SAO/Black Rounds   作:NT@K

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『チュートリアル』編
第一話「剣の世界」


「――リンクスタート!」

 

 その声と共に世界から暗闇に包まれた。

 すべての感覚が遮断され、ただ自分の思考だけがある。視覚が失われ、身体を動かしたという感覚もなく、自分の頭から下に身体が付いているのか、本当に自分はそれを見ようとしているのかも分からない。

 だが、その暗闇も一瞬、周囲が光に包まれ、思わず目を瞑った。

 

 目を瞑っている感覚、自分が地面に立っている感覚、身体を通り抜ける風の感覚に、はっと目を開く。

 

「ここは……」

 

 自分の声ではない声が自分の喉から出ている事に驚き、喉を抑える。高めの、それでいて重みのある男性の声だ。違うのは声だけではない。喉を抑えた手はゴツゴツとした手で元の華奢な指や甲とは違う。後は視界にも違和感を感じる。身長としては170~180㎝といった所か、元の小柄な自分がいつも見ている景色ではない。

 

「どうやら着いたようですね」

 

 まるでファンタジー世界のような、いやファンタジー世界そのものといったその世界。現実と乖離した脳の中にしかない虚構の風景。ヴァーチャル・ゲーム「ソードアート・オンライン」――通称「SAO」の舞台、浮遊城アインクラッドだ。

 SAOは数あるMMORPG、いわゆる、大規模多人数同時参加型と呼ばれるオンラインRPGの1つで、家庭用VRマシン「ナーヴギア」でプレイできる、世界初のフルダイブ型のヴァーチャルMMOである。テレビの画面を見ながらコントローラーを持って遊ぶテレビゲームではなく、ナーヴギアというヘルメット型の機械を通して、人間の脳の中でのゲームを可能にする。つまりは、剣で戦ったり、魔法を使ったりといった非現実的なものを、自分の身体を動かす感覚で遊べるのである。まさに、「ゲームや物語の中に入る」という誰しもが夢見る絵空事を疑似体験できるというわけだ。

 

「ふむ。とりあえず少し歩いてみますか。っと」

 

 現実の背格好と違うため、1歩踏み出そうとしたら違和感に転びそうになった。とりあえず慣れのために足を2歩3歩と足踏みしてみて、何とか感覚を掴んだ所でゆっくり歩きだした。

 彼の居た場所は町のようだった。中世のヨーロッパのような街並み、現代的なビル群や機械もない風景に自然と心躍る。彼はこのような街並みが好きだった。きょろきょろと物見遊山の外国人のように見回しながら歩く。

 暫く歩いて店、おそらく武具屋の前に置いてある姿見を見つけた。これで買った武具などを装備した姿を確認するのだろう。彼はおもむろにその前に立ち、自分の姿を確認する。清潔な金色の短髪に、柔らかな双眸に整った顔立ち。すらっとした背格好で、痩せ細っているわけではないアスリートのような体格の男性が立っていた。外国の好青年といった風貌だ。

 このようなキャラクターエディットはゲームを開始する時に設定できるのだが、この世界観にぴったりな中世の英国騎士をイメージして彼が作ったものだ。

 ふと、自分の左手を振り、システムアイコンを呼び出す。そこに表示された自分の情報を見て、満足する。

 

《Artorius:Male》

 

 プレイヤー名「アルトリウス」。少し中学二年生の思考っぽいが、英雄アーサー王のモチーフとなったルキウス・アルトリウス・カストゥスの名前を拝借させてもらった名前だ。現実の名前が似ているのもあって、彼――アルトリウスはアーサー王伝説を愛読している。キャラの風貌を英国騎士風にしたのもそこからだ。

 前後ろと確認しながら、心なしか作った時よりもカッコよく見えた。作った外側”キャラクター”に自分という中身”魂”が入った影響かもしれない。なるほど。確かに街を行き交う自分と同じ大勢のプレイヤー達も、ゲームキャラクターのような能面ではなく、やはり生き生きとしていて人間らしい。ゲームの中という事で身構えていた所もあったが、こう見ると非現実的な風貌の人間や街並みだが、やはり自分の脳内にある現実なのだと再認識する。

