「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
Zoomで営業が言う。
「顧客が“暫定対応じゃなく恒久対応を今日中に”って」
法務が言う。
「“今日中に恒久”は約束できません。言い方を定義しましょう」
経営層が言う。
「でも顧客の機嫌は取れ」
直人は静かに息を吐く。
「では提案します。
“今日中に影響を止める”(暫定)を約束し、
恒久対応は“いつまでに何を直すか”を文書化して合意を取る」
リーダーが頷く。
営業が救われた顔をする。
法務が「それなら」と言う。
経営層が言った。
「佐倉くん、頼む」
一方のダンジョン。
勇者パーティが、わざと“困った顔”をして見せた。
そして、通路の真ん中に——小さな札を置いた。
『苦情:導線が分かりにくい』
『要望:分かりやすくしてほしい』
直人は目を疑った。
(カスタマーサポートかよ!)
ミリアが嬉しそうに囁く。
「来ました♡ “魔王への問い合わせ”♡」
「ふざけんな!魔王はカスタマーサービスじゃない!」
「あっ、違う、魔王じゃない。」
「うふっ、自分から魔王だって♡」
「だから違うって」
勇者は、あくまで淡々と、空気に向けて言った。
「魔王よ。こちらは迷っている。導線を示せ」
(こいつら……)
(“直したくなる欲”を刺激してる)
直人の胸の奥の、仕事スイッチがカチッと入った。
直人は、口ではなく手で“定義”した。
コンソールで、運用ルールを一段だけ上げる。
ゴースト:侵入者の“挑発札”を回収
すると、ゴーストが壁から腕だけ出し、札をスッと消す。
そしてもう一つ。
まだ定義していなかったフロアボスも
指示を入れておく。
フロアボス:ミノタウロス温存。
勇者パーティの目が細くなる。
戦術家が低く言う。
「……反応した。だが言葉は聞こえない」
勇者が断言する。
「言葉だけがトリガーではない。別の引き金がある」
(やめろ、分析するな)
直人は内心で叫びながら、現実側のZoomに戻る。
直人は現実側で“録画”を背負い、異界側で“魔王認定”を背負った。
(俺、いま二重に詰んでない?)
魔王と呼ばれている男は現実でも勇者パーティに囲まれていた。
現実のZoomは、ダンジョンよりも暗い。
暗いのに、照明は明るい。
人の顔がはっきり見える地獄、それが緊急会議だ。
画面に並ぶ四角が増えていく。
経営層(怖い笑顔)
営業(目が泳いでる)
法務(冷たい正しさ)
広報(“説明文”の顔)
サポート(胃が死んでる)
現場リーダー(直人の上司、魂が半分抜けている)
法務が静かに刺す。
「“止める”は定義が曖昧です。どこまで、いつまで、
どういう状態を指しますか」
直人の喉が、反射で「すみません」を準備する。
謝罪は社会人の潤滑油。
ただし今日は——潤滑油がゴブリンを増やす。
(言うな)
(言ったら増える)
ミリアが隣で、推しの顔で頷いた。
「言ったら増えます♡」
「黙れ」
経営層が微笑む。怖い。
「君が定義していい」
直人は、いつもの武器を抜いた。
“定義して下さい”。
「影響停止は今日の17時までにやります」
全員が一瞬だけ黙る。
(現実のボス、強すぎ)
経営層が言う。
「——録画、回して」
広報が慌ててボタンを押す。
「このミーティングは録画されています」
という通知が出る。
直人の背筋が冷えた。
録画=言質の永久保存。
永久保存=“持ち帰り”不可。
直人は言い切る。
「恒久対応は原因を確定してから、最短で明日の午前中に計画を提示します。
外部説明は“影響と対策”に限定し、原因は推測を言いません」
経営層が言う。
「よし。——顧客には“安心”も付けろ」
(安心って何だよ、仕様か?)
ミリアが隣で囁く。
「安心=S評価♡」
「黙れってば」
直人は“最悪のマルチタスク”を理解し始めていた。
「……今はチャットで」
直人はZoomチャットに打つ。
直人:口頭は録画のため誤解が出る。文章で共有します
ミリアがダンジョン側でニヤッとした。
「現実ボス、攻略難易度高い♡」
「うるさい」
営業が言った。
「すみません、ちょっといいですか?」
直人の背筋が反射で固まる。
(やめろ)
(謝罪の連鎖が来る)
(ゴブリンが——)
案の定、営業が続ける。
「すみません、顧客が“謝罪の文言”を求めてます」
「佐倉くん、顧客には“まず謝罪”だ。分かるね?」
直人は目を閉じ、静かに言った。
「謝罪文は出します。だが“責任の認定”はしない。
事実と影響と対応を淡々と書く」
ミリアが、満面の笑みで囁いた。
「直人さま、今『謝罪』って言いました♡」
直人が叫ぶ。
「言ってない! “謝罪文”は単語として——」
「単語でも増えます♡」
その時、ダンジョン側で「ぽん」と音がして、ゴブリンが増えた。
直人は愕然とした。
(俺、今“謝罪”言ってないのに!?)
