「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に…   作:遠藤 世羅須

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衝撃的な事実を聞いた直人。悩み深いが、当座目の前にある事柄を片付ける必要がある。直人には「放棄」という感覚は無い。


第二章 第5話 面接

現実の夜は、静かだった。

リビングの灯りを落としても、暗闇の向こうに家族の気配だけが残る。

直人はそっと子ども部屋の戸を開けた。

布団の中で、ひなが寝ている。

口が少し開いて、まつ毛が規則正しく揺れている。

小さな手が、ぬいぐるみの耳を握ったまま離れていない。

――ただの寝顔。

ただの、今日が終わった証拠。

 

直人は息を止めて、その顔を見下ろした。

(守る)

当たり前の目標が、急に重くなる。

守るために強くなる。

強くなるためにレベルを上げる。

レベルを上げると、記憶が消える。

(……どれを失う?)

目の前の寝顔だって、記憶だ。

声も、匂いも、手の温度も。

全部、記憶の集合体だ。

 

ふと、ひなのぬいぐるみの「名前」が出て来ないのに気付く。

確かひなが名前をつけていたはずだ。

血の気が引く。

胃がキリキリ痛む。

 

直人は喉の奥で、言葉にならない息を吐いた。

(上げない。俺は――上げない)

 

戸を閉め、リビングへ戻る。

ソファの背に手を置いて、立ち止まる。

社会人の癖で、頭の中のタスクが並ぶ。

 

だが、今日はそれより先に“穴”を塞ぐ。

直人はPCを開き、ミュートを入れたまま押す。

 

【魔王】

 

豪華すぎる玉座の間。

座らない。座ったら負ける気がする。

UIが必要最低限を点灯させる。

【魔王Lv:3】

【ミュート5分=異界4日】

【復活:7年】

【B1:侵入起点】

【B2:未使用】

【B3:デーモンロード(配置済)】

 

直人は目を上げず小さく呟く。

「……上げない。運用で回す」

背後で、ぬるい声。

「運用♡ すてき♡」

ミリアだ。いつもの笑顔で、いつもの位置にいる。

 

直人は振り向かない。

「すてきじゃない。胃が痛い」

「胃が痛いの、好きですもんね♡」

「おまえのお陰だ」

 

その瞬間、画面の端が点滅した。

【通知】門:不安定化(軽度)

接続先:幼稚園/物置裏

 

直人の喉が鳴る。

(どういうことだ?)

現実の家が思い出される。

さっきの寝顔が、逆に現実味を増す。

「何故不安定になるんだ?」

ミリアが、いつもの調子で残酷な事実を突きつける。

「魔王さまのLvが上がってないので、結界が弱いです♡」

「かわいく言うところじゃないな」

「Lvを上げろ、という事か・・・」

 

「あと、俺に”言ってない”事は無いのか」

「今は♡」

息を止め、ミリアを睨む。

いつもの値踏みするような目付き。

「……わかった」

 

「採用面接、行きましょう♡」

ミリアが扉を指す。

違和感が続いている。

聞かされたLvアップの代償。

心の奥底に棘を刺されたままだ。

(正直今の気分は面接どころではないが…)

しかし、レベルを上げずに結界の負荷を減らすために、

急いでB1の防衛を完璧な“運用”にする必要がある。

 

直人は頷く。魔王の仕事。

サラマンダーとアークデーモン。

B3が成立した。枠ができた。計画通りだ。

急造の面接室へ向かう。

直人は座らず、杖のUIを開いたまま立っていた。

 

そこへ、熱気が先に来る。

扉が開く前から、空気が乾く。

温度が一段上がる。

火の気配だけで、部屋が「昼」みたいに明るくなる。

現れたのは――図鑑で見た“サラマンダー”のイメージそのものだった。

岩肌みたいな鱗。ひび割れの奥で、赤い熱が脈打っている。

角は大きく、背の棘は火花を散らす。

立っているだけで、床がじわっと暖かい。

ミリアが当然のように紹介する。

「魔王さま♡ B1フロアボス候補、サラマンダーです♡」

 

