ボス攻略会議ののち、広場は急造パーティーの親睦会も兼ねて宴会を開いていた。宴会とは言っても第一層で手に入る安酒や飲み物ばかりだが、やはりデスゲームとは言えどもネットゲームだ。見知らぬ人間との交流はやはり楽しいのか、意外な盛り上がりを見せている。
その一角、今回の攻略のリーダーとなるディアベルの周囲には多くのプレイヤー達が集まっている。ボス攻略に人を集める行動力や彼の人徳が相まって、皆に慕われていた。
そしてその中にはトンガリ頭の関西弁訛りのプレイヤーが居た。
「お、キバオウつったか。あのオッサン。あいつもディアベルと談笑してるぜ」
「……すごい人望だよな。羨ましい限りだよ」
それを見て、一緒に飲んでいたキリトとセタンタは路上に胡坐をかきながら、その光景を眺めていた。
キバオウと名乗るトンガリ頭のプレイヤーは攻略会議である事件を起こしていたため、一躍有名人だ。主に悪い意味で。
***
「ワイはキバオウっていうもんや!」
攻略会議の最中、急に飛び出してきたそのプレイヤーはそう名乗った。
短足の背の小さいオッサンだったが、その態度だけは大きいようだった。
「ボスと戦う前に、言わせてもらうで。この中に、このゲームが始まって死んでいった2000人に詫びを入れなきゃならん奴がおるやろ!」
彼の言い分はこうだった。
βテスターはゲームの開始と同時にはじまりの街からさっさと消え去り、いい狩場やいいクエストを独り占めにした。だから2000人の初心者プレイヤーは死んだのだと。そしてβテスターへ謝罪と金やアイテムの賠償を求めてきたのだ。
キリトもβテスターだ。しかもキバオウの言う通り、はじまりの街で多くの人間を見捨てて消えたプレイヤーの一人だ。その負い目もあった。キリトはアルトリウスの静止も振り切って立ち上がろうとする。
だが、そこにエギルと名乗った褐色の男が発言した。
「アンタはβテスターは俺達初心者を見捨てていったというが、このガイドブックはアンタも持ってるだろう。道具屋で無料配布されているからな」
エギルが出したガイドブックはここに居る全員が見覚えのあるアイテムだ。そこには序盤の立ち回り方や戦い方のコツなど、初心者でも分かるように、この世界で生き残るための情報が書き記されていた。
「これを作ったのはβテスターだと知っても同じ事が言えるのか?」
「何やと!?」
「情報はあった。だが、それでも2000人が死んだ。それを踏まえての話し合いが今回の会議だと思ったのだがな」
エギルはそう言ってキバオウを見据える。
長身の明らかに米国の黒人に睨まれては、キバオウも引き下がるしかなかった。
だが、悔し紛れにキバオウは叫ぶ。
「けど、それをやったのは一部のβテスターだけやろ! 初心者を放っぽり出した自分勝手なβテスターどもはまず謝罪入れんかい!」
エギルはそれに「いい加減にしろ!」と掴みかかり、乱闘騒ぎになるかと思ったが、一人の男が立ちあがった。
「あ? 何か俺に文句でもあんのか。キバオウさんよ」
誰もが目を引く青髪の青年セタンタだった。
研ぎ澄まされたナイフのような鋭い目つきでキバオウを睨みながら中央へ足を進めていった。
「なんや、ボス部屋見つけたあんちゃんか。何の用や」
キバオウはその殺気に気付かないのか、気づいていて平然と出来る大物なのか(恐らく、前者だろう)、軽くセタンタを見据える。
「お前が呼んだんじゃねぇか。俺はお前の言う、はじまりの街で初心者を見捨てたβテスターの一人さ」
「なっ!?」
周囲がざわめき出す。
当然である。騒ぎの中心にいるβテスターが糾弾をどこ吹く風で名乗り出たのだから。
「最初に言っておくが、俺は謝る気はないぜ」
「何やと!? 2000人を見殺しにしておいて罪悪感は微塵もないんか!?」
「その2000人の話はエギルの旦那との話で終わっただろ。それに、βテスターだろうが初心者だろうが、HP0になったら死ぬっつう同じリスクを持ってるんだぜ。命係ってんのに初心者を気にしている余裕なんざある訳ねぇだろ」
あんまりな物言いだった。
