――それはとある宿屋の出来事。
第一層攻略の前夜、親睦会で仲良くなったアルトリウスとアスナは同じ部屋に泊まる事になった。女子同士、積もる話もあるのだろう。
アルトリウスは纏めいていた髪を下ろし、Tシャツにスウェットというラフな格好になっていた。
「え、アルトリウスさんってイギリスの人だったんですか?」
「ええ。なので、この髪と瞳は染色アイテムのものではなく、天然のものですね」
アスナは持っていたアイテムの櫛でアルトリウスの髪を梳きながら、まじまじと見つめる。確かに日本人らしからぬ西洋人形のような顔立ちだったから金髪が自然とマッチしていた。
日本人からすれば、このような金髪が似合うのだから羨ましい限りである。
「じゃあ、言葉とかも言語モジュールで変換されているだけで感覚的には英語で話しているんですか?」
「いえ。日本で3年ほどホームステイしていたので日本語で話していますよ。日本という地はいいですね。土地柄でしょうか。開放感があって、馴染みやすい」
本来、ネットゲームではこのようなリアル情報を流布するのは厳禁なのだが、そうは言っても2人はこの手のゲームは初心者である。あまり気にせずに現実世界の話などで目下盛り上がっている。
勿論2人とも、人の個人情報を流布するような軽口ではないので問題はないが。
「イギリスは一度旅行に行った事がありますけど、街並みが綺麗でよかったと思いますけど」
「確かに建造物の造形は文化の違いですからね。私としても祖国の街並みは好ましい。アインクラッドのような昔の西洋の街並みも中々に私好みだ。だが、日本の昔ながらの建造物、武家屋敷などもいいですね。宮殿や西洋の屋敷と違い、来る者拒まずな、あの雰囲気は素晴らしいと思います」
「建造物とか文化とかが好きなんですね」
「物というより文化、ですかね。物に伝わってきた歴史が好きなんですよ」
アルトリウスは歴史が好きである。元々剣術漬けで趣味などはなかったが、昔から絵本の代わりに読み聞かせてもらっていたのが『アーサー王伝説』だったというのも関係しているのかもしれない。日本に来て趣味に目を向けられるようになってからは様々な神話や歴史書、伝記を読み漁っていた。また、建造物にも興味があり、居候で借りている部屋には西洋建築の雑誌や世界遺産の雑誌が棚に並んでいる。
自分のSAOでの名前「アルトリウス」の由来も一緒に語ると、アスナは「なるほど」と納得する。
「ずっと思ってたんです。『アルトリウス』って男性名ですよね? なんで男の名前を使っているのかなーって」
「……実はキャラ作成時、というかはじまりの街でこの姿に戻るまで男性アバターだったんですよ。名前は変えられないので。本当の名前は、『アルトリア』と言うんです」
「そ、そんな簡単に本名を言わないでください!」
さすがのアスナもそれには怒る。
だが、アルトリウスはそれに驚き、「そうでした」とあまり気にしていない様子で、軽く言う。
「ですが、アスナならば構いません。貴女はそれを知ったからと言って、流布したり悪用したりするような人間ではありません。それは会って間もない私でも分かる。口がつい滑ってしまいましたが、それが貴女で幸運でした」
その言い方はずるい、とアスナは思う。そんな事を臆面もせずに言ってのけられれば、する気もないが、したくても出来ないだろう。
アスナは嘆息する。
「じゃあ、アンフェアなので言いますけど。私の名前はキャラネームじゃないんです」
「そうなのですか? ネットでは本名を隠すものと聞きましたが」
「アルトリウスさんが言わないでください。……正直、ネットの事とかあまり考えずに決めたんですよ。これで対等なので、この話は終わりですっ」
一方的に打ち切られ、そういえば何の話をしていたのかと反芻する。そして「ああ、日本の良さでしたね」と、随分と脱線した事を思い返す。
「そうですね……日本で言えば、ご飯ですね。何より日本はご飯がどこも美味しい」
個人店として雑多とある飲食店は、どこもクオリティが高い。それぞれ独自の味付けや工夫があり、食べ歩きをしても飽きないというのはそれだけで素晴らしい事だ、とアルトリウスは語った。暇と金さえあれば基本的に、図書館かご飯を食べているかの2択だという。
さすがのアスナも苦笑し、
「そんなに食べて太らないんですか?」
「そうですね。代謝はいいようです。後、剣を捨てたわけではなく、今も振り続けているので食べた分は体を動かすようにしているのであまり体重で困った事はありませんね」
「…………」
アルトリウスとしては事実を語っているだけなのだろうし、悪気はないのだろうが、一女子として日々気にしている部分を一切気にしないと言う目の前の少女には嫉妬心を覚えずにはいられない。
「あ、アスナ?」
ふーん、と表情が暗くなってしまったアスナを見て、アルトリウスは何か失言をしてしまったのかと慌てる。昔から同性とこの手の話をした時に、同じような微妙な空気があった。とはいえ相手にもプライドがある。そうなった理由など、誰も話さないのでアルトリウスも何が気に障るのだろうと、自分の悪い所が見つけられずにいる。
わたわたとする目の前の少女を見て、大人びているがやはり年相応の少女なのだと実感し、悪戯心が擽られる。
「本当に気にした事ないんですか……。じゃあ、ちょっと触って確かめてみますね!」
「触って、って――ちょっと、アスナ!」