直人は、感情を殺した声で告げた。

「……候補、ね。まずは要件」

 

サラマンダーは胸を叩いた。

「要望は一つだ!」

嫌な予感しかしない。

「ボス部屋を――溶岩流にしてくれ!」

 

直人の指が止まる。

「……いきなり何言ってんだ」

ミリアが横で目を輝かせる。

「映える♡」

「溶岩流だと誰も入れない」

サラマンダーは真顔だ。

「俺は熱で生きる! 熱で戦う! 熱で燃やす!」

直人は淡々と返す。

「燃やすのは不許可、心を折る仕事をしろ」

 

サラマンダーが目を丸くする。

「焼いてはいかんのか?」

「そうだ。逃がす技術を覚えろ」

ミリアが横で囁く。

「燃やしたら帰れなくなります♡」

直人が睨む。

「余計なこと言うな」

 

サラマンダーが食い下がる。

「溶岩流があれば、侵入者は入れない!」

直人は一拍考えた。

(確かに。戦闘じゃなく“撤退”を引き出す演出には使える)

背後から冷たい声。

「異界の魔王様。条件を定めれば運用可能です」

シズクだ。いつも通り、背中に長剣。右手に銀の盆。

存在だけで圧がある。

 

直人は頷く。

「……よし。許可基準を出す」

杖のUIに、直人は現実の言葉を持ち込んだ。

本当は持ち込みたくない。

でも、持ち込まないと家族が燃える。

【B1ボス部屋 改造申請:溶岩流】

目的:撤退率向上(撃破より撤退)

条件:維持コストを“低”に(魔鉱石消費上限設定)

 

直人は画面を指で叩く。

「溶岩は作っていい。ただし――閉じ込める。漏れたら即廃止」

ミリアが口を尖らせる。

「廃止、好きですね♡」

「好きで言ってない」

 

サラマンダーは目を輝かせた。

「閉じ込める? つまり“溶岩を止めろ”ってことか!」

直人は、氷のような視線でサラマンダーを射抜く。

「そう。漏洩禁止」

サラマンダーは胸を叩く。

「燃えるのに燃えるなとは、矛盾だぞ!」

 

直人は、記憶欠けを知った苛立ちがノイズとなり、

一瞬だけ、感情的に怒鳴りそうになるのを必死に理性で抑え込む。

「矛盾を管理しろ。お前はボスだろ」

 

サラマンダーが一拍黙る。

それから、妙に真面目な声で言った。

「……魔王。お前、強くないのに怖いな」

直人は即答する。

「これは運用だ」

 

シズクが淡々と追記する。

「異界の魔王様。撤退導線が必要です。溶岩の“映え”は不要です」

ミリアが即反応する。

「映えは必要♡」

直人が遮る。

「不要。撤退が最優先」

ミリアが口を尖らせる。

 

直人はサラマンダーを見る。

「やれるか」

サラマンダーは牙を見せて笑った。

「難しいことはわからんが、やってやる!」

「やってやるはいい。やらかすな」

ミリアがにこっと笑う。

「魔王さま♡ 採用?♡」

 

直人は淡々と、だが有無を言わさぬ圧で言い放つ。

「……B1フロアボス、仮採用。溶岩は“条件付き許可”だ」

その瞬間、杖のUIが淡く光った。

【改造承認:B1ボス部屋】

モード:溶岩流(封じ込め)

安全帯:撤退導線優先

緊急遮断:ON

 

サラマンダーが満足げに頷く。

「いい。これなら“熱で帰らせる”ができる」

直人は淡々。

「現実の人間は、怖いより“面倒”で帰る」

ミリアがうっとりする。

「魔王さま♡ 仕事脳♡」

直人は低い声で返す。

「褒めるな。俺の記憶が削れる」

 

シズクが、銀の盆を差し出した。

「異界の魔王様。採用祝いの配食です」

直人は受け取りながら、溶岩流の設定画面を見つめた。

(……燃やすための溶岩じゃない。

 これ以上、俺の“大切なもの”に踏み込ませないための、

 絶対の防壁だが……映えてるな…)

 

