Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
「オオオォォォォォォォォォォッ!!」
地下空間を震わせるような、獣じみた咆哮が響き渡った。
エデン・グループ特製の『細胞活性剤』を首筋に打ち込んだ鮫島の身体が、異様な音を立てて膨張していく。
バキバキと骨が軋み、筋肉が限界を超えて肥大化していく。
仕立ての良いスーツは弾け飛び、赤黒く変色した肌が露わになった。
瞳孔は開ききり、白目にはおぞましいほどの毛細血管が浮き出ている。
その姿は、もはや人間のそれではなく、完全に理性を失ったバケモノだった。
『主様! お下がりください!』
いち早く動いたのは、カリバーンだった。
漆黒と白銀のオーラを最大まで纏い、一直線に鮫島へと突進する。
先ほどまでの鮫島ならば、届いていたかもしれない一撃だ。
しかし──
「――お、マエぇ、遅なった、かァ?」
鮫島は回避する素振りすら見せず、赤黒く肥大化した右腕を無造作に振り抜いた。
たったそれだけの動作で、圧倒的な質量と暴力的なスピードが生まれた。
ガァァァァァンッ!!
鼓膜を破るような金属音が響き渡る。
『ッ……ッッ!?』
カリバーンの悲鳴のような共鳴音が響く。
神話級の剣が、まるで小石でも弾き飛ばすかのように、いとも容易く空の彼方へ吹き飛ばされ、石造りの壁に激突し、パラパラと瓦礫が崩れ落ちる。
「カリバーン!」
俺の叫びも虚しく、床に落ちたカリバーンの刀身には、痛々しいほどの大きな亀裂がピキリと入っていた。
光と闇のオーラは完全に消失し、ただの鉄の塊のようにピクリとも動かない。
「アハッ……ハハハハハハッ! 力ァ、無限にが湧いてくるでェ」
鮫島が、よだれを垂らしながら下劣に笑い、その血走った視線で、丸腰となった俺を捉えた。
「死ねヤァ! ダニがァ!!」
爆発的な踏み込み。
石畳がクレーターのように陥没し、鮫島の巨体が砲弾のような速度で俺へと迫る。
戦闘力皆無の俺では、目で追うことすら困難で、避けることや防御することなどはもってのほかだ。
(ぁ……死──)
「──させないッ!!」
純白の光が、俺の視界を覆い尽くし、凄まじい衝撃波が地下空間を吹き荒れる。
俺の目の前、俺とバケモノと化した鮫島の間に、左腕を真っ直ぐに突き出し、純白の防護障壁《シールド》を展開する凛の背中があった。
『聖女の反逆盾《イージス・リフレクト》』の絶対的な防御の力が、鮫島の凶拳を真正面から受け止めてくれていたのだ。
「ガァァァッ!?」
攻撃を倍化して跳ね返す【反転反射《カウンター》】が発動し、倍化された鮫島自身の膂力でその右半身が弾け飛んだ。
赤黒い血飛沫が舞い散り血の雨を降らす。
「凛!?」
「大丈夫……! 透くんは、私が守る……!」
凛は振り返らず、歯を食いしばりながらシールドを維持している。
しかし、反転反射《カウンター》で吹き飛んだはずの鮫島の右半身から、異常なまでの速度で赤黒い肉芽が蠢き、瞬く間に新たな腕を形成していく。
「まーったく痛くないしィ、すぐ治ってまうわァ!!」
鮫島は狂気に満ちた哄笑を上げながら、再生したばかりの剛腕を再びシールドに叩きつけた。
「アハハハッ! 男の盾なんて寄生虫らしいやんけェ! い、いいい、い、つまで持つかなァ!?」
カウンターによって自身の肉体が幾度弾け飛ぼうとも、鮫島は意に介さない。
砕けては再生し、千切れては繋がり、ただ目の前の障壁を破壊することだけを目的とした、無尽蔵のスタミナと再生力。
圧倒的な暴力の連打が、狂ったような速度で純白の防護障壁を打ち据える。
「くっ、あぁっ……!」
凛の口から、苦悶の呻きが漏れる。
『聖女の反逆盾《イージス・リフレクト》』は強力だが、発動には使用者の魔力を消費する。鮫島の規格外の連撃を受け続けることで、凛の魔力は底が抜けたように吸い取られていく。
彼女の膝がガクガクと震え、額からは滝のような汗が流れ落ちていた。
ピキリ……。
決して破られるはずのない純白のシールドに、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
魔力の底が近づいてきている証拠だ。
「凛! もういい、逃げろ! このままじゃお前まで!」
「だ、め……! 私が引いたら、透くんが……っ!」
凛は血の滲むような声で叫び、一歩も引こうとしない。
かつて鮫島に怯え、自分を寄生虫だと蔑んでいた彼女の姿は、もうそこにはなかった。
だが、現実としてシールドの崩壊は秒読みだ。
(どうする!? 俺に何ができる!?)
戦闘力皆無の俺では、盾の前に出たところで一瞬でミンチにされるだけだ。砕けゆくシールドは治す力もない。
俺は必死に周囲を見渡し――壁際に落ちている、一振りの剣を捉えた。
刀身に深い亀裂が入り、光を失った『神魔剣カリバーン』。
(……俺のできることはこれしかない! 一か八かだ!)
俺は躊躇わず地を蹴り、瓦礫の中に転がるカリバーンへと駆け寄った。
『主様……』という微かな、消え入りそうな声が脳内に響いた気がした。
俺は膝をつき、両手でカリバーンの柄を力強く握りしめる。
「頼む……!」
俺は持てる魔力のすべてを、両手からカリバーンの柄へと流し込んだ。
この数ヶ月間、毎日欠かすことなく行ってきた『お手入れ』の感覚を思い出す。
重曹とクエン酸のペーストで磨き、最高級の研磨オイルを丁寧に塗り込み、俺の魔力でコーティングする。あの静かで、けれど確かに通じ合っていた時間。
ただの鉄の塊じゃない。こいつは、俺の背中を守り続けてくれた、かけがえのない相棒だ。
「おい、こんな所で寝てる場合じゃないだろ! この戦いが終わったら、お前が一番喜ぶ最高級のオイルで、朝までピカピカに磨き上げてやるから……!」
俺の悲痛な叫びと全魔力を、ひび割れた刀身がグンッと吸い込む。
「だから……起きろ、カリバーン! お前は俺の、『第一の剣』だろッ!!」
――トクン。
柄を握る掌から、確かな鼓動が伝わってきた。
ピキ、ピキリ……!
亀裂が走っていた刀身が、俺の魔力を喰らい、まるで自らの意志で傷を縫い合わせるように修復されていく。
失われていた漆黒の闇と、白銀の光。
相反する二つのオーラが、再び刃に宿り、爆発的な勢いで渦を巻き始めた。
『……しかと受け取りましたよ、主様』
脳内に響く声が、今までになく澄んで、確かな熱を帯びていた。