「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
直人はまず、ものすごく当たり前の疑問を口にした。
「……待って。これ、時間配分どうなってるんだ?」
左耳:Zoomの定例。
右目:ダンジョンの監視映像。
指:Slack返信。
心:推しが隣で煽ってくる。
(俺、いま“同時に二世界三現場”を生きてるよな?)
(しかも一つは会議で、一つはスライムが増える)
(時間の帳尻、どこで合わせてるんだ)
ミリアが、涼しい顔で即答する。
「安心してください。直人さまが“困るように”最適化されています」
直人は即座に返す。
「そういうの、最適化とは言わない!」
「ダンジョン時間は、直人さまの集中度に連動します」
直人が眉をひそめる。
「どういうこと?
つまり俺が仕事モードに入るほど、そっちが元気になるってこと?」
ミリアは、完璧な笑顔でうなずく。
「はい。ですので、こちらは“会議対応モード”です♡」
「会議対応モードって何だよ」
「直人さまがミュートを押すと、ダンジョン側が加速します♡」
「……俺の沈黙、そっちのターボなんだ?」
「はい♡ 現実で黙るほど、こちらでは雄弁になれます♡」
「俺の職業病を燃料にするな」
ミリアはさらに畳みかける。
「あと、現実の会議が長いほど、こっちは夜ばかりになります♡」
「演出で合わせる気」
「暗い方が、雰囲気が出るので♡」
「雰囲気でシステム要件を上書きするな。炎上案件だぞ」
ミリアは指を一本立てる。講師みたいに。
「それと、『定義して下さい』と言えば、こちらの処理速度が上がります」
「俺の会議用語で勝手にバフかけるな」
「直人さま、ブースト条件が明確で安心です♡」
「安心じゃねえ。俺の“生産性”が異世界に吸われてる」
ミリアはにこにこ。
「直人さまは、こちらの演算資源です♡」
「言い方!」
「俗に言う、サーバです♡」
「俺の脳をサーバ扱いするな!」
「ただし、直人さまが目を離すと、
ダンジョンが安定しなくなります♡」
「何だそれ、俺に『24/365体制』取れと言うのか」
「直人さまの改善次第です♡」
直人が現実のZoomをチラ見する。
参加者が増えていく。経営層。法務。営業。
最悪のレイドだ。
ミリアがうっとりした声で言う。
「わあ……現実のボス、増援来ましたね♡」
「嬉しそうに言うな!」
直人は深呼吸して、乾いた声になった。
「……わかった。じゃあ今日は、ミュート押しっぱなしで行く」
ミリアがぱあっと笑う。
「最高♡ 今夜、ダンジョン進みます♡」
「やめろって!」
「仕事スイッチが入るほど、こちらの体感は快適です♡」
ミリアは指を一本立てて、無駄に丁寧に説明を始めた。
講師口調なのが腹立つ。
「直人さま、追加仕様のご案内です♡」
「やめろ、仕様って言うな」
ミリアはにっこりした。
「まず、直人さまが『すみません』って言うたび、ゴブリンが一匹増えます♡」
直人が即座に机を叩く。
「謝罪で増殖だと!!」
「はい♡ 現実の謝罪文化が、こちらでは“スポーン条件”になります♡」
「勝手に文化を異世界に輸出すな! 関税もらってないぞ!」
直人は天井を仰いだ。
「じゃあ俺、今日だけでダンジョンを満員電車にするぞ!」
ミリアが嬉しそうに頷く。
「満員ゴブリン♡」
「可愛く言うな! それ朝の山手線だろ!」
それともう一つ。
「まだあるのか!」
「直人さまが指示を出すと、魔王の声がダンジョンに響き渡ります。
『闇の御言葉』になり、モンスターが無条件で従います」
「それじゃあ、初めから魔王だろ!」
「はい♡、魔王さまです」
「やめろー!」
