「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
呼びかけに答えて来たのは2人(2匹)だった。
まずは1体目。
面接室に、巨大な影が現れる。
鱗、翼、金の目。ドラゴンだ。
ドラゴンは座らない。ホールから動かない。
机のある場所は天井に頭がつかえるからだ。
直人は即座に理解した。
(狭い)
ドラゴンが開口一番、言った。
「狭い」
直人は言い返す。
「……すみません」
ミリアが耳元で囁く。
「直人さま、“すみません”♡」
直人はハッとして口を閉じた。
「……いや、違う。狭いのは仕様だ」
ドラゴンは鼻を鳴らす。
「安い」
直人はホワイトボードを見る。
(名誉、昇進ポイント、時々肉)
「待遇の話なら、調整――」
ドラゴンが被せた。
「飯がまずい」
直人が固まる。
「……飯?」
ドラゴンは真顔で言った。
「焼けてない肉は嫌いだ。焦げも嫌いだ。骨は抜け。ソースは二種。
あと、量が少ない」
ミリアが小声で言う。
「グルメクレームです♡」
直人は低い声。
「世界の最強生物が、社食に文句言うな」
ドラゴンは続ける。
「あと、空がない。飛べない」
「ここダンジョンだぞ」
「不満だ。辞退する」
淡々と、ドラゴンは姿を消した。
ホワイトボードに赤字で表示が出る。
【選考結果】ドラゴン:辞退(理由:狭い/安い/飯がまずい)
直人は机に額を当てた。
「何でダンジョンと分かってて来たんだ?」
「面接ってこういう地獄だったか」
ミリアが明るく頷く。
「はい♡ よくある♡」
「ない」
〇第二候補:デーモンロード
空気が変わった。
温度が、少し下がる。
影が、きれいに揃う。
次に現れたのは、背の高い男――いや、“男の形をしたもの”だった。
角、黒衣、静かな威圧。
目が笑っていない。
ミリアが楽しそうに言う。
「第二候補♡ デーモンロードさまです♡」
直人は囁く。
「“ロード”って、上位互換じゃないか」
「しかも、そのまんま『魔王』じゃないのか?」
「デーモンロードは“魔王”ではありません♡ この迷宮の“鍵”を持っていないので」
「採用できるのかよ」
デーモンロードは椅子に座り、指を組んだ。
「貴様が魔王か」
直人は即答した。
「違う」
ミリアが即答した。
「魔王です♡」
直人が睨む。
「やめろ」
デーモンロードは口角だけ上げた。
「ふむ。面接か」
直人は現実の言葉に寄せる。
「採用の一次です。条件は――」
デーモンロードが手を上げて遮る。
「条件など要らん」
直人が眉をひそめる。
「……では何を」
デーモンロードは淡々と言った。
「勝負だ。
貴様が私に勝てば、私は働く。
貴様が負ければ――私が魔王になる」
直人は一拍遅れて理解した。
(採用面接じゃない。乗っ取りだ)
ミリアが嬉しそうに拍手する。
「面接っぽいですね♡」
「どこがだ」
直人の脳が仕事モードに入る。
勝負を避けたい。
しかし避けると、園に開いた入口が広がる。
最悪だ。
直人は一度だけ、現実のミュート表示を確認した。
ミュートはON。時間は稼げる。
だが無限じゃない。
「勝負の定義は」
直人が言うと、ミリアが息を呑んだ。
デーモンロードの目が細くなる。
「ほう。定義を求めるか」
直人は続けた。
「殺し合いは却下。現実側に影響する」
ミリアが頷く。
「コンプラです♡」
直人が小声で言う。
「そこで使うな」
デーモンロードは笑った。
「ならば、支配だ。
この迷宮を、いかに早く“掌握”するか」
直人は即答した。
「KPIか」
ミリアが囁く。
「直人さま、KPI好きなくせに♡」
「好きじゃない。慣れてるだけだ」
デーモンロードが言った。
「ルールは単純だ。
貴様は“管理者の杖”を使え。
私は素手で行く。
このフロアを、先に自分の色に染めた方が勝ちだ」
直人は嫌なことに気づく。
(杖がある=権限がある)
(権限を使う勝負=現実の仕事と同じ)
(俺が一番得意で、一番嫌いなやつ)
直人は低く言った。
「……わかった。勝負する」
ミリアが拍手する。
「魔王さま、宣戦布告です♡」
直人が睨む。
「魔王じゃない」
デーモンロードは立ち上がり、薄く笑った。
「負ければ、貴様は“管理者”ではなくなる。
ただの人間に戻れ」
直人は、その言葉だけは許せなかった。
