GATE 国防軍 彼の地にて〝最高〟とともに戦えり 作:びよんど
帰ってくるって、信じてるから―――って話です。
<<< M市
「(……キング師匠が失踪して既に9日が経った。いまだ音沙汰は……ない)」
干した洗濯物がすぐ乾くほどの清々しい晴天。
雲がまばらに散っているものの、天気予報を信じるならば今日は雨が降ることはない。
ここ最近
プロヒーローとして活動する傍ら、尊敬する師の自宅の家事をこなす彼であったが、その顔色は誰が見ても優れるものではなかった。
体内を巡る『気』に意識を集中させ、今一度キングとの交信を試みる。
「(……やはり駄目か。俺の練り上げが未熟なのか、それとも念話が届かないほどの遠方にいるのか……)」
あるいはどちらもあり得ると自嘲するジェノス。
「(……A市立高校までガロウを送り届けたのを最後に音信不通となり、そこで集団神隠しなどという事件が起こった。フブキ組のメガネの話を鵜呑みにするならば、師匠は無理矢理異世界に連れ去られたことになる)」
既にジェノスを含めた一部のプロヒーローにも共有されている情報であり、ほぼ同時刻にT市で発生した〝門〟との関連を疑う声も上がったが、それは真っ向から否定されてしまった。
「(……俺が、俺が行けば良かったんだ……ッ)」
洗濯物を畳む手が僅かに震える。
「(俺は、弟子でありながら師匠の手を煩わせ、あろうことか
「ジェノス氏」
声をかけられるまで全く気付けなかった。
普段なら半径100m範囲内の僅かな気配も察知できるというのに、自分を責めるあまり周囲に気を配る余裕すら失せていたようだ。
キングの愛妻であるサキは、大きく膨らんだお腹を抱えながら心配そうにジェノスを見つめていた。
「っ、サキさん……」
「また自分を責めてたんでしょ?」
「いや、その……」
「ジェノス氏?」
「………………すまない」
「なんで謝るの?」
「……俺が不甲斐ないばかりに、師匠を助けに行くことが出来ないことに対してだ」
あの日以来、後悔ばかりが頭の中を駆け巡っていた。
食事などロクに喉を通らず、戦闘では常に不覚を取ってばかり。
あの日に戻れるのなら戻りたい。
しかし、理想を語るには自分はあまりにも―――
「よっこらせ、っと……」
……気分が急降下し続けるジェノスの隣にゆっくりと座り、優しくお腹を撫でながらサキは口を開いた。
「私もね、正直言うとちょっとだけ心配なのよ。流石に異世界に行くのは初めてだろうし、こんなに家を空けるのも初めてだし……」
「サキさん……」
「でもね、レイタロウ氏は生きてるよ。それも元気ピンピンなんじゃないかな?」
「……そんなことが分かるのか?」
「伊達に何年もいませんから!……ぶっちゃけるとね、私の体にはレイタロウ氏の『気』の護りがあるの」
「そういえば……そうだったな」
余談となるが、キングの『気』の護りは災害レベル【竜】の怪人の攻撃を無力化できるほどに凄まじい。
11歳の頃に発現したエネルギーを『気』と名付け、その研鑽に半生を費やしたレイタロウ少年(現在のキング)は、その過程でもっと『気』の用途を広げられないかと様々な実験を試みていたのだ。
しかし、兎にも角にもまずは基礎を作り上げる必要があると判断したレイタロウ少年は、前世の記憶を掘り起こし、ある一つの修行法に行き着く。
掻い摘んで言うとそれは、体内を内燃機関に見立て、エネルギーの圧縮と爆発を高速で繰り返して質の高いエネルギーを体内に蓄積していくという、○の実力者的なアレであった。
……なんだかんだありながらもエネルギー操作の基礎を積み上げ『気』をより強固なものとしたレイタロウ少年は、そこから発展させる形で他者に『気』を
「……その『気』に何の変化もないから、とりあえず無事かなーってね?」
「なるほど、師匠の身に何かあればサキさんを包んでいる『気』にも何かしらの変化が表れるということか……」