ミリアが無邪気に笑う。
「思っても増えます♡」
直人が文句を言おうとした瞬間、
勇者パーティがゴブリンが増えたのを見て
その瞬間を見逃さない。
勇者が確信する。
「魔王の罠だ。近づくな」
直人は頭を抱えた。
(違う)
戦術家が低く言う。
「……増援条件、特定」
勇者が頷く。
「魔王は、“言葉”で盤面を動かす」
直人は顔を覆った。
(違う)
(俺が悪い)
(いや、仕様が悪い)
ミリアが優雅に笑う。
「魔王っぽいですね♡」
勇者がまとめる。
「魔王の二つの癖は掴んだ。次は討つ」
侵入者は整然と撤退した。
勝負をしに来たのではない。情報を取りに来たのだ。
ミリアが、推しの顔でにっこりした。
「直人さま、口が呪いです♡」
「誰がこんな呪いかけたんだよ!」
そして、
Zoomでは、相変わらず、
別の“勇者パーティ”が立ちはだかっていた。
法務が言う。
「“申し訳ございません”は責任認定に繋がる可能性があります」
直人は、ギリギリで“別の言葉”にすり替えた。
「……ご迷惑をおかけしています」
ミリアが隣で拍手した。
「おお〜♡ 回避♡」
「拍手すな」
経営層が言う。
「いや、気持ちは必要だろ」
直人は、喉元まで来た“すみません”を、歯で噛んで止めた。
代わりに、薄い言葉を選ぶ。
「……遺憾です」
ミリアが横で吹いた。
「遺憾w」
「笑うな!」
経営層が眉をひそめる。
「遺憾は政治だ」
(それはそう)
直人は別解を出す。
「“ご不便をおかけしています”にします。
責任認定は避けますが、影響と対策は明確に書きます」
経営層が「よし」と言う。
直人は、勝った。
少なくとも現実では。
現実の勇者たちは手強い。
営業が言う。
「顧客から“まず一言で謝ってくれ”って。電話繋ぎます」
直人は目を剥いた。
(電話!?)
(口頭!?)
(ミュートできない!?)
経営層が言う。
「佐倉くん、頼む。君が一番、説明がうまい」
広報が言う。
「“すみません”だけでも…」
法務が言う。
「言い方、気をつけて」
直人は冷や汗を流しながら、頭の中で“禁止ワード”を赤く光らせた。
すみません、申し訳、持ち帰ります——全部だめ。
電話が繋がる。
顧客の声が刺さる。
「で、結局どうなるんですか? まず謝ってくださいよ」
直人の口が勝手に動きかける。
「すみ——」
ミリアが、ニコニコしている。
直人はギリギリで言い換えた。
「ご迷惑をおかけしております。現在、影響停止を最優先で対応中です。」
クライアントは、
「そちらの落ち度への謝罪は無いのですか?」
(謝罪…ゴブリン…)
「恐れ入ります。最善の努力をお約束させて頂きます」
言えた。回避した。
直人は心の中でガッツポーズした。
ミリアが隣で拍手した。
「上手♡ 現実の盤面でも魔王♡」
「黙れ」
現実側の電話で顧客が言った。
「じゃあ、明日も同じなら、また電話しますね」
直人は、反射で言いかけた。
「持ち帰り——」
ミリアが即座に指を立てる。
「箱が増えました♡」
直人は歯を食いしばり、言い換えた。
「……明日までに、計画を文章でお渡しします」
電話が切れる。
Zoomの画面に拍手のリアクションが飛ぶ(誰だ)。
――ピロン。
その瞬間、直人のSlackに個別DMが飛ぶ。
妻:ひな、熱37.8。迎えは私が行くけど、直人、会議終われる?
