アルトやセタンタと共に戦ってきた経験で、ソードスキルに頼らない戦闘で後一歩まで追い詰めたキリト。
最後の一歩が届かずに終わりを迎える直前、システム麻痺を超えてきたアルトと協力してヒースクリフを倒した。
それによりSAOをクリアしたと思われたが……。
――パチパチ。
この状況にあり得ざる、手を打ち付ける乾いた音がフロアに響く。それもその筈。この場で動けるのはキリトと、システムを超えてきたアルトだけ。他のプレイヤーは未だ麻痺のデバフを抜け出してはいない。
「――『システム』を超えた想いの力。見せてもらったよ」
その悦びに満ちた声は、この場に居る一線級のプレイヤーであれば聞いたことのない者はいない。子供特有の声変わりをまだしてないであろうソプラノボイス。その声とは裏腹に経験値を得た大人のような自信を感じさせるその声を。
「正直、カヤバから聞いた時は半信半疑だった。そういう力を持った者がいるのは識っているけど、無駄が多い現実世界でそんな稀有な人間がいるなんて思いもしなかった。思い込みや想像を超えた瞬間に立ち会えるなんて、本当に僕は運がいい」
声の主は暗闇から、ふわりと魔法のないSAOの物理法則を無視した挙動でフロアに降り立った。――闇の中で尚煌めく金髪と、血のような紅い眼、小柄な体格で今に風吹き飛ばされそうな、そんな印象の少年だ。
「ギル……。なぜここに――」
アルトは驚愕に声を漏らす。いや、アルトだけではない。この場に居る全プレイヤーがその姿に動揺した。
プレイヤーをその財力を以て幾度となく陰で押し上げてきた少年――キャラネームは『Gill〈ギル〉』。出所不明の財を以て攻略組のプレイヤー達を援助し、ここまで導いたアインクラッド攻略の陰の立役者だ。彼は有力ギルドの立ち上げや攻略組の装備の資金援助を世界の解放を対価に、無償の投資をプレイヤー達に行っていた。故にボスの攻略会議で偶に参加した時の発言権はヒースクリフと並ぶ程だ。
だが、プレイヤーとしての技量は未知数。レアアイテムの収集に付き合わされたプレイヤーも数多いが、誰一人彼自身が本気で戦っている姿を見た事はない。煌びやかな斧を用いた自衛行為ならば難なく熟せる様だが、戦闘の大半は前衛プレイヤーに任せきりだった。
だからこそこのボス部屋にこの少年が居ること自体が異質だ。彼のような中級プレイヤーが立ち入っていい場所ではない。プレイヤー達は驚きながら彼を見上げている。
「僕がここに居るのが不思議で仕方ないという顔だね。周りのみんなも同じ面持ちだ。――だけど、一人だけ違う面持ちの者が居るね」
紅の双眸が一人の少年を捉える。
「…………」
「キリト……?」
キリトの目には驚愕はない。ただ冷静に警戒をしながらギルを睨み据えていた。
「……疑念はあった。ギルの財源はレアドロップを売却する事で得ていたと聞いていた。だが、それが複数のギルドをパトロン出来る程のドロップ率。公平性を貫くこのSAOで運が良すぎると思っていたし、異常だとずっと思っていた」
そう。それはSAOを一つのゲームとしての視点を持ち続けたキリトだから辿り着けた疑念。ヒースクリフの挙動から萱場晶彦だと見破った、あり得ない推理は、ゲーマーだからこその慧眼だった。
「はっはっはっは! やはりお兄さんは面白いね。お兄さんはいつでも、この世界が現実の命がけの戦いだという認識がありながら一つのゲームとしても楽しみ尽くそうとしていた。矛盾を内包しているからこそ僕を信じ切れなかったわけだ」
「……つまり、お前も《そっち側》というわけか」
「当たらずとも遠からずといった所かな。厳密に僕とカヤバは同じ存在でも同じ目的があったわけでもない。ただ利害が一致しただけだ」
ギルはプレイヤーからの悪意や殺意をどこ吹く風で受け流しながら飄々とプレイヤー達を一瞥している。
「僕はカヤバのようにGMじゃない。むしろ彼が操るシステムの一部と言えるかな。勿論人間ごときに操れるものではないけどね」
「前置きはいい。お前は何者なんだ」
キリトの問いに、せっかちだねと首をすくめる。
「僕は意志を持ったNPC。所謂AIといっても差し支えないだろうね」
「NPC、だと!?」
全プレイヤーは驚愕する。NPCという存在はもっと無機質なものだ。無論今までプレイヤー達はNPCと呼ばれる存在に関わり合いがない者などいない。だが、感覚ではあるが、人間とNPCの違い位は見分けが付いていた。だが、あれは違う。あんな感情豊かで欲に満ちてHPゲージがあるNPCなど、只の人間だ。
ギルはプレイヤー達の驚きを満足げに眺める。
「君達が驚くのも当然だ。何故なら僕は通常のNPCとは違う。人間が作り出したNPCには魂がない。人形と同じだよ。ゼロから創造されたものは何を掛けてもゼロだ。対して僕は元から1つの人格として在った。カヤバに創造されたものではなく、こことは違うネットワークに魂を持ったデータとして在ったのさ。それをアインクラッドの中枢、管理システムであるカーディナル自身によってこの世界にインストールされたわけだ」
あまりの暴挙にこの僕ですら罵倒を控えた程だ、とギルは語る。
「僕は元々、霊子の海に幽閉された存在でね。まあデータと言えばデータの存在だった。本来であればこんな世界に召喚されるはずはなかったんだが、カーディナルが過去の神話や物語を収集する過程で僕に行きついてしまったというわけだね」
