「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に…   作:遠藤 世羅須

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冒険者パーティも狡猾だが、現実も優しくない。そしてついに顧客直接対応に。


第4話 二正面の勇者パーティ 

Zoomで営業が言う。

「顧客が“暫定対応じゃなく恒久対応を今日中に”って」

法務が言う。

「“今日中に恒久”は約束できません。言い方を定義しましょう」

経営層が言う。

「でも顧客の機嫌は取れ」

 

直人は静かに息を吐く。

「では提案します。

“今日中に影響を止める”(暫定)を約束し、

恒久対応は“いつまでに何を直すか”を文書化して合意を取る」

リーダーが頷く。

営業が救われた顔をする。

法務が「それなら」と言う。

経営層が言った。

「佐倉くん、頼む」

 

一方のダンジョン。

勇者パーティが、わざと“困った顔”をして見せた。

そして、通路の真ん中に——小さな札を置いた。

『苦情:導線が分かりにくい』

『要望:分かりやすくしてほしい』

 

直人は目を疑った。

(カスタマーサポートかよ!)

 

ミリアが嬉しそうに囁く。

「来ました♡ “魔王への問い合わせ”♡」

「ふざけんな!魔王はカスタマーサービスじゃない!」

「あっ、違う、魔王じゃない。」

「うふっ、自分から魔王だって♡」

「だから違うって」

 

勇者は、あくまで淡々と、空気に向けて言った。

「魔王よ。こちらは迷っている。導線を示せ」

 

(こいつら……)

(“直したくなる欲”を刺激してる)

 

直人の胸の奥の、仕事スイッチがカチッと入った。

 

直人は、口ではなく手で“定義”した。

コンソールで、運用ルールを一段だけ上げる。

ゴースト:侵入者の“挑発札”を回収

すると、ゴーストが壁から腕だけ出し、札をスッと消す。

 

そしてもう一つ。

まだ定義していなかったフロアボスも

指示を入れておく。

フロアボス:ミノタウロス温存。

 

勇者パーティの目が細くなる。

戦術家が低く言う。

「……反応した。だが言葉は聞こえない」

勇者が断言する。

「言葉だけがトリガーではない。別の引き金がある」

 

(やめろ、分析するな)

直人は内心で叫びながら、現実側のZoomに戻る。

直人は現実側で“録画”を背負い、異界側で“魔王認定”を背負った。

(俺、いま二重に詰んでない?)

 

 

魔王と呼ばれている男は現実でも勇者パーティに囲まれていた。

 

現実のZoomは、ダンジョンよりも暗い。

暗いのに、照明は明るい。

人の顔がはっきり見える地獄、それが緊急会議だ。

画面に並ぶ四角が増えていく。

 

経営層(怖い笑顔)

営業(目が泳いでる)

法務(冷たい正しさ)

広報(“説明文”の顔)

サポート(胃が死んでる)

現場リーダー(直人の上司、魂が半分抜けている)

 

法務が静かに刺す。

「“止める”は定義が曖昧です。どこまで、いつまで、

 どういう状態を指しますか」

 

直人の喉が、反射で「すみません」を準備する。

謝罪は社会人の潤滑油。

ただし今日は——潤滑油がゴブリンを増やす。

 

(言うな)

(言ったら増える)

 

ミリアが隣で、推しの顔で頷いた。

「言ったら増えます♡」

「黙れ」

 

経営層が微笑む。怖い。

「君が定義していい」

直人は、いつもの武器を抜いた。

“定義して下さい”。

「影響停止は今日の17時までにやります」

全員が一瞬だけ黙る。

 

(現実のボス、強すぎ)

 

経営層が言う。

「——録画、回して」

 

広報が慌ててボタンを押す。

「このミーティングは録画されています」

 

という通知が出る。

直人の背筋が冷えた。

録画=言質の永久保存。

永久保存=“持ち帰り”不可。

 

 

直人は言い切る。

「恒久対応は原因を確定してから、最短で明日の午前中に計画を提示します。

 外部説明は“影響と対策”に限定し、原因は推測を言いません」

 

経営層が言う。

「よし。——顧客には“安心”も付けろ」

 

(安心って何だよ、仕様か?)

