Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
白亜のテストエリアから、いつもの豪奢なギルドマスター執務室へと戻った俺たちは、シャルルが自ら淹れたという、ハーブの香りが心地よい紅茶でもてなされていた。
「トオル、改めて本当に驚かされたよ。まさかアガートラームがあれほど完璧に、そして美しく起動するとはね。我がギルドで講師をしてほしいくらいだ」
シャルルはティーカップをエレガントに傾け、サファイアブルーの瞳を細めた。
「はは、ありがたい話ですが、お断りさせていただきます。俺が教えられることはありませんから」
「ふふ、実に謙虚だ。しかし、事実として君は『余白』を埋めてみせた。美しき芸術家の名にふさわしいよ」
相変わらずの過剰なポジティブ解釈だが、機嫌が良いのは何よりだ。
「さて、シャルルさん。お互いの信頼関係も十分に築けたところで、本題に入りましょう。……そちらで保有しているエデン・グループの具体的な情報をお願いできますか?」
凛の言葉に、シャルルはカップを静かにソーサーへと戻し、表情から笑みを消した。
すっと場が冷え、欧州ギルドの頂点に立つ男としての、鋭く冷徹なオーラが室内に漂う。
「ああ、もちろんさ。……君たちは、欧州の特定の地域で、ダンジョン外に魔物が出没する事件が頻繁に発生していることは知っているかい?」
「ダンジョンの外に、ですか?」
俺が問い返すと、シャルルは小さく頷いた。
「そう。近年、特にスイスからフランスにまたがるアルプス近郊のダンジョンで、突如として魔力が著しく低下し、魔物がダンジョン外に現れる現象が多発している。ギルド内では局所的な生態系の崩壊と処理されていたが、私たちが裏で調査を進めた結果、別の真実が浮き上がってきた」
「別の真実、ですか」
俺が先を促すと、シャルルは手元のリモコンを操作した。 すると、壁に飾られた名画の一つが滑らかに反転し、最新鋭のホログラムモニターが現れる。
そこに映し出されたのは、スイスからフランスにまたがるアルプス山脈の複雑な等高線と、不気味に赤く点滅するいくつかの座標だった。
「これらはすべて、エデン・グループの関連会社が、表向きは『観光用のインフラ施設』や『地熱発電所』として買い占めた土地だ。だがその地下深くには、ダンジョンから溢れる濃密な魔力を効率的に吸い上げる、極秘の『魔力吸引プラント』が建設されている。その影響でダンジョン内と外のバランスが崩れ、本来は内側に留まるべき魔物たちが地上へと溢れ出し、周囲の村々や都市を脅かしているのさ」
シャルルは長い指先で等高線の一角をなぞった。
「彼らが吸い上げた莫大な魔力は、パイプラインを通じてスイスの本社、そして各地の実験施設へと送られている……と、我々は考えている。お恥ずかしながら、実態はまだつかめていないけどね」
「その吸い上げられた魔力の、本当の使い道が問題ですね」
俺はティーカップを置き、ホログラムモニターに映し出された赤い座標群を見つめた。
「ええ。ギルドの裏付けデータと、私たちが日本で手に入れたエデンの資金移動の記録を照らし合わせると、いくつかの仮説が立つわ」
凛はタブレットを指先で弾き、シャルルが見せる等高線のマップに、自身が解析したデータを重ね合わせた。
「吸い上げられた莫大な魔力は、スイス本社だけでなく、フランス国境近くに位置する複数の『研究施設』にも送られていて……セイラと同じ遺伝子を持つクローン適合体。例えば『ノア』のような生体兵器を調整・維持するための施設になってたりするかもね」
「……! もしかしたら、お母さんの呪いにも……」
「……関わってる可能性はあるわね」
凛の仮説にセイラが息を呑み、自身の胸元に手を当てた。 プラチナブロンドの髪が小さく揺れ、その碧眼に微かな動揺と、それを覆い隠すほどの強い憤怒の炎が灯る。
「ふむ。使い道に関しては君たちの方で心当たりがあるようだが、冷静になりたまえ剣姫
シャルルはカップをソーサーに置き、セイラを静かに見つめた。その眼差しは、先ほどまでの軽薄さを感じさせない、理性に満ちている。
「美しい怒りは戦いを彩るが、冷静さを欠いた刃は、ただの凶器へと成り下がる。それは醜いものだ。碌な結末は迎えないよ」
「……ごめんなさい」
セイラは小さく拳を握りしめ、唇を噛む。その碧眼は、悔しさと怒りで細く震えていた。 そんな彼女の肩に、凛がそっと手を置いた。
「シャルルさんの言う通りよ、セイラ。敵は私たちが欧州に現れたことすら、まだ正確には把握していないはず。まずはそのアドバンテージを活かして、外堀から埋めていくべきだわ」
「外堀?」
俺が問いかけると、凛は鋭い視線をホログラムモニターに向けた。
「ええ。エデンが各地のプラントから魔力を吸い上げて本社や実験施設に供給しているなら、その『供給源』をいくつか断ってやるのよ。魔力の流れが不安定になれば、本社の防衛機構や、クローン適合体の維持システムに必ず綻びが生じるはずだわ」
「なるほどな。敵のエネルギー源を遮断して、強制的に弱体化させるわけか」
俺は納得して頷いた。確かに、いきなり本陣へ突っ込むよりもはるかに合理的だ。
「その通りさ、マドモアゼル。実に美しいアプローチだ」
シャルルは流れるような動作で立ち上がり、再びホログラムの地図を指し示した。
「我々が把握しているプラントは全部で五箇所。そのうち、フランス国境に最も近いアルプス山脈の麓にあるプラントが、現在最も魔力を蓄積している。まずはここをターゲットにしよう」
「潜入、ですね。でも、エデンの管理施設ならセキュリティは相当厳しいんじゃないですか?」
俺が懸念を口にすると、シャルルは微笑んだ。
「ノン。心配は不要さ。隠密行動が得意な美しき協力者を用意している」
シャルルが軽く指を鳴らす。
その瞬間、部屋の隅にある、シャンデリアの光すら届かない重厚なカーテンの影が、ゆらりと不自然に揺らめき、墨をこぼしたように広がっていく。
そして、そこから立体的な輪郭が結ばれ、一人の少女が現れた。
「――――