Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第75話 双刃

「くっ……う、はあっ」

 

 凛の口から、血の混じった苦悶の息が漏れる。

 純白の光を放っていた防護障壁は、今や見る影もなく無数の亀裂が走り、その輝きは風前の灯火のように明滅していた。

 

 対する鮫島は、異形のバケモノと化した巨体を揺らし、狂気に満ちた哄笑を上げる。

 

「カハハ、もう限界みたいやなァ? ほぉら、これで終いヤ!!」

 

 ドゴォォォォォンッ!!!

 

 圧倒的な質量と魔力を乗せた凶拳が、シールドに叩きつけられる。

 ピキリ、という甲高い悲鳴と共に――ついに、絶対に破られないはずだった純白の防護障壁が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。

 

「あ……」

 

 凛の身体が限界を迎え、崩れ落ちる。

 魔力枯渇と疲労により、彼女はもう指一本動かすことすらできない状態だった。

 

「アハハハ!! ようやくお楽しみタイムやアッ!! まずは寄生虫からじっくりと……あァ?」

 

 鮫島が、よだれを垂らしながら下劣な笑みを浮かべ、無防備な凛へ向けてその太い腕を振り下ろそうとした瞬間、鮫島が自身の体に起こった異変に気が付いた。

 

「な、んで、僕の腕が切られて──ガアッ!?」 

 

 凛へ向かって振り下ろされようとしていたその太い腕が、肩口から綺麗に切断され、ドサリと床に落ちていたのだ。

 攻撃された、腕を切られた。その事実をはっきり認識した次の瞬間、もう片方の腕も切り飛ばされる。さらに、それとほぼ同時に胴を袈裟懸けに切られた。

 続けざまの謎の斬撃に再生も追いつかず、たまらず体勢を崩す。

 

「何や、何が起こった!?」

 

「おやおや、ワタシの姿を捉えることすら叶わなかったようで……キサマ、遅くなりましたか?」

 

 鈴を転がしたような、それでいてどこか傲慢さを孕んだ少女の声。

 視界の端で光と闇のオーラが爆発的に交錯し、その中心から一つの影がふわりと床に降り立った。

 

 そこにいたのは、豪奢なフリルがあしらわれたゴシックドレスを身に纏う「少女」だった。

 右半分が白銀、左半分が漆黒という特異なツインテールの髪を揺らし、その両手には――かつて一本の剣であったはずの、白銀の聖剣と漆黒の魔剣がそれぞれ握られている。

 

「は? ガ、ガキィ? なんや、誰やお前!! どっから出てきた!!」

 

「このワタシが分からないとは、心外ですね。剣を交えた仲ですのに」

 

「あぁ!? なにふざけたこと言うてんねん! お前の事なんて知らんわ!!」

 

 鮫島が血走った目をひん剥いて喚き散らす。

 切断された腕の断面からドス黒い肉芽が蠢き、再生しようとしているが――傷口に付着した白銀の光と漆黒の靄がそれを阻害し、ジュウジュウと嫌な音を立てて肉を焼き焦がしていた。

 

「はあ、はあ……何が、どうなったの?」

 

「凛、大丈夫か!?」

 

 俺は、少女の背中――正確には、彼女が両手に握る二振りの剣を見つめた。

 片や、邪悪なまでの漆黒。片や、神聖なる白銀。

 姿こそ変わったが、はっきりと分かる。毎日欠かさず手入れをし、先ほど全魔力と想いを注ぎ込んだ、相棒そのものだった。

 

「フハハッ! では! 知らぬというなら名乗りましょう!! 我が名はカリバーン!! 主様の第一の剣にして、貴様のような下等生物を塵に還す裁定者ですッ!!」

 

 カリバーンが双剣を交わるように天に掲げ、高らかに名乗りを上げる。

 その声に呼応するように、交差した刀身から放たれた強烈なオーラが、地下空間の天井を吹き飛ばすほどの勢いで立ち上った。

 

「ええっ!? あの子、カリバーンなの!?」

 

「その通り! 主様が丁寧に、それはもう丹念に愛情を注いで磨き上げてくださったおかげで、ワタシはついにこの姿を得るに至ったのです! ああ、主様の溢れんばかりの魔力を注ぎ込まれた時の至福たるや……っ!」

 

「締まらないな……」

 

 頬を染めて身悶えするカリバーンに、俺は思わずツッコミを入れてしまった。

 頼もしいのは間違いないが、擬人化しても中身は変わっていないらしい。

 

「剣が、ガキになって復活やと……? アハハ!! 今度はへし折ったるわぁ!!」

 

 鮫島が血を吐きながら絶叫した。

 切断された両腕の断面から、ドス黒い肉芽が無理やり白銀の光を押し除け、歪な形の巨腕を再形成していく。

 異常な再生力だ。だが、その肌は既に赤黒く変色を通り越し、ひび割れた炭のようになっている。明らかに肉体が限界を超えていた。

 

「死ねェッ! ダニ共がァァッ!!」

 

 理性を完全に失ったバケモノが、砲弾のような速度でカリバーンへと突進する。

 だが、カリバーンは、微塵も動じなかった。

 

「主様の御前で騒がしいですね、下等生物……教育して差し上げましょう」

 

 カリバーンが地を蹴った。

 フリルが幾重にも重なったゴシックドレスが、まるで漆黒と白銀の蝶のように宙を舞う。

 

「ガァァァァッ!!」

 

 鮫島の剛腕が振り下ろされる。

 しかし、カリバーンはそれを真正面から受けることはしなかった。

 空中で軽やかに身を翻し、左手の漆黒の魔剣を滑らせるように鮫島の腕に這わせる。

 

「まずは、我が闇により、その目障りな生命力を頂戴いたします」

 

 ――ズバッ!!

