「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
”ミリア先生”の案内で”門”をくぐる。
通り抜ける瞬間、頭の中に何かが入ってくるような感覚が襲う。
言葉にするなら――違和感。気持ち悪いのに、拒めない。
一歩踏み出すと空気が変わった。湿り気。土と煤の匂い。音が遠い。
そして隣のミリアが、もう“先生”ではなかった。
見慣れた異世界の衣装。青いダイヤのネックレス。
脳が勝手に「いつものミリアだ」と認識を固定しようとしてくる。
――気味が悪い。
ここは現代のどこかの地下か?
それとも本当に異世界か?
俺はトラックにも轢かれてない。刺されてもいない。
リモート会議して、妻と娘と普通に暮らして、ひなが熱を出しただけだ。
なのに、目の前はゲームや漫画で見慣れた“ダンジョン”だった。
全ては”普通”だったのに、どうして?
考えても答えは出ない。
現実の空気があり、踏みしめる硬い岩の道の感触がある。
「ミリア」と実際に会話をしている。
一瞬、ミリアに触れて確かめようとする。
「推しと握手……」
やめろ。何を考えている。俺は混乱している。
そんな事を考えていたら、
松明だけでは見づらい濡れた地面で滑り、転倒してしまった。
肘から落ちてしまい、痛い、服も汚れたようだ。
痛みがある。現実の感触がある。余計に困惑する。
やはり、ここは「画面の中」などではない。
ゴブリンが、数匹。
煤だらけで、座り込んでいた。
そのうちの一匹が、直人を見るなり立ち上がり、妙に丁寧に頭を下げた。
「管理者さま。お戻りでございますか」
グブだ。
直人は言葉が詰まる。
(戻った、という扱いなんだな)
ミリアが横で言う。
「昨日の夜、たいへんでした♡」
直人は睨む。
「他人事みたいに言うな。お前のせいでもあるだろ」
「直人さまが“放置”したので♡」
「言い方!」
ミリアの案内で、とりあえず最終戦闘が行われた場所、
ミノタウロスの部屋に向かう。
いくつかの曲がり角を過ぎ、
真っ暗な通路をミリアの持つ松明を頼りに進み、大きな部屋に着く。
直人は目の前の壁を見る。
そこには、角の跡が残っていた。
ミノタウロスの角。
何度も突き立てられた痕跡。
昨日ログで見た“惨状”の、実物。
通路の壁は煤け、松明は倒れ、霧がまだ残っている。
床には、戦闘の跡――
床の先には、赤い印。
血ではない。
“扉の解放”を示す、光の残滓みたいなもの。
そして――扉。
今来た方向に開いている
昨日はログにしかなかったものが、いま目の前で口を開けている。
通路の奥が、暗い。
暗さが、夜の色ではない。
魔界の暗さだ。
直人の喉が鳴る。
「……ここを突破された」
ミリアが嬉しそうに言う。
「はい♡ だから現実に出られました♡」
直人は低い声。
「出るな。戻れ」
ミリアはにっこり。
「戻りません♡ だって直人さま、必要ですから♡」
直人はふと、気づく。
――時間。
現実の通話は、まだ繋がっている。ミュートはON。
何故か通信は繋がっているようだ。
どういう仕組みだ?
考えるのは後だ。
耳の奥で、無音が続く。
ここの時間が進んでも、向こうではほんの数分のはず。
その“差”を使って、片付ける。
直人は唇を噛み、扉へ視線を固定した。
「……まずは現場の復旧。次に侵入経路の塞ぎ。最後に扉の再封印」
ミリアが楽しそうに拍手する。
「直人さま、仕事モードです♡」
「褒めるな。仕事じゃない」
直人はもう一度、ミュート表示を再確認した。
現実で黙る。
異界で動く。
そして、扉の前に立つ。
そのとき、背後のゴブリンが小声で言った。
「管理者さま……外の世界、怖いです」
直人は一瞬だけ息を止めた。
外の世界。
――現実。
直人は答えなかった。
答えられなかった。
ミリアが、耳元で囁く。
「直人さま。昨日より、もっと大事な定義が必要です♡」
直人は低い声で返す。
「……何だ」
ミリアは笑った。
「“現実の安全”の定義です♡」
喉が渇く。
「どうすれば扉を閉じられるんだ?」
「うふっ♡」
「まあいい。今は修復が優先だ」
直人の背中に、冷たい汗が浮かんだ。
昨日の戦いの残り香が、目の前に存在している。
直人は、ミュートを解除しないまま言った。
「……行くぞ。戻す」
ミリア先生――いや、ミリアが、当たり前のように並ぶ。
「はい♡ 魔王さま♡」
現実の幼稚園の朝は、まだ続いている。
その裏で、直人は異界の夜を片付けに入った。
そして、誰にも気づかれないまま、
現実の隅に開いた“入口”は、少しだけ揺れていた。
扉の前で、直人は一度だけ深呼吸した。
現実では幼稚園の朝。スマホは通話中、ミュートはON。
こちらは昨夜の続き――煤、霧、折れた松明、
そして「復旧しろ」と言わんばかりの惨状。
直人は小声で呟く。
「……よし。今日は“修復”だ。現場を戻す」
ミリアが、いつもの極上スマイルで言った。
「修復♡ 直人さま、最高に管理者です♡」
「褒めるな。俺は燃料じゃない」
