「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に…   作:遠藤 世羅須

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魔王になり、わからない事だらけの直人。そして、戦えない魔王の直人に容赦無い訓練命令。シズク先生のスパルタが始まる。


第二章 第2話 訓練(シズク教官)

直人はコマンド【訓練部屋】を押した。

切り替わった瞬間、空気が変わる。

広い。天井が高い。床は石。

壁際にはクッションみたいな魔法障壁が張られていて、

衝突しても大丈夫な感じがする。

 

 

そして何より――

魔物がいる。

スライムが跳ねている。

小型のゴブリンが木剣でチャンバラしている。

どこからか、甲冑みたいな音がして、角のある何かが走り回っている。

そして、遠くで何やらの魔獣が火を吹いている。

 

 

 

直人は固まった。

「……ここ、訓練部屋だよな」

 

ミリアが即答する。

「はい♡」

「遊んでるけど」

「遊び場でもあります♡」

「兼用は事故る」

「兼用は効率的♡」

「今だけは効率を憎む」

 

 

スライムがぷるん、と直人の靴先に当たって跳ね返った。

痛くはない。

でも、“接触”した感触だけが妙にリアルだ。

直人は目を細める。

(現実じゃない。夢でもない。……最悪に現場だ)

 

 

「異界の魔王さま。邪魔です」

声が硬い。

その一言で、空気が締まった。

 

 

シズクが、壁際に立っていた。

いつもの黒白メイド。武装。無表情。

そして、こちらを見ているのに“歓迎”がない。

 

 

直人は一歩だけ下がる。

「……現世にいないのは助かる」

ミリアが横で囁く。

「シズクは異界のみです♡」

直人は頷く。

「良い。家庭内が終わる」

 

シズクが淡々と告げる。

「異界の魔王さま。確認です。現世で訓練を始めるつもりでしたか」

「いや、ここだろ」

「正解です。現世で始めたら、床が終わります」

「終わるのは床なのか」

「まず床です。次に家庭です」

 

 

直人は口を閉じた。

容赦ないのに、正しい。

 

シズクは視線を訓練部屋全体に投げる。

「ここは訓練部屋です。同時に、魔物の遊び場です」

「危なくないのか」

「危ないです」

「即答かよ」

「だから訓練します」

 

 

ミリアが小声で言う。

「教育♡」

直人が睨む。

「ここでは趣味を出すな」

ミリアが、また露骨に不満な顔になる。

「……はい♡」

 

 

直人は、石床を見下ろす。

自分の手袋。自分の靴。自分の角。

全部“機能”。

でも、使い方は分からない。

直人は低い声で言った。

「……最初にやるのは」

 

 

シズクが即答する。

「壊さない訓練です」

「やっぱりそこか」

「はい。異界の魔王さまは“力”を得ましたが、“止め方”がありません」

 

 

背後でゴブリンが木剣を振り回し、スライムが飛び、何かが壁に激突して弾んだ。

相変わらず火を吹く魔物……

遊び場は賑やかだ。

そして――訓練環境として最悪にちょうどいい。

 

 

シズクが一歩前に出る。

武器には触れない。触れないのに、圧がある。

「異界の魔王さま。第一課題」

「……何だ」

「この部屋の魔物を、一匹も泣かせずに止めてください」

 

 

直人は固まった。

「止めるって、遊びを?」

「はい」

「泣かせずに?」

「はい」

「それ、戦闘より難しくないか?」

 

 

シズクは瞬き一つせずに返した。

「難しいです。ですので、訓練になります」

ミリアが横で、嬉しそうに囁きかけ――直人の視線で止まる。

ミリアは拗ねた顔のまま、黙った。

 

 

直人は息を吐いた。

Lv1。ミュート5分で1日。

数字は最小。

なのに現場は最大に面倒。

 

 

直人は、戦闘メイドと遊び場の魔物たちを見回して、静かに言った。

「……分かった。やる」

シズクが一礼する。

「承知しました。では――開始します」

 

 

直人は一歩、スライムの方へ出た。

スライムがぷるん、と跳ねる。

直人が手を伸ばすと、スライムが一瞬止まり――次の瞬間、猛ダッシュで逃げた。

「逃げた」

 

 

シズクが淡々と切り捨てる。

「はい。怖いからです」

「俺、何もしてない」

「“しそう”だからです」

「理不尽だな」

「魔物はだいたい理不尽です」

 

