「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
訓練部屋は今日も相変わらず遊び場だった。
スライムが跳ね、ゴブリンが木剣を振り回し、
角のある何かが壁に激突して弾まれている。
相変わらず火を吹く魔獣。
直人は一歩だけ中に入り、深呼吸した。
「シズク、『異界の』という二つ名やめてくれないか?」
「考慮いたします」
「考慮かよ」
シズクは手を叩いた。
「終わり。今日は増築してください。」
直人は眉を寄せる。
「増築?」
「階層を増やします」
ミリアが嬉しそうに言う。
「階層を増やすと魔王さまのレベルが上がります」
「魔王さまの本業♡」
直人は肩を落とした。
「本業が増築って…」
玉座の間。
相変わらず豪華で、相変わらず座りたくない。
直人は渋々座り、UIを開く。
【管理】の中に、見慣れない項目が増えていた。
【ダンジョン】
・階層管理
・迷宮化(ルート編集)
・侵入者導線(推奨)
直人は【階層管理】を開いた。
【現在階層:1】
【増築:+1階層】
注意:1日あたりの増築上限:1階層
直人はそこで止まった。
「……“1日あたり1階層”?」
ミリアが頷く。
「はい♡ 造るの、重いので♡」
直人は眉を寄せる。
「“日”って、こっちの一日だよな」
「はい♡」
直人は舌打ちを飲み込む。
(ミュート5分=1日。つまり……)
直人は現実の癖で、頭の中に簡易計算表を出した。
ミュート5分=異界1日
異界1日=階層1つ増築できる
つまり現実で5分黙れれば、階層が1つ増やせる
直人は目を細めた。
「……会議で黙ってる時間、建築」
ミリアが嬉しそうに言う。
「はい♡ 会議がダンジョンを育てます♡」
直人はもう一つ、嫌な計算をする。
復活。
「俺が死んだら、復活は一年……だったな」
ミリアが頷く。
「いまは♡」
直人が続ける。
「レベルが上がると、復活は伸びる」
ミリアは笑うだけで、答えない。
その笑いが答えだ。
直人は低い声で結論を出す。
「……死ねないな」
シズクが背後で即答する。
「はい。ですので壊さないでください」
「壊すのと話違わないか?」
直人は視線をUIに戻した。
結局、やることは単純だ。
「階層を増やせば、レベルが上がる」
ミリアが指を一本立てる。
「はい♡ ただし、最初は分かりやすく上がりますが、だんだん重くなります♡」
「重く?」
「ゲームなので♡」
(うっ、こいつ自分のゲーム時代の仕様の事言ってる)
直人は【増築:+1階層】にカーソルを合わせた。
押せば増える。
押せば現場が増える。
押せば仕事が増える。
「……増やす」
ミリアが拍手しそうになり、直人の視線で止まる。
ミリアは口を尖らせたまま、囁く。
「偉い♡」
「本業・・・なのか?」
直人はクリックした。
床が震える。
遠くで岩が削れる音。
空気が一瞬だけ重くなる。
そして、UIが更新される。
【増築進行:開始】
必要時間:1日
上限:本日は残り0回
直人は目を細めた。
「……今日の分、使い切り」
シズクが頷く。
「はい。1日1階層縛りです」
「縛りって嫌な言葉だな。色々と」
「仕様です」
「仕様だともっと嫌だ」
「魔界は仕様です」
ミリアが嬉しそうに言う。
「明日は迷宮化しましょう♡」
「一本道を、嫌にします♡」
「言い方」
ミリアが笑顔で
「侵入者が疲れます♡」
直人は即答する。
「帰還推奨は同意だな」
直人は【迷宮化(ルート編集)】を開いた。
画面に、簡単な地図が出る。
今はほぼ一本道。
直人は現実の仕事モードで考える。
迷宮化=最適化。
侵入者導線=動線設計。
「……これは楽すぎる。ダンジョンじゃない」
ミリアが頷く。
「はい♡ だから抜かれます♡」
直人は歯を食いしばる。
ミノタウロス案件だ。門だ。
直人は“迷宮度”のスライダーを見つけた。
低/中/高。
「高にしたら?」
シズクが即答する。
「異界の魔王さまが迷います」
ミリアが吹き出す。
「魔王さま、自分で迷子♡」
「うるさい」
直人は中にした。
現実でもそうだ。急に全部は変えない。段階的に行く。
次に、導線。
直人は眉を寄せる。
「殺すと面倒が増える」
ミリアがにこっとする。
「魔王さま優しい♡」
「これは合理的判断だ」
直人は、コマンドで遠回り設定にした。
疲れる。だが安全。
そして、追い込みすぎない。
直人は小さく息を吐いた。
「……これでいい。まずは事故を減らす」
シズクが淡々と評価する。
「合格です。魔王さまにしては」
「余計な一言が入ってる」
「必要です」
増築が進む間、直人は現実の時間を思い出す。
現実で黙れば、こちらが進む。
なら、現実の会議を建築資材にするしかない。
「……明日から、会議が怖いな」