直人:把握。30分で畳む。終わり次第対応する。
妻:助かる。
直人:必要なら小児科も当たる。
続けざまに、もう一通。
娘:パパ まおうごっこ きて
直人は指が止まった。
現実の“魔王”は、会議室より家庭にいる。
ミリアが、どこか誇らしげに囁く。
「お仕事も家庭も、管理者の仕事です♡」
「いま一番言われたくない」
直人の脳内で、優先順位会議が始まった。
(優先度A:娘の体調)
(優先度A:顧客対応の収束)
(優先度A:……全部Aって何だよ)
ミリアが指を一本立てる。講師みたいに。
「補足です♡ 優先度Aが複数ある場合は“全部やる”が正解です♡」
「それ一番不正解のやつだろ」
現実側:仕事を片付けにいく
直人は切り替えた。
ここからは感情ではなく、処理だ。
Zoomに向かって、淡々と言う。
「次の30分で“外部向け文面”まで決めます。部下に指示済みです。」
直人は“会議対応モード”に入った。
その瞬間、ミリアが笑う。
「直人さま、集中してます♡」
「やめろ、褒めるな」
妻には短文で返す。
直人:目途つきそう。ひな、熱測って。
娘にはさらに短く。
直人:まおうごっこ、あとで。パパ、今ほんとの魔王と戦ってる
送信してから、直人は自分で嫌になった。
(ほんとの魔王って何だよ)
ミリアが囁く。
「言い方、最高に魔王です♡」
「黙れ」
ダンジョン側:放置が始まる
直人は、右の画面ダンジョンを一度だけ見た。
侵入者ログは静か。
警戒は立っているが、当面の波はない。
「よし。自動運用で回せる」
そう言ってしまった瞬間、ミリアが極上の笑顔で頷く。
「自動運用♡ 直人さま、素敵♡」
「褒めるなって言ってるだろ」
直人はコンソールに最低限だけ打ち込む。
【運用モード:自動】
ゴブリン巡回:通常(推奨ルート提示)
ゴースト監視:ON
ゴーレム封鎖:待機
メイジ&リザードマン:発動条件に合致時のみ(撃破禁止)
オーク:有事は自動戦闘
「これでいける。いけるはずだ」
ミリアが小さく拍手した。
「はい♡ “人がいないほど事故る”ってやつですね♡」
「縁起でもないこと言うな」
直人は現実側にフルで戻った。
その間、ダンジョンは“放置”になった。
放置の結果は、およそ良くなることはない。
最初のログを見て冷や汗が出た。
[警戒] 侵入者
直人は眉間がぴくりと動いた。
(それは危ない)
直人は現実のZoomで、経営層の質問に答えている最中だった。
「佐倉さん、この表現、保証にならない?」
「なりません。『再発防止』は使わず、『再発リスク低減』にします」
プロの対応。
同時に、異界で事故が積もる。
1回途切れた通知がまたにぎやかに増えていく。
次の通知は、笑えない。
[警戒] 侵入者:別ルート侵入(未検知)
直人は低い声で言った。
「……そちらは定義してない……」
ミリアがにっこり。
「どうします?」
承認欲求が点火しかける。
――ピロン。
妻:熱、37.8。
娘:パパ まだ?
直人は、胸の奥が一瞬だけ痛んだ。
ミリアが囁く。
「現実でも褒められて、家庭でも求められて。直人さま、人気者♡」
「人気者の定義、要改善だな」
直人は、現実の“片付け”を選ぶ
直人は決めた。
先に現実を終わらせる。
娘のところへ行く。
そのために、会議を畳む。
「今日のToDoを切ります。
顧客向け文面は広報が15時までに初稿
技術側は暫定回避策を17時までに実装
明日の午前に恒久案の計画提示
ここで“決めたこと”以外は、今はやりません」
経営層が「よし」と言う。
直人は、ようやく会議を終わらせた。
「……では。私は一度、離席します」
離席。
その言葉を言った瞬間、ダンジョンログが爆発した。
[警戒] 新規侵入者:中規模(複数)
多数のログ…
[手動] 直人の集中度低下を補うため雰囲気を強化(※ミリア注釈)
直人は椅子からずり落ちかけた。
「補うな。雰囲気で補うな」
直人はコンソールを開く。
しかし、妻と娘のメッセージが画面の端で光っている。
現実の“火事”が先だ。
娘の熱が先だ。
直人は、歯を食いしばって、ダンジョン画面を最小化した。
「……放置。継続」
ミリアが囁く。
「直人さま、放置プレイ♡」
「言い方!」
直人は妻に返す。
直人:今すぐ行く。薬は? 水分取れてる?
妻:大丈夫。氷枕してる。ポカリお願い。
直人:了解。すぐ動く。
娘には、ひらがなで返す。
直人:ひな だいじょうぶ。すぐいく。まおうごっこ する。まけない。
娘:やったー
その瞬間、直人の胸の奥で、別の承認欲求が点火した。
こっちは、悪くない。
ミリアが小さく言う。
「……いい顔♡」
直人は一瞬だけ黙って、立ち上がった。
そしてダンジョンは、山積みになる
玄関に向かう途中、ダンジョンの通知がまた鳴った。
見ない。
見ないはずだった。
――ピロン。
[影響] ミノタウロス:起動準備
直人は、靴を履いたまま固まった。
喉が乾く。
「……ミリア」
「はい♡」
「俺、いま家を出る。娘が熱だ」
「はい♡」
ミリアは、笑顔のまま言った。
「その間に、全部“仕様通り”です♡」
直人は低い声で返す。
「仕様通りが一番怖いんだよ」
玄関のドアを開ける。
現実の外気が流れ込む。
――そして遠くで、角笛みたいな音が鳴った気がした。
ミノタウロスが、起きる音だ。
直人は一歩、外に出る。
家族の方へ。
ダンジョンを置いて。
背後でミリアが、楽しそうに囁いた。
「いってらっしゃいませ♡ 魔王さま♡」
直人は振り返らずに言った。
「……俺は、ただの父親だ」
しかし、ダンジョンのログは冷たく表示した。
[運用] 管理者(魔王):不在
次回、直人が戻ったとき、
「管理者」の手を離れたダンジョンが、
予定通りに自走してくれる保証などどこにもない。
そこはもう“改善できる範囲”を超えているかもしれない。
(つづく)
いよいよ次回、分岐点が現れる。直人の最優先は家族だが、その想いとは裏腹に・・・