「いやまぁ、今までそんなことなかったから全然分からないんだけどね?(*ノω・*)テヘ」
「………………つまり勘か」
「勘って言うより……信頼?」
元々他人だった自分よりよっぽど楽観的でポジティブな思考回路をしている。
窓ガラスの向こうに広がる青空を見据えたサキの横顔は、あまりにも希望に満ちあふれていた。
「……帰ってくるって信じてるから、私は送り出すの。例え絶望しかなくても、レイタロウ氏は全部ひっくり返して何事もなかったかのように帰ってくるから……」
目の端が僅かに反射したのを、その目で確かに捉えたジェノス。
……キングを心配しているのは自分だけではない。
そんなことも知らずに塞ぎ込んでいた俺は馬鹿だと、自らの両頬をピシャリと叩いて気合を入れ直す。
「……すまなかった、サキさん。一番弟子である俺が師匠を信じないなどあってはならない。俺も師匠を信じて待ち続ける。それまで貴女を支え続けると誓おう」
「ジェノス氏……」
「だから貴女も、諦めずに師匠を信じ続けてほしい。貴女こそが師匠にとっての帰る場所だろうから……!」
「………うん!」
……その思いが通じたのか、それは定かではない。
『あー、こちらキングこちらキング。ジェノス聞こえているか?どうぞー』
……しかして、奇跡は舞い降りた。
ジェノスの頭の中に響く声の主、それはあまりにも聞き慣れた自身の師匠の声であった。
「師匠?……師匠ですか!!?ご無事ですか!!?どちらにおられるんですか!!?」
思いがけないサプライズに思わず早口になるジェノス。
まるで信じられないものを見るようにジェノスを見つめたサキ。
冷静でいられる者など、この場にはいなかった。
『俺は無事さ。いま異世界にいる。そっちの状況を簡潔に教えてもらえるか?……まぁもしかしなくても失踪扱いだろうけど』
伝えたいこと?……山のほどある。
謝罪、感動、不測の事態、門、国防軍……沢山だ。
これら全てを経緯もひっくるめて話すとなると、それこそ一日では足りないだろう。
「……分かりました。可能であれば小一時間ほどもらえればありがたいのですが……」
『……20文字以内に簡潔に纏めなさい』
熟考の末、異世界への〝門〟がT市に現れた、とだけ伝えることにした。
「了解です。……ご苦労おかけします」
キングとの念話を終え、安心感からか一息つくジェノス。
機械の身とは思えないその人間臭さに、目の端に涙を浮かべながらサキは笑いかけた。
「……話は終わった?」
「ん?あぁ、まあな……」
「これからどうするの?」
「……これから俺はヒーロー協会に向かう。そこで一緒に転移させられた生徒達を順次移送・保護する予定だ」
「分かった。私はここで待ってるね」
「……それと、貴女へ伝言だ。すぐ戻ると」
「っ、うん、うん……ありがとね」
玄関から外へ出ていくジェノスをリビングから見送ると、涙を拭ってお腹を抱えながら立ち上がったサキ。
「聞こえた?もうすぐパパが帰ってくるんだよ〜。良かったね〜。ホントに良かったぁ。今日はもう格ゲー&たこ焼きパーティーね!」
スマホ片手に何処かへ電話をかけるサキ。
その表情は、青空よりも晴れやかで澄み渡っていた。
<<< A市 ヒーロー協会本部 会議室 >>>
「……いやはや、まさか〝門〟を破壊するなどと言ってきた時には度肝を抜かされましたなぁ」
「全く、メタルナイトももう少し粘ってくれても良かったのに……」
「まぁおかげで国防軍に更に恩を売ることが出来たのだから良いではないかね」
「「「「 ハハハ、まさに 」」」」
本日の会議室は、何とも楽観的な空気が漂っていた。
キングが失踪して9日が経つ。
その間、特にこれといった災害もなく平和な時間だけが過ぎ去っていたために、この場にいる殆どの幹部連中は気持ちを切り替えてしまったのだ。
英雄を必要とする世界は不幸だ。