ミリアが囁く。
「黙るほど進みます♡」
「言ってくれるな」
「言いました♡」
直人は玉座の間の端に立ったまま、次の手を考えた。
階層を増やすだけでは、侵入者が来たらまた崩れる。
迷宮化で時間を稼いでも、根本は“守り”だ。
必要なのは――現場を任せられる人材。
直人は、ふとデーモンロードの顔を思い出した。
支配力。統治。撤退の誘導。
あいつなら、やれる。
直人は【雇用】を開きかけて、手を止めた。
まだ早い。
まずは相談だ。現場の経験者に。
直人はUI画面で呼び出す。
「……デーモンロード」
気配が揺れる。
あの“統治する圧”が近づく。
「呼んだか、魔王」
声が落ち着いている。余裕がある。
直人は短く要件だけ。
「次の階層、増やした。迷宮化も入れる。――フロアボスを増やしたい」
デーモンロードは一拍置いた。
「ほう。人材が欲しいか」
「そうだ。お前の方で、使えるのはいるか」
デーモンロードが笑う。
「“使える”の定義が雑だな」
直人は睨む。
「定義は必要ない」
ミリアが横で小さく笑った。
「成長♡」
直人が睨む。
ミリアはいたずらっ子のような眼で見る。
デーモンロードは肩をすくめるように言った。
「候補はいる。ただし――」
「ただし?」
「面接は必要だ。魔王としてな」
直人は息を吐いた。
面接。
現実でも嫌いな単語だ。
でも、逃げられない。
「……分かった。候補を出せ」
デーモンロードの目が細くなる。
「明日、連れてくる」
直人は玉座の間のUIを見る。
増築進行はまだ続いている。
現実の時計は進んでいない。
それでも、仕事は増える。
直人は低い声で言った。
「……次は雇用だ」
ミリアが、にやりと笑った。
「面接♡」
「本業だ」
「候補はいる」
デーモンロードが言った瞬間、直人の胃が重くなった。
候補がいる=面接が始まる。
現実でも嫌いな単語だ。面接。
(またドラゴンみたいなのが来るのか)
直人は玉座の間の端で腕を組む。座らない。絶対に座らない。
「……誰だ」
「二名」
デーモンロードは淡々と言う。
「アークデーモンと、サラマンダー」
ミリアが横で、待ってましたとばかりに囁く。
「強そう♡」
直人が睨む。
「“強そう”で採用はしない」
「はい♡ “強い”で採用しましょう♡」
「そういうことじゃない」
背後で、シズクが冷たく言った。
「両方採用してください」
直人は振り向く。
「まだ面接してない」
「異界の魔王さまは戦えないので」
「そこを殴らないで」
「評価です」
直人は息を吐いた。
いいとこ取りなのが自分の癖だ。
「……条件がある」
デーモンロードに言う。
「最下層はお前だ。そこは動かさない」
デーモンロードが口角を上げた。
「最下層守護。いい響きだ」
「響きじゃなくて責任だ」
「責任は嫌いじゃない」
直人は続けた。
「二人は、もう一階層増やした時に両方採用する」
ミリアが拍手しかけて、直人の視線で止まる。
「採用計画♡」
「まだ地獄の始まりだ」
【階層管理】を開く。
昨夜増築した地下二階層目が、ちょうど“形”になりかけていた。
【現在階層:2(地下二階層)】
【増築:+1階層】
注意:1日あたりの増築上限:1階層
画面を睨む。
(1日1階層縛り。つまり今日の“5分”をどこで捻出するか)
現実でミュートを押せば、こっちが1日進む。
その1日で、階層を1つ増やせる。
数字が少ないほど嫌だ。現実の沈黙が資材になる。
直人は自分の喉を押さえるように呟いた。
「……会議が怖い」
ミリアが楽しそうに言いかけた。
「会議で夜に――」
直人が即切る。
「廃止」
ミリアが露骨に不満な顔になる。
「……は~い♡」
直人はクリックした。
【増築:+1階層】実行。
床が低く震えた。
遠くで岩が削れる音がして、空気が少しだけ重くなる。
【増築進行:開始】
必要時間:1日
上限:本日は残り0回
「……よし」
直人は小さく拳を握った。
これで、採用枠が増える。
シズクが横で淡々と告げる。
「壊さないでください」
「増築しただけだろ」
「異界の魔王さまは破壊が標準です」
増築が走っている間、魔王の杖のUIがチカ、と明滅した。
嫌な感じの明滅だ。
ミリアが、珍しく先に言う。
「直人さま♡ ステータスが更新されます♡」
相変わらず探るような目つきだ
「再起動でもしろと」
「New直人さま♡」
直人の目の前に、簡素な表示が出た。
【魔王ステータス(抜粋)】
Lv:2
時間加速:上昇(ミュート連動)
復活:延長
直人は眉を寄せる。
「……Lv2」
ミリアが頷く。
「地下二階層が成立したので♡」
直人は即座に現実の癖で計算する。
頭の中に、メモ帳が立ち上がる。
Lv1:ミュート5分=1日
Lv2:……?
