GATE 国防軍 彼の地にて〝最高〟とともに戦えり 作:びよんど
炎龍来ちゃったどうしよう!?って話です。
『メリザ!メリザッ!大変だよ!!』
炎龍が現れたという話は瞬く間に村中を駆け巡った。
女給メリザのもとに隣の鍛冶屋の奥さんが駆け込んできたのは、陽が中天に達する頃合い。
メリザが家で洗濯物を干している最中だった。
日頃から村の噂話に興じる仲であり、家にいないと見れば何処にいるのかすぐに分かるので、物干し場まで駆け込んできたのだ。
メリザは畑仕事に出ている農夫の夫に知らせるため、洗濯物を踏んづけて水切りしていた息子を走らせた。
自分は家に戻り、とる物もとりあえず荷物を纏め始めた。
息を切らして汗だくになって帰ってきた夫が自分の無事に安堵する中、本番はここからだと言わんばかりにケツを叩いて荷造りを行わせた。
農耕用の荷車に食糧や水、その他必要になるであろう諸々の荷物を積み込むと、それだけで荷車はいっぱいになってしまった。
ロバに荷車を牽かせ、息子と夫がそれを背後から押す。
そんな状態で道を進み、村の中心に入ると、既に多くの荷車や村人達で道は渋滞していた。
荷物を積みすぎた荷車が壊れてしまい、道を塞いでしまったのだ。
その時に一家が大怪我を負ったらしいが、なんやかんやあって大事なかったらしい。
時間だけが浪費されていった。
どうにか村を出たが、その時には太陽は西の空に差し掛かっていたのだ。
陽が暮れれば野宿し、陽が昇れば道を進む。
だが避難民達には、歩みの遅い者もいれば速い者もいて、三日も過ぎると年寄りや子供を連れた家はどんどん遅れ、列は縦に伸びて先頭は見えなくなってしまった。
ぬかるみに車輪を取られた荷馬車が動けなくなり道を塞ぐこともあった。
早くどけろ、少しは手伝えといった怒号と罵声が飛び交い、人々の心はささくれ立っていった。
あちこちで喧嘩が起こり、荒れた道の凹みに車輪を取られた荷車が横転する。
荷物が散乱し、子供が泣き喚き途方に暮れた女達は絶望に項垂れた。
だが、そんな自分達を助けてくれる者がいた。
棘の生えた特徴的な髪型の筋骨隆々な大男は、なんとも騒々しい音を響かせながら困っている人々のもとへ駆け寄り、その困りごとをあっという間に解決していくのだ。
膝を擦りむいて痛がる子供の膝に手を置いてその傷を傷跡ごと治したり、車軸が折れて使い物にならなくなった荷車を時間をかけずに元通りに修復したり、疲れて立ち上がれなくなった老婆に活力を与えて立ち上がらせたり、泣く赤子を見つめただけで泣き止ませたり、荒れた道を頑丈に舗装してくれたり……。
どんな些細なことにも心配りを忘れず、避難民の列を行ったり来たりする様はそそっかしいなどと言われる反面、その心優しさと多彩な技能は紛れもなく本物であると避難民達から認められていった。
そこに緑の服を着た連中の助けもあり、多少の問題こそあれど、なんとか避難民達は誰一人欠けることなく進むことが出来ていたのだ。
そして現在。
「(荷車が壊れた時はもう駄目かと思ったけど、人間捨てたもんじゃないね。……あの人はたぶんエルフだろうけど、一体どんな魔法を使ったんだろうね?何も無い場所から鉄の水瓶を出したり、怪我人を治療したり。レレイなら知ってるかしらね―――)」
突然、晴れていたはずの空が陰った。
荷馬車の上で物思いに耽っていたメリザは、雨でも降るのかと息子ともども空を見上げ、そして凍りついた。
足がついて腕がついて、コウモリの羽みたいな翼を広げた赤くでっかい奴―――炎龍が空を覆っていたのだ。
不運は続く。
よりにもよって、炎龍と目が合ってしまったメリザ。
活動域の外まで飛び越えてきた炎龍の前菜が決定した瞬間であった。
炎龍の鋭利で巨大な鉤爪がメリザの乗る荷車に迫る。
荷車を伴ったロバと天空の支配者たる炎龍の速度など、比べることすら烏滸がましい。
逃げられない。
メリザはせめて、震えるその体で息子だけでも庇おうと気力を振り絞って動き出す。
炎龍の鉤爪がメリザの目と鼻の先まで迫る。
刹那、メリザを取り巻く世界の全てが停滞しだした。