直人が現実のZoomをちらっと見る。
経営層が入室してる。法務が入室してる。
直人の口がもう「すみません」を準備し始めている。
「やばい……俺、反射で謝る」
ミリアがうっとりした声で言う。
「わあ♡ じゃあ今日、ゴブリン隊が増強されますね」
「望んでない増強だ!」
その時、Zoomで誰かが言った。
「佐倉さん、仕様定義出来ました?」
直人の喉が反射で動く。
「すみません、もう少し――」
すると、ダンジョンで新たにゴブリンが出現する。
ミリアが幸せそうに目を細める。
「ゴブリン頂きました♡」
直人は頭を抱える。
「何だ、そのレスポンス」
ミリアはさらに追い打ち。
「次に、現実で『持ち帰ります』って言うと、ダンジョンに“持ち帰り箱”が
増設されます♡」
「“持ち帰り”の物理化だと!?」
「直人さま、よく言いますよね。『いったん持ち帰ります』って♡」
「言う! だってその場で決めると燃えるから!」
「こちらでは燃えません♡」
「燃えろよ! いや燃えるな!」
ミリアが手を叩く。
パチン。
監視映像の端に、新しいオブジェクトが出現する。
《持ち帰り箱(NEW)》
※未処理タスクを入れてください
※中身は後で増えます
直人は顔を覆った。
「最悪だ……“後で増えます”ってなんだよ」
ミリアは悪びれず、極上の笑顔で言った。
「安心してください♡ “持ち帰り箱”が増えるほど、
ダンジョンが管理者向けに最適化されます♡」
直人は即座に切り返す。
「俺向けに最適化されるな。俺はユーザーじゃない、被害者だ」
「直人さまが快適なら、世界も快適です♡」
「その理屈、ブラック企業が使うやつだろ!」
「“直人さまを快適にするため”です♡」
「目的が間違ってる!」
「目的は正しいです♡ “管理者ファースト”♡」
「やめろ! 世界のKPIを俺に寄せるな!」
その瞬間、現実のZoomで誰かが言った。
「佐倉さん、これ一旦持ち帰ります?」
直人の喉が反射で動く。
「すみません、それ、いったん持ち帰りま――」
ミリアが幸せそうに目を細める。
「はい♡ ゴブリン追加、持ち帰り箱増設、確定です♡」
直人が叫ぶ。
「ああああっ……」
「佐倉さん、大丈夫ですか?」
直人は極めて平静を装い、
「すみません、コーヒーをこぼしました」
ミリアが指パチン。
「ゴブリン追加頂きました♡」
直人は、目を目いっぱい開き、鬼の形相でミリアを睨む。
しかし、
巻き込まれたはずなのに、
直人の頭はすでに「どう回すか」を考えていた。
その頃、冒険者たちのログが賑やかになっていた。
『丁寧ゴブリンダンジョン、また撤退』
『普通のダンジョンだろ』
『統制されたダンジョンだ』
『魔王がいる』
『妄想乙』
それを見ていた4人の影があった。
その中の一人がつぶやく。
「このダンジョンに魔王の影がある」
「取りにいくぞ」
その後、統制が取れた姿で動き出す。
その後、ダンジョンで、
静かな闇の中、侵入者が四つ、同じ間隔で進んでくる。
【侵入者】勇者パーティ。
ミリアが涼しい顔で言った。
「来ましたね♡ 中ボスの皆さまご来場♡」
直人は低く返す。
「客じゃない。情報は渡さない」
直人は椅子の背に沈み、乾いた声になった。
「魔王はいつだって”取り”に行く相手だ」
ダンジョン側は夜だった。
勇者パーティは”偵察”の動きだ。
勇者が短く言う。
「ここは統制がある。単なるダンジョンボスじゃない」
戦術家が小さく笑う。
「管理者、ですね」
勇者は首を横に振る。
「彼らはそう呼ばない。管理者という概念はない。だが——」
「魔王なら、わかる」
直人は歯を食いしばる。