 

ミリアが隣で囁く。

「安心=S評価♡」

「黙れってば」

 

 

 

直人は“最悪のマルチタスク”を理解し始めていた。

「……今はチャットで」

 

直人はZoomチャットに打つ。

直人:口頭は録画のため誤解が出る。文章で共有します

 

ミリアがダンジョン側でニヤッとした。

「現実ボス、攻略難易度高い♡」

「うるさい」

営業が言った。

「すみません、ちょっといいですか?」

直人の背筋が反射で固まる。

(やめろ)

(謝罪の連鎖が来る)

(ゴブリンが——)

案の定、営業が続ける。

「すみません、顧客が“謝罪の文言”を求めてます」

 

「佐倉くん、顧客には“まず謝罪”だ。分かるね?」

 

 

直人は目を閉じ、静かに言った。

「謝罪文は出します。だが“責任の認定”はしない。

 事実と影響と対応を淡々と書く」

 

ミリアが、満面の笑みで囁いた。

「直人さま、今『謝罪』って言いました♡」

直人が叫ぶ。

「言ってない! “謝罪文”は単語として——」

「単語でも増えます♡」

 

その時、ダンジョン側で「ぽん」と音がして、ゴブリンが増えた。

直人は愕然とした。

(俺、今“謝罪”言ってないのに!?)

 

ミリアが無邪気に笑う。

「思っても増えます♡」

直人が文句を言おうとした瞬間、

勇者パーティがゴブリンが増えたのを見て

その瞬間を見逃さない。

 

勇者が確信する。

「魔王の罠だ。近づくな」

 

直人は頭を抱えた。

(違う)

 

戦術家が低く言う。

「……増援条件、特定」

勇者が頷く。

「魔王は、“言葉”で盤面を動かす」

直人は顔を覆った。

(違う)

(俺が悪い)

(いや、仕様が悪い)

 

ミリアが優雅に笑う。

「魔王っぽいですね♡」

 

勇者がまとめる。

「魔王の二つの癖は掴んだ。次は討つ」

 

侵入者は整然と撤退した。

 

勝負をしに来たのではない。情報を取りに来たのだ。

 

ミリアが、推しの顔でにっこりした。

「直人さま、口が呪いです♡」

「誰がこんな呪いかけたんだよ!」

 

 

 

そして、

Zoomでは、相変わらず、

別の“勇者パーティ”が立ちはだかっていた。

 

法務が言う。

「“申し訳ございません”は責任認定に繋がる可能性があります」

 

直人は、ギリギリで“別の言葉”にすり替えた。

「……ご迷惑をおかけしています」

 

ミリアが隣で拍手した。

「おお〜♡ 回避♡」

「拍手すな」

 

経営層が言う。

「いや、気持ちは必要だろ」

 

直人は、喉元まで来た“すみません”を、歯で噛んで止めた。

代わりに、薄い言葉を選ぶ。

 

「……遺憾です」

 

ミリアが横で吹いた。

「遺憾w」

 

「笑うな!」

 

経営層が眉をひそめる。

「遺憾は政治だ」

 

(それはそう)

 

直人は別解を出す。

「“ご不便をおかけしています”にします。

責任認定は避けますが、影響と対策は明確に書きます」

 

経営層が「よし」と言う。

直人は、勝った。

少なくとも現実では。

現実の勇者たちは手強い。

 

営業が言う。

「顧客から“まず一言で謝ってくれ”って。電話繋ぎます」

 

直人は目を剥いた。

(電話!?)

(口頭!?)

(ミュートできない!?)

