SAO/Black Rounds   作:NT@K

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第二話「デスゲームの開幕」

 もう十数体目のフレジーボアが硝子となって霧散した。経験値が入り、テキストが表示されてクラインのレベルアップが伝えられる。

 

「よっしゃあ!」

 

 暫く、3人でフレンジーボアを倒していたため、全員のレベルは初期の1から2に上がっていた。クラインが最後にレベルアップしたのを確認して、キリトとアルトリウスは剣を仕舞う。

 

「うし。これで全員のレベルは2だな」

 

「ああ。結構狩ったな」

 

「クライン、おめでとうございます」

 

 アルトリウスが2人に拳を差し出し、キリトとクラインがそれに倣って、拳を突き出す。トン、と軽く拳を合わせて互いの健闘を称え合った。妙な気分だ。会って間もないのに、この3人は昔から連れ添った戦友のような不思議な感覚だ。一緒に剣を持って戦うというのはそういう事なのだろう。

 

「さて、クラインもレベルアップした事だし、一旦切り上げるか」

 

「おう。そうだな。俺も5時にピザの宅配頼んであるんだよ」

 

 時間は既に夕方時。現実世界の時間とリンクして風景が変わるこの世界でも、夕日が昇り、一度別れるにはいい時間帯となっていた。

 

「それじゃフレンド登録だけ済ますか」

 

「そうですね。では、私から」

 

 互いにフレンド登録を交わす3人。これでいつでも相手の位置情報やログイン情報を確認できるし、メッセージを飛ばす事も出来る。

 夕食を食べ終わったら、またこのメンバーでまた狩りをしようと約束して、まだ時間に余裕がある2人はピザを頼んでいたクラインを見送ることにした。と、クラインが左手を振り、ログアウトをしようとして、「あれ?」と声を上げる。

 

「おっかしいな。ログアウトボタンがねーぞ?」

 

「そんな馬鹿な。ちゃんと探せよ」

 

 言いながら、キリトとアルトリウスもメニューを呼び出してログアウトボタンを探す。

 

「本当だ……」

 

「……確かに私のメニューにもログアウトボタンがありません。ログインした時は確かにあったはずですが」

 

「な? どうっすかな、宅配の人が来ちまうぜ」

 

 呑気なクラインを余所に、キリトは訝しむ。SAOにログインして相当遊んでいたはずだが、その間に運営からそのようなバグが発生したことは告げられていない。本来ならサーバーダウンをするなり何なり処置を施すはずだが、それもない。ナーヴギアでプレイしている限り、ログアウトボタン以外では現状自力で現実世界に復帰することは出来ない。そんな日常生活にも支障を来す重大なバグを長時間も放っておくはずがないのだ。

 

<ゴーン、ゴーン、ゴーン>

 

 急な鐘の音にキリトは思索からはっと戻ってきて、アルトリウスとクラインも何事かと周囲を見回す。鐘の音は自分達が先ほど出会ったアインクラッドの第1層の主街区《はじまりの街》からだ。

 そしてなぜ鐘の音が、と思う間もなく、3人はそれぞれ光に包まれた。

 

「強制転移?」

 

 視界の光が消えると、3人は気づけばフィールドから《圏内》であるはじまりの街、その中央広場に立ち尽くしていた。周囲を見回すと、同じように何が起こったのかとざわめくプレイヤー達。規模は見る限り、SAOの初回ロットの10000人全員という感じだ。皆一様に突然の強制転移に戸惑い、混乱している。

 そして空は急に赤く染まり、上空にそれは現れた。

 

「なんだ?」

 

「運営のイベントか?」

 

「悪趣味な演出だな」

 

「何か怖い……」

 

