌朝。
俺は淹れたてのコーヒーを片手に、地下要塞の自分専用ワークスペースへと足を踏み入れた。
いつもなら、俺が顔を出した瞬間に『主様! おはようございます!』と飛んでくるはずの黒と銀の刀身が、今日は作業台の隅っこで、壁に向かってプイッとそっぽを向くように刺さっていた。
「おい、カリバーン。どうしたんだよ」
『……フンッ。ワタシという至高の剣を差し置いて、随分と楽しい時間を過ごされたようですね、主様。ええ、ええ、いいんですよ。所詮ワタシは留守番用の鉄屑ですから』
拠点の護衛を兼ねて置いていったカリバーンが、あからさまに拗ねている。
刀身の半分を占める漆黒の闇が、どんよりと重苦しいオーラを放っている。どうやら、昨日一日中、要塞の留守番を任せていたのがお気に召さなかったらしい。
「悪かったって。昨日はお前の出番があるような危険な場所じゃなかったし、要塞の防衛はお前がいてくれないと不安だったからな。信頼してたからこそだぞ?」
『そ、そのような甘言で誤魔化されはしませんよ! ワタシは主様の剣! 常に御側にお仕えしてこそ――』
「はいはい、わかったから。ほら、今日は特別に、一番高い最高級の研磨オイルを使って念入りに磨いてやるから」
『べ、別に……そんなものでワタシの機嫌が直ると……』
「じゃあ、やめとくか」
『アッ! お待ちください! 主様がそこまで仰るなら、ワタシの刃を慈しむ権利を与えて差し上げましょう! さあ、存分にワタシを磨き上げるがいい!』
カリバーンが慌てた様子で、俺の目の前の作業台にゴロンと寝転がる。
俺が苦笑しながら、柔らかいネル布にオイルを染み込ませ、刀身の根元からスーッと滑らせた瞬間。
カリバーンから、妙に艶っぽい(?)声が響いた。
『ぁっ……主様、そこは……! ああっ、主様の御手が、ワタシの刃を滑るように……ッ!!』
「お前……毎回、変な声出すなよ」
俺はため息をつきながらも、丁寧に刃の汚れを落としていく。
聖なる力と魔の力が融合したこの剣は、手入れをすればするほど、その相反する二つの輝きが深く、鋭くなっていくのが分かる。
『ふぅん……悪くありませんね。もう少し、その……刃の先端の方も念入りにお願いします……』
「はいはい、わかってるよ。全く、手のかかる剣だ」
俺は呆れつつも、最高級オイルの滑らかな感触を確かめながら、カリバーンの刀身を磨き上げた。
やがて、漆黒と白銀の刃紋が濡れたような美しい艶を帯びると、カリバーンは満足げにブルッと震え、俺の手から離れて空中にフワリと浮き上がった。
『ハァ……至福……。主様の深い愛情、このカリバーン、しかと受け止めました! これでワタシの切れ味も三割増しです! いつでも出陣のご命令を!』
ツンデレなのかドMなのかよく分からないが、ピカピカに磨き上げられたカリバーンは、満足そうにふわりと宙に浮き上がり、俺の背後に定位置を見つけて滞空した。
「よし、お前はこれで完了だ。……さて、少し休憩にするか」
「おはよう、透。朝からカリバーンと楽しそうね」
「おはよう、透!」
俺が休憩に入ろうとしたところで、ワークスペースの入り口から、凛とセイラが顔を覗かせた。
二人ともすっかり休息が取れたのか、顔色は明るい。特にセイラは、昨日母親から言葉をもらったことで、憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔を浮かべている。
「ああ、おはよう。二人とも、朝飯は?」
「私が適当に見繕うわ。透くんも後でメインデスクの方に来て」
凛がそう言ってキッチンへ向かい、俺も片付けを済ませてから後を追った。
トーストとスクランブルエッグ、そして淹れたてのコーヒー。地下要塞の大型モニターの前に三人で並んで座り、遅めの朝食をとりながら、凛が情報収集のためにニュース番組を流し始めた。
画面には、『緊急特番:新宿スタンピードの真実と、探索者の現在』というテロップが踊っている。
「なんだこれ」
「……ギルドの公式発表だけじゃ満足できないマスコミが、勝手に騒ぎ立ててるみたいね」
「ああ、そういうことか」
凛がコーヒーを啜りながら、呆れたように呟く。
番組の司会者が大仰な身振り手振りでスタンピードの被害を語った後、「本日は、日本の平和を守るトップ探索者の方にお越しいただいております!」と声を張り上げた。
カメラが切り替わり、ゲスト席に座る人物が映し出された瞬間。