 

直人は深呼吸する。

やるなら、現実の仕事と同じだ。

相手を怖がらせずに、行動だけ変える。

(……声かけ)

 

直人は小さく手を上げた。

「止まって。危なくない。怖くないよ……大丈夫」

スライムは止まらない。

逆に速度が上がった。

ぷるるるる、と波打ちながら逃げる。

 

ミリアが、笑顔のまま囁く。

「直人さま♡ それ、現実の部下にも効きません♡」

「わかってる」

今のが”怪しいおじさん”なのは理解してる・・・

 

 

直人は、靴の機能を思い出す。敏捷。

追いつくのは簡単だ。

問題は――追いついた後。

直人が一歩踏み出した瞬間、身体が軽い。

軽すぎる。

石床を蹴った足が、勝手に予想より前に出る。

「うわっ」

直人は止まろうとして、逆に滑った。

絨毯がない。石床だ。

足が踊る。

ゴブリンたちが「おっ」と声を上げて見ている。

 

 

シズクが淡々と告げる。

「今のは、追跡ではなく突進です」

「言語化されると落ち込むぞ」

「必要です」

 

直人はやっと止まり、息を吐いた。

追えば怖がられる。

止めれば逃げる。

詰んでる。

 

 

そのとき、シズクが一歩前に出た。

武器には触れない。

触れないのに、空気が変わる。

「模範を示します」

 

シズクは、魔物の遊び場の中央へ歩いていった。

影を踏まない。

目線が優しい……わけではない。

スライムが跳ねる。

ゴブリンが木剣を振る。

角のある何かが突進して――シズクの足元で止まった。

止まった、というより。

止められた。

 

 

シズクは、何もしていない。

手も上げていない。

ただ、呼吸を一つ落としただけだ。

魔物たちが、自然に円を作って座る。

遊びが終わる。

誰も泣かない。

でも、逆らえない。

 

 

直人の喉が鳴った。

(……何だ今の)

 

シズクが振り向いた。

「異界の魔王さま」

「……何」

「今のが“止め方”です」

「説明が足りない」

「足りないのが、訓練です」

 

ミリアが、悔しそうに小声で言う。

「……かっこいい♡」

 

直人が睨む。

「それ俺が言う感想だ」

 

 

シズクは直人の手袋を見る。

怪力。

そして、壊す力。

「第二課題。異界の魔王さまは、触れずに止めてください」

 

直人は即答する。

「無理」

「無理です。だから課題です」

 

「魔界も大概ブラックだな」

 

 

訓練の合間。

シズクは当然のように「休憩」を宣言した。

宣言だけは、優しい。

 

「補給します」

そう言って、銀のトレーを出す。

湯気。椀。

そして、また“鮮度”。

 

直人は椀を覗き込んで、無表情で言った。

「……これ、動いてる」

シズクは即答。

「鮮度です」

「鮮度って言葉の概念よ」

 

ミリアが横から囁く。

「直人さま♡ 魔界は“食べる=制圧”です♡」

直人が眉をひそめ。

「制圧ってそういう概念?」

 

直人は椀を持ち上げた。

湯気が頬に当たる。

匂いはうまそうだ。悔しい。

一口飲む。

うまい。さらに悔しい。

「……味は普通に良いんだよな」

シズクが淡々と返す。

「当然です。死にたくないので」

 

直人は止まった。

「ん?」

直人は椀を見つめて、喉の奥で嫌な想像を転がした。

ここは異界。魔王。魔物。

回復スープ(鮮度)。

危険要素しかない。

 

直人は真顔で聞いた。

「もしこれ食べて死んだら?」

「死にません」

シズクは瞬き一つせずに首を振った。

ミリアがニヤッとする。

「良い質問♡」

直人が睨む。

「良い質問なのか?」

 

シズクが、事務的に答える。

「異界の魔王さまは、異界の魔王さまです」

「それ答えになってない」

「なります」

 

直人は椀を置いて、低い声で言う。

「俺が死んだらどうなる」

空気が少しだけ締まる。

ミリアの煽り笑顔が、ほんの少し真面目に寄る。

 

シズクが淡々と告げた。

「復活します」

 

直人は眉を寄せる。

「復活?」

「魔界仕様です」

「いつ?」

「いまは短いです」

「短いってどれくらい」

シズクは一拍置いて言った。

「一年」

直人は固まった。

「一年」

「はい。異界の魔王さまはLv1なので」

「一年もいねぇのに“短い”って」

「魔界基準です」

 