その堂々たる開き直りっぷりにキバオウはおろか、仲裁をしに来たエギルまで茫然としていた。
「それでもβテスターの俺にケンカ売るって言うんならHP全損覚悟で決闘を挑んで来いよ。相手になってやる。言っとくが、俺は現実で軍人やっててな。殺そうとしてきた人間を殺すくらい訳ねーぞ」
「ぐっ」
歯ぎしりをするキバオウ。
一触即発の空気に、パンッと誰かが手を叩いて全員の視線を釘付けにする。
「そこまでだ。セタンタ、キバオウさん」
ディアベルだった。
彼は2人の間に割って入り、キバオウを見据えた。
「彼の物言いは俺でもドン引きする程悪いが、正論だ。自分の命が係っていて他人を助けるなんてのはその時点で人の在り方じゃない。それにセタンタは口ではこう言っているが、先ほど言った通り、命を懸けてボス部屋を見つけてくれた男だ。βテスターだからと言って差別するのは間違っている」
「……ちっ。分かったわ。アンタの顔に免じてもうこの件については何も言わん。それでええんやろ?」
不承不承と引き下がり、キバオウは背を向ける。
セタンタはそれに不満げに舌打ちをする。
「はっ。それはこっちのセリフだっつーの。顔洗って出直して来い」
「セタンタもそこまでだ。いいな?」
「……ふん」
苛々としたその態度を隠すことなく、セタンタは元の席に戻っていった。
静まり返る広場の中、ディアベルは再び手を叩いて、皆の意識を自分に向ける。
「――さあ、攻略会議を再開しようか」
***
セタンタの大立ち回りとディアベルの人徳で、βテスターへの負の感情は一応の収束を見せた。
罪悪感で名乗りを上げようとしていたキリトにとっても、エギルを含める3人には感謝をしてもし切れない。
「しっかし、自業自得とは言え取り巻きの相手とは泣けるぜ」
「そう言うなよ。アイツらを前線に向かわせないのだって重要な役目だぜ」
そう。セタンタが騒動に加わった事で、彼が連れてきていた2人が空気に堪えかねていたのを察して、セタンタ自身が別のグループに行けと言って、メンバーが4人に減ってしまったのだった。2人が本当に申し訳なさそうに謝罪して去って行ってしまったので引き止められなかったとはいえ、本来6人以上のチームを作るはずだったのだ。既に周囲のチームが出来上がってしまっていたので、増員も出来ずにあぶれ組となってしまったのだ。
第一層のボスは、その騒動でも話題に上がったガイドブックの最新版いわく、《イルファング・ザ・コボルトロード》だ。2足歩行をする獣人のようで、斧とバックラーを装備しているという。HPバーは4段で、その最後のHPバーが赤くなると、斧とバックラーを捨てて曲刀のタルワールに変え、攻撃パターンが変わるらしい。
そして、そのボスには《ルイン・コボルト・センチネル》という取り巻きのモンスターが数体いて、放っておけば乱戦となってしまう。それを本隊に近づけさせず、倒し次第、ボスに向かうのがあぶれ組のキリト達の役目だ。
「まあ、やれと言われりゃやるがな。燃えねーな」
「それについては同感だ」
キリトは話しながら、宴会の一角に目を向ける。そこには同じグループの女子組がいた。
何を話しているのか分からないが、女子同士の話なのだろう。邪魔は出来ない。
ため息をつきながらキリトは、明日の戦闘に思いを馳せ、夜空を見上げるのだった。
「……アルトリウスさんはどうしてこのゲームをしようと思ったんですか?」
先に口火を切ったのはずっと黙っていたアスナの方だった。
本当はずっと黙っているつもりだった。
だが、女子同士で話したいと言って連れ出した当人のアルトリウスはアスナが黙っているのに合わせて、ずっと黙ってぼーっと夜空を見つめていた。
沈黙に耐え切れなくなったのはアスナの方だった。
やっと声を掛けてくれたアスナに、アルトリウスは泰然として視線を相手に向ける。
「そうですね。実はこのSAOというゲームは私の同居人の借り物なのですよ」
「え? 貴女も?」
「アスナもですか? それは奇遇ですね。私は一度プレイしたらその同居人に返すはずだったのですが、幸か不幸かこんな事態に巻き込まれてしまって。困ったものです」