「(あ、終わった―――)」
死を覚悟したメリザの視界には、自らに迫る炎龍の巨大な鉤爪が酷く緩慢に映って見え、そして―――
「焼却!!!」
……肌を焦がさんばかりの灼熱の大瀑布が炎龍の横っ面を思いきり殴りつけ、炎龍の巨体をはるか遠くへ吹き飛ばしてしまった。
「怪我は、ないか?」
あまりにも予想外の事態が立て続けに起き、半ば思考を放棄しかけていたメリザとその周囲の避難民達。
……彼らの意識を再び覚醒させたのは、一人の青年の声であった。
「あ、あんたは……」
「荷車を捨てて、逃げろ。遠くへ、逃げるんだ」
避難民で作られた長蛇の列の最後尾にて、取り残されそうになっていた年寄りや子供を励まし、救いの手を差し伸べていた金髪の青年。
特徴的な髪型の大男や緑の服の連中とは異なり、露出している首元や両腕は鉄で出来ているのかと問いたくなるほどに無機質で、加えて白目のところが黒く染まっていたのも相まって不気味に思っていた者も少なくはなかった。
だがしかし、今この瞬間をもって
「■■■■■■■〜〜〜ッ!!」
地を何度か転がりながらも、その大きな翼を目いっぱいに羽ばたかせることで低空を飛行し、姿勢を安定させることに成功した炎龍。
見たところ目立った傷はないようだが、物凄い飛翔音を響かせながら滞空する炎龍の
その矛先は、避難民の只中に立つ
S級14位 ジェノス
全身に超強力な兵器を搭載したサイボーグヒーロー。
憤怒の込められた炎龍の視線に一切怯むことはなく、ジェノスは掌に備え付けられた砲を掲げ、言葉短く
「お前を排除する。……そのまま動くな」
「(ここまで奴の接近を許すとは。……あらゆる感知機能をフル稼働していたが、まさか鱗がステルスの役割を果たしていたと言うのか?)」
炎龍 災害レベル【竜】
不甲斐ない、ジェノスは自らの能力を過大評価しすぎたことを内心猛省していた。
炎龍が生来持ち合わせていたであろう天然のステルス能力と意外なまでの飛行速度、そして、ジェノスの慢心が重なったことで、半径75m圏内に突入された時点でようやく接近に気付くことが出来た始末。
ジェノスの周りには、炎龍の威容に怯えるあまり動くに動けない避難民が少なからずいた。
「(全ては俺の怠慢が招いた事態だ。いま俺が成すべきことはただ一つ―――)……逃げろッ、急げッ!!」
先手を取ったのは炎龍。
喉元から口内にかけて高エネルギー反応を感知したジェノスは、周りにいた避難民達に逃げろと檄を飛ばす。
荷車を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃走を図った避難民達を巻き込むように、炎龍は口内に溜め込んだ炎熱をジェノスめがけて放射した。
ヒト程度であれば容易く燃やし尽くす地獄の業火が広範囲に渡って撒き散らされる―――
「吸熱核!!」
……ことはなく、ジェノスの
比喩や誇張など一切抜きに、炎龍が放射した炎熱の全てが余すことなくジェノスの体内に吸収されていったのだ。
このあり得ざる光景を前に避難民達も、そして炎龍すらも、その場で立ち尽くし困惑の色を隠せずにいる。
「……博士が新しく追加してくれたこの機能、熱を吸収して自己エネルギーに変換するというコンセプトらしいが、少し使い方を誤ってしまったな。感知機能に少なからず不具合が生じてしまった」
そう言ってのけたジェノスの様子に変化はない。
……いやむしろ、炎龍に向けて放つ殺気に更なる質量が加わったのを、その場にいた全員が肌で感じ取っていた。
「だが問題はない。……お前をここで排除する」
自我を持つ天災、炎龍を前にして逃走以外の選択肢を取ることは死を意味する。
無論、逃げたとて逃げ切れる保証などどこにもなく、大抵の場合すぐに追いつかれて炎に焼かれるか生きたまま喰われることになるだろう。
それでも、一縷の希望に託して逃げるのだ。
逃げなければ、生き残れる確率は0%のまま。
立ち向かうなどもってのほかである。
……それなのに、何故自分達は足を止めたまま、かの金髪の青年を見つめているのか?