「……戻るのはいい。
だが娘の幼稚園に手を出すなら――勝負じゃ済まない」
一瞬、デーモンロードの空気が重くなる。
しかし次の瞬間、愉快そうに笑った。
「よい。怒りは強さだ」
ミリアが直人の耳元で囁く。
「直人さま、感情が燃料です♡」
「やめろ、燃やすな」
〇勝負開始
面接室が消え、迷宮フロアが“盤面”のように俯瞰表示される。
管理者の杖のUIが、勝負モードに変わった。
【対戦開始】
直人:管理者(杖あり)
デーモンロード:候補者(杖なし)
勝利条件:フロア掌握
禁止:現実側干渉(※努力目標)
直人は思わず呟く。
「努力目標って書くな」
ミリアが笑う。
「書きやすいので♡」
迷宮の奥で、デーモンロードがゆっくり歩き出す。
触れただけで影が伸び、空気が変わる。
“支配”が、始まっている。
直人は杖を握り直した。
修繕のための権限。
形状変更のための権限。
そして、現実を守るための権限。
現実では、幼稚園の朝はまだ終わっていない。
その裏で、直人の“採用面接”は、勝負へ変わった。
「……やるぞ。迷宮を“管理”する」
ミリアが、最高に楽しそうに言った。
「はい♡ 魔王さま♡」
直人は、杖を握った瞬間から、ずっと気になっていることが二つあった。
いまさら、と言われても困る。遅いのは分かっている。
だが、遅れてでも考えないと、脳が壊れる。
ひとつ。
――ここは、現実なのか。
幼稚園の隅に“入口”があり、先生としてミリアが馴染んでいて、誰も疑わない。
それを「異常」と判断できるのが自分だけで、
しかもその判断が時々ぬるっと揺らぐ。
魅了。思い込み。集団の合意。
どれも現実にある。現実にあるから、現実っぽく見える。
もうひとつ。
――自分は、魔法を使えるようになっているのか。
「管理者の杖」などという、ゲームのアイテムみたいなのが現れた。
でも触感は工具で、UIは業務ソフトで、やっていることは
「修繕」「形状変更」「ルート定義」。
あまりに仕事だ。あまりに管理だ。
魔法というより、権限。
権限というなら、誰が付与した。何のために。どこまで。
直人は、答えの出ない二つの疑問を、口に出さないまま飲み込んだ。
口に出すと、どちらかの世界が“確定”してしまいそうだったからだ。
ミリアが隣で、軽やかに言う。
「直人さま、考えすぎです♡」
「考えないと死ぬ」
「死にません♡」
「死ぬ」
ミリアは笑う。
「では、定義して下さい♡ “現実”とは何ですか?」
直人は答えない。
答えられない。
定義してしまったら、どこかが加速する。
だから直人は、最悪の結論だけを握る。
(分からない。けど、放置すると広がる)
もやもやしたまま、直人は杖を握り直した。
いま必要なのは哲学じゃない。
“勝つこと”だ。
目の前で、迷宮フロアの俯瞰表示がゆらりと立ち上がる。
盤面の上に、二つの支配が重なる。
直人:管理者(地の利あり)
デーモンロード:候補者(支配力あり)
ミリアが小声で囁く。
「魔王決戦です♡」
直人は低く返す。
「……まだ俺は魔王かどうかも分かってない」
「分からないまま勝つのが、直人さまです♡」
「褒めるな」
〇 デーモンロードの支配
デーモンロードは、杖を持たない。
それなのに、迷宮の空気が変わっていく。
彼が歩く。
歩くだけで、影が伸びる。
影が伸びた場所の石が、ほんのわずかに黒ずむ。
壁が“従う”。
分岐が“整列する”。
まるで迷宮が、彼に合わせて道を作り始めるように。
「……ふざけるな」
直人が呻くと、デーモンロードが静かに笑った。
「権限がなくとも、支配はできる」
ミリアが楽しそうに言う。
「さすが♡」
直人が睨む。
「さすがじゃない。恐い」
デーモンロードは、迷宮を“物語”に変えていく。
侵入者が喜ぶ形に。恐怖が映える形に。
意味のある曲がり角、意味のある暗がり、意味のある待ち伏せ。
そして何より――
「ここを通るべきだ」と思わせる道筋を作っていく。
直人の背中が冷える。
(こいつ、現実でもやってるタイプだ)
会議で空気を支配するやつ。
議題をすり替えるやつ。
みんなが「そうですね」と言ってしまうやつ。
デーモンロードが淡々と言う。
「貴様の迷宮は、管理だ。
私の迷宮は、支配だ」
直人は小さく息を吐いた。
(管理で勝てるのか?)
