―第一層《トールバーナ》―
早朝の街の開けた街道。その時間には決まって多くのプレイヤーが集まっている。それは決まって行われる見世物があるからだ。
「……じゃあ行くぜ」
「ええ。始めましょう」
向かい合う一人は、右手に握った片手剣を後ろに左手を前に突きだした構えを取る黒髪の少年戦士。そしてもう一人は、両手持ちの大剣を正中に構える金髪の少女騎士だ。どちらも幼い顔立ちをしているが、この場にいる誰もが認めるプレイヤースキルを持つ強力な戦士だ。
じりじりと頬を焼かれるような緊張感に、皆息を呑んでいる。
「――っはあ!」
先に動いたのは黒髪の少年だった。
片手剣よりもリーチの長い大剣の間合いを一気に通り越し、超近接戦闘に持ち込もうとする。が、振るわれた直剣は、大盾の如き大剣に防がれていた。
しかし、そこは既に片手剣の間合いだ。黒髪の少年は間合いを離すまいと畳み掛けるように片手剣のコンボを繰り出す。剣を振るうたびに早くなっていくその剣撃は隙を見せた瞬間に食らいつかれる。
それに対して金髪の少女は不動。大剣を巧みに構え、その全てを防御する。一歩、二歩と下がり、横に移動しながら、黒髪の少年の剣撃を捌き切っている。
その膠着状態は長く続くと誰もが思ったが、不動だった金髪の少女が動いた事で状況へ一変した。
「そこっ!」
黒髪の青年の片手剣のコンボの中振るわれた一撃に合わせて、大剣を降り抜いたのだ。その質量差に片手剣を持った黒髪の青年の腕が弾かれ、体勢を崩す。
「――ッづあ!」
腕に迸る鈍重な不快感に襲われながら、黒髪の青年は続いてくる大剣の振り下ろしを、身体を逸らしてギリギリのタイミング避け、連続してくる振り上げに対して剣を構え直して防御する。
だが、その膂力を殺しきる事は出来ず、大きく後方に跳躍して体勢を整えようとする。
「いきます」
その短い宣言通り、大剣を持った少女は少年の着地を待たずに走り抜け、切りかかる。攻守逆転、少年は片手剣でパリィをして凌ぐも、少女の剣技のコンビネーションに後退しながら避けていく。
とはいえ少年もまだ負けてはいない。相手の振り払いを狙い、跳躍して大剣を足場にして後方に大きく宙返りしながら仕切り直す。さすがの距離に、大剣使いでは追いつけまいと思うだろう。
金髪の少女の持つ大剣にライトエフェクトが奔る。瞬間、引き離した距離を一気にゼロにして大剣を振り下ろそうとしていた。両手剣の突進技《アバランシュ》だ。ソードスキルの恩恵はその威力だけでなく、そのモーションによる移動にも現れている。
取った、と本人だけではなく、その周囲も思った。
「――ぜぁあっ」
気づけば後方に跳躍した少年の片手剣にもライトエフェクトが奔っている。光る剣を振るい、着地の軌道を大きく変え、今にも振り下ろそうとする少女目がけて切りかかっていた。
突然の攻撃にソードスキルを使った少女は攻撃を止められない。大剣を振り下ろすより速く、遠心力を持って振るわれた少年の片手剣が少女を切り裂いていた。
少女が膝をつき、少年は受け身をしながら転がり着地する。
一瞬の静寂がその場に流れ、
「ぐっ……、やられました」
少女の一言と共に周りの観客が、うおおおおおっと雄叫びを上げる。拍手や口笛を聞きながら、少女と少年が向かい合う。
「っよし! これで31戦16勝15敗で俺の勝ち越しだな」
「キリト、それは違う! 何度言わせれば気が済むのです! 14戦目と20戦目はほぼ同時に一撃で引き分けなのですから、私の勝ち越しです!」
「アルトこそ何度言わせれば気が済むんだ! 14戦目は百歩譲って引き分けでもいいが、20戦目は完膚なきまでに俺の一撃の方が速かっただろ!」
「意地っ張り!」
「負けず嫌い!」