 

「さて、行きますか」

 

 数分、姿見で自分の姿を確認して満足したアルトリウスは、そろそろこのゲームの本題である戦闘を試してみるか、と歩き出した。

 とはいえ、アルトリウスは実の所この手のMMORPGどころか、ネットゲームやRPGゲーム自体が初めてだ。どこに行けば、何をどうすれば戦闘が出来るのかが分からない。さて、どうしたものかと思案しながら歩いていると、不意に黒髪の青年が目の前を走ってきた。

 アルトリウスは反射的にそれを交わし、黒髪の青年も器用な足さばきで交わして、私の身体を通り抜けた。

 

「っと、ごめん!」

 

 ぶつかりそうになった青年は両手を合わせて、軽く謝ってくる。

 急いでいたのだろう。そのまま振り向こうとしていたので、アルトリウスはむっとしてその肩を掴んだ。

 捕まった青年は思わず「うわっ」と声を上げ、立ち止まる。

 

「すみません。ただ、このような人混みで走るなど、自分からぶつかりに行っている行為と同義でしょう。もう少し気を配って頂きたい」

 

「あ、本当にごめんなさい……っ」

 

 少しきつめに指摘したアルトリウスだったが、青ざめた顔でそう言って礼をしてきた青年を見て、ばつが悪くなる。自分もきつめに言った手前、これ以上引っ張っても意味がないと思い、肩から手を放した。

 

「いえ。分かって頂ければいいのですが、何か急いでいたようですね」

 

「え、ええ。ちょっと……」

 

 言い淀む黒髪の青年を見て、なんとなく人とのコミュニケーションが苦手そうな印象をアルトリウスは持った。

 とはいえ、先ほどのぶつかりそうになった時の足さばきや自分のように右も左も分からないのではなく、目的地を持って走っていたこの青年に色々聞いてみるのがいいのではないか。ネットゲームとはそういう見知らぬ人とのコミュニケーションも醍醐味だと、このゲームを勧めてくれた者も言っていた。

 

「随分と迷いのない挙動でしたが、失礼で申し訳ないのですが、私に色々とこのゲームの事を教えて頂けないでしょうか?」

 

「……初心者さん、ですか?」

 

 先ほどの件の申し訳なさからかおずおずと尋ねてくる。

 アルトリウスはそれに頷き、

 

「……はい。恥ずかしながらネットゲームやRPGといったものに触れた事がありませんでした。なので、どうしたものかと途方に暮れていたのですよ」

 

「それはまた、どうしてこのゲームを――あ、すいません」

 

「? どうして謝るのです?」

 

「い、いえ。ネットゲームじゃ現実の事を聞いたり答えたりするのはあまり良くないんですよ」

 

 なるほど、とアルトリウスは頷く。

 それもゲームを勧めてくれた人物が言っていた。架空の世界とはいえ、この世界の外側にはそれぞれの現実があり、生活がある。現実の情報を見ず知らずの人に晒すのは、デメリットしか生まないのだ。

 

「それより、このゲームの事を教える、でしたっけ。まあ、さっきぶつかりそうになった件の謝罪も兼ねて、俺は構いませんよ」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 アルトリウスが礼儀よく90度近いお辞儀をすると、目の前の黒髪の青年は慌てて「い、いや!いいですよ!」と止められた。

 謙虚な性格なのだろう。青年は居心地が悪そうに視線を動かしている。

 私はそんな青年に手を差し伸べる。

 

「私はアルトリウスと言います」

 

 黒髪の青年は、少しだけ逡巡したが、しっかりと手を握った。

 

「あ、ああ。俺はキリトです。よろしく」

 

「はい。宜しくお願いします。キリト」

 

 自分から差し出したが、何とも気恥ずかしい光景だった。握手した2人とも、同じ気持ちだったのか、手を放して共に苦笑する。

 と、そこへ。

 

「話は聞かせてもらったぜ」

 