(触ってないのに魔王扱いされるの、納得いかない)
ミリアが囁く。
「黙ってるほど、魔王っぽいですよ♡」
「沈黙がいいんだ。現実でも…」
勇者パーティは、入口で立ち止まった。
そして、わざと松明を倒し、火が壁を舐める程度の“事故”を起こす。
戦術家の声が冷たい。
「魔王は、“困りごと”に反応する」
勇者が続ける。
「魔王が管理する者なら、放置できない」
直人の背筋が冷えた。
(それ、俺の弱点だ)
ミリアが楽しそうに囁く。
「直人さま、いい人ですね♡」
「褒めるな、弱点だ」
直人に反応させるための火だ。
直人は耐えきれず、口を開いた。
「……危険だ。対応――」
その瞬間、大きな呪文とも咆哮とも言える声がダンジョンに響き渡る。
盤面が動いた。
ゴーレムが通路の一部を閉じ、火の流れを遮る。
ゴーストが空気を攪拌して煙を押し戻す。
火は止まる。
勇者パーティが、確信する。
戦術家が低く言った。
「呪文を吐いた」
聖職者が頷く。
「魔王語だ」
斥候が笑う。
「引き金、取れた」
勇者がまとめる。
「魔王の癖は掴んだ」
勇者は、
「合図の呪文で盤面が変わる。——魔王の存在を裏付ける」
勇者と呼ばれる男は、軽く息を吐く。
「結論から言う」
勇者は言った。声は低く、断定だった。
「このダンジョンには、やはり魔王がいる」
同行の三人が頷く。
それは、宣戦布告に近かった。
直人は冷や汗が出る。
(やばい)
(こいつら、会社のプロジェクトチームみたいに動く)
ミリアが囁く。
「直人さま。あなたの敵は、あなたに似てます♡」
「最悪」
直人は椅子の背に沈む。
「……学習された」
ミリアが嬉しそうに拍手する。
「おめでとうございます♡ ちゃんと“魔王”になりました♡」
「魔王じゃない。祝うな」
「無理です♡」
「即答するな」
そして、
魔王と呼ばれている男は、“宣戦布告”を別の形で食らっていた。
――ピロン。
現実のSlackも、同時に鳴った。
「経営層も入った緊急Zoom、今から」
「あと法務も同席するらしいです」
直人は静かに天を仰いだ。
(現実も挑戦してくる)
(必殺“偉い人投入”)
「今、現実が一番重いんだが?」
ミリアが微笑む。煽る目だ。
「だからこそ、ダンジョンも“再挑戦”してきます♡」
「やめろ、連動すな」
ミリアが耳元で囁く。
「直人さま、今日こそSですね」
「Sの定義をくれ。俺は今“生存”が目標」
ダンジョン側
直人は戦闘を“勝ち”に寄せない。
寄せると泥沼になる。現実で学んでいる。
「こちらも“運用”を上げる」
「どうやって?」
「別動隊を定義する」
「別動隊?」
「ゴブリンの負荷を下げる」
ミリアが、わざとらしく目を丸くした。
「わあ。管理者し始めました♡」
直人はコンソールに新規ドキュメントを作る。
タイトルは勝手に飾られた。
「やめろ。勝手にフォントを荘厳にするな」
「雰囲気は大事です♡ 魔王っぽく♡」
「魔王って言うな」
直人は“見せない対応”に切り替える
【標準運用】別動隊:ゴースト&ゴーレム運用定義 v1.0
ゴースト:距離を取りつつ監視
ゴーレム:封鎖待機
更に追加
直人は箇条書きで“オーク投入許可”を固める。
オーク投入の許可基準(v1.1)
前提:スケルトン投入(T2)済み、かつ効果不足
禁止事項:狭所で味方を巻き込む危険がある。
ミリアがテンションで出したがっている(※重要)
ミリアが即ツッコむ。
「最後、私への当てつけですよね?♡」
「違う。リスク管理だ」
「私、リスクなんだ♡」
「うん」
ミリアは一瞬むっとして、すぐ笑う。
「最高。ドライ♡」
直人はコンソールを叩く。
「ゴースト、監視。ゴーレム、準備。ゴブリン、待機」
