Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第71話 呪縛

「元気しとった? 凛ちゃん。さっきは挨拶できんくてごめんなあ」

 

 ねっとりとした、蛇が這い回るような声だった。

 鮫島の冷酷な視線が、俺の背後に立つ凛を真っ直ぐに射抜いていた。

 

「あ……」

 

 凛の喉から、掠れた声が漏れる。

 つい先日、地下要塞で「もうあいつは怖くない」と力強く笑っていたはずの彼女だったが、いざ本物の殺意と狂気を纏ったかつての『支配者』を前にして、身体が強張るのを抑えきれずにいた。

 

「テレビの件は傑作やったわ。ホンマ、感心したで。あの無能やったお前が、新しい宿主を見つけて、いっちょ前に牙を剥いてくるんやからな。……せやけどな」

 

 鮫島は一歩、また一歩とゆっくり距離を詰めながら、口角を醜く歪めた。

 

「お前は結局、誰かに寄生せな生きていけへんダニなんや。剛田っちゅう泥船が沈んで、今度はMaster_Eye君に乗り換えただけやろ? 自分で戦う力もあらへんくせに、安全な場所から石投げとって、いざ目の前に立たされたらそのザマや。……ホンマ、滑稽な生き物やで」

 

「ちが、う……私は、もう……」

 

 凛は必死に言葉を紡ごうとするが、足はガタガタと震え、左腕のプラチナの腕輪を握りしめる手は白く血の気を失っていた。

 頭では分かっていても、細胞の奥深くに刻み込まれた虐待の記憶と恐怖が、彼女の身体を呪縛して一歩も動かさなかった。

 

「アハハハハッ! ええ顔。その怯えきった顔、昔から大好物なんやわ。あの時のまんま──っと、いきなり切りかからんといてや、危ないやん」

 

 冴島の言葉を遮って、キンッ! という鋭い金属音が広間に響き渡る。

 鮫島の魔力の刃と火花を散らして衝突したのは、俺の背後から弾丸のように飛び出した漆黒と白銀の刃――神魔剣カリバーンだった。

 

『戦場でこのワタシを前に、呑気に講釈垂れてるほうが悪いのですっ!!』

 

「君喋るん? 剣の分際で贅沢やね」

 

『ワタシは主様の第一の剣! 貴様のような下等生物が、気安く愚弄することは万死に値しますッ!』

 

 空中で鋭く旋回したカリバーンが、怒りに任せて漆黒と白銀のオーラを爆発させた。

 二つの相反する力が螺旋を描きながら、鮫島めがけて凄まじい速度で襲い掛かる。

 

「チッ……! 生物ですらないくせに、偉そうやな!」

 

 鮫島は両手にドス黒い魔力の刃を顕現させ、カリバーンの猛攻を辛うじて防ぐ。

 だが、神話級アーティファクトであるカリバーンの性能は、Sランク探索者の力量を遥かに凌駕していた。

 

 ガガガガガッ!!

 

 漆黒の刃が鮫島の魔力を強制的に吸収して削り取り、白銀の刃が浄化の光でその防御を容赦なく焼き切っていく。

 縦横無尽に宙を舞うカリバーンの連撃の前に、鮫島はじりじりと後退を余儀なくされていた。

 

『どうしました! 先ほどの威勢の良さはどこへ行ったのですか、下等生物! 主様の御前を汚すその薄汚い口ごと、切り刻んで差し上げましょう!』

 

「くそっ、なんやねんこの剣……! ちょこまかと……!」

 

 ガァンッ!!

 

 強烈な一撃が鮫島の魔力刃を弾き飛ばし、彼の頬を浅く切り裂いた。

 一筋の血が宙を舞い、鮫島の顔が怒りと屈辱で歪む。

 

『フハハハッ! 遅い、遅いですよ! 貴様の自慢の力とはその程度ですか!? やはり弱者をいじめて悦に浸るだけの、底の浅い卑小な男ですね!』

 

「この、ガラクタがァッ……!!」

 

 血を流し、激高する鮫島。だが、その言葉とは裏腹に、彼の足は確実に後ろへと後退させられていた。

 Sランク探索者としてのプライドを粉々に打ち砕く、一本の剣による圧倒的な蹂躙劇。

 カリバーンから放たれる漆黒の刃が鮫島の魔力障壁を削り取り、反転して放たれる白銀の閃光が、彼の高級スーツを無残に切り裂いていく。

 

『主様! これでトドメでございます! ワタシの光と闇の極光で、このゴミ屑を塵一つ残さず消し去ってご覧に入れましょう!』

 

