Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第66話 日常

 地下要塞のワークスペース。

 俺は専用のクロスに最高級の研磨オイルを数滴垂らし、作業台の上に横たわる魔剣カリバーンの刀身にスーッと滑らせていた。

 

『こんなことで、留守番の屈辱が晴れるわけがない……! ダンジョンに赴いたというのに、このワタシを……ああっ!』

 

「悪かったって。ほら、ここだろ?」

 

 刀身の半分を占める漆黒の闇と、もう半分の白銀の光が、オイルの艶を帯びて妖しくも美しく明滅する。

 相変わらずよく分からない反応だが、毎日こうして手入れをしていると、不思議と愛着が湧いてくるのも事実だ。

 

 なんだかんだ言って、いざという時には俺の背後で絶対的な盾と剣になってくれる頼もしい相棒である。

 

「よし、今日のところはこれで完了だ」

 

『ハァ……至福……。主様、いつでもワタシをお使いください。ワタシの切れ味は今、最高潮に達しております! 振るう機会が一向に来ませんが!!』

 

 満足そうにフワリと宙に浮き上がったカリバーンが、俺の背後で定位置についた。

 その時、ワークスペースの隅に設置していた専用の転送装置が、淡い光を放ちながら低い駆動音を鳴らした。

 

 ギルド本部の東郷さんの執務室と繋がっている、小包用の転送機だ。

 光が収まると、そこには黒い艶消しの箱が一つ置かれていた。

 

「おお、ついに届いたか」

 

 俺は箱を手に取り、蓋を開ける。

 中に入っていたのは、一見するとただの黒い布の塊だった。だが、手に取ると羽毛のように軽く、見る角度によって周囲の光を乱反射させ、布そのものが透けて見えるような錯覚に陥る。

 

 未公開ダンジョンで採取した『幻影竜の逆鱗』と『蜃気楼の蜘蛛糸』。

 それをギルド専属の超一流職人たちに預け、加工を依頼していた特注のアイテムだ。

 俺は右目の『真贋鑑定《しんがんかんてい》』を発動させた。

 

 ====================

【名称】不可視の外套(ミラージュ・クローク)

【ランク】神話級

【状態】新品。特級素材を高度な魔導織機で編み込んだ最高傑作。

【真価】着用者の姿、熱、匂い、魔力、気配など、あらゆる情報を世界から完全に隠蔽する。外套に包まれている限り、いかなる探知魔法やセンサーにも感知されない。

 ====================

 

「完璧だ。ギルドの職人たち、いい仕事をしてくれたな」

 

 俺は外套を軽く羽織ってみた。

 その瞬間、自分の手足が風景に溶け込み、まるで空間そのものと同化したかのように完全に姿が消えた。鏡の前に立っても、そこに自分の姿は一切映っていない。

 

『ひっ!? 主様が消えました!? ワタシを置いてどこへ行かれたのですか!』

 

 カリバーンがパニックになって宙を飛び回るのを見て、俺は外套を脱いで苦笑した。

 

「落ち着け、ここにいるよ」

 

「お疲れ様、透くん。……って、何今の? 一瞬、透くんが消えたように見えたんだけど」

 

 ワークスペースの入り口から、マグカップを二つお盆に乗せた凛が目を丸くして立ち尽くしていた。

 淹れたてのコーヒーのいい香りが漂ってくる。

 

「ああ、東郷さんに頼んでた特注の装備が届いたんだ。光も気配も完全に断ち切る『不可視の外套(ミラージュ・クローク)』。これで、エデンのような連中に狙われても、いざという時に身を隠せる」

 

「へえ……すごいわね。相変わらず、透くんの周りには非常識なアイテムばっかり」

 

 凛は呆れたように微笑みながら、作業台の隣にある小さなテーブルにコーヒーを置いてくれた。

 俺は作業服の埃を払い、椅子に腰掛けてコーヒーを一口啜る。

 

「美味い。ありがとな、凛」

 

「どういたしまして。社長にはしっかり働いてもらわないといけないからね」

 

 凛も自分のマグカップを両手で包み込むように持ち、俺の向かいに座った。

 テレビでの公開裁判から数日。あれだけ過労気味だった凛の顔色もすっかり良くなり、表情には以前のような刺々しさがなくなっている。

 

「……透くん」

 

 ふと、凛がマグカップの縁を見つめたまま、静かな声で俺を呼んだ。

 

「ん? どうした?」

 

「あのね……ありがとうって、もう一度言っておきたくて。昨日は変なテンションになっちゃってたし……」

 

 凛は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せ、左腕にはめられたプラチナの腕輪をそっと撫でた。

 

「鮫島がテレビで失脚して……私、あいつの声を聞くのすら怖かったのに、今は全然怖くないの。あいつがただの滑稽な小悪党にしか見えなかった」

 

「そうか。お前が頑張って集めた証拠が、奴の首を絞めたんだ。お前の実力だよ」

 

「……ううん。違うわ」

 

 凛はゆっくりと顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳は少しだけ潤んでいて、それでいて力強い光を宿していた。

 

「透くんが、私の手を引いてくれたからよ。……私がどんなに打算的で、最低な寄生虫だったかを知っても、私を『有能なパートナー』だと言って、隣に立たせてくれた」

 

「凛……」

 

「私、透くんがいてくれなかったら、一生あのトラウマから抜け出せなかったと思う。だから……本当に、ありがとう」

 

 凛の不器用で、けれど心からの感謝の言葉に、俺は少しだけ気恥ずかしくなって頭を掻いた。

 

「よせよ。俺の方こそ、お前がいなきゃ商売なんて回らないんだ。お前は俺の大事な専務だろ?」

 

「も、もうっ! すぐそういうこと言うんだから……!」

 

 凛は慌てて俺の手を払い除け、マグカップで顔を隠すようにしてそっぽを向いた。

 

「言っておくけど、私を口説くつもりなら高くつくわよ? 私のマージン、倍にしてもらうからね!」

 

「ははっ、そりゃ厳しいな」

 

 強がる凛の耳まで真っ赤になっているのを見て、俺は思わず吹き出してしまった。

 

「あーっ! 二人で抜け駆けしてお茶してるー!」

 

 その時、メインフロアの方から、パタパタとスリッパの音を響かせてセイラが駆け込んで来た。

 寝癖のついたプラチナブロンドの髪を揺らしながら、少しだけ頬を膨らませている。

 

『ヒッ……! ヤバい女が来ましたよ主様!』

 

 カリバーンがセイラの姿を見てビクッと震え、俺の背後にスッと隠れる。

 

「抜け駆けじゃないわよ。セイラがいつまでも寝てるからでしょ」

 

「だって、最近ベッドがふかふかで気持ちよくて……。あ、透! その黒いマント、この間のヤツ!?」

 

 セイラが作業台の上の外套に気づき、目を輝かせる。

 俺が外套の性能を説明すると、セイラは「忍者みたい!」とはしゃぎ回り、凛が「子供じゃないんだから」と呆れながらも笑い声を上げた。

 

 地下要塞に響く、三人の穏やかな笑い声。

 エデン・グループという見えない影が迫っていることは分かっている。だが、こうして仲間と共に過ごすこの時間が、俺にとってはかけがえのないものになっていた。

 

(この平穏だけは、何があっても守り抜いてやる)

 

 俺は温かいコーヒーを飲み干し、決意を新たに背後のカリバーンと、完成したばかりの不可視の外套を見つめた。

 俺がささやかな決意を新たにしたその時。

 凛が神妙な顔で、スマホの画面を俺に見せてきた。

 

「……拘束されているはずの鮫島から、メールが来たんだけど」

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