「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
そんな中、「侵入者」がやってくる。
画面右上、ISSUE-002が点滅している。
ISSUE-002:ゴブリン巡回怠慢(定例未実施)
「……巡回怠慢の定義して下さい」
直人が言うと、ミリアは推しの顔で当然のように頷いた。
ミリアが指先を滑らせると、ダンジョン監視映像が切り替わる。
そこに、ゴブリンが三体。
――寝ている。
「寝てるね」
「寝てますね」
「巡回は?」
「してませんね」
ミリアが微笑む。煽る目だ。
「まず現状把握」
直人はコンソールの「ゴブリン隊:管理」を開く。
なぜかプロフィールがある。なぜか個体名もある。
ゴブリンA:グブ(勤続3年・現場リーダー)
ゴブリンB:ボゴ(勤続1年・槍担当)
ゴブリンC:ニョ(勤続2ヶ月・新人)
「……勤続年数あるんだ」
「あります♡ 退職もあります♡」
「怖いこと言うな」
直人は、ため息を飲み込んでから言った。
「ミリア。1on1の場を設定」
「はい、魔王さま」
「魔王って言うな」
ミリアが指を鳴らす。
パチン。
すると監視映像のゴブリンたちの頭上に、勝手にUIが浮かぶ。
ゴブリンA――グブが、ぱちっと目を開けた。
周囲を見回す。
「……おい、通知来たぞ」
「新人、議事録係な」
「えっ、オレ!?」
直人は思わず口を押さえた。
(議事録文化がある……!?)
ミリアが嬉しそうに囁く。
「直人さま、あなたの匂いがします」
「俺じゃない。俺は今日が初日だ」
――ピロン。
現実側のSlackが鳴る。
「佐倉さん、顧客から“また落ちた”って連絡です」
直人は一瞬だけ目を閉じる。
現実もダンジョンも、落ちる。落ちすぎる。
「了解。原因切り分けします」
直人は現実に返信しながら、ダンジョン側の会議を開始する。
二重定例。地獄。
ゴブリン1on1(会議室B:通路の角)
ミリアが会議用の“演出”を足した。
通路の角に、なぜかテーブルが出現する。
「勝手に備品を増やすな」
「雰囲気が大事です♡」
ゴブリンたちが座る。
直人は淡々と進める。
「巡回、してない理由を出して」
「えっと……」グブが指を折る。
「疲れる」
「暗い」
「怖い」
「腹減る」
「あと……侵入者、来ないし」
直人は頷いた。正しい情報だ。
そして、容赦なく切る。
「“来ないからやらない”は、巡回の目的が共有されてない」
ミリアが小声で煽る。
「刺さってますね♡」
直人は無視して、ホワイトボードを出した。
なぜか通路の壁に“ホワイトボード”が生える。やめてほしい。
直人は続ける。
「巡回の目的を定義する」
直人は書く。
巡回:異常(侵入・罠破損・宝箱盗難)の早期発見
抑止:侵入者に“見られている感”を与える
成果指標:異常検知までの時間/未然防止件数/巡回達成率
ゴブリンCニョが手を挙げた。
新人のくせに礼儀だけは良い。
「しつもんです! 抑止って、なにをすれば抑止ですか!」
直人は即答する。
「見えるところを歩く。足音を出す。火を消さない。立ち止まらない」
「なるほど!」
ニョが議事録に必死で書く。
グブが、おそるおそる言った。
「でも、暗いのは本当に暗いです……松明、少ないです」
直人が頷く。
「暗いは“障害”。じゃあ改善する。松明を増やす」
ミリアが口を挟む。
「侵入者に優しくしすぎません?」
ミリアが少しだけ悔しそうに笑った。
推しが悔しがると、直人の承認欲求が危険に揺れる。
直人は冷静を装い、条件を付ける。
「松明は“巡回ルート上だけ”増やす。侵入者の導線全体は照らさない」
ミリアが口を挟む。
「すごい、怖さは残すんですね♡」
グブが感動している。
「管理者さま、すごい……!」
ミリアのUIが勝手に出る。
承認欲求:+12
直人は眉間を押さえた。
「余計な数値を出すな」
直人は次の一手を打つ。
「巡回を“気合”でやるな。仕組みで回す」
ミリアが拍手する。
「そのセリフ、刺さる〜♡」
直人はコンソールに設定を追加する。
インセンティブ:巡回3本達成で「干し肉」支給
チェックポイント:6か所
「干し肉……」
ゴブリンたちの目が、露骨に変わった。
動機は大事だ。たいてい腹だ。
グブたちが立ち上がる。
「よし! やるぞ!」
ミリアが直人に耳打ちする。
「ほら、現場動きました。褒めてあげます?♡」
「褒めなくていい。結果でいい」
「ドライ〜♡ 最高♡」
――ピコン。
Zoomのチャットが光る。
リーダー:佐倉さん、今週のリリース、巻けます?