「どれだけ上がる」
ミリアが、わざと“限定”して答える。
「体感で分かるくらいは上がります♡」
「限定説明すぎる」
「全部言うと、直人さまが計算地獄になります♡」
「もうなってる」
直人は復活の行を見る。
「復活の延長、って」
ミリアがニヤッとする。
「魔力が増える代わりに、死んだ時のペナルティが増えます♡」
直人は歯を食いしばる。
「……具体は」
ミリアは笑うだけだ。
シズクが代わりに冷たく言った。
「異界の魔王さま。死なないでください。以上です」
「それは説明じゃない」
「最も重要な仕様説明です」
直人は息を吐く。
限定でいい。全部は要らない。
要るのは判断材料だけだ。
(Lvが上がる=ミュートの威力が増える)
(Lvが上がる=死んだ時の復帰が遠のく)
結論:軽々しく上げるな。でも上げないと現実が危ない。
最悪のトレードオフ。
ミリアが甘い声で囁く。
「魔王さま♡ いい顔してます♡」
直人は黙ったまま睨む。
直人は実際に増築されたB2へ足を運んだ。
B2は“生まれたて”の匂いがした。
湿り気、新しい岩肌、薄い魔素の膜。
迷宮化を入れる前の、まっさらな空間――まだ何も置いていない。
直人は足元を確かめ、壁を見上げる。
「……本当に“何もない”な」
ミリアが指で岩肌を撫でる。
「白紙♡」
「レストランでも作るか」
シズクが淡々と告げる。
「レストランを配置する前に、まずB1を固めてください」
シズクに軽口は通じないらしい。
「分かってる。だから視察――」
その言葉が途切れた。
魔王の杖のUIとは違う、魔王の“気づき”が刺さる。
脳内に、短い通知だけが落ちる。
【インシデント検知】
発生階層:B1
種別:侵入(複数)
直人は反射で息を吐いた。
「……来たか」
ミリアが、にやりと笑う。
「イベント♡」
「喜ぶな。仕事だ」
直人は即座に確認する。
侵入者はB1にいる。
そして――重要なのはここだ。
「B1ボス討伐が、B2到達の条件だ」
シズクが頷く。
「正解です。よって対応はB1のみ」
直人は歯を食いしばる。
「B2はまだ空っぽ。ここで迎撃できない」
ミリアが残念そうに口を尖らせる。
「えー、せっかく新フロアなのに♡」
「お披露目は化粧直しが終わってからだ」
直人は一瞬だけ、B2の“何もない”空間を見回した。
まっさらなフロア。
何もない。守る場所じゃない。
守るべきは――入口のB1。
直人は低い声で命じた。
「戻る。」
ミリアが嬉しそうに並ぶ。
「はい♡ 魔王さま♡」
シズクが即答する。
「承知しました」
直人が踵を返した瞬間、B2の階段口(上り)が、淡く光った。
“条件ロック”の表示。
【アクセス制限】
B2到達条件:B1ボス討伐
状態:未達
直人は舌打ちした。
「……ロックは動いてる。よし」
シズクが淡々と言う。
「ロックはありますが、止めるのはB1の現場です」
直人は一度だけ頷いた。
「分かってる。現場だ」
B1魔王部屋へ戻る途中、空気が違った。
湿り気の匂いに、人の汗と油の匂いが混じっている。
松明の煙。金属音。足音。
――侵入者パーティ。
魔王部屋に戻る。
UIで侵入者が追える。
冒険者が呟く
「前とルートが違う」
直人は小さく息を吸って吐いた。
そして低い声で言った。
「デーモンロード。B1の“ボス”として、止めろ」
ミリアが囁く。
「最下層守護、いまはB1が最下層♡」
シズクが一歩前に出る。
「異界の魔王さま。お手並み拝見いたします」
直人は口角だけで笑いそうになって失敗した。
笑えない。
でも、やるしかない。
松明の光が近づく。
四つ。パーティだ。
直人は拳を握る。
「……デーモンロード、ここで全て止めろ」
(つづく)
まだ以前と同じB1だけの段階で来訪者。しかし、今回は違う。体制は出来つつある。お手並み拝見の侵入者対応。