 唐突に2人の間に赤いバンダナを付けた男性が現れた。キャラクターの風貌だけで言えば20代くらいの男性だ。あご髭も相まってか、年齢が学生というわけではなさそうだ。

 黒髪の青年はきょとんとしているので、アルトリウスが前に出る。

 

「何かご用ですか?」

 

「おう。つっても、用があるのはそこの兄ちゃんで、要件はあんたと似たような内容さ。俺に序盤のコツをレクチャーしてほしいんだ!」

 

 

 ***

 

 戦闘――このゲーム「ソードアート・オンライン」の戦闘システムは、アルトリウスはじっくり説明書を読んでゲームを開始したのだが、主な特徴は2つ。1つは弓や魔法といった遠距離攻撃武器はなく、あくまで剣や槍などの近接武器で戦う事、そしてもう1つはソードスキルという存在だ。

 ソードスキルはいわゆる必殺技で、魔法のないこの世界でモンスターに大きなダメージを与えるこの技術は、SAOをプレイする上では必須だ。ソードスキルは武器それぞれに固有のものを持つ。更に、攻撃スキル以外のスキルも充実しているため、武器選びとスキル選択は今後のビルドに係る重要なファクターだ。

 

「――っはあ!」

 

 アルトリウスは呵声と共に剣を振りぬく。

 彼らはモンスターの居る戦闘フィールドに繰り出していた。

 目の前に居るのはフレンジーボア。キリトいわく、スライム相当(無論、アルトリウスはスライムの存在を知らなかった)のイノシシの小型モンスターだ。

 自らの握った直剣がフレンジーボアを縦に薙ぎ、その上にあるHPゲージを削る。

 ちなみに今の攻撃は件のソードスキルではない。ただの遠心力の乗った降り下ろしだ。

 

「ふむ。ソードスキルとは難しいですね」

 

「ははは。確かにソードスキルにはなりませんでしたけど、すごい剣捌きですね。本当に初心者なんですよね?」

 

「む。キリトは私が嘘をついているとでも言いたいのですか? それは心外です」

 

「いやいやいや。それくらい戦い慣れているってことですよ!」

 

 キリトは慌てて、むっとしたアルトリウスに弁明した。アルトリウスは「それならいいのですが」と言って、再びフレンジーボアに向き直る。

 剣を構える、その清澄な姿に何度見ても息を呑む。まるで剣と共に生きていたような自然な構えだ。彼の言では、現実でも剣術を幼い頃から習っているようで、そのおかげだろう。ただ現実にはない必殺技という概念、ソードスキルを出すには手こずっている。

 と、アルトリウスの直剣にライトエフェクトが奔った。

 

「今だ!振りぬけ!」

 

「っせあ!」

 

 キリトの掛け声と共にアルトリウスはフレンジーボアの眼前に踏み込み、光を放つ剣を斜めに振り払った。両手剣ソードスキル《アバランシュ》。薙ぎ飛ばされたフレンジーボアはそのHPゲージを大きく削られ、光の硝子となって消滅した。

 

「やりましたね。今のがソードスキルです」

 

 キリトがかけ寄ると、アルトリウスは自分の握った直剣を見て渋い顔をしていた。

 先ほどまで態度に出ないまでも、ソードスキルが出ずに悔しそうにしていたのでもっと嬉しがってもいいはずである。

 

「……システムが勝手にやってくれるとキリトは言いましたが、まるで自分の身体を勝手に動かされている感覚で慣れないですね」

 

「自分はあんまり感じませんけど、アルトリウスさんは元々剣の型を持っているからかもしれませんね」

 

 確かに現実の感覚がリアルにフィードバックされるこのSAOで、元々剣術をしていたアルトリウスは自分の戦闘の型を持っているが、ソードスキルは自分じゃない別の誰かが作った戦闘の型である。通常の人間は、現実世界では人や何かと肉弾で戦う事がないため、自分の型など持っていないためシステムアシストという誰かの戦闘の型を使う事に抵抗はないが、アルトリウスの場合、自分の戦闘の型と他人の戦闘の型は全く別物のため、恐らくその感覚の違いに違和感を覚えているのだろう。