ミリアが小声で付け足す。

「現実の一年じゃないかも♡」

直人が即座に顔を向ける。

「ミュートすれば短い…か」

ミリアは肩をすくめる。

「条件次第♡」

「どういうこと?」

 

シズクが言い直す。

「異界の魔王さまが“死ぬ”ほどの損害を出すと、現場が一年無人になります」

 

直人は息を止めた。

ここを1年空ける。

その間に門が無防備になる。

 

そしてすぐに計算した。

仮に「ミュート中」に死んだとして、

こちらの1年は、現実では約30時間にしかならないが、

それは――現実の家庭で30時間も居ない。

完全に「行方不明」じゃないか。

仕事もあるが、何より妻と娘が残る。

そして門の残留。

それらが“無人”になる。

さらに、ミュートが切れると、丸々1年……

 

「……死ねないな」

シズクは即答。

「はい。死なないでください」

直人は苦笑しそうになって失敗した。

笑えない。

「それは、俺が異界人だからか?」

「いいえ、魔界規定です」

 

ミリアが、珍しく煽りを抑えた声で言う。

「直人さま♡ だから訓練です♡」

 

直人は小さく頷いた。

「……分かった」

 

直人は椀を持ち上げ、飲み干した。

鮮度は最後まで鮮度だった。

目を逸らした。

 

直人は訓練部屋の魔物たちを見る。

止め方が分からない。

でも、止めないと壊す。

壊してばかりで装備使えなければ、戦えない。

「討伐」され死ぬかもしれない。

死んだら一年いない。

一年いないのは、絶対にダメだ。

 

直人は唇を噛み、シズクを見る。

「あんた、強すぎる。俺が魔王なのに、俺より強い」

シズクは平然と返す。

「当然です。異界の魔王さまはLv1です」

「そこを殴るな」

「殴っていません。評価です」

 

直人は息を吐いた。

そして、最も現実的な問いを口にする。

「……どうやったら、レベル上げられる?」

ミリアが、待ってましたとばかりに笑った。

「聞いちゃいましたね♡」

シズクは、武器に手を添えずに答える。

「まず、異界の魔王さまは――」

 

そこで、訓練部屋の奥で何かが大きく跳ねた。

魔物の炎が他の魔物を焼いたようだ。

遊び場の音が戻る。

会話が寸断される。

直人は拳を握った。

答えが欲しい。

答えがないと、次も事故る。

 

「続きを」

直人が言うと、シズクは一歩だけ近づいて、淡々と告げた。

「その前に訓練です」

「容赦ないな」

 

「……少しだけな」

シズクが厳しい眼のまま。

「はい。少しだけです。壊すので」

「壊さない」

「確定的未来です」

 

シズクが淡々と告げる。

「課題。泣かせず止める。三十秒」

「短っ」

「異界の魔王さまの集中が三十秒しか持たないので」

「俺弱」

「評価です」

 

直人は“触れずに止める”を思い出し、角に意識を向けた。

魔術。出力制御。

やり方は分からない。

でも――“圧”なら分かる。

 

直人は小さく息を吸って、吐いた。

「……落ち着け」

声じゃない。感覚で。

 

魔物たちの動きが、ほんの少しだけ鈍る。

スライムの跳ねが低くなる。

ゴブリンの木剣が止まる。

「お」

 

直人が手応えを感じた、その瞬間。

床の石が、ミシ、と鳴った。

直人は慌てて出力を引っ込めた。

「やばっ」

 

シズクが即答。

「はい。やばいです」

「床が?」

「床もですし、異界の魔王さまもです」

「俺が危ない?」

 

ミリアが横で、まだ少し不満げに口を尖らせている。

「夜の雰囲気がないから、乱れるんです♡」

直人は即切る。

「廃止」

ミリアが露骨に拗ねた。

「……は~い♡」

 

「次回です。異界の魔王さまは、今日はもう壊しそうなので」

「くっ」

ミリアが、ぬるく笑う。

「壊すの得意♡」

「うるさい」

 

直人はつぶやく

「訓練部屋の賑やかさは救いだな…」

 

(つづく)

 




段々紐解かれる呪縛。魔王の仕事はまだ端緒についたばかり。次々と「仕事」が続く。

相変わらずシズクにディスられる直人。よく胃がご丈夫で(笑)
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