「最悪だ」

でも、最悪でも。

守れるなら――運用するしかない。

 

B1の改造申請を締めた直後。

面談の間に、今度は“匂い”が来た。

甘い。

香水みたいに甘い。

でも、その奥に焦げた紙の匂いが混じっている。

扉が音もなく開く。

背の高い影が滑るように入ってきた。

黒い外套。

細い指。

笑っているのに、目が笑っていない。

視線だけで、こちらの“弱いところ”を探してくるタイプ。

こちらも、面倒な予感しかない。

 

ミリアが当然のように言う。

「魔王さま♡ B2フロアボス候補、アークデーモンです♡」

直人は低い声で返す。

「……候補、ね。要件」

 

 

アークデーモンは、軽く礼をする。礼が軽い。

「要望は二つ。

 一つ目は、B2のボス部屋を“地獄風”にしたい」

「地獄?」

「床は黒曜石。壁は血のように赤く。鎖。檻。呻き声。業火の――」

 

直人が遮る。

「映えが好きなだけだろ」

アークデーモンは肩をすくめた。

「映えるのは否定しない。だが実益がある」

 

直人は杖のUIを開く。

「実益を言え」

アークデーモンの口調が少しだけ仕事になる。

「ダンジョンは“疲れ”と“疑念”の場所だ。人間は迷うと、自分の判断を疑う」

「……」

「疑えば撤退する。撤退すれば、魔王の要望通りだろう」

 

直人は一拍、頷いた。

「そこは合ってる」

 

アークデーモンは指を一本立てる。

「そして二つ目。使い魔を置きたい」

 

直人の眉が動く。

「使い魔」

 

「小さくて、目立たない。だがよく見る。よく聞く。よく記録する」

ミリアが目を輝かせる。

「かわいい♡」

直人が即座に釘を刺す。

「かわいいで採用しない」

 

背後から冷たい声。

「異界の魔王様。使い魔は“監視”に有効ですが、漏洩リスクもあります」

シズクだ。右手に銀の盆。

今日も訓練と配食の気配しかない。

 

直人は頷く。

「よし。条件を切る」

直人は現実の言葉を、また持ち込んだ。

持ち込みたくない。

でも持ち込まないと、地獄が現実に漏れる。

 

【B2ボス部屋 改造申請:地獄風(演出)】

目的:撤退率向上(心理的負荷/迷い誘発)

必須:撤退導線の視認性(迷わせても帰り道は消さない)

必須:緊急遮断(即時停止)

 

直人はアークデーモンを見る。

「地獄風は許可。ただし“呻き声”は禁止」

 

アークデーモンが一拍黙り、次に笑った。

「魔王さまは、詩が嫌いだね」

「詩は会議資料に入らない」

ミリアが吹き出す。

「魔王さま♡」

「褒めるな、褒めるな」

 

直人は続けて打ち込む。

【使い魔配置:許可(条件付き)】

役割:監視/誘導/ログ収集(“見張り”ではなく“記録”)

禁止:現実側の観測(幼稚園・園児への視線は不可)

必須:一斉停止コマンド対象(緊急遮断と連動)

 

アークデーモンが、嬉しそうに言った。

「君、こういうの好きだろう」

直人は低い声で返す。

「好きじゃない。必要だからやる」

シズクが淡々と補足する。

「異界の魔王様。使い魔は“穴”を埋める道具になります」

 

直人は杖のUIを確かめ、最後の釘を刺した。

「地獄風は“撤退のための設備”だ。映えのために盛ったら廃止」

アークデーモンが静かに頷く。

「了解。盛らない。……多分」

「多分って言うな」

ミリアが横から囁く。

「魔王さま♡ “多分”は危険ワード♡」

直人は何も言わず睨む。

 

直人は決裁ボタンにカーソルを合わせる。

押せば、B2は“それっぽい地獄”になる。

でも、それで門が安定するなら――必要だ。

直人は押した。

 

【改造承認:B2ボス部屋】

モード:地獄風(心理負荷/迷い誘発)

撤退導線:常時表示

緊急遮断:ON

【使い魔配置:承認】

用途:監視・誘導・ログ

現実側観測:禁止

一斉停止:ON

 