営業:顧客が今日中って…
直人:要件を定義して下さい
送ったあと、直人は小さく呻いた。
家でも職場でも異世界でも、同じことを言っている。
ミリアが楽しそうに言う。
「直人さま、三世界同時に“定義”してますね♡」
「誰が望んだんだ、そんなマルチタスク」
仕組みは動き始めた。
ゴブリンたちは巡回し、チェックポイントを通過し、ログが溜まる。
だが――彼らは“学習”した。
『巡回効率化提案書(第1版)』
直人は嫌な予感を覚えた。
予感は当たる。
ニョが元気に読み上げる。
「提案1! 巡回の成果を見える化するために、
毎朝30分の“定例”を実施します!」
「やめろ」
「提案2! 異常対応フローを整備します!」
「やめろ」
「提案3! 罠の設置は安全のため二重チェックにします!」
「……それは、ちょっと良いけど」
ミリアが、口元を押さえて笑っている。
推しが笑う。最悪に可愛い。最悪。
「直人さま。現場が“あなた”になってます♡」
「俺の悪いところまでコピーするな!」
ゴブリンたちはやる気満々だ。
良いことだ。良いことのはずだ。
だが、直人は思った。
(現場が有能になると、世界は回る)
(でも、会議が増える)
(会議が増えると、世界は遅くなる)
そのとき、ダンジョン側のセンサーが小さく鳴った。
外周の入口に、微かな反応。
ミリアが指先でログを拡大する。
侵入者反応:あり(小)
種別:不明
ミリアが、嬉しそうに囁いた。
「来ますよ。外の人が」
ミリアが微笑む。煽る目だ。
「直人さま。S、欲しいですよね?♡」
直人は一瞬だけ黙って、そして言った。
「……まず、Sの定義して」
ミリアが笑った。
それが“開始の合図”みたいに。
侵入者反応のログが、じわじわ大きくなっていく。
侵入者反応:あり
種別:冒険者パーティ(標準)
構成:前衛/後衛/回復役/偵察
「……“標準”って書くな。人を」
直人が言うと、ミリアは涼しい顔で微笑んだ。
「標準です。“よくあるチーム構成”です」
監視映像が入口に切り替わる。
四人組が、きれいに役割分担して入ってくる。
前衛:剣士(陽キャ)
後衛:魔法使い(理屈家)
回復役:神官(常識人)
偵察:弓使い(ツッコミ)
剣士が言う。
「よーし、ここは“普通のダンジョン”らしいぞ。気楽に行こう」
弓使いが即ツッコむ。
「“普通”って言うときほど普通じゃないんだよ」
神官がため息。
「お願いだからフラグ立てないで…」
魔法使いは淡々。
「探索優先。無駄戦闘回避」
直人は、その会話だけで“このパーティ、そこそこ優秀”と判断した。
嫌な仕事の勘は、こういうときだけ当たる。
ミリアが煽る。
「直人さま。初めての“外部顧客”ですよ♡」
「顧客扱いすな」
「ミリア。ゴブリン隊だけで当たるのは危険」
「えっ、優しい♡」
「ゴブリンの生存率を守る。勝つのが目的じゃない、運用が目的」
ミリアが目を細める。
「“戦闘バックアップ”……定義します?♡」
「する」
直人はコンソールに新規ドキュメントを作った。
なぜかタイトルが勝手に装飾される。
直人は淡々と書く。
【標準運用】戦闘バックアップ定義 v1.0
1) 前提
ゴブリン隊:一次対応
目的:侵入者の情報取得/被害最小/退路確保
戦闘:指示違反2回にて
禁止:無理な追撃/単独突撃/感情的反撃
ミリアが嬉しそうに言う。
「感情的反撃、禁止♡」
「現場が燃えるからな」
2) バックアップ種別
スケルトン隊:防衛・壁役・時間稼ぎ(痛覚なし、消耗品運用が可能)
オーク隊:火力・押し返し・威圧
「消耗品運用って言い方、ドライ~♡」
ミリアがわざとらしく眉を下げる。
「スケルトン本人が気にしないから成立する設計だ」
3) 発動条件(トリガー)
T1:偵察段階
ゴブリン隊のみ(距離保持・監視)