メリザだけではない。
彼女の周りにいた人々も、誰も彼もが炎龍と相対する青年を真っ直ぐに見つめていたのだ。
私達は何故逃げない?
今からでも逃げれば青年の
……犠牲?
私達は、あの青年が
私達を囮に使う?
なら何故、わざわざ私達の前に躍り出ている?
…………………………
「お、お母さん……」
「メリザ……」
縋るように自分を見つめる息子と夫の姿。
それでようやく、メリザの腹は決まった。
「逃げるよ、ここにいちゃ邪魔になる」
青年の強さが如何ほどのものか、非常に気にはなる。
だがそれ以上に、こんな危険地帯にいつまでも立ち尽くしていてはせっかく拾った命をドブに捨てることになる。
一も二もなく逃げる。
それこそが、いま自分達に出来る最大の恩返しであった。
炎龍の注意を青年が引き受けてくれてる間に、可能な限り静かにその場を後にするメリザとその家族。
近くにいた者達もメリザに倣うように静かに後ずさりし始め、やがて青年の近くには炎龍しかいなくなっていた。
今までの生涯で、自分より小さく弱い〝餌〟に一度として感じたことのないもの。
火で丹念に炙ってから食べたこともあった。
火を被せて踊らせてから食べたこともあった。
火を使わず生のまま食べたこともあった。
好きなものは生きたもの、死んだものに興味はない。
皮膚を牙で破ると、はじけるように血と肉が口の中に広がり、次いで内臓が舌の上に飛び出てくる。
それを骨ごと噛み砕くのが、美味しい食べ方の秘訣だ。
鳴き声を上げさせたまま食べると、口の中がプルプルと震え、なんとも癖になる食べ応えとなる。
それが〝餌〟であり、
断じて、恐怖を抱くものではないはずだ。
なのに、なのに何故―――
「マシンガンブロー!!」
……自分より小さく弱い〝餌〟が、ひとっ飛びで眼前まで迫り、目で追いきれない攻撃を繰り出してきた。
問題ない、どうせ効くはずもない。
い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!?
何をされた!?
何が起きた!?
何故、右の目が見えない!?
何故、口の中が痛い!?
「■■■■■〜〜〜ッ!!」
許せない、許さない!
こんなに痛いこと、初めてだ!!
火で焼いてやる!
「雷光眼!!」
あぁあああぁぁあぁあぁぁぁぁあ!!!
目が、目がァァァァァァァァァ!!!
何も見えない!
何も見えない!
どこに……どこに消えた!!?
「デュアルブレードラッシュ!!」
「■、■■■■〜〜〜ッ!!?」
痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたい!!!
お腹が痛い!
刺すように痛い!
なんで?なんでなんで!?
〝餌〟が、強いと言うのか!?
〝餌〟が、こんな、こんな―――
「■■■■■■■■〜〜〜ッ!!!」
「くっ……逃さん!!」
痛いの嫌だ!
遠くへ、遠くへ逃げないと!!
目が見えないけど、逃げないと!!
何処に飛んでいるのか分からないけど、逃げないと!!
あの〝餌〟が来れない、遠くへ―――
ギャアァァアアアアアアアアアアアア!!?
いだい、いだいいだいいだいいだいいだい!!!
背中いたい!!
翼……あれ?
と、べない……!?
「……お前がくれた攻撃、100倍にして返してやる」
よ、けないと、でも、なんで、うまく、とべ、ない。
あ、あ、あ、あぁ!!
「超熱―――」
ァァあぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁああ!!!
「……螺旋焼却砲!!」
ッ――――――――――――
後に、その場に居合わせた者達は口々にこう語る。
炎龍の顔面をボコボコに殴り、強烈な光で目を晦まし、内臓が飛び出るまで切り刻み、緑の服の連中の〝鉄の逸物〟によって翼をもいでもらい、仕舞いには天に届くほどの青色の光の柱によって胴体を抉り貫き、これを討伐するに至った〝鉄の鬼人〟の英雄譚を……。
「……炎龍、一人で倒しちゃったんだ?」
「いえ、彼ら国防軍の介入がなければ逃がしていた可能性もあります。決して俺一人の功績ではありません」
いやいやいや、それはそうだけども!
炎龍が逃げだすくらい君も強かったってことだよねぇ?
