Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
side:神宮寺 セイラ
視界を真っ白に染め上げる光の結界。
外部の音も気配も完全に遮断された亜空間の檻の中で、神宮寺セイラは『聖剣エクスカリバー』を構え、眼前の二人を静かに見据えていた。
「アハハハハッ! すげえ、すげえぞ! 力が無限に湧いてきやがる!」
「アンタさえ殺せば、あたしらが日本のトップよォッ!」
『漆黒の牙』の前衛の男と、魔法使いの女。
彼らの手には、透が修復した神話級の戦斧と宝杖が握られている。武器から溢れ出す濃密な魔力が、二人を圧倒的に強化しているのは一目瞭然だった。
だが、セイラは違和感を覚えていた。何かが決定的に『おかしい』。
(……武器の魔力に呑まれてる? ううん、違う。それにしては魔力の波形が乱れすぎてる)
二人の瞳孔は限界まで開き、白目にはドス黒い血管が網の目のように浮き出ている。口の端からは泡混じりの涎が垂れ、まるで知性のない獣のような荒い息を吐いていた。
一流のSランク探索者としての理性や誇りなど、微塵も感じられない。
「死ねェッ、剣聖ェェッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
前衛の男が、自身の筋繊維が引きちぎれるのも構わず、全力で戦斧を振り下ろしてきた。
床の岩盤が爆発したように砕け散る。
しかし、セイラはその凶悪な一撃を左腕の『アイギスの盾』でいなすでもなく、ただ半歩後ろへ下がるだけで躱した。
「遅いよ」
踏み込みの反動でガラ空きになった男の胴体へ向けて、セイラはエクスカリバーを横薙ぎに滑らせる。
――ザシュッ!
「ガハッ!」
肉を切り裂く確かな手ごたえと共に、男の胸に一筋の赤い線が走り、鮮血が噴き出す。
普通ならば、即戦闘不能の致命傷だ。
だが──
「ハァ……ははっ。痛くねえ……痛くねえぞォォッ!!」
「えっ……!?」
男は血を流しながら、悪びれる様子もなくニタリと笑った。
そして、傷口からブクブクと不気味な肉芽が膨れ上がり、信じられない速度で傷を塞いでいく。
「燃え尽きなさいッ!!」
男の背後から、魔法使いの女が宝杖を振りかざす。
放たれたのは、本来なら詠唱が必要なはずの極大の火炎魔法。それが無詠唱で、しかも味方であるはずの前衛の男ごとセイラを焼き尽くそうと放たれた。
「味方ごと!?」
セイラは咄嗟にアイギスの盾を前に突き出し、炎を弾き返す。
反射された炎が女の肩を掠め、そのローブと皮膚を黒焦げにしたが、彼女もまた痛みを全く感じていないようにゲラゲラと狂ったように笑い続けていた。
「アハハハッ! 効かないわよ! この武器と力があれば、あたしらは無敵なのよ!」
「死ね! 死ね! 死ねェッ!!」
男が再び戦斧を振り回し、狂ったように突っ込んでくる。
大振りの攻撃。隙だらけで対処自体は難しくない。
だがやはり異様だ。隙をついてカウンターの斬撃を何度受けても男は何事もなかったかのように特攻してくる。
(……この人たち、やっぱり何かある)
ただ武器に操られているわけじゃない。意図的に何かをされて、痛覚を失い、異常な再生能力だけを与えられた、ただ殺すだけの肉塊。
セイラは彼らの異常性を悟り、同時に、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(いや、今はそんなこと考えてる暇はない。1秒でも早くこいつらを倒してここを出る……!)
