Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
キーボードに指を滑らせる凛の瞳には、いつもの鋭い光が戻っていた。
先ほどまでの怯えはもう感じられない。もう、自らのテリトリーで敵をどう料理してやるかということしか頭にないようだ。
「やるからには、徹底的に叩き潰すわよ。もう言い訳なんて出来ないようにね」
モニターに流れる悪意の書き込みを見つめ、凛は静かに告げた。
「でも、今はあえて隙を残す。反論も中途半端にね」
「中途半端に? 一気に事実を突きつけたほうがよくないか?」
「ダメよ。今の手札じゃ、アンティーク・アイの無実は主張できても。鮫島の悪事を証明する手段がない。『僕が間違ってました〜』なんてので逃がすつもりはないわ」
「そ、そうか……」
「それに、鮫島はどんな相手でも見下してる。自分が絶対的な強者だと思い込んでて、弱者をいたぶるのが大好き」
凛はキーボードを叩きながら、ニヤリと笑った。
「だから、こっちの反撃が手ぬるければ『この程度か』と調子に乗って、さらに追い込みをかけてくる。絶対にね。……深く踏み込めば、逃げるのは難しくなる。そこを刈り取るの」
かつて彼から虐げられていた凛だからこそ分かる、鮫島の歪んだ性格を逆手に取った罠。なるほど、理にかなっている。
「で、具体的にはどう動くんだ?」
「まずは、投げ売りされているウチの商品の回収からね」
凛が開いたフリマサイトには、パニックになったユーザーたちがMaster_Eyeの武具を二束三文で出品している様子が並んでいた。
「呪いを怖がって手放す連中から、根こそぎ買い叩く。公式アカウントで『返品・買取に応じます』って宣言するの」
「買い戻してどうするんだ?」
「また売るのよ。後で呪いなんて嘘だったと分かれば、安く仕入れた商品を適正価格で売り直して大儲けできるじゃない」
「お前……たくましいな……」
あまりの転びっぷりとがめつさに、俺は引きつった笑いを漏らすしかない。
「ついでに、返金要求をしてきた顧客はブラックリスト行きね。ネットの工作は私が引き受けるから、透くんたちは『証拠集め』と反撃用の『アイテムの準備』をお願い」
「アイテムの方は探してみるよ。けど、証拠集めって言っても……あてがなくないか?」
俺が疑問を口にすると、凛はふふっと得意げに笑った。
「ギルドの東郷マスターを使えばいいのよ」
「東郷さんを?」
今はギルドも炎上しているし、俺たちに手を貸す余裕は無いように思うが……
「ええ。今回の件、ギルド側も『テロリストとの癒着』を疑われてるし、セイラの顔にも泥を塗られた。一番怒り心頭なのはギルドよ。でも、直接的には動けない」
「なんでだよ」
「相手が知名度のあるSランクだからよ。ネットが鮫島を『正義の告発者』と持ち上げてる今、ギルドが処分を下せばどうなる?」
「どうって……」
「あ! 『ギルドが都合の悪い真実を隠蔽した』って、もっと炎上しちゃう! ……で、合ってる?」
凛の問いに俺が詰まると、セイラが閃いたように手をポンと打ち答える。
しかし、自信がなかったのか、すぐに首を傾げて凛に答えを聞いた。
「そう、正解よ。だから私たちが代わりに盤面をひっくり返す。その代わり、集めた証拠をよこせって交渉するの。スタンピードの本当の原因を隠してたギルドにも責任はあるんだから、こき使ってやればいいわ」
凛の痛快なまでの割り切りに、俺は感心するしかなかった。
あの東郷さんを「こき使う」と言い切るとは、頼もしすぎる。
「向こうも、現状を打破するのに足踏みしてるはずよ。……何なら、そろそろあっちから連絡が来るんじゃない?」
凛がそう言って、デスクの上の専用端末に視線を向けた、まさにその時だった。
――ピリリリリリリッ!
静かな地下要塞に、ギルドの直通回線を知らせる着信音が鳴り響いた。
「……」
「……」
俺とセイラは顔を見合わせ、それから凛を見た。
凛は「ほらね」と言わんばかりに、自信に満ちたドヤ顔を浮かべている。
「……マジか。お前の読み、ドンピシャじゃねえか」
俺は苦笑しながら、通信ボタンを押した。
『……Master_Eye殿よ。今話せるかい?』
スピーカーから聞こえてきたのは、いつもより数段低く、静かな怒りを孕んだ東郷さんの声だった。
「はい。テレビ、見ましたよ」
『その声代理人のほうか、って今はそんな建前いらねえか』
「ええ、結構です」
「そうか……不甲斐ないところを見せて悪かったな。まさか、あそこまで堂々と、メディアを使ってデタラメを並べ立てるとは思わなかった』
東郷さんの声からは、ギリギリと歯ぎしりをするような悔しさが伝わってきた。
日本の平和を守る組織のトップとして、身内であるSランク探索者に後ろから泥を塗られたのだ。その心労と怒りは計り知れない。
『悪いが、急ぎでギルド本部の私の執務室まで来てくれねえか。……直接話してえ」
「分かりました。すぐに行きます」
通信を切り、俺は立ち上がっていつものガスマスクに手を伸ばした。
だが──
「ちょっと待って、透くん。まさかそれで行くつもり?」
凛が呆れたような声で俺を止めた。
「外は絶賛大炎上中よ? ギルド本部の周りにはマスコミや野次馬、怒った探索者たちが殺到してるはず。そんな『テロリストのトレードマーク』みたいなガスマスクで歩いたら、一瞬で取り囲まれて袋叩きにされるわよ」
「あ……確かに」
「セイラもよ。その目立つプラチナブロンドじゃ、『洗脳された剣聖がいる!』って大騒ぎになるわ」
「うっ……どうしよう、透」
「……別の変装で行くしかないな。セイラにも変装してもらうか」
俺はクローゼットの奥から、いくつか目立たない衣服と小物を引っ張り出してきた。
ガスマスクの代わりに普通の白いサージカルマスクをつけ、目深に被れる黒のキャップと大きめの伊達メガネをかける。服装も作業着ではなく、地味なネイビーのパーカーとチノパンに着替えた。
これなら、どこにでもいる少し怪しいだけの大学生かフリーターにしか見えないだろう。
セイラには、『黒髪のショートウィッグ』を被せ、ダテ眼鏡をかけさせる。服装も、彼女の華やかさを隠すようなダボっとしたロングコートを貸し与えた。
「どうだ? これならパッと見じゃ分からないだろ」
「なんだか新鮮だね、透。……私の黒髪、変じゃない?」
「ああ、似合ってるよ。大人っぽくて良い感じだ。よし、これで大丈夫だな」
俺は改めて凛に向き直った。
「凛、カリバーンを置いてくから、こっちの事は任せた。俺とセイラで、東郷さんのところに行ってくる」
「ええ、任せて。美味しい情報だけしっかり搾り取ってきなさいよね」
キーボードに向き直った凛の頼もしい背中を見送り、変装を終えた俺とセイラは反撃の糸口を掴むため、ギルド本部へと急行した。