ゴブリン隊が、妙に丁寧に整列して待っていた。
グブが一歩前に出て、頭を下げる。
「管理者さま。昨夜の損耗、報告いたします」
ボゴが板を掲げる。
『損耗一覧(簡易)』
ニョがペンを差し出す。
「確認サインを……」
直人は額を押さえた。
「……まず火消し。サインは後。後だ」
ミリアが囁く。
「“後で”って言うと、持ち帰り箱が増えます♡」
「黙れ!」
直人が足元を見た瞬間――
――ピロン。
空中に、見慣れた通知が出た。
仕事のツールみたいな角丸のウィンドウ。
【システム通知】
新規アイテムが付与されました:『管理者の杖』
付与理由:管理者が“修復”を宣言したため(自動)
備考:直人さま向け最適化
直人は固まる。
「……杖?」
ミリアは嬉しそうに拍手した。
「わあ♡ 管理者権限が、形になりました♡」
直人の手元に、黒い棒が“当然のように”現れた。
装飾過多でもなく、禍々しくもなく――むしろ業務用。
持った感触が、工具に近い。
直人は眉をひそめる。
「これ、武器じゃないな」
ミリアが頷く。
「はい♡ これは“変更権限”です♡」
杖の先端に、淡い光のUIが浮かぶ。
【管理者の杖:LV1機能一覧】
修繕(壁/床/松明/扉)
形状変更(通路/部屋/段差)
ルート定義(推奨ルート更新)
例外:生体(※申請が必要)
直人は低い声で言った。
「最後の“例外”が怖い」
ミリアはにっこり。
「生体はコンプラです♡」
「どこから急にコンプラ持ってきた」
〇 現場修繕(ただし“迷宮化”)
直人は杖を床に軽く当てた。
すると、煤けた床が“巻き戻る”ように元の石畳へ戻る。
折れた松明が立ち上がり、火が点く。
「便利なアイテムだな」
ゴブリンたちが、感動したようにざわめく。
「おお……」
「魔王さま……」
「管理者さま……」
直人は言う。
「感動しなくていい。現場は“標準状態”が維持されるのが正しい」
ミリアが囁く。
「その言い方、最高に現場責任者です♡」
「褒めるな」
直人は、次に“扉の前の直線通路”を見た。
昨夜の突破の理由は明確だ。
最終扉までの経路が素直すぎた
直人は杖のUIを開き、短く言う。
「迷宮化する」
ミリアが目を輝かせる。
「迷宮♡ ダンジョンっぽい♡」
直人は、現場の言葉で言い直した。
「……経路冗長化。視線遮断。撤退導線は維持」
杖を振る。
通路が、ゆっくりと折れ曲がった。
壁がせり出し、角が増え、分岐が生まれる。
しかし完全にランダムではない。
“推奨ルート”は残しつつ、侵入者の「迷い」を誘う構造。
グブが恐る恐る言う。
「管理者さま……道が、増えました」
「増やした」
ボゴが板に書く。
『道が増えた(管理者が増やした)。迷子が増える可能性』
直人は即答した。
「迷子は増やす。ただし死なせない。撤退できる迷子にする」
ミリアが拍手する。
「撤退できる迷子♡ 素敵♡」
「素敵じゃない。合理的だ」
迷宮化の最後に、直人はボス部屋の“扉の見え方”を変えた。
扉そのものは消せない。
なら“見つけにくく”する。
扉の前に、四つの同型の扉を作る。
三つは行き止まり。
一つだけが本物。ボス部屋への道。
ただし、行き止まりにも「持ち帰り箱」や「休憩所」を置き、
侵入者が怒りで暴れないようにする。
ミリアが感心したように言う。
「怒らせない迷宮ですね♡」
直人は低い声で返す。
「怒りは事故る。事故は面倒。面倒は増殖する」
言った直後、直人は自分で嫌になった。
(面倒が増殖ってなんだよ)
〇 人手不足(だから“新規雇用”)
修繕と迷宮化は、手段にすぎない。
問題の本体は、現場の戦力と、ボスの設計だ。
ミノタウロスは倒された。
フロアボスは空席。
空席は最悪だ。
直人は杖のUIをもう一度開いた。
そこに新しい項目が増えている。
【管理者の杖:LV2管理者機能】
新規雇用(フロアボス)
面接(一次)
オファー提示(待遇)
直人は嫌な予感しかしない。
「……面接?」
ミリアがにっこり。
「はい♡ 手が足りないなら採用です♡」
「世界観が急に求人サイトなんだよ」
仕方なく、直人は一次面接を起動した。
空間に“会議室”が出現する。
石の机、石の椅子、石のホワイトボード。
妙に清潔で、妙に圧がある。
UIに「候補」が表示されている。
Sランクが複数出てる。
直人はとにかくSを何体か選択する。
どうやらこれで「本人」に連絡が行くらしい。
ホワイトボードに文字が浮かぶ。
【フロアボス採用面接(一次)】
募集職種:フロアボス(常駐)
勤務地:第X層
勤務形態:シフト制(夜多め)
給与:名誉、昇進ポイント、時々肉
福利厚生:迷宮休憩室、配下あり
直人は言った。
「給与欄ふざけるな。昇進ポイントってなんだ」
ミリアが即答する。
「次フロアーボス昇進ポイント制です♡」
「会員制クラブか」
次回、「面接」が始まる。
(つづく)
フロアボスの面接に挑むことになった直人。どのような「候補」が来るのか?門を閉じる為の管理者としての大仕事が始まる。