アスナは梳いていた手を止めて、アルトリウスを羽交い絞めにする。そして脇腹や背中などを触り始める。こそばゆくて暴れるアルトリウスを尻目に、アスナは「おお、本当だ」と感心する。女性アスリートのように筋肉隆々というわけではないが、着痩せするタイプのようで触っていて鍛え抜かれた腹筋など硬くて羨ましい限りである。
「や、やめっ……うっ、あ、アスナ……」
色っぽい声を出され、アスナは頬が赤くなってくるのを感じる。
2人はあくまで女同士だアスナにそんな気はない、……はずである。
と、木彫り風の宿屋の扉が叩かれる。
「おーい。ちょっと明日の事で―――」
「あっ――駄目、アスナ……ッ」
あ、とアスナが手を止める。
何かを言いかけていた扉の前のキリトも黙り込んでいた。
「………………ごゆっくりー」
キリトは機械的なその一言だけ残し、扉の前から気配を消した。
部屋が静まり返った。
「勘違いされちゃいましたかね?」
「もうっ! アスナのせいですよ!」
やっと解放されたアルトリウスは、涙目でアスナを睨みつける。
アスナは「あはは……」と乾いた笑いを見せるが、アルトリウスはそっぽを向いてしまった。
「本当にごめんなさい!」
立ち上がり、謝るアスナ。
それを横目で見たアルトリウスは、「はあ……」とため息をつく。
「いいでしょう。ただし、あそこまで弄ばれたのです。キリトにも弁解しなくてはいけません。許すには条件があります」
さっきの話から何か食材アイテムや食料品の提供、かなと割と失礼な事を思うアスナに、先ほどとは打って変わった真剣な声でアルトリウスは言う。
「このボス攻略が終わったら、アスナも私達と一緒に来ませんか?」
「――え?」
唐突な申し出にアスナは固まる。それは要求などではなく、お願いだった。
躊躇するアスナに、言葉を続ける。
「パーティーを暫定のものではなく、終わった後も一緒にパーティーを組みませんか? 私はアスナとの関係をこの日限りのものにはしたくない」
嬉しい申し出だとは思う。
MMORPGにおいて、いやデスゲームであるSAOだからこそソロで戦い続けるという事は、本来避けるべき事だ。何か急なアクシデントや強い敵に直面した時に、一人だけでは対処出来ない事が多過ぎる。
だが、アスナは首を振る。
「……慣れ合いをするために、私はここに来たわけじゃありません。私ははじまりの街で腐っているぐらいなら戦って、自分のまま死んだ方がいいと思ってここに来ました。だから、私は一人で戦って一人で死にたい」
このデスゲームをクリア出来ないと思っていたのは何も、はじまりの街に留まっていた者だけではない。ここに居るアスナもその一人なのだ。どうせ死ぬのなら何もせずに惰性で生きていくよりは自分であり続けて死んだ方がマシだと思っている。
「人が一人死ぬ事はあり得ません」
アルトリウスは先ほど悪戯で抱きつかれたように、そっとアスナを正面から抱きしめた。
「人が死ぬ時、その人だけが死ぬのではありません。既に私の中に、今夜共に語らったアスナがいます。貴女が死ねば私の中のアスナも死ぬんです」
その優しげな声にアスナは目を閉じ、黙ってその言葉一つ一つを胸に落とし込んでいく。
「アスナは既に私の仲間です。例え、パーティーにならなくても、貴女がどこに居たとしても私が貴女を死なせはしません」
そんな無茶な事、とは思えない。その言葉にはそんな力強さがあった。
まるで人を導く王のようだと、何となくそう思った。
「――賭けをしましょう」
「賭け?」
「ディアベルは言いました。この戦いははじまりの街で燻る皆に希望を与える戦いでもあると。明日、私達がボスに勝てた時、貴女の胸にも希望が宿るはずです。だから、これは賭けです。もし明日の戦い、勝つ事が出来れば、アスナはパーティーの一員です」
賭けに負けた時、それはアスナだけではない。アルトリウスやキリト、攻略を夢見るすべての者の希望が闇の中に消える。はじまりの街のいるプレイヤーだけではない、この戦いに間に合わなかった全てのプレイヤーは攻略を諦め、寿命の時まで、この地で生きる事を選択するだろう。
アスナは少女の胸の中で、黙ったまま小さく頷く。
アルトリウスはそれを感じて、まるで赤ん坊をあやすようにアスナの背中をポンポンと叩く。
「契約は成立しました。私達は絶対勝ちます。だから安心して今夜は感情のまま泣いて、眠るといい。幸い、ここでは睡眠時間に縛られる事はない。明日の事は気にせずに、今はただ、自分のためだけに」
それがアスナのその一日の最後の記憶だった。後は何も覚えていない。ただ、子供の用に泣きじゃくる自分と、それを優しく包むアルトリウス。その温もりだけは、目が覚めても身体と心に残っている、そんな錯覚を覚えた。
これは幕間の一つ。
人と人との温もりに、心を救われた、そんな少女達の雪解けの物語である。
キマシタワー的な展開ではございません。
基本的にこの物語の恋模様はNLです。
と、思ったより幕間が1つが早く書きあがりました。
ちなみに幕間は番号を振っていますが、時系列順ではございません。
書こうと思った時に書きたいエピソードを投下するだけなので前の幕間より前の話という事もあります。
多分次に書くのははじまりの街を旅立ってからのキリトとアルトリウスの話になると思います。
いつ書き上がるか、本当に書き上がるかは未定です。
一応、次の構想などは前向きに考えるようにはしていますが、幕間を投下したからといって続く事はないと思ってくださればと思います。
その点につきましては、ご容赦を。
それでは。