───解放されたい。
解放されたい、解放されたいっ、解放されたい解放されたい解放されたい。何から?何に?何を?何で?何が?何から解き放たれたい?何から解き放たれずにいる?何を解き放てないでいる?
厄介な化け物女の監視から?暗黙として繋がってしまった冥界の主との縁から?ストーカー被害が耐えないさとり妖怪から?月の神の呪いから?魔女になりたい癖に私の話を聞かない弟子から?めんどくさいと口にする割には面倒見のいい巫女から?
気の狂いそうになった時はそうやって、自分以外の場所から狂うことの出来る理由を見つけ出そうとする。
けれど、答えはいつも自分の内側だ。
気狂いの言葉として聞いてくれ、何から解放されたくて、何に囚われているのかを。
……苦痛さ。
抗うことの出来ない、苦痛から逃れたいんだよ。
“火”を知っているかい、若いお人。“服”を知っているかい、聡い君。“幻想”を理解しているかい、只人よ。
理屈で証明出来る全てが、理屈で証明出来ない“神”によって形を持っている事を、知っているかい。
私たちはね、苦痛から逃げ続ける為に生きるんだ。死ぬ瞬間まで苦痛に気が付かないように生きているんだ。
……。
まぁ、誰でも思いつく言葉として適任なのは現実逃避さね。
“現実”の魔の手から逃れる為に、“幻想”へと手を伸ばす。抗う事が出来ないのなら、抗う以前に出会わなきゃいい。
最初は“火”を、次に“服”を、次に“境目”を。火によって苦痛から逃れた私たちは、身に纏うものによって個々の境目を分けた。
……お若い人、そう悩むな。服ってのは比喩さ。猿人類の頃の私たちが、毛が数本多いだとか、表皮が少し違うだとかで互いを見分けられたと思うかい?
重要なのは“分ける”事。“円”を作る事。繋いだ手の輪の中に入れた者と入れなかった者、私と貴方、それが全てさ。
そうやって手を繋ぎ、村を繋ぎ、町を繋ぎ、国を繋ぎ、苦痛から逃れ続けるとね、逆転するんだよ。私たちにとっての価値というものがね。
──苦痛が、個人を証明する為の唯一の解になる。
述べた逃避が皆を一つにする事ならば、抗いイコール“個人”を現す事になる。個々人の内側にしかない苦痛と向き合うんだ、つまりは孤独で、“逃避”側の人間とは道を違える。
自慢じゃないが、私がこうやって一人ぶつくさ物を話す変人なのも、抗う側の人間だからなのさ。
……解せない顔をするもんじゃない。私は私、貴方は貴方。授業で言ってる事と一緒だ。この偏屈婆の寺子屋に通ってるならそれぐらい覚えときな。
ん?ボケてたんじゃなかったかって?
……。さっきまではね、まぁ、とある化け物女を思い出したら元に戻った。
そうさね……アンタにも分かりやすく言うと……。
……。
…………。
纏めると、こうだ。私たちは皆、自分の中に“苦痛”を飼っている。それが文明を育み、私と貴方を分けた。“苦痛”が薄れる度に人間は暗闇の先へ歩み、そして自ら“暗闇”へと変わり……個人というものは白昼夢のようなものになる。
解放されたい、苦痛から解放されたい。苦痛から、苦痛から、この世の全ての苦痛から。
解放された先に待っているのが、自分達を平等に受け入れてしまう“神”の居場所だとしても、解放されたい。
気狂い婆はこう考える。気が狂ってるのはそっちだと。このまま“向こう側”へ行こうとする方が狂気なのだと。
若人よ、身の程を知るべきだ。私の生徒よ、身の丈を知るべきだ。只の人間よ、身の程を愛すべきなんだ。
───私たちはね、苦痛から解放されてはいけないんだよ。
この
■
「何をやっているのか、理解しているの」
ああ。
「…………もう一度聞くわ、何をしてるのか分かってんのババア」
うん。
「分かってたら返事しないのが普通よ。その手を止めて、頭を地面に埋め込んで謝れば見逃してあげる」
八雲紫が嫌いな理由を知りたいかい。
「……?」
幻想郷は良い世界だ。確かにディストピア風味は感じるし、楽園を作るうえでの歪み、というものは散見される。特に人間と妖怪の関係性の推移は見届けてきたが、今や見事に八雲紫のおままごとの中に納まった。
だとしても、“幻想の楽園”という目標は達せられている。そこは素直な評価点。
「……それが何」
「それが、今アンタのやろうとしている事と何の関わりがあるのよ」
勘が鈍ったかい、博麗の巫女。なぁに、博麗大結界を壊すだけだ。
こんな素敵な幻想郷を破壊したいイコールそれだけ八雲紫が嫌いという事。この“それだけ”の中身な、それはもう下らないものなんだ。
腹が立つんだよ、アイツの存在そのものに。ドラキュラにとってのニンニクと太陽、人狼にとっての銀の弾丸、妖怪にとっての陽気、天敵であり対極さ。
「………」