ぐぬぬぬ、と睨み合い、醜い言い合いになり、周囲の野次馬達が「また始まった」「その調子でもう1戦!」「アルトちゃん、俺と付き合って!」など、もて囃し始める。2人の決闘はこれも含めての見世物なのである。
キリトとアルトリウスがここトールバーナに到着したのは1週間前の事だ。
デスゲームが開始されて1か月、はじまりの街で無理やりナーヴギアを外されて死んだ2000人に加え、更に2000人の死亡者が、はじまりの街の黒鉄宮にある10000人の全プレイヤーの名前が記される《生命の碑》から名前を消していた。
未だに第一層はクリアされておらず、そのボス部屋にたどり着いた者はいないとされていた。
そんな中、全プレイヤーに情報屋を通じて第一層の攻略会議を行う旨が、とあるプレイヤーから通達された。その名はディアベル。名前は聞いたこともないが、自ら指揮を執り、ボス攻略を目指そうとするのだから大した器の持ち主である事は伺えた。
2人もそれを聞いて、トールバーナにたどり着いた。その後、レベル上げとボス部屋捜索のために迷宮区に潜っていたのだが、それまでの旅で日課となっていた決闘紛いの一撃決着の模擬線を早朝に行っていた。
最初の内は早朝の誰もいない時間に行っていたのだが、ある時にとあるプレイヤーに見られた事により、その噂は瞬く間に広まり、早朝のこの模擬線は多くのプレイヤーの見世物と化していた。
「……なんかトンデモナイことになっちまったな」
「ええ、まあ、確かに。とはいえ見られて困る事もありません。寧ろこの剣技を人に見せる事で、プレイヤー達の生存率を上げられるかもしれないと前向きに思えば、そう悪い気分ではありません」
「相変わらず真面目だな」
「キリトが不真面目すぎるだけです」
痛い所を突かれてぐっと唸るキリト。ゲーマーとしての腕前はまだキリトに分があるが、精神面で言えば真面目なアルトリウスが何歳も上のように感じる。見た目だけならキリトと同じ年か少し下くらいのはずだが、その常の敬語も相まってまるで姉と弟のようである。まあ、そんなアルトリウスにも見た目相応の、負けず嫌いな所や結構根に持つ所、食い意地が張っている所など、子供っぽい一面もあるのだが、それらは全てキリトもお互い様である。
キリトはわざとらしく、こほんと咳払いをして話を逸らす。
「しかし、今日がやっとディアベルから通達のあったボス攻略会議だな」
「ええ。一か月で本当に漸くといった所ですね」
頷き合う2人。それもその筈だ。
死んでも生き返るβテストでの安全マージンと、生死が係っているSAOの安全マージンは大きく開きがある。一層をクリアするだけでも並のレベルで向かえば、それこそ死に直結するのだ。準備をし過ぎるに越したことはない。
「さて、行くか」
「ええ。お互い頑張りましょう」
剣を仕舞い、2人は攻略会議が行われる広場に向かった。
***
広場に着くと、そこには既に多くのプレイヤー達が集まっていた。演劇の舞台にも似た観客席にそれぞれのグループを作って談笑をしていた。
キリトとアルトリウスは見知った顔を探して、観客席を歩いていく。
その中、先にその見知った顔に声を掛けられた。
「よう、お二人さん。ここ座れよ」
青い髪に長躯の青年。髪は割と長いようで後ろの襟足を括っている。年は高校生くらいだろう。だが、その目に宿した野獣を思わせる鋭い眼光はもはや生粋の戦士の風格を持っている。彼の名はセタンタ。槍使いのプレイヤーで、日課でやっている決闘をしていたら話しかけてきた事で知り合った。ソードスキル抜きの戦闘ではキリトすら圧倒するアルトリウスと対等に渡り合ったプレイヤーである。
その戦闘もあってかこの青年とは言葉を交わす事も多い。
「壮健で何よりですセタンタ。やはり貴方もボス攻略に参加するのですね」
