Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第74話 相棒

「オオオォォォォォォォォォォッ!!」

 

 地下空間を震わせるような、獣じみた咆哮が響き渡った。

 エデン・グループ特製の『細胞活性剤』を首筋に打ち込んだ鮫島の身体が、異様な音を立てて膨張していく。

 

 バキバキと骨が軋み、筋肉が限界を超えて肥大化していく。

 仕立ての良いスーツは弾け飛び、赤黒く変色した肌が露わになった。

 瞳孔は開ききり、白目にはおぞましいほどの毛細血管が浮き出ている。

 その姿は、もはや人間のそれではなく、完全に理性を失ったバケモノだった。

 

『主様! お下がりください!』

 

 いち早く動いたのは、カリバーンだった。

 漆黒と白銀のオーラを最大まで纏い、一直線に鮫島へと突進する。

 先ほどまでの鮫島ならば、届いていたかもしれない一撃だ。

 

 しかし──

 

「――お、マエぇ、遅なった、かァ?」

 

 鮫島は回避する素振りすら見せず、赤黒く肥大化した右腕を無造作に振り抜いた。

 たったそれだけの動作で、圧倒的な質量と暴力的なスピードが生まれた。

 

 ガァァァァァンッ!!

 

 鼓膜を破るような金属音が響き渡る。

 

『ッ……ッッ!?』

 

 カリバーンの悲鳴のような共鳴音が響く。

 神話級の剣が、まるで小石でも弾き飛ばすかのように、いとも容易く空の彼方へ吹き飛ばされ、石造りの壁に激突し、パラパラと瓦礫が崩れ落ちる。

 

「カリバーン!」

 

 俺の叫びも虚しく、床に落ちたカリバーンの刀身には、痛々しいほどの大きな亀裂がピキリと入っていた。

 光と闇のオーラは完全に消失し、ただの鉄の塊のようにピクリとも動かない。

 

「アハッ……ハハハハハハッ! 力ァ、無限にが湧いてくるでェ」

 

 鮫島が、よだれを垂らしながら下劣に笑い、その血走った視線で、丸腰となった俺を捉えた。

 

「死ねヤァ! ダニがァ!!」

 

 爆発的な踏み込み。

 石畳がクレーターのように陥没し、鮫島の巨体が砲弾のような速度で俺へと迫る。

 戦闘力皆無の俺では、目で追うことすら困難で、避けることや防御することなどはもってのほかだ。

 

 (ぁ……死──)

 

「──させないッ!!」

 

 純白の光が、俺の視界を覆い尽くし、凄まじい衝撃波が地下空間を吹き荒れる。

 俺の目の前、俺とバケモノと化した鮫島の間に、左腕を真っ直ぐに突き出し、純白の防護障壁《シールド》を展開する凛の背中があった。

 

 『聖女の反逆盾《イージス・リフレクト》』の絶対的な防御の力が、鮫島の凶拳を真正面から受け止めてくれていたのだ。

 

「ガァァァッ!?」

 

 攻撃を倍化して跳ね返す【反転反射《カウンター》】が発動し、倍化された鮫島自身の膂力でその右半身が弾け飛んだ。

 赤黒い血飛沫が舞い散り血の雨を降らす。

 

「凛!?」

 

「大丈夫……! 透くんは、私が守る……!」

 

 凛は振り返らず、歯を食いしばりながらシールドを維持している。

 しかし、反転反射《カウンター》で吹き飛んだはずの鮫島の右半身から、異常なまでの速度で赤黒い肉芽が蠢き、瞬く間に新たな腕を形成していく。

 

「まーったく痛くないしィ、すぐ治ってまうわァ!!」

 

 鮫島は狂気に満ちた哄笑を上げながら、再生したばかりの剛腕を再びシールドに叩きつけた。

 

「アハハハッ! 男の盾なんて寄生虫らしいやんけェ! い、いいい、い、つまで持つかなァ!?」

 

 カウンターによって自身の肉体が幾度弾け飛ぼうとも、鮫島は意に介さない。

 砕けては再生し、千切れては繋がり、ただ目の前の障壁を破壊することだけを目的とした、無尽蔵のスタミナと再生力。

 圧倒的な暴力の連打が、狂ったような速度で純白の防護障壁を打ち据える。

 

「くっ、あぁっ……!」

 

 凛の口から、苦悶の呻きが漏れる。

  『聖女の反逆盾《イージス・リフレクト》』は強力だが、発動には使用者の魔力を消費する。鮫島の規格外の連撃を受け続けることで、凛の魔力は底が抜けたように吸い取られていく。

 彼女の膝がガクガクと震え、額からは滝のような汗が流れ落ちていた。

 

 ピキリ……。

 

 決して破られるはずのない純白のシールドに、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。

 魔力の底が近づいてきている証拠だ。

 

「凛! もういい、逃げろ! このままじゃお前まで!」

 

「だ、め……! 私が引いたら、透くんが……っ!」

 

 凛は血の滲むような声で叫び、一歩も引こうとしない。

 かつて鮫島に怯え、自分を寄生虫だと蔑んでいた彼女の姿は、もうそこにはなかった。

 だが、現実としてシールドの崩壊は秒読みだ。

 

(どうする!? 俺に何ができる!?)

 

 戦闘力皆無の俺では、盾の前に出たところで一瞬でミンチにされるだけだ。砕けゆくシールドは治す力もない。

 俺は必死に周囲を見渡し――壁際に落ちている、一振りの剣を捉えた。

 

 刀身に深い亀裂が入り、光を失った『神魔剣カリバーン』。

 

(……俺のできることはこれしかない! 一か八かだ!)

 

 俺は躊躇わず地を蹴り、瓦礫の中に転がるカリバーンへと駆け寄った。

『主様……』という微かな、消え入りそうな声が脳内に響いた気がした。

 俺は膝をつき、両手でカリバーンの柄を力強く握りしめる。

 

「頼む……!」

 

 俺は持てる魔力のすべてを、両手からカリバーンの柄へと流し込んだ。

 この数ヶ月間、毎日欠かすことなく行ってきた『お手入れ』の感覚を思い出す。

 重曹とクエン酸のペーストで磨き、最高級の研磨オイルを丁寧に塗り込み、俺の魔力でコーティングする。あの静かで、けれど確かに通じ合っていた時間。

 

 ただの鉄の塊じゃない。こいつは、俺の背中を守り続けてくれた、かけがえのない相棒だ。

 

「おい、こんな所で寝てる場合じゃないだろ! この戦いが終わったら、お前が一番喜ぶ最高級のオイルで、朝までピカピカに磨き上げてやるから……!」

 

 俺の悲痛な叫びと全魔力を、ひび割れた刀身がグンッと吸い込む。

 

「だから……起きろ、カリバーン! お前は俺の、『第一の剣』だろッ!!」

 

 ――トクン。

 

 柄を握る掌から、確かな鼓動が伝わってきた。

 ピキ、ピキリ……!

 亀裂が走っていた刀身が、俺の魔力を喰らい、まるで自らの意志で傷を縫い合わせるように修復されていく。

 失われていた漆黒の闇と、白銀の光。

 相反する二つのオーラが、再び刃に宿り、爆発的な勢いで渦を巻き始めた。

 

『……しかと受け取りましたよ、主様』

 

 脳内に響く声が、今までになく澄んで、確かな熱を帯びていた。

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