「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
豪華すぎる玉座の間。
座らない。座ったら負ける気がする。
「棘」が刺さったままだ。
他に何か忘れてるのか?
生きた心地がしない。
昨日もシズクの訓練で、地獄の筋力コントロール特訓をさせられた。
コントロールを失敗して石床を粉砕してしまった。
スライムを蹴飛ばしてしまった。
周囲の魔獣を別の意味で沈黙させた。
シズクの冷たい目線が今も思い出される。
気を取り直し、
UIが必要最低限を点灯させる。
【魔王Lv:3】
【ミュート5分=異界4日】
【復活:7年】
直人は小さく呟く。
「……上げない。運用で回す」
背後で、ぬるい声。
「運用♡ すてき♡」
ミリアだ。いつもの笑顔で、いつもの位置にいる。
直人は振り向かない。
「すてきじゃない。胃が痛い」
「胃が痛いの、好きですもんね♡」
「好きなものか」
「今日の課題」
B1撤退誘導
背後に気配
シズクだった。
背中に長剣。左手に武器。右手に銀の盆。
訓練でも配食の準備ができている顔だ。
直人は反射で言う。
「お前、いつから」
「最初から」
「いつも盆持ってるな」
「メイドの盾です」
「!!」
シズクは一歩前に出た。
「異界の魔王様。侵入者にいきなりフロアボスは出しません」
直人が頷く。
「だよな」
「最初は雑務係が担当です。巡回、報告、誘導」
「……現実みたいだな」
「現実です」
ミリアが横から囁く。
「何処でも、現場は雑務♡」
直人が睨む。
「雑務で社会は回るんだ」
直人は【訓練部屋】を選ぶ。
扉の向こうは、体育館みたいに広い訓練部屋――兼、魔物の遊び場。
スライムが跳ね、コボルトが走り回り、小型の飛翔魔物が天井近くを旋回している。
そして火を吹く魔物。
直人は視線を走らせて、ひと息つく。
ミリアが当然みたいに言った。
「魔王さま♡ 元々いた子たちです♡」
「“元々”ってどこからだ」
「安心してください♡ ちゃんと雑魚です♡」
「そういうのを安心詐欺と言うんだ」
ゴブリン隊が整列していた。
グブが一歩前に出て、妙に丁寧に頭を下げる。
「管理者さま。本日の巡回、報告、指揮系統の確認でございます」
直人は目を細めた。
(こいつら、賢くなりすぎだろ)
ミリアが横で嬉しそうに言う。
「直人さまが“最適化”したので♡」
「俺は最適化してない」
「しました♡」
「勝手に拡大仕様になってる」
直人は短く切る。
「よし。今日は“管理”の型を覚える。」
ゴブリンが一斉に頷く。
怖いくらい素直だ。
「サラマンダーも呼べ」
ミリアがサラマンダーを呼ぶ。
暑苦しい声が聞こえる。
「異界(より)の魔王!何だ!」
サラマンダーが出てきた。
熱気が一段増える。
「撤退訓練を行う。実力を示せ」
「わかった。見るがいい」
直人は指を二本立てた。
「一つ、巡回はゴブリン。誘導灯はスライム。
盾はスケルトン。
二つ、抑止の見せ札は――サラマンダー」
サラマンダーが胸を叩く。
「俺の出番だな!」
「出番は“出ない”出番だ。燃えるな」
直人は嫌な予感がした。
シズクが淡々とルールを言う。
「訓練内容。ゴブリン隊の巡回ルート再設定。報告の簡略化。
撤退誘導の統一」
直人が頷く。
「OK。現実で言うと…」
ミリアが食いつく。
「KPI♡」
直人は死んだ魚のような目でミリアを見た。
ミリアは上目使いで、いたずらっ子のような目で直人を見ている。
直人はゴブリンに指示する。
「巡回は三人一組。報告は短く。異常があったら“赤”だけ」
グブが早速板を出す。
『巡回報告(赤のみ)』
直人は椅子からずり落ちかけた。
「ボード準備してたのか」
サラマンダーが割って入る。
「返事が聞こえん! 声は腹からだ!」
ゴブリン隊が背筋を伸ばし、大声で
