Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
ノアと名乗る、セイラと瓜二つの『生体兵器』が去った後。
俺たちは血の匂いが充満する廃ダンジョンから逃れるように、地下要塞へと帰還した。
要塞のメインフロアは、いつもの騒がしさが嘘のように重く、冷たい静寂に包まれていた。
『主、様……申し訳、ありま、せん……ワタシが、もっと、強ければ……』
ノアの圧倒的な暴力の前に砕け散り、辛うじて剣の形を保っているカリバーンが、作業台の上で弱々しく明滅している。刀身には痛々しい亀裂が走り、二つの相反するオーラは見る影もない。
俺はカリバーンの刀身を優しく撫でた。
「喋るな、カリバーン。お前はよくやった。……絶対に元通りに直してやるから、今はゆっくり休め」
『は、い……主、様の、御心の、ままに……』
光がふっと消え、カリバーンは深い眠りについた。
俺は作業台に手をつき、大きく息を吐き出した。
あの『ノア』というバケモノ。神話級にまで成長したカリバーンの全力の一撃を素手で受け止め、軽々と粉砕した。
測定不能のステータス。エデン・グループの最高傑作。
そして何より――
「……ごめんね」
ソファに深く腰掛けたセイラが、両手で顔を覆ったまま、ポツリと呟いた。
いつもは太陽の光を反射するように輝くプラチナブロンドの髪が、今は生気を失って力なく垂れ下がっている。彼女の周囲だけ、ぽっかりと色が抜け落ちてしまったかのようだ。
「謝る必要なんてない。あんな規格外のバケモノが相手だったんだ。むしろ、お前が前線で踏ん張ってくれたから、全員無事に帰ってこられた。上出来だ」
俺が努めて明るい声で慰めると、セイラはビクッと肩を震わせた。
「違うのっ……!」
両手の隙間から覗く碧眼には、大粒の涙が浮かんでいた。
彼女は顔を上げ、すがりつくような、それでいて深い絶望に沈んだ瞳で俺と凛を見た。
「あの子……ノアは、私の遺伝子から造られた。私のお父様が、私をベースにして生み出した怪物なの。お母さんが言っていた通りだった……命を弄んで、あんな残酷なことまで……っ」
セイラは自身の細い腕をギュッと抱きしめ、小刻みに震え出した。
日本最強のSランク探索者。どんな強大な魔物にも一歩も引かなかった『剣聖』が、今はただの傷ついた一人の女の子として怯えている。
「エデンは、お父様は私を狙ってる。私がここにいるから、エデンはここを嗅ぎつけたんだよ。私がいなければ、透も凛も、あんなバケモノに狙われることもなかった。……私、二人を守るって約束したのに……結局、全然守れてないじゃないっ……」
「セイラ、そんなことないわ。あなたは十分に私たちを――」
凛が隣に座り、セイラの背中をさすろうと手を伸ばす。
だが、セイラは首を横に振り、無理やり引き攣った笑みを作って立ち上がった。
「……ごめん。私、少し疲れたみたい。シャワー浴びて、部屋で休むね。……二人も、ちゃんと休んでね」
逃げるように早足で自室へと消えていく彼女の背中を、俺と凛は無言で見送ることしかできなかった。
「……透くん」
「ああ。分かってる」
俺は凛と視線を交わした。
セイラが何を考えているのか。彼女の不器用で、真っ直ぐすぎる優しさが、どういう結論を導き出すのか。
俺たちには、痛いほど分かっていた。
◇
その日の深夜。
地下要塞のメイン照明が落とされ、非常用の淡いオレンジ色のライトだけが点灯する静まり返った通路を、一つの影が足音を殺して歩いていた。
セイラだ。
彼女は私服の上に防刃ジャケットを羽織り、腰には『聖剣エクスカリバー』と『アイギスの盾』をしっかりと装備している。
背中のリュックには、最低限の野営道具と保存食が詰め込まれていた。
向かう先は、要塞の地上出口へと続く重厚な防爆扉。
(ごめんね、透、凛)
セイラは心の中で、大切な二人の顔を思い浮かべながら謝罪の言葉を繰り返した。
あのままこの要塞にいれば、いずれエデンは総力を挙げて襲いかかってくる。ノアのようなバケモノが何体も送り込まれてくれば、いくら透の鑑定スキルと神話級の武具があっても、防ぎきれる保証はない。
透も、凛も、ようやく掴んだ平穏な居場所だ。
それを、自分の家族のいざこざで壊すわけにはいかない。
(これは、私の家族の問題。私とお母さんを苦しめ続けたお父様の罪。……だから、私が全部、一人で終わらせてくる)
セイラは唇を強く噛み締め、決意を胸に扉のロック解除パネルへと手を伸ばした。
欧州にあるエデン・グループ本社。そこへ単身で乗り込み、父親であるアダムス会長を討つ。生きて帰れる保証はない、完全な片道切符の特攻だ。
「……さようなら。すごく楽しかった」
暗証番号を入力しようと、指先がパネルに触れた――その、瞬間だった。
「ポーション、足りてないぞ」
「え?」
パァンッ! と。
突然、通路のメイン照明が一斉に点灯し、眩い白光がセイラを照らし出した。
目を細めたセイラの視界に飛び込んできたのは、防爆扉のすぐ手前、まるで最初からそこで待ち構えていたかのように置かれた二つのパイプ椅子。
そこには、腕を組んで深く腰掛ける俺と、眠気覚ましのブラックコーヒーを片手に持ち、呆れた顔でため息をつく凛が座っていた。
「と、透……? 凛も……どうして」
「どうしてって、お前が無理してることなんて、百万年前からお見通しだったからよ。ホント、分かりやすいんだから」
凛が立ち上がり、コツカツとヒールを鳴らしてセイラに歩み寄る。
「さて、ウチのポンコツで心配性の専属護衛さん。こんな夜更けに、どこへ行くつもりだったのかしら? まさか、置き手紙一つで消えようとしたわけじゃないわよね? うちはブラックなの、こんなんじゃ辞めさせないわよ」
逃げ道を塞がれ、図星を突かれたセイラは、気まずそうに目を伏せ、ギュッとエクスカリバーの柄を握りしめた。
「……行かなきゃ、いけないの。お願い、通して」
その声は細く、震えていたが、彼女の決意の固さを示していた。
俺はゆっくりと椅子から立ち上がり、セイラの正面へと歩み出た。彼女の碧眼と、真っ直ぐに視線を交えるために。