 カリバーンが空中でピタリと静止し、刀身に莫大な魔力を収束させ始めた。

 相反する二つの力が極限まで圧縮され、空間そのものが震え出す。間違いなく、放たれれば鮫島を跡形もなく消し飛ばす必殺の一撃。

 

 だが、その『大技を放つためのほんの一瞬のタメ』。

 それこそが、狡猾なSランク探索者が泥臭く待ち望んでいた隙だった。

 

「ははっ、アホが。所詮は剣。生物やないから、駆け引きっちゅうもんを知らんのやな」

 

 鮫島の笑みが深くなる。

 彼は防御を完全に捨て、スーツの懐から一つの小さな球を取り出した。

 

「目、開けとけや!!」

 

「閃光玉……っ! カリバーン、センサーを切れ!!」

 

 俺が叫んだのと、鮫島がその小さな球――エデン・グループ製の凶悪なアーティファクトを床に叩きつけたのは、ほぼ同時だった。

 

 パァァァァァァァンッ!!

 

 地下空間が、一切の影を許さないほどの圧倒的な白光に飲み込まれた。

 ただの強烈な光ではない。網膜だけでなく、探索者が持つ魔力感知や空間把握能力のすべてを強制的にショートさせる、高密度の魔力閃光だ。

 

『グ、ガアアアアッ!? 主様ッ、視界が、ワタシの感知が真っ白に――ッ!』

 

 大技のタメに入り、魔力センサーを極限まで広げていたカリバーンが、最もその直撃をモロに受けてしまった。

 収束しかけていた力が虚しく散らされ、カリバーンは制御を失ってガランッと床に墜落する。

 

「くっ……!」

 

 俺も咄嗟に腕で顔を覆ったが、強烈な残像が視界に焼き付き、一瞬だけ完全に五感を奪われた。

 無防備な暗闇の中、鮫島の足音だけが、嫌に響いて聞こえた。

 

 数秒後。

 焼き切れた視界が、徐々に元の薄暗い広間の輪郭を取り戻していく。

 

「カリバーン、無事か! 凛、お前も――」

 

 焦燥に駆られながら振り返った俺の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

「――お疲れさん。はい、チェックメイトや」

 

 視界が晴れた先。

 そこには、背後から凛の身体を拘束し、彼女の細い首筋に、ドス黒く濁った魔力の刃をピタリと押し当てている鮫島の姿があった。

 

「り、ん……」

 

「あ、ぁ……っ」

 

 凛の顔面は蒼白になり、恐怖で完全に硬直していた。

 あれほど「もう怖くない」と自分に言い聞かせていた彼女だったが、かつてのトラウマの元凶に背後を取られ、冷たい刃を突きつけられたことで、完全に心が折れてしまっていた。

 

『キ、キサマァッ! よくも! よくも! そこを離れなさい下等生物ッ!』

 

 床から跳ね起きたカリバーンが、怒りに震えながら再び刃を向ける。

 だが、鮫島は余裕の笑みを崩さないまま、凛の首筋に当てた刃をほんの数ミリだけ押し込んだ。

 

「痛ッ……!」

 

 凛の白い肌から、一筋の赤い血がツーッと流れ落ちる。

 

「動いたらアカンよ、おしゃべりな剣さん。君がどれだけ速くても、僕が指先をミリ単位で動かす方が早いで? このダニの首がコロンと落ちてもええなら、好きにせえや」

 

『ッ……卑怯者め!』

 

 主の大切な仲間を人質に取られ、カリバーンは空中でギリギリと刃を震わせながら、ピタリと動きを止めざるを得なかった。

 

「アハハハハッ! 最高やな! さっきまでの威勢はどうしたんや? ええ?」

 

 鮫島は狂気じみた笑い声を上げながら、俺を、いや『Master_Eye』をねっとりとした視線で舐め回した。

 

「さて、Master_Eye君。優秀な寄生虫と、おしゃべりな剣……どっちも封じられた気分はどうや? 自分で戦えへん君は、もう詰みやで」

 

 絶体絶命。

 空間隔離されたセイラは戻らず、カリバーンは手出しできず、俺自身には戦闘力はない。

 

 刃を突きつけられた凛の瞳から、ポロポロと絶望の涙が零れ落ちた。

 

「ごめ……ごめんなさい、透くん……。私、やっぱり、足手まといで……」

 

 震える声で謝罪を口にする凛。

 俺は、ギリッと奥歯を噛み締めながら、鮫島と、彼に囚われた凛を真っ直ぐに見据えた。

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