ミリアが囁く。
「勝てます♡ 直人さまは“地の利”があります♡」
直人は眉をひそめる。
「……地の利?」
「直人さまが作った迷宮です♡」
「俺がか?」
ミリアが笑う。
「魔王さまに近い人が、勝ちます♡」
〇 直人の地の利
直人は杖を掲げた。
戦闘じゃない。掌握戦だ。
つまり――ルールの上で勝つ。
直人は俯瞰表示を開き、短く命令を出す。
「推奨ルート、更新。侵入者目線の“正解っぽさ”を潰す」
「扉の偽装、強化。行き止まりに“報酬”を置け」
「分岐の意思決定を増やす。迷う回数を増やす」
ミリアが拍手する。
「迷わせる仕事♡」
直人は低く返す。
「仕事じゃない」
迷宮が変形する。
しかし直人は、デーモンロードのように“雰囲気”で変えない。
指示は全部、理由がある。
侵入者は怒ると事故る。
事故が起きると現実に響く。
だから怒らせない迷宮にする。
戻れる迷宮にする。
それでも“到達させない”迷宮にする。
直人の脳が、最悪に馴染んだスキルを発揮する。
「仕様で勝つ」
デーモンロードが目を細めた。
「仕様?」
直人は言う。
「制約」
「ルール」
「例外」
「そして、運用」
ミリアが囁く。
「運用最強♡」
「黙れ」
直人はさらに一手を打つ。
――“支配”は、一本道にしたがる。
――“管理”は、冗長性を持てる。
直人は迷宮に、無数の“逃げ道”を増やした。
逃げ道は侵入者のためじゃない。
デーモンロードの支配が広がる速度を落とすためだ。
支配は強い。だが広がるには時間がいる。
なら、拡散させて薄める。
迷宮が、デーモンロードの色を受け付けなくなる。
影が伸びても、次の角で途切れる。
黒ずんでも、次の分岐で無意味になる。
デーモンロードの表情が、一瞬だけ曇った。
「貴様……支配を“散らした”な」
直人は低い声で返す。
「支配は一点突破に弱い」
「だから、散らす。
そして――最後に、閉じ込める」
〇 勝負の決着
直人は杖のUIを開いた。
最後の機能を選ぶ。
【形状変更:局所封鎖】
対象:影の濃度が一定以上の領域
効果:通路の再構成(撤退導線は保持)
直人は短く言った。
「“支配域”だけを、迷宮の袋小路にする」
ミリアが息を呑む。
「直人さま、それ……」
直人は低く返す。
「殺さない。閉じ込めるだけだ」
杖が淡く光り、迷宮が“仕事のように”組み替わる。
影が濃いところだけを切り出し、
そこへデーモンロードを“誘導”する。
デーモンロードは気づく。
気づいた時には、もう遅い。
彼の背後の道が、静かに閉じる。
閉じたように見えるが、実際は“戻れる遠回り”が残っている。
しかし遠回りは、支配を維持できない。
デーモンロードは、閉じた道の前で立ち止まった。
怒らない。暴れない。
ただ、状況を受け入れている。
その姿を見て、直人は初めて「負けた相手」を怖がらなかった。
支配力というのは、暴力じゃない。
デーモンロードは、一瞬だけ笑った。
「……管理者らしい勝ち方だ」
直人は息を吐く。
「俺は、支配が嫌いだ。だから管理で勝つ」
デーモンロードは肩をすくめる。
「感情を持たず、ただルールで盤面を塗り潰す貴様の冷徹さは、
並の暴力より恐ろしい」
「よかろう。負けた」
「働け」
「働く」
それはあまりにあっさりしていて、逆に怖かった。
ミリアが拍手する。
「採用決定♡」
直人が睨む。
「決定じゃない。まだ信用してない」
デーモンロードは静かに言う。
「約束しよう。門には触れない」
直人の背中が冷たくなる。
「……なぜ、その言葉が出る」
デーモンロードは微笑んだ。
「貴様が守りたいものぐらい、見える」
直人は杖を握り直す。
胸の奥にあった二つの疑問――現実か、魔法か――が、
まだ答えのないまま沈んでいる。
でも、その答えは今日いらない。
ここは現実か。
魔法か。
それとも――ただの権限か。
ミリアが、耳元で囁く。
「直人さま。
“分からない”は、定義しなくていいです♡
でも“守る”は、定義して下さい♡」
直人は、答えないまま、うなずいた。
もやもやのまま、勝負は終わった。
そして、もやもやのまま、次の仕事が始まる。
現実の通話表示が、まだミュートのまま点灯している。
幼稚園の朝は、まだ終わっていない。
直人は、最後に自分にだけ言った。
「……分からないなら、分からないまま管理する」
ミリアが笑った。
「はい♡ それが魔王です♡」
直人は、まだその定義を受け入れられないまま、
迷宮の奥へ視線を向けた。
(つづく)
デーモンロードとの勝負に勝ち、条件をクリアした直人。しかし、門の封印はまだできない。
門を閉じる鍵が何か?直人は封印に向けて最後の挑戦をする。