「はいっ!」
直人が低い声で言う。
「体育会系か」
(画像です)
https://kakuyomu.jp/users/Echoes711030/news/2912051595167962005
サラマンダーは真剣な顔で頷き、次の瞬間、ゴブリンに向かって叫んだ。
「巡回! 走れ! 返事は二回! “はいっ!はいっ!”だ!!」
ゴブリンたちが揃って「はいっ!はいっ!」と二度返事を返す。
直人は頭を抱えた。
「どこでそんな文化学んだ」
ミリアが笑う。
「かわいい♡」
直人が睨む。
「可愛くない。どこかのブラック企業だ」
次は撤退誘導の練習。
侵入者役は“訓練用の幻影”。
ミリアがそういうのを出せるらしい。
武器は木剣。安全設計。
侵入してくる。
すると、いきなりサラマンダーが進み出て、炎を吐く。
ゴォ――
驚いた幻影たちが撤退してゆく。
「どうだ、撤退したぞ」
直人は頭を抱えて絶望する。
「今まで何を聞いていたんだ」
「撤退させたのに、いかんのか?」
直人は諭すように話す。
「入口で追い返すな。学習される」
「少しだけ進ませろ。少しだけ宝箱取って得をさせろ。
――そのうえで、自分から帰らせる」
サラマンダーは、撤退させたのに怒られて不満顔だ。
「おまえは、自分で出るのではなく、配下を使って帰らせる事を覚えろ」
シズクが出て来て
「異界の魔王さま、私が後ほど指導致します」
「頼む」
改めて「幻影」たちが入って来るところから。
ゴブリン隊が前に出る。
グブが丁寧に頭を下げる。
「侵入者さま。こちら、通行申請は――」
直人が遮る。
「申請は今日は無し。撤退誘導を覚えろ」
グブが固まる。
「……撤退誘導」
「そう。戦う前に帰ってもらう」
ボゴが板を出す。
『お帰りはこちら(明るい矢印)』
ニョがペンを出す。
「お帰り理由の記入を……」
直人は椅子からずり落ちかけた。
「帰らせるのに書類いらんだろ!」
ミリアが囁く。
「現実の癖が♡」
「直す!書類文化直す」
直人は短くまとめた。
「いいか。撤退誘導は三つだけ」
指を折る。
「①帰り道を“誘導”する」
「②危険を“匂わせる”」
「③攻撃しない。追わない」
ゴブリン隊が一斉に頷く。
サラマンダーが腕組み。
「攻撃しない? それで帰るのか?」
直人は淡々。
「帰る。人間は“得”で動く」
そのとき、幻影が一歩進んだ。
ゴブリン隊が左右に開く。
幻影は攻撃しようとするが、ゴブリン隊とスケルトンが
上手に壁になり、攻撃させない。
そして、
通路の床がふわっと光って、矢印が出る。
スライムがなぜか道案内みたいに跳ねる。
幻影が矢印を見て、足を止めた。
迷う。
人間らしい迷い。
グブが丁寧に言った。
「こちらの道は段差が少なく、帰りやすいです」
直人は低い声で言う。
「段差少ない情報いらないけど…まあいいか」
控えていたスケルトンが”壁”を作り、帰路だけ開ける。
幻影が矢印の方へ動く。
撤退――成立。
直人は内心でうなずいた。
(実際は素直にいかないが、訓練じゃあこんなものか。これでB1はしばらく回る)
グブが来て、胸を張って言う
「魔王さま、これで三文判ですか」
(三文判?書類も持っていないが…)
直人は直感で閃く。
「三文判じゃない、”太鼓判”だ」
グブは嬉しそうな顔で皆の所に戻る。
(誰がそんな言葉を・・・、まてよ、これは”伝言ゲーム”だろ)
ミリアがにこやかに言う
「直人さま、文化侵食♡」
「おまえが教えたのか?」
そこに、サラマンダーが進み出て急に熱くなる。
「よし! 俺も“声かけて”抑止だ!」
直人が嫌な予感。
「やめろ」
サラマンダーは胸を張り、息を吸い――
「退けええええ!!(腹から)」
ゴオッ。
火は――部屋中に反射して、全員が“危険”を理解した。
ゴブリンが体育会系の返事で叫ぶ。