言う事を聞かないのも嫌いだ、頑固じゃなくて聞く気が無い姿勢なのが本当に腹が立つ。そんな態度の癖に人の人生を簡単に踏み荒らすし、自分の成功を疑ってないのも気に障る。暗黙知で動きすぎなんだよ。
…………。
まぁ、ここら辺は完全に個人的な理由だ。これが無くとも私はアイツと敵対する。難しく考えるな。
……おい、私が本気で嫌いが理由で暴れるわけないだろ。なんだその顔は、意外~って顔をするんじゃない。冗談も踏まえて話してるんだよ、分かりやすく話すために。
「分かってる。アンタ人に自分の言葉が伝わらないなって思った瞬間、変な間を置いて言い方を変えるから」
……。
まぁ、付き合い長いと分かるか。
どれだけ難しい言葉でこねくり回しても、私がアイツを嫌いという理由からは逃れられない。だから先んじて根底を話した。
「アイツの事が嫌いなのは私もよ。…───アンタよく言ってたじゃない、嫌いな相手がいるなら、愚痴ぐらい聞いてやるって」
「私だってもう人の愚痴程度、酒と一緒に飲めるようになったの」
────。
大丈夫だよ、霊夢。
酒を飲むときは、私の死体の前で笑いながらだな。
「…冗談だと、言って欲しかったわ」
ははっ。冗談ね、ジョークなら私も一つ。
業績不振のジェンガ社長、昼時カフェへお出かけだ。がしかし、そのカフェは高級店でパフェが一つ三千円!値段を見ずにトッピング全マシで頼んだ結果、今にも落ちて崩れそうなパフェが届きます。
遂には自重に耐えきれず、崩壊していくパフェから甘いクリームを口に運び、財布を覗いてこういいました。
“あーあ、見つもりが甘かった。こんな『つもり』じゃなかったのに”
そんな吐くほどに甘い言葉を吐いて、ジェンガ社長の会社は───崩れ去るジェンガのように、倒産してしまいましたとさ。
「ジョークの才能に関しては成長しなかったのねアンタ」
……。
まぁ、全部話すとお前の勘が働きそうだからここで切り上げるさ。
一つの人生、ここまで長く生きたのは久しぶりだよ。大抵は神様に見放されてた生を謳歌してたから。巫女は巫女らしく、この楽園の未来の存続を願えばいい。
…───だから、未来を願う君とそうでない私は、ここでお別れなの。
楽園の巫女がそんな景気の悪い顔をするな、魔理沙にもサブ師匠は乱心してダーク師匠になったから討伐したって伝えとけ。
美術品は小鈴に、家は稗田阿求に、呪物は霖之助にでも押し付けろ。
「…最後に聞くけど、畜生界で何かあった訳じゃないのよね」
ああ。親切な神獣に助けてもらったぐらいだ。
「……」
……辛気臭い顔をするな。
能力に振り回されて何十、何百、何千、何万、何億年か。
まぁ、そうだね。私の所感で悪いけど……ランキングトップおめでとう、幻想郷。おんぼろの納屋と同じぐらい、安心できた。
そして───こんな暇人と長く付き合って、離れていかないでくれてありがとうございました。
さぁ、博麗霊夢から楽園の巫女に戻るときだ。
目の前にいるのは唯の人間、唯の年寄り。指先一つで押しつぶせる。
楽園の巫女の役割はたった一つ───人と、幻想郷を守る事。
「………」
「………」
「…………───」
イコール私を殺す事。
幻想郷を破壊、破滅させるような事態。村の住民や妖怪、神サマが日常を過ごせなくなることを異変呼ぶんだったよな確か。
コレは異変の起きる前、楽園の巫女の役目は異変を解決する事。濡れぬ先の傘をさすのかい。
……ああ、まぁ、だとしたら、覚えておくことだね。
異変なんてネーミング、センスないわ。これこそ私たちの日常だよ、博麗の巫女。
永遠に尊い妖怪と神の楽園なんて、元から存在しないし。
忘れられた存在の揺り籠だなんて、ペテンにも程がある。
異変と呼ばれる全ては日常の延長線上、何一つ異変と呼んでいいものは無い。
身の程を知るべきなんだ、身の丈を愛するべきなんだ、身の程だけが私たちの全てなんだから。
八雲紫に言っといてくれ、ハナからお前の夢は叶わない。お前はお前のおままごとに縛られ続ける。
───苦痛から逃れたいだなんて、私たちは私“たち”になった瞬間から達成してるだろう?なら、それ以降はもう傲慢なのさ。
■
「……」
──いたく、酷い気分になる。
楽しみにしていた夕食の食卓に、人の頭が運ばれてきたような。
「……」
滅多に見ることの無い友人の涙。親しみを覚える村人の落単の声。楽園の巫女という肩書きを前にしても腹は立つが身近であった存在の喪失。
特に、友人の涙というものは耐えきれない苦痛を産む。弾幕勝負で鬱々とした気分を晴らそうと画策したが、逆効果だった。
何より、命を奪った行動は今回その是非を考えさせられる。
起きた出来事は単純。博麗大結界を破壊しようとする存在を役目として殺した。
友人だと思っていた相手は、唯の気狂いだったのか。それすら今は分からない。
「……」
が、それだけ。