「すっげえな。確かドラゴンって7.62mm小銃弾を弾くんだったろう?どんだけぇ……」
「それワイバーンの話だろ?……この馬鹿デカいサイズだぜ。きっと硬さもえげつないに決まってる」
「……胴体消し飛んでんだけど。やっべぇ……」
見てごらんなさいよ。
国防軍の皆さんも炎龍の末路にドン引きしてるよ。
胴体がスッキリ無くなって、頭と手足と尻尾と翼しか残ってない逆トルソードラゴンの出来上がりだよ!
……あ、すんません。
俺はキングって言うの。取り乱してごめんねぇ。
あらかじめ言っておくと怒ってるワケじゃないのよ。
……むしろその逆、メチャクチャ嬉しくて今にも舞い上がりそうなんだよねぇ!
「避難民を安全な場所に移送し終えたら、真っ先に君の助けに入ろうと思っていた。……ぶっちゃけ不安だったんだよ、君一人にドラゴンの相手をさせるのは」
「師匠……」
ジェノスからのSOSをキャッチした俺達は、まず避難民の安全を確保するためにジェノスの近くに瞬間移動し、逃げ遅れていた避難民を荷車ごと安全な場所に移送する作業に入っていた。
ジェノスの邪魔にならないように、という配慮もあるが。
そん時一緒にイタミさん達の乗る軍用車両三台も連れてきていたが、まさかまさか炎龍に痛烈な一打を加えるとは思いもしなかった。
おかげでこっち側の犠牲はゼロ。
怪我人は続出したものの、例のごとく俺が治癒を施したことで全員が快癒している。
「……申し訳ないと思う反面、嬉しくもある。全く君は、どれだけ俺の予想を超えて行くんだい?」
「っ、光栄です、師匠」
俺もさ、一番弟子。
……思い出せば君、巨大隕石を破壊してたもんね。
「……やれやれ、これで目下の脅威は排除できたワケだ。良かった良かっ―――ん?」
「……師匠、どうかされましたか?」
……なんだろう、この違和感?
この炎龍、何か
「ジェノス、この炎龍……
「?……いいえ、
「……………………………………………マジで?」
「え、ええ。本当です」
………………………………………そんなことあるぅ?
「……ごめん、言ってなかったかもだけど、エルフの集落を襲った炎龍は、途中で
「左目を?…………………まさかッ!!?」
「うん、そのまさか」
「……あのぅ、一体どうなされたんですか?」
あ、イタミさん、ちょうどいいところに。
ちょっと聞いてくださいよ〜俺達の話〜。
「イタミさん、今から嫌な話をさせてもらってもいいでしょうか?」
「え、そういうのはちょっと―――」
「もしかしたら、炎龍はもう一体いるかもしれません」
「「「「 え"っ 」」」」
すみませんねぇ、ホントに嫌な話だけどさ、とっても大事な話だからちゃ〜んと聞いてくださいね?
「一つ、俺の個人情報を開示すると、俺には触れた相手の記憶を読み取れるテレパシーみたいな能力があります」
「「「「 は、はぁ…… 」」」」
「エルフの集落の生き残りであるあの娘を治癒する傍ら、その記憶を少々覗かせてもらったんですが、彼女の記憶にある炎龍は左目が矢で潰されていたのに対し、ジェノスが戦った炎龍は両目とも潰されていなかったんです」
「ちょ、それって……!」
「両者ともに身体的特徴は非常に似通っていました。これの意味するところはおそらく、炎龍が
「……マジで?」
「加えて、同じ狩場を共有している可能性もあります」
「なるほど、エルフの集落を襲った炎龍を仮にAとして、そのAから狩場の位置情報を教えてもらった炎龍Bが近辺を
「あくまで可能性の話だけどね。……とはいえ、この些細な違いを見て見ぬふりは出来ません。避難民の人達には悪いですが、元の村にとんぼ返りするのはよしたほうがいいかと思います」
「……村長と話し合ってみます。僕のほうからも強く進言してみますね」
お願いしますよ〜イタミさん?
ただでさえ〝帰ってもいいんじゃない?〟って声が避難民の人達の間で高まってそうだからねぇ。
やれやれ、一難去ってまた一難だなこりゃ。
本作の独自設定その2、炎龍双子設定。
巣と狩場を共有するぐらいには仲良しで、姉は用心深く、弟はマイペース、共通してヒトやエルフなどのことは餌程度にしか考えていません。
片目を潰された姉からどこそこに餌があるよ教えられ、行ってはみたものの餌なんて何処にもなく、仕方なく遠出していたら偶然餌の群れを見つけ、襲撃を仕掛けたらいつの間にか逆トルソーにされていたのが弟くんです。
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