「はいっ!はいっ!!」
直人は無言で顔を覆った。
「……抑止が雑すぎる」
サラマンダーが爽やかに笑う。
「抑止成功!」
「成功の定義がない」
ミリアが腹を抱える。
「体育会系♡」
直人が頭を抱える。
「KPIどこ行った」
シズクが一歩前へ出た。
「異界の魔王様。やはりサラマンダーは“熱意調整”が必要です」
直人が頷く。
「必要だな」
「訓練で矯正します」
「頼む」
サラマンダーが胸を叩く。
「漢は熱さよ」
直人は低い声で呟く。
「次は消防訓練だな……」
そして、
直人は現実空間で過ごしている。
美沙の皿を洗う音が、やけに大きく心に響く。
色々起こったが、まだ現実では数日しかたっていない。
昨日の会議も上の空だった。
頭の中は、常に”あの事”がある。
「記憶が消える」という言葉が、頭の奥でまだ鳴っている。
消えないくせに、いつか消える。そんな矛盾が、胃の底を冷たくした。
廊下の灯りはいつも通りで、リビングからは湯気の匂いがした。
美沙が振り向いて、「今日もお疲れ様」と当たり前みたいに言う。
ひながソファの上で足をぶらぶらさせて、何かを見せたくて手を振る。
その顔を見た瞬間だけ、胸の中の騒音がすっと静まった。
――忘れるかもしれない。
忘れたら、守れないかもしれない。
でも、だからこそ。
夕飯のあと、ひながリビングの床でクレヨンを広げていた。
美沙は食器を片付けながら、「明日の幼稚園の持ち物チェックしといてね」と
軽く言う。
「了解。……あと――」
直人は口を開きかけて、止まった。
(今なら言える気がした)
(いや、言える“気がするだけ”だ)
美沙が振り向く。「あと何?」
直人の脳内で、魔王部屋の玉座と、PCの” 魔王” が同時に点滅する。
ついでにミリアの声まで再生される。
『魔王さま♡ 言っちゃいます?♡』
「……俺、魔王になった」
言い切りそうになって、喉の奥で緊急停止がかかった。
直人は慌てて方向転換する。
「……俺、まおう……」
「うん?」
「……まおう……っ」
ひなが顔を上げた。「まおう? まおうごっこ?」
直人の背中に冷たい汗が出る。
「ち、違う。まおうじゃなくて……ま、ま、まーぼー」
「麻婆?」と妻が素で聞く。
「そう、麻婆。麻婆豆腐、明日作ろうかなって」
「急に?」
「急に。麻婆。うん急に」
ひなが嬉しそうに手を挙げた。「まおうどーふ!」
「魔王じゃないよ。まーぼーだ」
「まおうどーふ!」
美沙は、その引きつった笑いに気づいただろうか。
美沙がクスッと笑って、「じゃあ明日、麻婆でいいよ」と流した。
直人は笑い返しながら、胸の奥でこっそり息を吐いた。
言えない。言ったら、この当たり前が壊れる。
テーブルの端で、スマホが一瞬だけ光った気がして、直人は見ないふりをした。
(イメージです)
https://kakuyomu.jp/users/Echoes711030/news/2912051595451641753
直人は心の中で言った。
(俺が守るものは、この家庭だ)
言葉にしなくても、体が勝手に前へ出る。
手を伸ばして、ひなの頭を軽く撫でる。
美沙の肩に一瞬だけ触れて、確かめる。
消えるなら、消えるまで。
奪われるなら、奪われる前に。
この手に確かな記憶を残す。
その決意だけが、今夜の現実を、確かな重さで支えていた。
家族が寝静まった後、
PC画面に浮き上がる「魔王」コマンド。
押したくない。
手が震える。
現実が逃げる。
恐ろしい。
誰もいないダミーのZoom会議室を立ち上げ、ミュートを入れる。
これで現実の時間は進まないはずだ
震える手で魔王コマンドを入力する。
無駄に豪華な玉座が憎い。
きらびやかな部屋が憎い。
いつもの銀髪の笑顔まで、今日は妙に癇に障る。
それに、まだ何か隠されているのか?