 

「ギギャァァッ!?」

 

 漆黒の刃が鮫島の腕を浅く切り裂いた瞬間、鮫島の巨体がビクンと跳ねた。

 傷口から溢れ出たのは血ではない。ドス黒い魔力が、掃除機に吸い込まれるように漆黒の剣へと吸収されていく。

 

「な、なんや……!? 力が、抜ける……!?」

 

「そして、不浄なる魂には浄化の光を」

 

 カリバーンが反転し、右手の白銀の聖剣を一閃する。

 

 ――ジュウゥゥゥゥッ!!!

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 浄化の力を持つ聖剣が、鮫島の胴体を深々と斬り裂いた。

 傷口から白い炎が噴き出し、エデンの秘薬によって暴走していた細胞を物理的にも魔力的にも焼き尽くしていく。

 

「ああっ……! 再生せん!? なんでや、薬の力が……ッ!」

 

 鮫島がパニックに陥りながら傷口を押さえる。

 だが、肉芽は蠢くものの、漆黒の魔剣に魔力を奪われ、白銀の聖剣に細胞を焼かれた傷は、塞がる気配を見せなかった。

 

「フハハハハッ! 遅い、遅いですよ! その程度ですか!?」

 

 カリバーンの双剣による剣舞は止まらない。

 右から白銀の斬撃。

 左から漆黒の刺突。

 

「ギャァッ! アァァァッ!!」

 

 絶え間なく続く斬撃に、防ぐことも逃げることも許されず、鮫島はただ一方的に切り刻まれていく。

 そのたびに魔力と体力を根こそぎ奪われ、彼の巨体は徐々に萎み、人間だった頃の姿へと戻りつつあった。

 

「すごい……透くん。あの子、本当にあのポンコツなの……?」

 

 俺の腕の中で、凛が息を呑みながらその光景を見つめている。

 

「ああ。どういうわけか、とんでもない進化をしやがったみたいだな」

 

 俺は凛の肩を抱き寄せながら、安堵の息を吐いた。

 今度こそ、これで勝てる。

 

「クソがぁぁぁっ……! こんなところで、僕が……Sランクの僕が、終わるわけないやろォッ!!」

 

 全身を刻まれ、血だるまとなった鮫島が、最後の力を振り絞って立ち上がる。

 その顔は恐怖と絶望に歪み、見苦しいほどの執着だけが彼を動かしていた。

 

「エデン……薬がもっとあれば……! クソが!! 誰か、誰か僕を助けろォッ!!」

 

 無様に喚き散らす鮫島。

 カリバーンが冷酷な目で双剣を交差させ、トドメを刺そうと踏み込んだ――その時だった。

 

 ――ピキッ。

 

 広間を包んでいた空気に、不自然な亀裂音が響いた。

 

「え?」

 

「なんだ……?」

 

 俺と凛が同時に声を上げる。

 カリバーンも動きを止め、視線を上げた。

 

 鮫島の背後。

 何もない虚空に、蜘蛛の巣のようなヒビが走っていた。

 

 ヒビはみるみるうちに広がり――

 

 パキィィィィィィンッ!!!!

 

 まるで分厚いガラスが砕け散るかのような甲高い轟音と共に、空間そのものが崩壊した。

 

「な、なんや……いや、まさか!? ありえへん! だって、早すぎるやろ!!」

 

 鮫島が間抜けな声を漏らして振り返る。

 

 砕け散った空間の破片がキラキラと舞い散る中。

 亜空間の檻を叩き割ったその人物は、意識を失った鮫島の仲間たちと共に、静かにそこへ降り立った。

 

 プラチナブロンドの髪が、怒りに呼応するようにふわりと舞い上がる。

 エクスカリバーは鞘に収められており、その手には、何も握られていない。

 だが、彼女の全身から放たれる『殺気』は、かつてないほどに冷たく、そして巨大だった。

 

「セイラ……!」

 

 凛が、震える声でその名を呼んだ。

 

 空間隔離の罠に囚われていたはずの日本最強のSランク探索者、神宮寺セイラ。

 彼女は、倒れ伏す凛と、凛を抱える俺の姿を視界に収めると――

 

 一切の感情を消し去った、絶対零度の瞳で鮫島を見下ろした。

 

「――私の大切な友達に、何したの?」

 

 その低く冷酷な声が響いた瞬間、鮫島は自身の敗北を悟るのだった。

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