Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
「……ひどい」
掲示板の書き込みを見て、セイラが声を漏らす。
状況は最悪だ。鮫島という『Sランク探索者』の肩書きと、テレビというマスメディアの影響力は絶大だった。一部の擁護する声も、嵐のような非難の書き込みにかき消されている。その矛先は俺たちだけでなく、ギルドや東郷さんにまで向かっていた。
ピロリンッ、ピロリンッ、ピロロロロロッ!
同時に、凛の管理する会社の端末から、絶え間なく警告音が鳴り響き始めた。
「……取引のキャンセル通知よ。今週納品予定だったアイテムの予約が、次々と取り消されてる。すでに支払い済みの顧客からも、返金と返品の要求が殺到してるわ」
「透、私……私、今すぐギルドに行って、テレビ局にも行って、全部嘘だって言ってくる! あいつらの仕業だって!」
「……ダメよ、セイラ」
声を荒げるセイラを、凛が静かに、しかし冷たい声で制止した。
「どうして!? このままじゃ透が悪者にされたままだよ! 仁さんだって!」
「向こうが先に『正義の味方』として世間に情報をばら撒いた以上、私たちが今更何を言っても、ただの『苦しい言い訳』にしか聞こえないわ。それに、セイラが表に出れば出るほど、『洗脳されている可哀想な被害者』という相手の筋書きを補強することになるのよ」
「っ……そんな……」
セイラは悔しそうに唇を噛み締め、俯いた。武力でならどんな魔物も一刀両断できる彼女だが、見えない世論という魔物を斬ることはできない。
「凛の言う通りだ。相手はマスコミの使い方も、世間の扇動の仕方も熟知してる。用意周到すぎる。焦っても相手の思う壺だし、まずは落ち着いて対策を練ろう」
俺がそう言ってモニターから視線を外した時だった。
「……待って。透くん」
凛が、震えるような、ひどく掠れた声で俺を止めた。
振り返ると、彼女は顔を真っ青にして、自らの左腕――俺が渡したプラチナの腕輪がはまった腕を、右手で強く、痛いほどに握りしめていた。
「落ち着いて対策を練るのは賛成……けどその前に、私から話しておかなくちゃいけないことがあるの」
「凛?」
「単刀直入に言うわね……鮫島恭司。さっきテレビに出ていたあの男は……私が昔、所属していたパーティのリーダーなの」
その告白に、俺は思わず息を呑んだ。
セイラは驚いた様子は見せず、ただ悲しげに眉を下げて凛を見つめている。原宿で接触された時、セイラは何かしら勘づいていたのかもしれない。
「あいつは……他人の心を壊して支配する天才よ。私は、あのパーティで毎日罵倒されて、『寄生虫』だって刷り込まれて……最後はゴミみたいに捨てられた。いまだに、あいつの声を聞くだけで恐怖で身体がすくんじゃうの。もし直接対峙することになったら、たぶん私は一歩も動けなくなる」
凛の言葉は、まるで過去の亡霊に首を絞められているかのように苦しげだった。
いつも強気で、会社を切り盛りしてくれている彼女の、信じられないほど脆く弱い姿。
「……それだけじゃないわ」
凛はギリッと唇を噛み締め、真っ直ぐに俺の目を見た。その瞳には、深い後悔と自己嫌悪が渦巻いていた。
「鮫島に捨てられた後、私は自分がコントロールできる相手に身を寄せることにした。剛田みたいにね。……そして、自分がグループの中で一番下にならないように、誰かを見下すことで安心感を得ようとした」
「……」
「剛田のパーティで、その役割を押し付けられていたのが、透くん……あなたよ。あなたが剛田に理不尽に殴られているのを見て、私は庇うどころか、『あいつが一番のゴミだから、私はまだ捨てられない』って、心の底でホッとしていたの。Master_Eyeの正体があなただと知ってすり寄ったのも、結局は同じ。有能な強者に寄生して、安全な居場所を手に入れるため……」
凛はポツリポツリと、自身の胸の奥に隠していた本音をすべて吐き出してくれた。
「私は、そんな最低な女なの。鮫島と向き合えば足がすくむし、根っこは打算的で卑怯な寄生虫。……だから、もし私が足手まといになると判断したら、不要だと思ったら、いつでも私を切り捨ててちょうだい。エデン・グループや鮫島を相手にするなら、私みたいな弱点は、ない方がいいわ」
俯いたまま、凛は震える声でそう告げた。
捨てられる前に、見限られる前に、自ら予防線を張るような、悲痛な響きだった。
俺は黙って彼女の告白を聞いていた。
そして、小さく息を吐き出し、いつも通りに――本当に普段と変わらないトーンで口を開いた。
「なんだ、そんなことか」
「……え?」
凛が弾かれたように顔を上げる。
「剛田のパーティにいた頃、お前が俺をそういう目で見てたことくらい、とっくに気づいてたよ。剛田たちの態度に便乗して俺をゴミ扱いしてたわけだしな」
「それ、なら……っ!」
「でも、それがどうしたって話だ」
俺は立ち上がり、凛の前に歩み寄った。
「オークションの取り仕切りから会社の運営まで、俺にはできないことを完璧にやってのけてる。俺はお前の打算的なところも、金にがめついところも、全部ひっくるめて『有能なビジネスパートナー』として雇ったんだ」
「透くん……」
「それに、凛は私の大事な友達だもん!」
横からセイラが飛びついてきて、凛をギュッと抱きしめた。
「凛がどんなこと考えてたって関係ないよ。私に可愛い服を選んでくれて、一緒にクレープ食べて笑ってくれた凛は、本物だったでしょ? 怖いなら、私が鮫島から凛を守る! 絶対に!」
「セイラ……」
凛の目から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
俺はそんな彼女の頭にポンと手を置いた。
「お前を切り捨てるなんて選択肢は、俺たちにはない。それに、鮫島みたいな奴を相手にするなら、尚更お前の力が必要なんだ」
「私の、力……」
「ああ。奴らは力ずくじゃなく、情報戦を仕掛けてきた。ネットや世論を使った盤面ひっくり返しなんて、お前の得意分野だろ? 頼りにしてるぞ」
その言葉に、凛は大きく目を見開いた。
彼女の中で、張り詰めていた恐怖と自己嫌悪の冷たい鎖が、温かい何かによって解けていくのが分かった。
(ああ……)
凛は、涙で滲む視界の中で、自分を真っ直ぐに見つめる透と、強く抱きしめてくれるセイラを見た。
打算で近づいたはずの居場所。だが、いつの間にかここは、彼女にとって何よりも失いたくない、本当の『帰る場所』になっていたのだ。
自分の醜さを知ってもなお、必要だと言ってくれるこの不器用で優しい男に、自分はどれほど救われているのだろう。そして、損得勘定抜きで自分を守ると言ってくれるこの純粋な少女が、どれほど愛おしいか。
(私はもう……寄生虫なんかじゃない)
凛は左腕のプラチナの腕輪をもう一度強く握りしめ、そして、乱暴に涙を拭った。
「……バカみたい。せっかく私が身を引く覚悟を決めてあげたのに。ほんと、お人好しな社長なんだから」
「そう言われると照れるな」
「褒めてないわよ。……でも、そうね。情報戦を仕掛けてきたのは、あいつらの最大のミスだわ」
凛はそう言ってニヤリと笑う。
「だって、アンティーク・アイには私がいるんだもの」