不幸と呼んで差し支えないほどに世紀末なこの世界で、台風の目の只中にいることを〝平和〟と勘違いするのも、無理のない話かもしれない。
もはや彼らにとってキング(や生徒達)の安否よりも、マッコイが主導して進めている特地接収プログラムとそれによってもたらされる莫大な利益のほうが遥かに優先度が高かったのだ。
「本日はお忙しい中集まっていただき感謝する。……早速だが、会議のほうを始めさせてもらおう」
そう言って口火を切ったのはマッコイ。
見るからに偉そうな態度で会議を取り仕切っているが、実際偉ぶるだけの実績を叩き出しているため誰も口を挟まない。
「さっき話題に上がったように、昨日突然メタルナイトが特地から撤収したことで現場で軽く混乱が起きてしまったようだが、依然として我々が推し進める計画に大きな支障はない」
「(……よく言う、一番混乱していたのはお前だろうに)」
地球と特地を繋げる〝門〟を壊したほうがいい、などと文書で送られてきた時のマッコイの慌てぶりはあまりにも滑稽極まるものであったと内心毒づいたシッチ。
「……とは言うものの、国防軍からいい加減プロヒーローをよこしてくれと再三急かされていてね、こちらとしては検討に検討を重ねて熟慮しなければならない案件だからと説明しているのだが、聞かなくてねぇ……」
「(ヒーローの派遣なんて考えてもいなかったの間違いだろう。メタルナイトが撤収した今、必要に迫られているだけの話だ)」
誰も彼も、まさかメタルナイトが撤収するなどとは予想だにしていなかったのだ。
普段から誰の命令も聞かずに自分勝手に行動するメタルナイトも、特地がもたらす無限の可能性に目をつけ、その上で特地の調査を続けていたと誰もが信じていたのだから。
それがまさかの〝門〟破壊提唱だ。
そんな
「早速、S級のチャイルドエンペラーが特地入りに名乗りを挙げてくれた。彼の戦力は並のヒーロー十数人分に相当する。
「(S級とはいえ子供一人と、ニホン国防軍のみで未知の領域に突入することになるとはな……)」
特地出動に色よい返事をしたヒーローは多くなかった。
ほかの仕事で忙しいから、スケジュールの都合が合わなかったから、興味がないから等という理由で素気なく断る者が圧倒的に多かったからだ。
『特地?……なんだか知らないけど、とりあえず捩じ切っちゃえばいいのね』
……キングが不在の今、
決して、決して彼女が周囲を巻き込みすぎるからという理由で断ったワケではない。
「明日、国防軍との合同の深部情報偵察隊が組まれ、本格的な特地調査が開始される。……明日だ、泣いても笑っても明日から全てが始まるのだ―――ん?」
全て言い切る前に、ある
マッコイのみに留まらず、会議室にいた全ての者達もその
そしてそれは、あまりにも聞き覚えがありすぎた。
「この音は……まさかッ!!?」
「そんな、本当に、彼が……!!?」
「帰ってきた、帰って来たんだッ!!」
2mは優に超す筋骨隆々な巨躯。
トレードマークと言える特徴的なモヒカン。
正義に燃え上がる赤い瞳。
そして―――いつにも増して響き渡る希望の讃歌〝キングエンジン〟
これだけの特徴を挙げてなお理解できない愚か者は、少なくともこの場には存在しなかった。
曰く、
曰く、
曰く、月を破壊し、月を創造した男。
曰く、己の中の化け物すら淘汰してしまった男。
曰く、地上最強の男。
曰く〝最高〟の
人も怪人も区別なく、彼はこう
「「「「 キングッッッ!!! 」」」」
「すみません、ご迷惑おかけしました……」
ヒーローの王、地球へ帰還す。
<<< 一時間後 >>>
「ハァ……ようやく終わったよぉ……(´Д`)」
……あ、どうも。
俺は〝最高〟のヒーローなんて皆に持て囃されてる男キングと申しますぅ……。
いやぁ〜、それにしても面倒なことになったもんだぁ。
「師匠!」
「んお?……あぁジェノスか」
「師匠、随分と時間がかかったようですが、一体どのような話を……?」
そうなんスよ!