「オラァァァッ!!」
男の戦斧が再び振り下ろされる。
セイラはエクスカリバーでそれを受け流し、姿勢を崩した男の首を狙って白銀の軌跡を描いた。
エクスカリバーの一閃が、男の太い首の半ばまで食い込み、刃が首の骨を捉える。
これで終わり。セイラがそう確信した瞬間だった。
「なっ!?」
刃が、止まった。
常識ではあり得ない。国宝級の聖剣の斬撃を、男は首の筋肉を異様に膨張させ、力ずくで挟み込んで止めたのだ。
傷口から噴き出す血はドス黒く濁っており、瞬く間に肉が蠢いて刃に絡みついていく。
「つ、ツツ、捕まえた、ゼぇ」
濁った声と共に、男の丸太のような腕がセイラの首を掴もうと伸びてくる。
このままでは捕まる。そう直感したセイラは、柄に込めていた魔力を瞬時に爆発させた。
剣身から放たれた白銀の衝撃波が男の首の肉を強引に吹き飛ばした。
セイラは間一髪で剣を引き抜き、男を蹴り飛ばしながら、後方へ跳躍する。
「また大技……っ! 魔力まで無限なの……!?」
石畳に着地した瞬間、休む間もなく頭上から熱波が降り注いだ。
魔法使いの女が、杖の先端から狂ったように火炎の弾丸を連射してきているのだ。
「アハハハハッ! 逃げなさい、逃げ惑いなさいよォ!」
セイラは『アイギスの盾』を頭上に掲げる。
轟音。炎が盾に弾かれ、周囲の空間を赤蓮に染め上げる。盾の絶対反射によって炎は女の方へも跳ね返るが、女は自分の皮膚が焼け焦げる悪臭を漂わせながらも、一切魔法を放つ手を止める気配がない。
(マズイ……もう何分経った? 外は……)
炎の雨を凌ぎながら、セイラは油汗が背中を伝うのを感じた。
薬の効果には時間制限があるし、このまま戦っても、決して負けることはない。だが、思いのほか時間を稼がれている。
「ウォォォォッ!!」
思考を遮るように、炎の奥から男が突進してきた。
首を半分切り裂かれたはずの傷は、既にドス黒い肉芽で塞がり、太く醜い傷跡を残すのみとなっている。男は盾の死角を狙い、戦斧を大上段から振り下ろす。
「はあっ!」
セイラは盾を傾けて炎を逸らしながら、最小限の動きで男の斬撃を躱す。戦斧が床を砕く音と同時に、エクスカリバーの柄で男の顎をカチ上げた。
ゴキリと鈍い音が響き、男の巨体が宙に浮く。
そこへ追撃の斬撃を叩き込もうとしたが、魔法使いの女が放った巨大な火球が、男ごとセイラを飲み込もうと殺到した。
「チッ……!」
セイラは舌打ちをし、追撃を諦めて大きく後退する。
火球は男の身体に直撃し、激しい音を立てて爆発した。
普通なら味方を巻き込むような魔法は撃たない。だが、女は躊躇いなく撃った。そして男も、自らの身体が燃え上がる炎の中で、狂ったように笑い声を上げていた。
「アハハハハ! 熱いぜ、熱いぜェ! もっとだ!」
燃えながら立ち上がる男の皮膚は炭化し、すぐにボコボコと膨れ上がって新しい皮膚を形成していく。
炭化し、再生を繰り返す男の肉体。狂気じみた笑い声を響かせながら、再び戦斧を構えるその姿は、悪夢そのものだった。
だが、剣聖たるセイラの碧眼は、その狂乱の奥にある『綻び』を決して見逃さなかった。
(……無敵なわけがない。何か、仕掛けがあるはず。集中して探せば何か──ん?)
盾を構え直し、セイラは冷静に観察し、あることに気が付いた。
男の身体は凄まじい速度で再生しているが、その度に全身に浮き出たドス黒い血管が異常な脈動を打っている。そして、女が魔法を放つ瞬間も同じだ。二人の魔力の波形が最も乱れ、黒い血管が集束している『一点』がある。
炎の照り返しの中、男の胸の奥――分厚い筋肉の下で、不自然に明滅する赤いカプセルのような異物が見えた。女の首筋にも、同じように肌を突き破らんばかりに脈打つそれがある。
(魔力の供給源……!)
異常再生の要であり、同時にこの狂気を生み出している諸悪の根源。
あれを潰せば、この悪夢にも終止符を打てるかもしれない。
「見つけた」
セイラは小さく呟くと、深く、静かに息を吸い込んだ。
持久戦に付き合うつもりはない。外で待つ透たちのためにも、ここで一秒でも早く終わらせる。
「アハハハ! どうしたァ! もう絶望したかァ!?」
「燃えなさい! 全部灰になれェッ!」
男が跳躍し、戦斧を頭上から振り下ろす。同時に女が両手を突き出し、極大の火炎の渦を放った。上下からの挟撃。回避も防御も間に合わない、必殺のタイミング。
だが、セイラは一歩も引かなかった。
左腕の『アイギスの盾』を斜めに構え、迫り来る火炎の渦を滑らせるように受け流す。盾に触れた炎は螺旋を描きながら天井へと逸れ、視界がクリアに開けた。
「なっ!?」
驚愕に目を見開く男の懐へ、セイラは一足で踏み込む。
狙うはただ一点。胸の奥で明滅する、その忌まわしい核。
「まずは一人!」
右手の『聖剣エクスカリバー』に、ありったけの魔力を注ぎ込む。絶対切断の能力が、限界まで圧縮された白銀の刃となって顕現した。
振り下ろされる戦斧よりも速く、光の軌跡が男の胸を正確に貫く。
パリンッ――!
硬質なガラスが砕けるような音が、亜空間の檻に響き渡った。
「ガ、ガァッ……!?」
男の目から狂気が抜け落ち、白目を剥く。異様な再生力は完全に停止し、膨張していた筋肉が醜くしぼんでいく。ドス黒い血を吐きながら、巨体がドスンと石畳に崩れ落ち、動かなくなった。
「嘘……でしょ!? アンタ、何をしたのォッ!」
不死身と信じていた味方のあっけない最期に、魔法使いの女が金切り声を上げる。焦燥から杖をデタラメに振り回し炎を散らすが、冷静さを取り戻した剣聖の目にはもう止まって見えた。
「次は君だよ」
盾で残炎を弾き飛ばし、女の死角へ一息に踏み込む。女が振り返るより早く、その首筋で脈打つ赤いカプセルを目掛け、白銀の刃を無慈悲に一閃した。