 

経営層が言う。

「佐倉くん、頼む。君が一番、説明がうまい」

広報が言う。

「“すみません”だけでも…」

法務が言う。

「言い方、気をつけて」

 

直人は冷や汗を流しながら、頭の中で“禁止ワード”を赤く光らせた。

すみません、申し訳、持ち帰ります——全部だめ。

 

電話が繋がる。

顧客の声が刺さる。

「で、結局どうなるんですか? まず謝ってくださいよ」

 

直人の口が勝手に動きかける。

「すみ——」

ミリアが、ニコニコしている。

 

直人はギリギリで言い換えた。

「ご迷惑をおかけしております。現在、影響停止を最優先で対応中です。」

クライアントは、

「そちらの落ち度への謝罪は無いのですか?」

 

(謝罪…ゴブリン…)

「恐れ入ります。最善の努力をお約束させて頂きます」

 

言えた。回避した。

直人は心の中でガッツポーズした。

 

ミリアが隣で拍手した。

「上手♡ 現実の盤面でも魔王♡」

「黙れ」

 

現実側の電話で顧客が言った。

「じゃあ、明日も同じなら、また電話しますね」

直人は、反射で言いかけた。

「持ち帰り——」

ミリアが即座に指を立てる。

「箱が増えました♡」

直人は歯を食いしばり、言い換えた。

「……明日までに、計画を文章でお渡しします」

電話が切れる。

Zoomの画面に拍手のリアクションが飛ぶ(誰だ)。

 

 

――ピロン。

その瞬間、直人のSlackに個別DMが飛ぶ。

妻:ひな、熱37.8。迎えは私が行くけど、直人、会議終われる?

直人:把握。30分で畳む。終わり次第対応する。

妻:助かる。

直人:必要なら小児科も当たる。

 

続けざまに、もう一通。

娘:パパ まおうごっこ きて

直人は指が止まった。

現実の“魔王”は、会議室より家庭にいる。

ミリアが、どこか誇らしげに囁く。

 

「お仕事も家庭も、管理者の仕事です♡」

 

「いま一番言われたくない」

 

 

直人の脳内で、優先順位会議が始まった。

(優先度A:娘の体調)

(優先度A:顧客対応の収束)

(優先度A:……全部Aって何だよ)

 

ミリアが指を一本立てる。講師みたいに。

「補足です♡ 優先度Aが複数ある場合は“全部やる”が正解です♡」

「それ一番不正解のやつだろ」

 

 

現実側:仕事を片付けにいく

直人は切り替えた。

ここからは感情ではなく、処理だ。

Zoomに向かって、淡々と言う。

「次の30分で“外部向け文面”まで決めます。部下に指示済みです。」

 

直人は“会議対応モード”に入った。

その瞬間、ミリアが笑う。

 

「直人さま、集中してます♡」

「やめろ、褒めるな」

 

妻には短文で返す。

直人:目途つきそう。ひな、熱測って。

娘にはさらに短く。

直人:まおうごっこ、あとで。パパ、今ほんとの魔王と戦ってる

送信してから、直人は自分で嫌になった。

(ほんとの魔王って何だよ)

 

ミリアが囁く。

「言い方、最高に魔王です♡」

「黙れ」

 

ダンジョン側:放置が始まる

直人は、右の画面ダンジョンを一度だけ見た。

侵入者ログは静か。

警戒は立っているが、当面の波はない。

「よし。自動運用で回せる」

 

そう言ってしまった瞬間、ミリアが極上の笑顔で頷く。

 

「自動運用♡ 直人さま、素敵♡」

 

「褒めるなって言ってるだろ」

 

 

直人はコンソールに最低限だけ打ち込む。

【運用モード:自動】

ゴブリン巡回:通常(推奨ルート提示)

ゴースト監視:ON

ゴーレム封鎖:待機

メイジ&リザードマン:発動条件に合致時のみ(撃破禁止)

オーク:有事は自動戦闘

 

「これでいける。いけるはずだ」

ミリアが小さく拍手した。

「はい♡ “人がいないほど事故る”ってやつですね♡」

「縁起でもないこと言うな」

直人は現実側にフルで戻った。

 

その間、ダンジョンは“放置”になった。

 

 

放置の結果は、およそ良くなることはない。

 

最初のログを見て冷や汗が出た。

 

[警戒] 侵入者

直人は眉間がぴくりと動いた。

 

(それは危ない)