も〜聞いてよジェノス〜!!
幹部の人達マジで人使いが荒いんだぜぇ!?
こっちはただいまの挨拶をしに来ただけなのによぉ〜!
「……私も聞きたい」
「……まだいたのか」
「……いちゃダメ?」
「そうは言ってないが……」
おっ、アレーティアも精密検査を終えたっぽいな。
見た感じ問題はなさそうだねぇ。
っていうか、火花を散らさないの!めっ!
「まあまあ、ちゃんと話すから喧嘩しないしない」
「「 ……分かった(りました) 」」
「うんうん、分かってくれて俺は嬉しいよぉ。……さて、なんでこんなに時間がかかったのか、分かりやすく説明するとね……」
「「 ……… 」」
「特地への出張を要請されたからなの」
「やはりそうですか……」
「……特地?」
何でも急に決まったことらしくって、明日異世界行きたい人この指と〜まれ、ってやってイサム君くらいしか来なかったらしいんだよねぇ。
残りの人達はスケジュールの関係で断ってるか態度を保留にしており、そんな時に都合よく異世界帰りの俺が通りがかったから駄目押し気味にお願いしたらしいのよ。
「もうあなたにしか頼れない!子供だけに押し付ける気か!?……なんて言われたら、断れないよマジで」
「……お人好し」
「そういうことでしたか。……お困りのようでしたら俺が直接上層部に抗議しますが?」
「あぁいーいー。引き受けたからには最後まで務めを全うするつもりだから。……でも」
「……でも?」
「サキ氏をまた待たせることになっちゃうなぁ。そればかりはマジで申し訳なく思うよぉ……」
俺の言葉を受けて、アレーティアは顔を俯かせ、ジェノスはただ真っ直ぐに俺だけを見据えた。
……ハハッ、サキ氏怒ってるかな?
それとも、呆れてるかな?
「……師匠、今日は真っ直ぐに帰宅することを勧めます。そして、彼女と話してください」
「ジェノス……」
「サキさんは、師匠が思っている数十倍も強い女性です。師匠が必ず帰ってくると信じているからこそ、彼女はめげずに師匠の居場所に成って帰りを待っているんです」
……言われるまでもないさぁ。
「ジェノス……分かりきったことを抜かすな」
「ッ!!」
「サキ氏のことは、少なくとも君よりよっぽど理解しているつもりだよ俺は。……サキ氏が強い女性だってことも、よぉぉぉく分かってるんだ」
「っ、すみません師匠!出過ぎた真似をしました!」
「だからこそッ、君に伝えておきたいことがあるッ」
「っっっ〜〜〜、はいッ!!」
ピシッと背筋を正したジェノスの両肩に手を置く。
「……サキ氏の傍に居てくれてありがとう。流石は俺の
「……………………り、がとう、ございます」
おいおい、何ボーッとしてんのジェノスぅ?
一番弟子って言われたことがそんなに衝撃だったのかな?
完全に心ここにあらずって感じで放心してるよハハハ。
「……むぅ、一番弟子の座を取られた。下剋上もやむなし」
「さりげなく恐ろしいこと言うんじゃありません。おぉそうだ、せっかくだから俺んちでパーティーをしよう」
「……どんなパーティー?」
「俺の帰還と……アレーティア、君を歓迎するパーティーさ。きっと楽しいぞぉ!」
「……ん!」
満面の笑みを浮かべながら俺に抱きついてきたアレーティアを迎え入れつつ放心したまま動かないジェノスを脇に抱え、瞬間移動を行使した。
目的地は勿論―――俺の自宅。
玄関を前にして、少し躊躇いを覚えつつも、えいやと一歩進み出てドアノブに手をかけた。
ガチャッ「ただいまぁ〜」
「おかえりレイタロウ氏〜」
改めて思う。
帰ってきて良かった〜(泣)
でも明日、異世界に行かなきゃなんだよなぁ〜(泣)
憂鬱だァァァァァァァァァァァァ(泣)
つまらない説明回はこれで一旦区切りです。
次回から本格的に本編に突入します。