 

「確かに。とはいえ、これをマスターしない事にはボスとも満足に戦えないのでしょう? 出来るだけ使って自分の型に落とし込んでいきます」

 

「そうですね。でも、やっぱりすごい戦闘技術ですね。そこらの経験者よりずっと強いと思いますよ」

 

「い、いえ。それ程では……」

 

 アルトリウスは照れて手を振る。

 そんなアルトリウスにキリトは顔を逸らして、別の人物を遠くを見る目で見る。

 

「まあ、実際MMO経験者の方が手こずってるわけですけども」

 

「ぐあああああっ」

 

 叫び声をあげたのは先ほど街で話しかけてきた赤いバンダナの青年、名前はクラインといった。別のフレンジーボアの突進を腹に受けて大げさなモーションで右左と転がり痛がっている。

 キリトはそれを見て嘆息して、今度はクラインに歩み寄っていく。

 

「いてええええええ!」

 

「……いや、痛覚は遮断されてるだろ」

 

 キリトが冷静にツッコむと、クラインはあっけらかんと「あ、そうだった」と気づいて、何事もなかったかのように立ち上がる。

 ナーヴギアによるペインアブソーバーにより、痛覚がないこの世界でのダメージはHP減少と、ダメージを受けた部位の不快感という形で表れる。それ故、相手のモンスターのダメージを無視しながら戦う事が出来るというわけだ。

 

「初動のモーション……、モーション……」

 

 フレンジーボアがまたクラインに目がけて突進する。

 それに対して、クラインは握った曲刀(シミター)を肩に預けた構えを取る。瞬間、橙黄色のライトエフェクトが奔る。曲刀ソードスキル突進技《リーパー》。クラインが手前に踏み込んで、一気にフレンジーボアを突き抜ける。

 フレンジーボアはその身に水平一直線のダメージエフェクトを刻み、消滅した。

 

「よっしゃあ!!」

 

「ナイス。やるじゃないか」

 

 キリトが手を挙げ、クラインが合わせた。

 クラインはソードスキルを発動出来て満足げなようで、色々なモーションを試し始める。まるで新しい事を覚えたての子供のようだ、とキリトは笑う。

 

「おめでとうございます。クラインも出来たようですね」

 

「おうよ。アルトリウスもソードスキルのやり方掴んだのか?」

 

「はい。とはいえ、まだ慣れませんが。モーション次第では自分の剣技から繋げられそうです」

 

 そう言ってアルトリウスは剣を構え、円舞のように剣を何度か振るい、切込み、切り上げ、ライトエフェクトで溜めて《アバランシュ》を繰り出した。暫くの硬直の後、剣を仕舞い、礼をする。

 その姿にキリトとクラインが、「おおー」と拍手をする。

 

「すげーな。アルトの旦那は」

 

「アルト? 私の事ですか?」

 

「いや、アルトリウスじゃ長ぇし言い難いしよ。馴れ馴れしかったか?」

 

 アルトリウスは首を振り、微笑む。

 

「いえ、言いやすい呼び方で構いません。す、少し呼ばれ慣れない名前で驚きましたが、そういう誰に対しても親和的になれるのは私としても好ましい」

 

 その言葉と微笑に、クラインだけでなく、キリトまでびくっとなる。

 同じ男を相手にしているのに、心臓が早くなるような感覚に、2人してかぶりを振る。自分達にはそっちの気はない。

 

「さ、さて、そろそろ次の敵を倒しに行こうか!」

 

「そ、そうだな、キリト! いい提案だぜ! さあ行くぜ!」

 

 肩を組んで無駄に元気に前進していく2人。

 アルトリウスは首を傾げ、2人の後を追ったのだった。

 




仕事納めで何となく書きたくなったSSを投下しました。
何となく書きたくなっただけなので濃い構想はありません。
こんな設定で書きたいなーという妄想程度です。
そのため、5話完結という形を取らせて頂いている次第でございます。
宜しくお願いいたします。
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