カーディナルには神話や物語を収集し、人の手を介さずに無限にクエストを創造し続ける機能がある。それを無差別に行った結果、この世界とは違うどこかの平行世界の天体ネットワークに繋がってしまったのだ。その結果、元々の存在から分離して幼年期の彼を基にした疑似AIとして呼び出された。それが彼という存在だった。
「無理に理解する必要はないさ。僕は既に形を成した《現象》だ。理解した所でどうなるわけでもない。そういうもの、だと思ってくれればそれでいい」
キリトも凡てを理解出来たわけではない。正直平行世界の天体ネットワーク等、中二病の妄想だと信じたい。だが、彼の言葉には嘘はない。そう思えた。だからこそ、そんな理解できない事よりも問い質したい事があった。
「……お前はさっき自身の目的とカヤバの目的が一致したと言った。お前の目的はなんだ」
その質問に「話が速くて助かる」とギルは笑顔で答える。
「簡潔に言うとね、僕の目的は2つだ。君達人間の成長と、必要なものと不必要なものの選り分けだ」
「選り分け……?」
「ここに呼び出された事自体は正直迷惑な話だったよ。とはいえ、データの世界とは言え召喚された僕としてもこの世界は都合がよかった。無駄な人間で溢れた今の世から不必要なものを間引きたかったからね」
「間引く、だと。ふざけるな――ッ! 貴方は何様のつもりなのですか!」
激高するアルトに、嘲笑で返しながらギルは当たり前のように返す。
「何様って、僕は王様だよ。人を間引くのは神じゃなくても人間で十分出来る仕事さ。だけど人間には共通の価値基準がない。だからこそ王である僕がその仕事を担う必要がある。そういう意味ではこのアインクラッドは僕がするべき仕事を任せるにはお誂え向きな世界と言えるだろう。弱き者は淘汰され、強き者が生き残る。まさに原初の世界さ」
あまりの暴論に一同が怒りを忘れて言葉を失う。目の前の少年は何もふざけていない。悪びれもしていない。先程から荒唐無稽な話をする時も、傍若無人な論理を話す時も彼の言葉には偽りがない。真実に正しいと思っての言葉だった。
「……狂ってる」
「狂ってなんていないよ。僕が狂う事なんてあり得ない。例え原初の悪、《この世全ての悪》を呑み込んだとしてもね」
彼は無邪気に笑う。天使のような顔立ちだが、その実、人間にとっては悪魔のようであった。
「本当はここまで見られれば大人しく消えるつもりだったんだけど、ごめんね。気が変わった。この世界の核心に辿り着いた君達に興味を持った。だからこそこの世界をこのまま終わらせるのは惜しい」
これでゲームクリアにはさせないと少年は言う。それは少年の最後までこの世界を、自分達人間を見定めたいという我儘だ。
「僕は、カヤバに代わって君達に相対しよう。アインクラッド最上層、紅玉宮の間でね」
プレイヤー達に動揺と恐怖が襲う。
ギルは踵を返す。彼の向かう先には黄金の扉が創造され、鈍重な音と共に扉が開く。
「させるか――ッ! こんなふざけたゲームはここで終わりだ!」
「――《天の鎖》」
『な――ッ!?』
彼が指を鳴らすと、鎖が暗闇を割いて出現しキリトとアルトを縛り付ける。黄金色の波紋から飛び出したそれはキリトとアルトの四肢を生き物のように絡め取り、完全に動きを封じた。
「《スカルリーパー》に手こずるようじゃ未だ僕と戦うには不足過ぎる。弱い者苛めをして愉しむ趣味はない。それじゃあ意味がない。もっとレベルを上げて、自らの剣を鍛えて、星を集めて僕の袂までおいで」
と、ふいにギルは立ち止まり振り返る。
「おっと。君達にカヤバを倒した報酬と、最後の後押しをしてあげないとね」
ギルがシステムウインドウを出すために左手を振る。
「君達のレベルや戦闘スキルの成長速度を速めた。これで九十九層までの道のりを、カヤバや僕が居なくても登って来られるだろう」
来た時同様、愉し気にギルはパラメーターを操作する。
そして、鎖が出現した時と同様の黄金の波紋から二振りの剣が出現する。
「そしてカヤバを倒した君達、勇者二人にはLAボーナス。大奮発だ。受け取るといい」
カラン、と音を立てて、二人の前に銀の刺繍と金の刺繍が対照的な片手剣用の直剣と両手剣用の大剣が放り投げられた。
用が済んだと、ギルは背中を向けて黄金の扉の光の中に歩いていく。
「待て――ッ!」
キリトは動けない身で、目の前の少年を全力で睨みつける。
「ごめんね。赦してね。そして運が悪かったと思って諦めてね。これが君の、君達の――『Fate〈運命〉』だと思って」
今度こそ立ち止まらず、背中越しに手を振って光の中に消えた。
「――待ってるよ。この世界の果ての果てで」
音を立てて扉が閉まり、フロアに静寂が齎された。
ボスを倒した後のいつもの歓声も喧噪もない。
ただ、ただプレイヤー達は絶望に苛まれながら少年が消えた虚空を呆然と見つめていた。
アインクラッド75層攻略。それは終わりであり、始まりだった。
プレイヤー達は再びアインクラッド100層を目指す。
これより始まるのはSAOであってSAOではない。
原初の地獄。神話の戦いだ。
――解放の時は、いまだ遠い。
絶対100層まで書ける気力はない。
プリヤとEXTRA/CCCの影響で書き下ろした。
反省はしているし、後悔もしている。
一応、ギルが気が変わったルートです。
多分元々の続きを書いたとしてもこのルートにはいかない(爆)。