「当たり前だろ。分かってることを聞くんじゃねーよ」
本当に愉しそうに笑うセタンタ。
彼は戦闘狂”バトルジャンキー”なのだ。
「相変わらずだな。死ぬのが怖くないのか?」
「そりゃ生き死にも大事さ。だけどよ、そもそも俺はこういう胸が熱くなるような戦いを求めてこのゲームを始めたんだぜ。自分の命も懸かってるって言うんなら、それも一つのスパイスだろ」
これである。
彼の厄介な所はHPゲージが無くなったら死ぬという事実をしっかり理解していながら、それをスリルとして戦いに身をやつしていることだ。実際、彼のビルドはこのデスゲームでは考えがたい防御を度外視したAGI一極型のものだ。普通のプレイヤーならば命が幾つあっても足りないような戦い方である。
「っと、主役が来なさったようだぜ」
セタンタが視線を中央の舞台に目を向ける。
舞台の袖から、水色の髪の盾を背負ったプレイヤーが現れた。
「みんな集まってくれてありがとう! 俺はディアベル! 気持ち的にナイトやってます!」
その一言に、どっと笑う一同。掴みは上々のようだった。
キリトの隣でアルトリウスが「ほう」と興味深そうに彼を見ている。騎士を目指している同士と思ったのだろうが、キリトは何か違うと心中ツッコミを入れた。
ディアベルは騒ぐ人達が黙るのを待って、一転して重い口調になる。
「さて、ボス攻略としてここにみんなを招いたわけだが、セタンタ! 早速、報告してくれ!」
急な呼びかけに隣にいたキリトとアルトリウスが振り向く。
呼ばれた本人は悪戯が見つかった少年のような顔で、へへっと笑い、立ち上がって宣言する。
「俺は今日、迷宮区でボス部屋らしき馬鹿でかい扉を発見したぜ!」
広場に歓声が上がる。
確かにセタンタは敏捷性を持って迷宮区を踏破できる脚を持っており、その上命知らずと状況判断能力の高さを兼ね備えた強者だ。ギリギリまで潜って潜って、潜り続けた結果なのだろう。
キリトとアルトリウスも思わず拍手を送る。
セタンタは満足げに席に座り、再び広場のディアベルに視線をやる。
「第一層のボスを攻略する事はただ階層を上に進める事だけじゃない。はじまりの街に留まっているみんなにこのデスゲームはクリア出来るんだって希望を与える事にも繋がる。第二層に到達できれば、より一層みんなの気持ちがアインクラッド攻略に向くはずだ。だからこそ、ここに集まったみんな! 一緒にこの第一層をクリアして、みんなに俺達の雄姿を見せつけてやろうぜ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
広場に二度目の歓声と拍手が沸く。
この第一層攻略を全プレイヤーのために行うディアベルの姿勢に、キリトとアルトリウスも心からの拍手を送った。
ここに、第一回ボス攻略会議が幕を開けた。
各々、既にパーティーで来ているものも多く、6人組のグループが出来つつあった。
その中、キリトは焦っていた。ずっとアルトリウスと共に旅をしてきたが、その当人のアルトリウスは6人組を作るとなった途端、勧誘の声が殺到していた。
恐らく、この1週間の模擬戦の影響だろう。女性プレイヤー自体、SAOでは少ない中、アルトリウスは贔屓目に見なくても美少女だ。しかもキリトとは違い、社交家でトールバーナの一週間の間に多くの人とフレンド登録を済ませていた。ちなみにキリトはアルトリウスを含めても10人居るか居ないかくらいの寂しいフレンドリストとなっている。
アルトリウスまで他に取られるとなると、キリトにグループを作る当てが居なくなる。隣にいたセタンタもディアベルや元々一緒に旅をしていたグループからの誘いを受けていた。
「(……これはまずい)」