本当に困ったという風に苦笑するアルトリア。
「不幸、じゃないんですか?」
アスナは自分の境遇と重ねて尋ねる。
が、アルトリウスは柔和な笑みでかぶりを振った。
「現実世界に戻れなくなった事は不幸です。それは否定しません」
だけど、と続ける。
「同居人の彼がこのデスゲームに囚われなかった事は幸運です」
アスナははっとした。
ここまで死に物狂いで戦ってきたアスナは忘れていたが、本当であれば兄がこのデスゲームに囚われ、命を落としていたかもしれないのだ。
「彼の言う『剣1本でどこまでも行ける世界』。私はそれに興味があった。それまで私は剣を振るって生きてきたような人生でした。師である祖父の厳しい修行に耐え、来る日も来る日も剣を振るい続けた。その事に文句も不満もありません。ただ、修行を終えて、日本のとある家庭に住み込むようになって思ったのです。今までの剣の道は閉じた世界だったのだと」
彼女がホームステイで住み込むようになった家庭。そこはとても温かかった。
それまで剣1本で生きていた身にはそれが一番のカルチャーショックだったらしい。最初は勿論、ぬるま湯に浸かっているようで慣れなかったが、次第にその場所が居心地のいい自分の居場所になったのだとアルトリウスは語る。
「だから、剣を振り続けて閉じていった私だったから、剣1本でどこまでも行けるというそんな可能性に心が躍った。同居人の彼は快く貸してくれました。それが始まりというわけです」
「…………」
アスナは彼女の語るそれまでの人生を自分の事のように感じていた。
良家の令嬢として生を受け、エリートコースの道を歩んできた。両親の求めるまま生きてきたアスナは、その生活が狭く閉ざされていく世界のように感じていた。自分のやりたい事もなく、他人が描いたレールの上を走るだけの人生。そこに疑問があったが、それを考える余裕もないくらい、現実は焦燥感に満ちていた。
だからアスナは、同時に憧憬の念を抱いた。
彼女はその生活に不満も文句もないと言った。それは嘘でも虚勢でもないだろう。アスナは自分の生活にそうは思えなかった。そして彼女はそんな中、自分の居場所を手に入れた。温かかったと語る、そんな場所をアスナは持ち合わせていなかった。
「アスナは昔の私のようです」
唐突にアルトリウスはそう言った。
アスナは心の声を聞かれたような気がして、どきっとした。
「私には師との別離という転機がありました。恐らくその現状を打破するには転機が必要なのでしょう」
「……転機」
「そうです。SAOは幸か不幸か、本来出会うはずもなかった人間と出会う事が出来る。そう悲観することばかりではありません。これが貴女の転機になり得るかは分かりませんが、私のような居場所をここで見つけられるかもしれませんね」
柔和な笑みでそう告げる。それは一つの希望だった。
アスナはそれに対して何かを言おうと言葉を探していると、「むっ」とうなる声が聞こえた。
どうやら何かを食べようとしてアイテムストレージに入っていないことに気付いたようだ。実に悔しそうな面持ちである。先ほどまでの人生相談を優しく乗ってくれていた人物はどこか彼方に消えていた。
アスナは堪え切れずに、「プッ」と笑いを漏らす。それに端を発して、感情の濁流が決壊したかのように笑いが止まらなかった。
「あ、アスナ! 人の不幸を笑う事は好ましくない! それ以上笑うのをやめて頂きたい!」
「あははっ、だ、だって……ぷくくっ」
「アスナ! ひどいです!」
怒るアルトリウスに申し訳なく思いつつ、アスナはそれでも笑った。今までの閉塞感や焦燥感を吹き飛ばすように、はしたなく泣きながら笑い転げた。
笑いが収まった頃にはアルトリウスからそれは長い説教が始まり、謝罪として食料を渡すハメになったが、久しぶりにこんなに笑わせてくれたお礼としては、それは安過ぎる買い物だろう。
それぞれの夜が終わり、皆眠りに就く。
明日の晩も、今度は祝杯を上げられるように。