T2:交戦段階
ゴブリンHP平均が75%未満 → スケルトン投入
T3:危険段階
侵入者が撤退せず深追い、または上位魔法・強装備
→ オーク投入(ただし許可制)
4) バックアップ許可:
管理者(直人)
または代理(ミリア ※ただし煽り禁止)
ミリアがにっこり。
「煽り禁止……? それ、無理です♡」
「じゃ、努力目標にしとく」
直人は最後に太字で書いた。
5) 成功の定義
ゴブリン生存率:90%以上
ミリアが拍手した。
「優しいのに怖い。最高です」
監視映像。
ゴブリン隊が、既に“迎撃位置”に配置されている。
グブ(隊長)が、低い声で言う。
「手順どおりだ。まず観測。――新人、議事録」
ニョが小声で返す。
「はいっ。戦闘議事録、取ります!」
(戦闘に議事録いらんだろ)
直人は思ったが、止めなかった。
止めると増える。会議も雑務も、止めると増える。世の理だ。
冒険者パーティが通路に入る。
そこへ、ゴブリンがスッと出てくる。三体。距離を取る。
剣士がにやっと笑う。
「出た出た。ゴブリン。まあ雑魚だよな」
グブが一歩前に出て、妙に丁寧に頭を下げた。
「侵入者さま。いらっしゃいませ。
通行申請はお済みでしょうか」
剣士が固まる。
「……いらっしゃいませ?」
ボゴが板を出す。手慣れた動きだ。
『侵入申請書(簡易)』
ニョがペンを差し出し、笑顔で言う。
「目的を一点だけ。 “探索”“討伐”“観光”からお選びください」
弓使いが眉をひそめる。
「観光って何?」
魔法使いが短く。
「役所か?」
神官が震える。
「やめて!」
直人は椅子からずり落ちかけた。
「受付するな! ダンジョンだぞ!」
「観光って何だ!」
(誰がダンジョンに役所を作れって言った)
ミリアが嬉しそうに言う。
「直人さまが“巡回”を定義したので、
現場が“手続き”も定義しました♡」
「勝手に拡張するな!」
剣士が笑う。
「なんだこれ! こわっ! でもおもしれー!」
弓使いがささやく。
「罠かもしれない」
魔法使いは無表情で言う。
「目的は“宝箱”と書けばいい」
神官が震え声。
「怖い!」
グブは真面目に頷く。
「承りました。宝箱ですね。では、推奨ルートにご案内します」
「案内すんな!!」
直人の叫びは、当然届かない。
推奨ルートは、妙に快適だった。
段差が少なく、足元が乾いていて、明かりも“ちょうど良い”。
──その代わり、無駄に遠回りだ。
剣士が言う。
「なんか快適なんだけど、腹立つな」
曲がり角を三つ回ったところで、グブがまた丁寧に頭を下げた。
「侵入者さま。ここから先、走るのは禁止でございます」
「は?」と剣士。
魔法使いが試すように一歩、わざと速く踏み込んだ。
その瞬間、グブが小さな笛を吹いた。
ピッ、と乾いた音。
神官が
「やだ……今のなに……」
グブが丁寧に言った。
「一回目は“注意”でございます」
剣士が苛立って剣を抜いた。
「ふざけんな。こっちが攻撃したらどうなる」
グブは丁寧に頭を下げる。
「その場合、“自己防衛”が発動します」
剣士は……結局、先に手を出した。
苛立ちに負けて、ゴブリンの頭上をかすめるように剣を振る。
威嚇のつもりだった。
ピッ。
二回目の笛。
そして、「仕様」に従いゴブリン隊が仕掛ける。
真正面から突っ込まない。横から挟む。距離を保つ。
“牽制”だけして、深追いしない。
剣士が叫ぶ。
「ちょ、こいつら来ない! うざい!」
グブは礼儀正しく答えた。
「ありがとうございます。想定通りでございます」
直人は頭を抱えた。
(攻撃してないのに、戦闘より腹立つの何だよ)
ミリアが、最高に楽しそうに囁く。
「直人さま“仕様”がちゃんと機能してます♡」
そして、今度は、通路脇の壁が少しだけ動いて、