焦りながら見回して、自分と同じくぽつんと居るフードで顔を隠したプレイヤーを見つける。
キリトは仲間発見!と、さりげなく高速で移動し、フードのプレイヤーに話しかける。
「お前もあぶれたのか?」
さすがのコミュ障。第一声からこれである。
話しかけたフードの主は不機嫌そうな声で応じる。
「……あぶれてない。みんな、お知り合いで組んでいるみたいだったから遠慮しただけ」
それをあぶれたというのでは?と疑問も残ったが、キリトも同様の状況だった。余計な事は言うまい。
「じゃあ、俺と組まないか? ボスは一人じゃあ、どうしても攻略できない。今回だけの暫定パーティーって事でどうだ?」
フードのプレイヤーは逡巡して、こくりと頷く。
それを見て、キリトがパーティー申請を送ろうとして、――背後から呼び止められた。
「キリト! どこに行っていたのですか?」
「アルト!? お前、声を掛けられてた人達はどうしたんだよ?」
驚くキリトを余所に、アルトリウスは呆れた顔をする。
何を当たり前の事を聞くのかという面持ちである。
「断りました。ずっと一緒に戦ってきたキリトとの方が連携は取りやすいですし、何よりお互いの実力も知らなければ安心して背中も預けられません」
その一言にじーんと来て、キリトは腕で目を隠す。
「…………アルトぉ」
「わわっ、何を涙ぐんでいるのですかキリト! 元から私と貴方の2人でここまで来たのではないですか! 別の者と組むわけがないでしょう!?」
慌てるアルトリウスと、感動の余り泣き崩れるキリト。そしてそれを遠巻きに見るフードのプレイヤーは思わず、くすりと笑った。
「? キリト、そちらの方は?」
アルトリウスはフードのプレイヤーに気付き、声をかける。
目をごしごし拭って、キリトが鼻声で答えた。
「あ、ああ。こちらは今、声を掛けていたソロプレイヤーだ。一緒に組む事になった」
「なるほど。確かに私達2人でも6人には足りないですね。……一番に私に声を掛けなかったのは後で追及するとしますが」
じとっと見るアルトリウスに、キリトは苦笑する。これは後で説教のパターンである。
アルトリウスはキリトを通り過ぎて、フードのプレイヤーに手を差し伸べる。
「自分はアルトリウスと言います。私も仲間に入れて頂けますか?」
「……いいですけど。元々、貴方達コンビに加わるのだから、その表現はおかしいのでは?」
「いえ。キリトが声をかけた所に私が混ざるのですから問題はありません。名前を聞かせて頂けますか?」
柔和な微笑みにフードのプレイヤーが固まり、はっとして顔を隠していたフードを外した。
そこに居たのはアルトリウスと同じく、SAOでは少ない女性プレイヤーだった。栗色の長いストレートの髪に、整った顔立ちの少女だ。
「アスナです。よろしくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします、アスナ」
「あー、俺はキリトだ。よろしく」
お互いに握手をしてパーティー申請を行う3人。
と、話を勧めようとした所で、セタンタが2人の男性プレイヤーを連れてやってきた。
「ちょうどいい人数じゃねーか。おい、色男。俺達も混ぜろや」
「誰が色男だ。嫌味か!」
「女性プレイヤー2人を侍らせて、何言ってやがる」
セタンタは笑いながら、2人のプレイヤーを紹介して、パーティーに加わった。
セタンタを含む、男性3人が女性プレイヤー群がってあれやこれやと聞いている姿を見て、キリトは「このメンバーで大丈夫かな」と心底思ったのであった。
こうして奇妙な組み合わせだが、キリト達も6人組のパーティーを作る事が出来た。
討伐目標は第一層のボス《イルファング・ザ・コボルトロード》。
SAO初のボス攻略作戦が、今、始まろうとしていた。