 プレイヤーが見上げる先には、巨大な赤いフードの存在が現れた。顔は見えず、上空にゆらゆらと浮かんでいる。ただ不気味さだけが分かる、そんな存在だった。彼は自分をこのゲームの開発者、茅場晶彦本人であると名乗った。そして彼から告げられるデスゲームの開始。このゲームでのキャラクターの死は現実世界での死に直結する事、浮遊城アインクラッドの最上部の第100層の最終ボスを攻略しない限り現実世界に戻ることは出来ない事、そして現実からの介入は一切不可能で、どんな手段でも第100層のボスを倒す以外ログアウトする手段がない事が、無慈悲に残酷に告げられた。

 

「最後に私から君達にプレゼントを用意しておいた。アイテムメニューを開き、それを確認したまえ」

 

 各々はそれを聞き、アイテム一覧を確認する。そこには今まで所持しなかった見慣れないアイテムがあった。「手鏡」と書かれた、それを皆ボタンを押して、そのアイテムを確認する。呼び出されたそれは現実世界でもある何の変哲もない手鏡だ。

 が、変化は突然だった。驚くプレイヤー達の気など知らずにキャラクター達が光に包まれる。

 

「一体何が起こって……」

 

 やっと目が開けられるようになったアルトリウスは、何が変わったのかと辺りを見回す。一緒に立っていたキリトとクラインを探そうとして、彼らと同じ恰好をした2人を見つけた。

 

「キリト! クライン!」

 

「は? あんた誰だ?」

 

 呼び止めた彼らは別人だった。2人は同じ恰好をしているが、顔や背が先ほどまで一緒に戦っていた2人とは違う。人違いかと思い、謝って2人を探そうとする。

 

「なんで俺の名前を知って……って、まさか!」

 

「え、まさかキリトなのですか?」

 

「そういうアンタは、アルトリウスさん!?」

 

 

 目の前のキリトらしき人物はアルトリウスからしても明らかに少年だ。女性的な顔立ちで、幼さの残る顔立ちをしている。だが、先ほどまでいたのは背の高い青年だった。容姿が明らかに違う。

 

「マジか!お前キリトだったのかよ!」

 

「そういうお前はクラインか!?」

 

「一体何が起こって――」

 

 アルトリウスは言いかけて、はっとする。

 声が先ほどまでの男性のアルトボイスとは似ても似つかない、女性の声が自分から発せられていた。それは現実世界の自分の声だ。しかも目線の高さや身体の軽さが違う事に同時に気付く。

 アルトリウスは慌てて手鏡を見て、自分の姿を確認する。

 

「私だ……」

 

 そこには短髪の青年の顔はなく、金髪の長い髪まとめた少女の姿があった。

 

「アルトって女だったのかよ!」

 

「す、すいません。騙していたつもりはなかったのですが……」

 

 周囲を見回しても、どこも同じような状態だった。ファンタジー世界の住人といった顔立ちの人間はそこにはおらず、現実世界でどこにでもいそうな顔立ちの人間ばかりだ。どうやら茅場晶彦の言うプレゼントとはアバターの容姿、体格、身長を現実のものに変えるというものだったらしい

 

『私の目的は既に達した。この状況こそが私の目的。プレイヤー諸君が第100層まで攻略出来るよう健闘を祈っている。以上だ』

 

 茅場晶彦を名乗る赤いフードが消え、中央広場が一瞬の静寂ののち、まさに地獄絵図と化した。茅場への罵詈雑言や現実に戻れない絶望の叫び、泣き崩れる者など、阿鼻叫喚の状態だった。

 ずっと冷静だったアルトリウスもさすがの事態にそこまで乱れはしなかったものの茫然自失という状態だった。茅場の言っている事が理解できない。否、納得が出来ない。自分の帰りを待つ者達がいる。アルトリウスが帰らなければその者達は? 悲しむ彼らの姿を想像して、悲鳴を抑えられずに口に手をやり、

 

「――ウスさん! アルトリウス!」

 

「―――っ!」

 

 アルトリウスは軽い頬の痛みと共にはっとする。

 気づけばキリトが目の前にいた。右手を振り切っており、自分が叩かれたという事が理解できた。

 

「す、すいません。だけど、このままでずっと居るわけにもいかない」

 

「……いえ。ありがとうございました」

 