遮蔽物が“ちょうど矢を通しにくい位置”にせり出した。
弓使いが矢を放つが、ゴブリンは遮蔽物の後ろへ。
神官が呻く。
「これ、何、もう嫌っ…!」
直人はログを見る。
それでも、ゴブリンのHPがじわじわ削れていく。
平均72%。
“回復役”が前に出て回復魔法を使った瞬間、
直人の目が乾いた。
「T2。スケルトン投入」
ミリアが、わざとらしく恭しく言う。
「許可、いただきました♡」
パチン、と指が鳴る。
「どこかで聞いたことあるセリフだな…」
通路の影から、骨の音が立ち上がる。
カタ、カタ、カタ。
盾を持ったスケルトンが、無言で前に出る。
弓使いが、
「こいつら、壁になる位置取りだ」
その通りだった。
スケルトンは、ゴブリンの前に出て“盾の壁”を作る。
ゴブリンは後ろで、淡々と牽制を続ける。
剣士が苛立つ。
「ええい、突っ込むぞ!」
剣士が前に出た瞬間――突然――壁がせり出し、扉となり閉まる。
ガシャン。
「うわっ!」
剣士が通路の小部屋に“隔離”された。
神官が悲鳴。
「ちょっと! 分断!? やめて!!」
ミリアが直人の耳元で囁く。
「S評価、近いですよ?」
「まだ。成功の定義は“被害最小”。殺すのが目的じゃない」
「優しい魔王♡」
「魔王って言うな」
Zoom側:現実でも分断される
――ピロン。
Zoomでリーダーが言う。
「佐倉さん、顧客が“今日中に直せ”って。どうします?」
直人はアンミュートし、落ち着いた声で言う。
「“今日中”の定義をください。何時までか。影響範囲はどこまでか。
あと、分断して対応します。原因調査班と暫定対応班」
同僚が苦笑いする。
「分断って…ダンジョンみたいですね」
直人は一瞬固まった。
(バレてる?)
もちろんバレてない。
直人は笑ってごまかす。
「例え話です」
ミリアが横で囁く。
「現実でも魔王」
「黙って」
ミュート。
即、ダンジョン側。
隔離部屋。
グブが、静かに入ってくる。
槍を構えたまま、やけに丁寧に言う。
「剣士さま。先ほどの突入、危険行動でした」
「戦闘中だろ!」
ニョが部屋の外で叫ぶ。
「議事録、取れてます!」
「取るな!」
直人は額を押さえた。
(現場が俺になってる)
(最悪)
しかし、戦術としては正しい。
剣士を孤立させ、他の三人の判断を鈍らせる。
そして“撤退”を選ばせる圧をかける。
魔法使いが外から声を張る。
「撤退を提案する」
直人は短く言った。
「“撤退の導線”を用意」
ミリアが、嬉しそうに煽る。
「撤退させるんですか?」
「殺さない。学習させる。“このダンジョンは面倒”って学習」
直人はコンソールを叩く。
隔離部屋の壁に、開く扉のサイン。
“逃げられる”が、金貨で開く扉。
神官が気づく。
「…あれ、出口表示だ。でも条件がある」
魔法使いが淡々。
「金貨で解除できるタイプだ」
剣士が叫ぶ。
「くそ! 俺の財布が!」
弓使いが即答。
「お前のせいだろ!」
結果、パーティは撤退を選ぶ。
扉が開き、四人が戻っていく。
ゴブリンも追わない。スケルトンも黙って壁を解く。
ログが出る。
結果:侵入者撤退
ゴブリン生存率:100%
評価:A+
ミリアが不満そうに頬を膨らませた。美人がやると腹立つ。
「Sじゃない……」
直人は言う。
「A+で十分。成功の定義、満たした」
ミリアがうっとり。
「上司〜♡」
直人はため息混じりに言う。
「……確認。俺いま現実と異界で二重計上されてない?」
ミリアは笑った。
「二重です♡ しかも夜間対応付き♡」
「そっちに労基法ってないのか」
(つづく)
ダンジョン管理者のやる事は山ほどあるはず。直人の受難は続く。
※ お読み頂きありがとうございます。
皆様のお声がエンジン動かす燃料となります。
お声頂けますと大変にありがたいです。