「B2。中継階層は“迷宮”にする」

アークデーモンが口角を上げる。

「なるほど。私向きだ」

「そうだ。B2は“統制”と“誘導”。侵入者が疲れる階だ

 無限ループも入れる」

ミリアが小さく拍手しそうになって止まる。

「嫌な階♡」

「最適解だ」

直人は釘を刺す

「ただし、デーモンロードの承認が必要だ」

アークデーモンは、満足げに笑った。

「承知した」

直人は低い声で返す。

「帰らせる。殺さない」

「君は優しい」

「優しくない。現実の事故が嫌なだけだ」

 

直人は一拍置き、淡々と言った。

「B2フロアボス、仮採用。使い魔は条件付き」

ミリアが拍手する。

「採用♡」

 

シズクが銀の盆を差し出す。

「異界の魔王様。採用祝い」

直人は受け取りながら、B1とB2の承認ログを見比べた。

(……俺、魔界で内装業者やってないか?)

ミリアが嬉しそうに囁く。

「魔王さま♡ “統治”です♡」

直人は低い声で返す。

「胃が痛い」

 

 

直人は最後に、壁際の表示を指した。

【B3フロアボス:デーモンロード(配置済)】

「B3はデーモンロード。最下層は動かさない」

 

サラマンダーが首を傾げる。

「じゃあ俺、いつかあいつと戦うのか?」

直人は即答。

「戦わない。お前はB1で帰らせろ。統治しろ」

アークデーモンが笑う。

「俺は出ないのか」

直人は低い声で返す。

「出たら負けだ。仕事が増える」

 

ミリアが露骨に不満そうに口を尖らせた。

「フロアボスが三人♡ つまり管理が三倍♡」

直人は無表情。

「B1とB2が増えただけだ。人間だと胃が死ぬ」

「二人とも定義なしで雇う。デーモンロードに従え」

アークデーモンが目を細める。

「……“定義なし”か」

直人は頷く。

「裁量で動け。その代わり――現実には触るな」

サラマンダーが首を傾げる。

「現実?」

直人は一拍置き、言い直す。

「門の外側だ。触るな」

二人が頷いたところで――

 

 

背後から、氷みたいな声。

「異界の魔王さま。訓練です」

シズクだった。

スープを下げたはずだが、もうそこにいる。

存在が理不尽。

直人は反射で言う。

「今、面接中」

シズクは淡々と返す。

「面接は座ってできます。訓練は今しかできません」

「意味が分からない」

「Lv3になりました。ミュート5分で4日進みます」

 

直人は顔が固まる。

「……それが何だ」

「出力が上がりました。事故ります」

「壊しやすくなったと」

 

ミリアが露骨に不満そうに口を尖らせる。

「シズク、直人さまの時間を取りすぎ♡」

シズクは一切見ない。

「異界の魔王さまが壊す前に止めます」

「壊す前提やめて♡」

「前提です」

 

直人は、頭の中でまだ計算を続けていた。

Lvが上がる。

ミュートの進みが増える。

復活が伸びる。

現実の体感がズレる。

何よりも記憶が消される。

冷や汗が出る。

 

「……因果が雑すぎるだろ」

直人が呟いた瞬間、シズクが直人の袖を掴んだ。

遠慮ゼロ。主従の距離ゼロ。

「訓練部屋へ」

「待て」

「待ちません」

「面接が」

「面接は完了しました。採用です」

「俺が言うんだよ!」

「では言ってください。歩きながら」

「雑すぎる」

「魔界は雑が標準です」

 

直人は抵抗を諦め、ため息をついた。

「……分かった。行く」

ミリアが楽しそうに手を振る。

「いってらっしゃい♡」

直人が睨む。

「お前も来い」

ミリアがにっこり。

「もちろん♡」

 

訓練部屋の扉が開く。

遊び場の魔物たちが、なぜか一斉に静かになった。

直人は喉を鳴らし、低い声で呟いた。

「……始まるな」

 

(つづく)




息をつく暇もなく、直人は急き立てられる。魔王の日常も忙しい。
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