 痛覚は感じないが、アルトリウスは叩かれた頬を擦る。正直あそこで悲鳴を上げていたら、もう立ち直れなかっただろう。一度目を瞑って心臓を落ち着かせ、思考をクリアにしていく。これは大事な剣術の試合の時にも行う精神統一だ。

 深呼吸をして、目を開く。

 

「もう大丈夫です」

 

「よかった……。クライン、アルトリウスさん、話がある。付いてきてくれ」

 

 キリトはそう言って、混乱するプレイヤーの中を抜けて、中央広場から街の中に走っていく。アルトリウスとクラインもそれに付いていき、裏路地ともいえる建物と建物に挟まれた小さな小道で向き合った。

 

「2人ともよく聞いてくれ」

 

 キリトは語った。それはMMORPGの熟練者の言葉だった。MMORPGは言ってしまえば経験値というリソースの奪い合いだ。同じ場所、人の多い所に居れば、リソースはすぐに枯渇して次の手が打ちにくくなる。今の状態はまさにそれだ。今、このはじまりの街には全てのプレイヤーが揃っている。この場所のリソースはすぐに枯渇するだろうという事だ。

 だからこそキリトは言う。すぐにここを離れて、次の街に移動すべきだと。

 

「俺はβテストで次の街への安全なルートは熟知している。2人……いや、3人くらいなら危険もなくたどり着けるだろう。だから俺と一緒に来い」

 

「それは……」

 

 アルトリウスは悩む。中央広場での喧騒を思い出し、その行為は彼らを見殺しにして自分だけ抜け駆けするという事ではないだろうか。だが、キリトの言った通り、リソースは限られている。誰かを助けても共倒れになるのがオチであろう。

 答えに窮しているアルトリウスだったが、クラインが前に出る。

 

「……悪いなキリト。そのリソースってのは初心者のアルトリウスにくれてやってくれ。俺は残るよ」

 

「クライン!」

 

「すまねぇ。俺には一緒にSAOを徹夜で並んでインしているダチがいるんだ。あいつらは、まだ中央広場に居るだろう。俺はそいつらを見捨てるわけにはいかない」

 

 照れくさそうに言うクラインに、キリトは本人以上に悔しそうに唇をかむ。リソースの話をしたのはキリトだ。それが後1人、それ以上の人間が増えてしまっては駄目なのだろう。そんなキリトに、クラインは「気にすんなよ」と声をかける。

 

「何かあったらメッセージ飛ばすからよ。アルト……アルトリウスさん、キリトの事よろしく頼んます」

 

「……アルトで構いません。姿は変わりましたが、この身はキリトとクラインと一緒に剣を振った私に相違はないのですから。キリトの事は任されました」

 

「クライン、ごめん……」

 

 そう言って肩を落として振り返るキリト。

 アルトリウスはそれに付いていき、クラインの「キリトー! アルトー!」という呼び声に向き直る。

 

「キリトもアルトも思ったより可愛い顔立ちしてんじゃねーか! キリトはともかく、アルトに恋人っているかーっ!?」

 

 何とも間の抜けた言葉だ。

 だが、不思議と心が温まる。こんな只中にあってもクラインはクラインなのだ。

 

「クライン! 貴方こそその姿の方がその人柄を的確に表している! だが、犯罪ですよ!」

 

「そうだぜクライン! 野武士面の方が断然お前らしいよ!」

 

 はははっ、と笑いあう3人。

 そうだ。別れとは言えども自分達はこの世界で生きていくのだ。現実世界の人達とは違って、またすぐに会えるだろう。だからこそ、また会った時に笑い合えるようにしんみりとした別れではなく、笑って別れよう。

 そして程なくして、キリトとアルトリウスははじまりの街を去った。

 

 運命の日はこうして幕を閉じた。

 ――これはゲームであっても、遊びではない。

 茅場晶彦がそう語る通り、遊びではなく、HPゲージが0になれば人が死ぬ。

 そんな世界に、総勢10000人のプレイヤーが生きる現実になったのである。

 

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