 

直人は現実のZoomで、経営層の質問に答えている最中だった。

「佐倉さん、この表現、保証にならない?」

「なりません。『再発防止』は使わず、『再発リスク低減』にします」

プロの対応。

同時に、異界で事故が積もる。

1回途切れた通知がまたにぎやかに増えていく。

 

次の通知は、笑えない。

 

[警戒] 侵入者:別ルート侵入(未検知)

 

直人は低い声で言った。

「……そちらは定義してない……」

ミリアがにっこり。

「どうします?」

承認欲求が点火しかける。

 

 

――ピロン。

妻:熱、37.8。

娘:パパ まだ?

直人は、胸の奥が一瞬だけ痛んだ。

 

ミリアが囁く。

「現実でも褒められて、家庭でも求められて。直人さま、人気者♡」

「人気者の定義、要改善だな」

 

直人は、現実の“片付け”を選ぶ

直人は決めた。

先に現実を終わらせる。

娘のところへ行く。

そのために、会議を畳む。

 

「今日のToDoを切ります。

 顧客向け文面は広報が15時までに初稿

 技術側は暫定回避策を17時までに実装

 明日の午前に恒久案の計画提示

 ここで“決めたこと”以外は、今はやりません」

 

経営層が「よし」と言う。

 

直人は、ようやく会議を終わらせた。

「……では。私は一度、離席します」

 

離席。

 

その言葉を言った瞬間、ダンジョンログが爆発した。

[警戒] 新規侵入者:中規模(複数)

多数のログ…

 

[手動] 直人の集中度低下を補うため雰囲気を強化(※ミリア注釈)

直人は椅子からずり落ちかけた。

「補うな。雰囲気で補うな」

 

直人はコンソールを開く。

しかし、妻と娘のメッセージが画面の端で光っている。

 

現実の“火事”が先だ。

娘の熱が先だ。

直人は、歯を食いしばって、ダンジョン画面を最小化した。

「……放置。継続」

ミリアが囁く。

「直人さま、放置プレイ♡」

「言い方!」

 

 

直人は妻に返す。

直人:今すぐ行く。薬は? 水分取れてる?

妻:大丈夫。氷枕してる。ポカリお願い。

直人:了解。すぐ動く。

娘には、ひらがなで返す。

直人:ひな だいじょうぶ。すぐいく。まおうごっこ する。まけない。

娘:やったー

 

 

その瞬間、直人の胸の奥で、別の承認欲求が点火した。

こっちは、悪くない。

ミリアが小さく言う。

「……いい顔♡」

直人は一瞬だけ黙って、立ち上がった。

 

 

そしてダンジョンは、山積みになる

玄関に向かう途中、ダンジョンの通知がまた鳴った。

見ない。

見ないはずだった。

 

――ピロン。

[影響] ミノタウロス:起動準備

 

直人は、靴を履いたまま固まった。

喉が乾く。

「……ミリア」

「はい♡」

「俺、いま家を出る。娘が熱だ」

「はい♡」

ミリアは、笑顔のまま言った。

「その間に、全部“仕様通り”です♡」

直人は低い声で返す。

「仕様通りが一番怖いんだよ」

 

玄関のドアを開ける。

現実の外気が流れ込む。

 

 

――そして遠くで、角笛みたいな音が鳴った気がした。

ミノタウロスが、起きる音だ。

直人は一歩、外に出る。

家族の方へ。

ダンジョンを置いて。

 

背後でミリアが、楽しそうに囁いた。

「いってらっしゃいませ♡ 魔王さま♡」

直人は振り返らずに言った。

「……俺は、ただの父親だ」

しかし、ダンジョンのログは冷たく表示した。

[運用] 管理者(魔王):不在

 

次回、直人が戻ったとき、

「管理者」の手を離れたダンジョンが、

予定通りに自走してくれる保証などどこにもない。

そこはもう“改善できる範囲”を超えているかもしれない。

 

(つづく)




いよいよ次回、分岐点が現れる。直人の最優先は家族だが、その想いとは裏腹に・・・
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