博麗の巫女という名を継いでからこの様な事も、いずれは経験するだろうと予測していた。軽く落ち込んで、終わり。
だから今こうして頭を悩ませているのは純粋な──疑問である。
借りていたミステリー本の真犯人が分かるより先に、貸主から返却を求められ真相は分からずじまい。
だが、読んでいた箇所から真犯人を推察する事が出来る。頭の中で散らばったピースを集め、足りていない最後の一欠片といえば…………答えだ。
「………」
後処理を頼まれた家に足を運ぶ。緩慢に気怠げに面倒くさそうに、誰かに押し付ければ良かったが呪物の類が面倒臭いからと、その程度で足を進める。
雑誌に乗っていた四コマ漫画、いたずらにちぎられていた最後の一コマを探すために、美術品と本しか置かれていない家へと。
「……」
村はずれにある小さな屋敷だ。小さい、とはいえ屋敷は屋敷、金目のものがあればネコババでもしようかと考えながら、玄関の扉を踏み越えた。
──静かな家だ。
人気が無いから静か、という訳では無い。何処かおかしな様子がある訳でも無い。生活、そして人生の中心になる家屋には、相応の“心”が現れる。
言葉では言い表せない感覚の部分で、内装や外見からある程度相手の顔は思いつく。吸血鬼の館なんかはプライド自尊心傲慢さが言わずとも。
悪人であればそれはもう、勘がバリバリと働くもの。
「……静か」
けれど、やはり、静かだった。
気狂いの悪人という事前評にはあまりに似つかない。
彼女の家の内装は、紫から特別に許可の降りている先進的なモノだ。美術品が飾られているのはコンクリが使われた冷たさの残る部屋。外だけが木造の不思議住宅は、河童にでも建築を依頼したのかどうか。
「アリスが好きそうな静けさね、工房にでもしてあげようかしら」
「…こういう美術系、私ちんぷんかんぷんなのよね」
「これは……──魔理沙の写真?小さい頃の…」
「花瓶。……アイツそもそも花を飾るような奴なの?」
「本、本本本本…魔理沙かパチュリーにでも売り払えばいいか」
「うわっ、すんごい呪物。まぁ、冥界やら地獄やら、月にまで行ったらしいからこんぐらいあっても不思議じゃない」
「…………」
「…………?」
「…」
「……──日記……?」
ぱさり、とリビングの机に置かれた一冊の日記帳。
静けさが蔓延するこの家の中でも、その日記は最も孤独に溢れているかに映る。
あの面倒くさがりの変人が日記なんて殊勝なもの、書くはずが無いと思っていた。好奇心は猫を殺す、日記を開いた途端この家が大爆発してもおかしくは無い。
「……」
そんな葛藤一秒後にはもう日記を開いていた。フカフカのチェアーに腰掛け、主を失ったこの家の新しい主として振る舞う。
「──幻想とは、何たるや」
それが題名だった。その日記に示された記号であり、意味だ。
小難しい事ばかり話す彼女だったが、何かと人との付き合いは上手かった。抑えていたと言うべきだろう。
恐らくこの日記には、その“抑え”の部分が一切存在しない原液100%の彼女らしい文章が載っている。そう考えるだけで日記を開くのが億劫になる。
覚悟を決め───最初に目に入った言葉は、これだ。
「……」
「輪廻を歩む程度の能力について…?」
その言葉に、巫女としての勘が恐ろしい程に反応を示す。
深淵の底、パンドラの箱の中身、開かずの間。触れる事すら許されない禁忌の類。
しかし、それでも、この日記が破られた最後の一コマであるのならば、胸のモヤモヤを解決する何かであるのなら、開かずにはいられない。
数年、されど数年。寝起きに顔を見に行って、寝る前に顔を見に行った相手の末路は、寂しげな顔をしながら自らの手で終わりを迎える事だった。
僅かな好奇心、僅かな罪悪感、僅かな後悔、僅かな期待。残りは殆ど欠伸の出そうな退屈感で、日記を開いて───。
「──『この日記は、私が博麗大結界の破壊を目論み、そして死んだ後に贈る君へのお話。だから幻想とは何たるや、という題名への答えは私本人に聞いてくれ』」
退屈は、殺意へと裏返る。
『転生、という概念がある。命あるものはその輪の中から決して脱せることは無く、リアリティーの中でイマジナリーなものを思考するしかない』
『今、私は輪廻転生を“輪”と例えた。しかし輪廻転生が本当に輪の形をしているわけも無く、円環と循環をイメージしやすいから“輪”や“円”と口にする』
『私の力は、過去現在未来を問わず輪廻を巡った“自覚”と一つ前の輪廻の記憶を持って生まれ変わる能力だ』
『場所はランダム。そして能力が発動したのは恐らく46億年前』
『気をつけな、博麗霊夢。もし私が自分から死にに行くような行動を起こせば、多分私は────』
『隙をついて、博麗大結界壊しちゃうから』
「あんのクソババアっ……!!」