Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
「……行かなきゃいけないの」
非常灯のオレンジ色の光に照らされた通路。
逃げ道を塞がれたセイラは俯いたまま、震える声で絞り出した。
強大な魔力で編み込まれた防刃ジャケットを着込んでいても、その華奢な肩は小刻みに震えている。少し触れただけで壊れてしまいそうなほど、今の彼女は脆く、儚かった。
「あのままじゃ、エデンは絶対にまた来る。あの子みたいな規格外のバケモノを何体も送り込んでくるかもしれない。そうなる前に、私が差し違えてでもお父様を止める。……これ以上、二人に迷惑はかけられないよっ!」
「馬鹿ね」
ピシャリと。
凛の冷たく、けれどどこまでも真剣な声が通路に響いた。
「アレを相手にして、自分一人じゃ危ないって一番よく分かってるのはセイラ、アンタでしょ? 単身で敵の本拠地に乗り込むなんて、ただの自殺志願の悲劇のヒロインよ。全く笑えないわ」
「うっ……でも……!」
「いい加減にしなさい」
凛は歩み寄り、セイラの両肩をガシッと掴んだ。そして、涙で揺れるその碧眼を真っ直ぐに覗き込んだ。
「私たちは『株式会社アンティーク・アイ』。利益を追求するビジネスパートナーで、運命共同体よ。あなた一人に背負わせて、私たちがオメオメと生き延びて喜ぶような薄情者に見えるわけ?」
「凛……」
「俺からも言わせてくれ」
俺はパイプ椅子から立ち上がり、セイラの前に歩み出た。
そして、作業服のポケットから『小さな黒い種』を取り出し、彼女の目の前でつまんで見せた。
それは、周囲の光を吸い込むような、不気味で濃密な魔力を放っていた。
「と、透? それ……深層のゴミ捨て場で見つけた、ヤバいアイテムじゃ……」
「ああ。『服従の種』だ。特定の条件を満たせば、対象と絶対的な主従関係を結べる使い捨ての呪具だ」
俺は種を固く握り込み、セイラを真っ直ぐに見据えた。
「琴音さんの『魔力枯渇症』は、欧州で受けた呪いが原因だ。そして俺の鑑定によれば、あの呪いは『術者の意思』でしか解除できない。……だったら、話は簡単だ。俺が欧州に乗り込んで、お前の親父を支配下に置く。そうすれば、琴音さんの呪いも解けるし、エデンも無血開城。ついでに買収して、アンティーク・アイの世界進出だ」
「なっ……!? そんなの無茶だよ! これ、条件が厳しすぎるし、もし見破られたら透の鑑定スキルが無くなっちゃうんでしょ!?」
セイラが悲鳴のような声を上げる。
そう、この種は強力すぎる代償として、失敗すれば使用者の最も核となる能力を根こそぎ奪い取る。俺にとっては命と同義のスキルを失うリスクがあった。
「だから、お前が必要なんだよ」
俺はセイラの頭にポンと手を置き、優しく、だが力強く言い含めた。
「俺はFランクで、戦闘力は皆無だ。お前が前線で暴れて、エデンの目を完全に引き付けてくれないと、俺は親父の懐に潜り込むことすらできない」
「透くんの言う通りよ。それに、欧州の経済網を大混乱させてエデンの防衛網に穴を開けるなら、私の裏工作も必須になるわ。私たち三人の力が噛み合って、初めて成立するミッションなのよ」
凛がニヤリと笑い、俺の隣に並び立つ。
表の武力であるセイラ、裏の知略である凛、そしてアイテムを探す俺。
誰か一人でも欠ければ、巨大企業エデン・グループを打ち倒すことは不可能だ。
「お前は俺たちの矛で、盾だ。俺たちが最高の神話級装備をこれでもかってくらい用意してやる。だから……俺たちを置いて、一人で死に急ぐな」
「透……凛……っ」
セイラの大きな瞳から、今度は安堵と嬉しさの涙がポロポロと溢れ出した。
彼女はエクスカリバーを取り落とし、凛の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「う、うわぁぁぁんっ……! ごめん、なさい……一緒に、一緒に来て……! 私を助けて!」
「ええ。地獄の果てまで、付き合ってやるわよ」
「ああ、きっちり護衛の仕事、果たしてもらわなくちゃだしな」
俺と凛は、しゃくり上げる最強の剣聖の背中を、優しく、何度も撫で続けた。
孤独な特攻を企てていた少女の強張った筋肉が、少しずつ解れていくのが手を通して伝わってくる。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したセイラは、赤く腫らした目を袖で擦りながら顔を上げた。
「……ごめん、なさい。いまの私、すごくカッコ悪い」
「何言ってんの。一人で抱え込んで消えようとする方がよっぽどカッコ悪いわよ」
凛が呆れたように笑い、自分のポケットからハンカチを取り出してセイラの顔に押し当てた。
「ほら、拭きなさい。せっかくの美人が台無しよ」
「う、うん……ありがとう、凛」
「さて、涙も引っ込んだところで、反撃の準備といくか。やらなきゃいけないことは山ほどある」
俺の言葉に、セイラは力強く頷き、足元のエクスカリバーを拾い上げた。その瞳から先ほどの迷いや絶望は完全に消え去り、これまで以上に鋭く澄み切った『剣聖』の光が宿っていた。