疑念も湧き上がる。
しかし、此処は魔界。
俺は「魔王」。
事実だ。
直人は深呼吸する。
ミュートはONのまま。
現実の時間は進んでいないはず。
でも、胸の奥の焦りだけが進む。
シズクが銀の盆を差し出した。
「異界の魔王様。配食」
直人は受け取って、湯気を見つめた。
「……俺がまたレベルを上げたら、何かが消える」
シズクは即答。
「はい」
「何が消えるか分からない」
「はい」
「それでも、守るには必要になる」
シズクは少しだけ間を置いた。
「……だから、覚えてください」
直人が眉を寄せる。
「何を」
「家族の名前」
直人は喉が詰まる。
さっき見た寝顔が、脳裏に浮かぶ。
直人は、迷いを断ち切るように言う。
「……美沙。ひな」
シズクは頷く。
「毎回。失う前に」
直人は唇を噛む。
「それ、優しさか?」
「対策です」
「優しさじゃないんだな」
「異界の魔王さまに必要です」
ミリアが口を尖らせる。
「シズク、冷たい♡」
シズクは見ない。
「暖かく伝えると残りません」
直人が低い声で割る。
「……正論だ」
直人は【階層増設】のボタンを見た。
押せる。
押せば、守れるかもしれない。
押せば、何かが消える。
直人は押さなかった。
「……今日は上げない」
ミリアが楽しそうに頷く。
「我慢♡」
シズクは淡々と告げる。
「我慢では守れません」
直人が睨む。
「今は守る。運用で」
「運用は穴が出ます」
「穴は塞ぐ」
「塞ぐには人材と知見が要ります」
そうか、B2設計だ。
直人がB2の設計画面を開いた瞬間、空気が変わった。
静かになる。
豪華な玉座の間が、急に厳かになる。
背後から、声だけが落ちてくる。
デーモンロードだ。姿は見せない。見せる必要がない。
「異界の魔王。B2に手を入れるなら、私の許可が要る」
直人は即答した。
「分かってる。B3が統治権限の上だ」
「理解が早い」
「現実でも、承認フローは早い方がいい」
ミリアが横でにこっとする。
「魔王さま♡ 承認フロー、大好き♡」
「必要なだけだ」
直人はUIに“目的”だけ打ち込む。
【B2:目的】
侵入者の撤退率を上げる(撃破より撤退)
門(現実側)の接続確度を下げる
デーモンロードの声が淡く笑う。
「良い。なら任せる相手も決めろ」
直人は視線を上げた。
「アークデーモンだ」
デーモンロードは答える
「よろしい。B2は“迷う階層”だ。迷いは刃より深く刺さる」
「B2の現場は、アークデーモン配下で仕切らせる。管理は俺が持つ」
直人は頷いた。
「条件は受ける。B2はB2で完結させる。
“無限ループ”を仕掛ける」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡ いやらしい♡」
デーモンロードは威厳のある言い方で
「B2の“迷い”は、撤退を導くためのものだ。
永遠に閉じ込めるな。
そして――私の領域(B3)に迷いを残すな」
直人は杖のUIに条件を書き足す。
現実の手つき。現実の言葉。
魔界の迷宮に、現実の仕様書を貼る。
【B2ギミック:無限ループ(条件付き)】
目的:低〜中レベル侵入者の撤退誘導(迷い→諦め)
到達条件:高レベル侵入者のみ“ズレ”を発見可能
必須:退出導線は常に存在
緊急:一斉解除(管理者の承認)
直人は入力しながら言った。
「帰れない無限はダメだ。“帰れる無限”だけ許可」
(これCPS(サイバーフィジカル)だな・・・)
デーモンロードの声が一段低くなる。
「“一斉解除”に私の承認を入れろ」
直人は頷く。
「入れる。B2が暴走したらB3が止める。二段ロックだ」
その時、見えないが、影らしきものが散った。
見えない部下がいる、それだけで十分だ。
ミリアが小声で言う。
「魔王さま♡ いっぱいいる♡」
直人が低い声で返す。
「数える必要ない。ログで見る」
アークデーモンの声が聞こえてくる。
「配下を各所に散らした。目。耳。爪。影。
B2は“戻る”ようになった。戻り続ける者は、いずれ帰りたくなる」
直人はUIを確認し、最後にデーモンロードへ言った。
「これでB2は、ボス部屋に辿り着けるのは上澄みだけになる」
デーモンロードの声が落ちる。
「上澄みだけが来るなら、B1とB2は役目を果たす」
直人は、言葉を噛みしめるように答えた。
「撤退が増える。撃破は減る。門の安全が上がる」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡ 仕事上手♡」
直人は最後にもう一度、現実の家を思い浮かべる。
ひなの寝息。
妻の気配。
失いたくない。
だから、上げない。
でも――門は放置しない。
直人はミュートのまま、低い声で言った。
「……明日も仕事だ。だからこそ、今日、穴を塞ぐ」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡ 仕事ですね♡」
(美沙、ひな)
二人の名前を胸の奥で噛みしめて
直人は歯を食いしばって頷いた。
「レベル(力)には頼らない。
俺の『運用』で、この理不尽な世界を塞ぎ切ってみせる」
(つづく)
やはり家族に真実は伝えられない。直人は改めて、背負った十字架の重さを噛みしめながら、魔王としての道を進む。
追記:今回の話、描きたかった所です。やはり、家庭の暖かさが何より「普通」の社会人には生きていく推進力だと思いますので、その温もりを感じる部分を少しでも表現したかったです。短いですけど。
まだ家庭シーンはありますけど、直人君の意識の変化もありますので。