隣に座っていた凛の肩が、ビクッと大きく跳ねた。
『――ご紹介にあずかりました、Sランクパーティ「漆黒の牙」リーダーの鮫島です。本日はよろしゅうお願いします』
テレビの画面の中で、、仕立ての良いスーツを着こなした長身の男が愛想よく頭を下げる。
整った顔立ちに、女性受けしそうな爽やかな笑み。だが、そのテレビ用の愛想笑いの奥の瞳は爬虫類のように冷たく、どこか粘着質で胡散臭い気配が画面越しにすら漂っていた。
「漆黒の牙の鮫島……ってことはこいつが?」
俺が画面を睨みつけながら呟くと、凛は青ざめた顔で小さく頷いた。マグカップを握る彼女の手が、かすかに震えている。
「ええ。先日、原宿で私たちに接触してきた男よ。エデン・グループからの刺客……」
「そうか。わざわざテレビに出て……何を企んでるんだ?」
画面の中の鮫島は、神妙な面持ちを作り、カメラに向かって語り始めた。
『本日は、国民の皆様に、そして探索者の皆様に、重大な警告をさせていただきたく参りました』
司会者が「警告、ですか? それは一体どのような……」と促す。
『ええ。先日、新宿を襲った未曾有のスタンピード。ギルドは自然災害や未知の魔力異常と発表しておりますが……僕ら第一線で戦う探索者の間では、別の見方が強まっとるんです』
鮫島はそこで言葉を区切り、重々しい溜めを作った。
『あの惨劇を引き起こしたのは、あるテロリスト組織の仕業やないかと』
「なっ……」
俺は思わず眉をひそめた。
『テ、テロリスト組織ですか!? それは穏やかではありませんね!』
司会者が大げさに驚いてみせる。
『ええ。皆さんもご存知でしょう。あのスタンピードの最中、不気味なフクロウのマークとともに現れ、チート武器と呼ばれるアーティファクトをばら撒いた存在。……Master_Eyeです』
その名前が出た瞬間、テレビのスタジオがざわめいた。地下要塞の空気も凍りつく。
『Master_Eyeの武器によって街が救われた、というのは事実の一側面でしかありません。僕ら「漆黒の牙」が独自の調査ルートで入手した情報によれば、あのスタンピードの直前、ダンジョン内に大量の不審なアーティファクトが持ち込まれていた形跡があるんです』
鮫島はスーツの懐から、黒いベルベットの小箱を取り出した。
カメラがズームインし、箱の中身を映し出す。
そこに入っていたのは、一本の美しい短剣だった。だが、刀身からは赤黒く濁った、禍々しい魔力の靄が立ち上っている。
変わり果てた姿だが、確かに見覚えがある。俺が直して売った武器の一つだ。
『これが、現場から回収された「証拠品」の一つです。見ての通り、極めて強力で邪悪な呪いが込められとる。僕らの見立てでは、この呪いの武器がダンジョンの魔物たちを暴走させ、スタンピードを誘発した。……つまり、自分で火をつけて、自分で消火して英雄気取りっちゅう、典型的なマッチポンプのテロ行為やないかと』
「でたらめだッ!」
俺は思わず立ち上がり、テーブルをドンと叩いた。
俺が直したアイテムに、あんな禍々しい呪いが残っているはずがない。完璧に浄化し、神話級や伝説級にまで昇華させたものばかりだ。
だが、画面越しに見るあの短剣の刻印は、間違いなく俺の出品物のもの。
(エデン・グループか……! 俺が過去に売った武器を回収し、後から強力な呪いを上書きして『偽の証拠』をでっち上げたんだ!)
鮫島の告発は止まらない。
『さらには、彼らは「日本の剣聖」神宮寺セイラちゃんを洗脳し、あるいは脅迫して、自分たちの広告塔として利用しとる。彼女のような純粋な若い子が、あんなテロリストの片棒を担がされとるのは、僕らとしても見るに忍びない』
「こいつっ……!」
セイラが怒りで顔を真っ赤にし、拳を握りしめた。
「私、洗脳なんかされてない! お父様の……エデンの言いなりになってるあいつらの方が、よっぽどテロリストじゃない!」
『どうか、世間の皆様、そして探索者の皆様。Eyeの甘い言葉や、一時的な力に騙されんといてください。あいつらは、日本を、いや世界を混乱に陥れようとする危険なテロリスト組織です! 僕ら「漆黒の牙」は、日本の平和を守るSランクとして、奴らの陰謀を必ず打ち砕くことを誓います!』
カメラに向かって正義の味方面で力強く宣言する鮫島。
番組はそのままCMへと入り、画面には賑やかな洗剤の広告が流れ始めた。