Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第86話 美

 視界を埋め尽くしていた眩い蒼光が収まると、足の裏に硬く冷たい大理石の感触が伝わってきた。

 空間転移特有の浮遊感が抜け、俺はゆっくりと目を開ける。

 

「……着いた、のか?」

 

 そこは、日本のギルド本部の無機質な地下施設とは全く異なる空間だった。

 天井からは豪奢なクリスタルのシャンデリアが吊るされ、壁には宗教画のような美しいフレスコ画が飾られている。空気には仄かに甘い香水の匂いが漂っており、ダンジョンギルドというよりは、どこかの王宮のレセプションホールのようだった。

 

「うわぁ……すっごく綺麗! ここがフランスのギルド?」

 

「すごいわね……壁の装飾に使われてる金箔、本物よ。流石は花の都ってところかしら」

 

 セイラが目を輝かせて周囲を見渡し、凛は早くも壁の装飾を値踏みするように目を細めている。

 

「――ビアンヴニュ。ようこそ、芸術と花の都、パリへ」

 

 不意に、ホールの大階段の上から、滑らかな、よく通る声が響いた。

 俺たち三人は、その言葉にピタリと動きを止めた。

 

「……って、日本語!?」

 

 俺が素っ頓狂な声を上げると、コツ、カツ、と優雅な足音を響かせながら、一人の若い男が階段を降りてきた。

 

 年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 輝くようなブロンドの髪を優雅に流し、透き通るようなサファイアブルーの瞳を持つ、息を呑むほど整った顔立ち。

 身に纏っているのは、白を基調とし、金糸の刺繍が施された軍服風のオーダーメイドスーツ。まるで中世の童話から抜け出してきた王子様そのものだった。

 

「フッ……驚くことかな? 極東の島国から来る客人をもてなすのに、無粋な翻訳機を用いるなんて、言葉本来の響きや美しさを損なうだけさ。真の美の探求者たる私にとって、美しい言語を自ら修めることなど造作もない」

 

「……すごい説得力ね」

 

 流暢すぎる日本語でウインクを決める男に、凛が小声で突っ込みを入れる。

 男は階段の途中で立ち止まり、俺たちを見下ろすようにして優雅に一礼した。

 

「私が欧州ギルドマスター、シャルルだ。改めて、美しい客人たちを歓迎しよう」

 

「東郷マスターからお話は通っているかと思います。株式会社アンティーク・アイの――」

 

 凛がビジネススマイルを浮かべて一歩前に出たが、シャルルはスッと片手を上げて彼女の言葉を遮った。

 

「ああ、トーゴーからの連絡は受けているよ。『面白い連中がそっちへ行く』とね。……だけど」

 

 シャルルのサファイアブルーの瞳が、値踏みするように俺たちを上から下まで舐め回す。

 セイラのプラチナブロンドの髪と整った顔立ちを見て「ふむ、天性の華がある」と小さく頷き、凛の計算し尽くされた所作を見て「悪くないシルエットだ」と呟く。

 そして、最後に俺を見た瞬間――あからさまに、美しい眉を顰めた。

 

「……なんだい、その無粋な出で立ちは。君が『Master_Eye』だよね? 悪い冗談だ。機能性ばかりを重視し、美への敬意が微塵も感じられない。君の存在そのものが、この美しい空間のノイズになっているよ」

 

「……は?」

 

『ノイズですってッ!?』

 

 俺が間抜けな声を漏らした瞬間、背後に控えていたカリバーンがブォンと激しく空気を震わせた。

 

『この無礼者め! 主様の洗練された機能美と、その背後を彩るワタシという究極の芸術品が目に入らないのですか! 貴様のその成金趣味の白スーツこそ、美の風上にも置けまっ──』

 

「ちょっ、黙ってろカリバーン!」

 

 俺の背後から飛び出し、猛烈な勢いで抗議をするカリバーンを黙らせる。

 シャルルは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐにクスリと笑った。

 

「喋る魔剣か。確かにトーゴ―の言う通り、愉快ではある。が、私の言う『美しさ』とは、外見の装飾だけを指すのではないよ」

 

 シャルルは階段を降りきり、俺たちの目の前で立ち止まった。

 

「私はね、世界で最も『美』を愛している。エデン・グループのような、無機質で利益と効率だけを追い求める巨大企業は、この世界を汚す醜悪な存在だ。彼らをこの手で排除したいと、常々思っている」

 

「だったら、私たちに協力して――」

 

「ノン」

 

 俺の言葉を、シャルルは冷たく切り捨てた。

 

「エデンを敵に回すということは、欧州全土におよぶ血みどろの戦争になりかねない。醜い争いで、私の愛するこの美しいパリの街が血で汚れるリスクを負う。……君たちには、そのリスクに見合うだけの『圧倒的な美しさ』が感じられないんだよ」

 

 シャルルの瞳には、冷酷なまでの合理性と、狂気にも似た芸術への執着が混在していた。

 ただ金や権力を積めば動く相手ではない。彼の心を動かすのは、彼自身が認める『圧倒的な何か』だけだ。

 

(ここでアイテムボックスから手土産の『天上の涙』を出しても、見向きもされないだろうな……)

 

 俺は直感した。言葉で着飾るだけの段階で物を差し出しても、この男は「物に頼る浅ましさ」と一蹴するだろう。

 

「……じゃあ、どうすれば俺たちの『美しさ』を証明できるのでしょうか?」

 

 俺が真っ直ぐに見据えて問うと、シャルルは満足そうに口角を上げた。

 

「シンプルなことさ。君たちの魂の輝き……すなわち、極限状態での命の煌めきを見せてほしい」

 

 シャルルは指を鳴らす。

 すると、大理石の床の一部がスライドし、地下へと続く薄暗い隠し階段が現れた。

 

「この欧州ギルド本部の地下には、私が一から築き上げた美しきダンジョン『白薔薇のカタコンベ』がある。美しくも狂暴な魔物たちが巣食う、死の迷宮だ」

 

 シャルルは俺たちに、挑発的な視線を向けた。

 

「そこの最深部に咲くという、『深淵の薔薇』を持ち帰ってきなさい。君たちの力で、私の心を震わせるような美しい戦いの舞を披露できたなら……エデンとの戦争、喜んでこのシャルルが後ろ盾となってあげよう」

 

「……試練、ってわけね」

 

 凛が不敵な笑みを浮かべ、腕を組んだ。

 セイラも腰のエクスカリバー・アヴァロンの柄に手を当て、凛々しい表情で階段を見下ろす。

 

「いいよ。その薔薇、私たちが絶対に取ってくる!」

 

「素晴らしい返事だ。……期待しているよ、極東の客人たち」

 

 王子様のような優雅な笑みを浮かべる欧州ギルドマスターに見送られながら。

 俺たちはエデン・グループとの決戦に向けた最初の関門、『白薔薇のカタコンベ』へと足を踏み入れた。

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