「受付しないの?」とミリア。
「しない。あいつらは“規約を踏まない”」
直人は、さらに追加する。
ミリアが覗き込む。
「また新しい子、追加するんですか♡」
「“オーク投入”はまだ早い。中間が要る」
直人は新規ドキュメントを開く。
【バックアップ定義 v1.2】メイジ&リザードマン(ペア運用)
ミリアが頷く。
「わあ♡ 急にRPGっぽい♡」
「今さらだろ」
目的:戦闘で勝たずに情報を渡さない
ゴブリンの巡回・段階式対応の“上”に置く
ミリアが囁く。
「“本気に見せない本気”ですね♡」
「そう。社会人が一番得意なやつ」
メイジとリザードマンの運用を固めた直後、
直人は息をつく暇もなく、さらに部隊枠を増やした。
増やさないと回らない。回らないと、現実側に漏れる。
追加したのは二組。
ゾンビ&ワイバーン。
ワーウルフ&トロール。
それぞれの“役回り”と投入の基準だけ、
最低限まとめて、システムに通す。
細部は後だ。今は穴を塞ぐ。
ミリアが、腕を組んで涼しい顔をした。
「……直人さま、増やしすぎじゃないですか♡」
「必要なんだよ」
「でも、管理が地獄になります♡」
「離職防止だ。ダンジョンはブラック企業じゃない!」
ミリアはため息をつき、にやりと笑った。
「管理って言葉、ダンジョンで使うと急に怖いですね♡」
「怖くしないでくれ。現実側も同じだ」
直人は最後に太字で書いた。
※勇者に「魔王の仕様」を学習させない。
※直人の口癖は封印(努力目標)。
ミリアが即座に追撃する。
「努力目標♡」
「笑うな」
「佐倉さん、入れます?」
Zoomの画面に、見慣れない顔が増える。経営層、営業、法務。
空気が、ダンジョンより重い。
リーダーが言う。
「今日中に復旧。顧客が全社停止を示唆」
営業が言う。
「とにかく“直った”って言える状態に」
法務が言う。
「“言える”ではなく、事実として直っている必要があります」
経営層が言う。
「あと、再発したら契約切られる。対外説明も要る」
直人は一拍だけ黙り、そして言った。
「目的が三つ混ざってます。優先順位を定義して下さい」
一瞬、沈黙。
経営層が微笑んだ。怖いタイプの微笑みだ。
「佐倉くん、今この場で“定義”してくれ」
(現実でミリアみたいなこと言うな)
直人は腹を括った。
「最優先:顧客停止回避=可用性回復(暫定可)
次点:根本原因の切り分け(ログ・再現手順)
同時に:対外説明用の事実整理」
法務が頷く。営業がほっとする。経営層が言う。
「よし。やれ」
直人の目が乾いた。
ここからは、二世界同時インシデント対応だ。
直人はダンジョン側コンソールに、最後に太字で追加した。
成功の定義(追記)
“勝利”ではなく侵入者の学習:「ここは割に合わない」を持ち帰らせる。
現場(ゴブリン)の自尊心を傷つけない(※重要:離職防止)
「離職防止って何だよ」
直人は言いながら、なぜか納得していた。
現場は辞める。どの世界でも。
――ピロン。
その瞬間、直人のSlackに個別DMが飛ぶ。
妻:今日、ひな熱っぽいみたい。
娘:パパ まおうごっこ きて
直人の胸が、少しだけ痛む。
“いい人”の部分が、戻ってくる。
直人は一瞬だけ固まって、すぐに視線を戻した。
褒められると、止まれなくなる。
ミリアが、珍しく声を落として言った。
「直人さま、現実の方が…大事ですよね♡」
直人は短く答える。
「大事だ。だから、両方終わらせる」
(つづく)
現実のzoomもややこしいことに。二正面作戦は直人の精神を蝕んでゆく。
このあたりはPC越しの応酬が多いですが、後半で“家族を守る魔王”へ繋がります