「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に…   作:遠藤 世羅須

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デーモンロードとの勝負に勝ち、条件をクリアした直人。しかし、門の封印はまだできない。デーモンロードを信頼した直人は、まず、雇用で今までと違う意識を持つ。


第8話 そして封印へ

必要なのは、“任せる”という判断だけだ。

デーモンロードに対して、畏敬の念を抱いた。

今回はホームアドバンテージで勝利した。

だが、俺は“戦った”わけじゃない。杖に勝たせてもらっただけだ。

 

俺は戦えない。勇者と決戦にでもなれば、ミリアの影に隠れる自信がある。

それに、魔獣たちは「強い者」が好きだ。「管理」で従うのは本能に反している。

だから――強い者に、任せる。

 

直人は低い声で言った。

「……お前、フロアボスをやれ」

ミリアがぱっと顔を輝かせる。

「採用♡」

 

直人が睨む。

「まだ言ってない」

デーモンロードは首を傾げた。

「条件は?」

 

直人は一拍、迷う。

条件を詰めれば詰めるほど、隙が増える。

定義すればするほど、世界が加速する。

そして何より――直人はもう、条件交渉に時間を使いたくなかった。

だから直人は、最悪に社会人らしい結論を出す。

 

「定義なしで雇う」

ミリアが息を呑む。

「直人さま……それ、現実でも禁じ手です♡」

「知ってる。だからこそ、効く」

「“職務と禁止”だけは最低限固定し、運用の中身は全部、裁量に投げる

 ――それが“定義なし”だ」

 

デーモンロードが微かに笑う。

「面白い。責任だけ押しつける気か」

直人は首を振る。

「責任は俺が持つ。支配はお前が持て」

「……分担か」

「分担だ。現場に必要なのは、それだ」

 

直人は杖のUIを開いた。

そこに新しい項目が点灯している。

 

【雇用契約:フロアボス】

職務:第X層 統治(侵入者の抑止/秩序維持)

禁止:現実側干渉/園児への接触

例外:管理者承認(緊急時)

契約形態:定義なし(裁量最大)

 

直人は“定義なし”を選択した。

画面が一瞬だけ揺れ、契約が固定される。

 

デーモンロードが言った。

「報酬は?」

直人は即答しなかった。

“名誉とポイントと肉”で済ませるわけにはいかない。

こいつは理解している。支配の価値も、数字の価値も。

 

直人は現実の言葉を持ち込む。

「インセンティブをつける」

ミリアが嬉しそうに拍手する。

「ボーナス♡」

「黙れ」

直人は淡々と条件を打ち込む。

 

【インセンティブ(成果報酬)】

KPI①:門(現実側)への接続確度を“低”に維持

KPI②:侵入者の撤退率を上げる(撃破より撤退推奨)

KPI③:重大インシデント(火災/崩落/園への漏れ)ゼロ

 

達成報酬:

S:支配権限の拡大

A:配下増員枠増

B:食事改善(※努力賞)

C:反省文、研修

 

「食事改善」「反省文」それぞれを入力した時、ミリアが吹き出した。

「ドラゴン対策♡」

「直人様、悪魔♡」

直人は無表情で言う。

「悪魔はお前たちだろ。俺は人事だ」

 

デーモンロードは、しばらく黙っていた。

それから、ゆっくりと頷く。

「……良い。

貴様は支配を嫌うが、支配の必要性は理解している」

直人は低い声で返す。

「嫌いだから、任せる。俺は管理する」

 

デーモンロードは笑った。

「ならば私は、ここを“統治”しよう」

笑みが薄いのに、部屋の空気が従った。

 

杖のUIに、最終確認が出る。

 

【確認】デーモンロードをフロアボスとして雇用しますか?

 

直人は一瞬だけ迷って、迷いを捨てた。

定義している暇はない。

現実を守るのが先だ。

 

「……雇う」

決定。

 

画面が静かに落ち着く。

迷宮の空気が、ひとつ深く息をした。

ミリアが囁く。

「直人さま、“定義なし”で決めましたね♡」

 

直人は答える代わりに、ミュート表示を確認した。

現実の時間はまだ動いていない。

動かしてはいけない。

直人は小さく呟く。

「分からないことは、あとでいい」

そして、デーモンロードにだけ言った。

「現実は守れ。幼稚園には触れるな」

デーモンロードは、誓うように頷いた。

「承知した。管理者」

その呼び方が、初めて“信用できる”音に聞こえた。

 

直人は一度現実へ出る。

門から幼稚園に出てみる。

世界が止まっているように見える。

現実のひなを探す。

砂場で遊んでいる。

熱から回復して、いつもの顔に戻りつつあった。

幼稚園で遊ぶ背中は小さくて、軽い。

 

直人はそれを見送りながら、ひとつだけ決めていた。

――現実に繋がる門を、閉じる。

これが最後の大仕事だ。

ミュートはON。

通話は繋がったまま。

現実の時間を止めたまま、異界で片を付ける。

直人は再び物置裏の揺らぎへ向かい、結界の格子をくぐった。

迷宮の空気が肺に入る。湿り気と煤の匂い。

ここは現実じゃない。

でも、現実に触ってしまった。

 

だから、終わらせなければならない。

 

管理者の杖を開く。

UIはいつも通り、業務ツールみたいな無慈悲さで整っていた。

 

【管理者の杖:LV3管理者機能】

修繕

形状変更

雇用(フロアボス)

監査ログ

……

封印(NEW)

 

直人の指が止まる。

「……来た」

クリックする。

画面が一段深くなる。

 

【封印コマンド】

対象:外部接続門(現実側)

効果:接続遮断/結界強化/位置情報消去

発動条件:[封印]

(※条件は封印されています)

 

直人は目を細めた。

「……ふざけてる?」

ミリアが横で、にやにや笑っている。

「直人さま、条件が“封印”されてますね♡」

「笑うな。最悪のUIだ」

「でも可愛いです♡」

「可愛くない」

 

直人は、仕事脳で試す。

条件が読めないなら、入力を当てにいく。

 

申請書を出す

署名する

儀式っぽく杖を振る

『封印』と声に出す

ミュートをON/OFF

“すみません”を言わないよう努力

“持ち帰り”を言わないよう努力(努力目標)

 

結果:全部ダメ。

【封印】実行不可:条件未達

詳細:条件が封印されています

直人は椅子が欲しくなった。玉座っぽい椅子

この世界は椅子さえ仕事っぽいから困る。

 

「ミリア。条件は何だ」

ミリアはにっこり。

「直人さま、定義して下さい♡」

「今それを言うな」

「ふふ♡」

 

ミリアは答えない。

答えず、にやにやしている。

答えないで世界を動かすのが、この女の得意技だ。

直人は杖を握りしめた。

(このままじゃ閉じない)

(閉じないと幼稚園に穴が残る)

(穴が残ると――次は“誰か”が出る)

胃がきしんだ。

 

直人は迷宮の外周を確認する。

デーモンロードはフロアを統治し始めていた。

通路の空気が落ち着き、影が整列している。

「……支配って、こういうことか」

 

デーモンロードが淡々と言った。

「門を閉じるなら、貴様が“位階”を得る必要がある」

直人が眉をひそめる。

「位階?」

「権限だ」

直人はミリアを見る。

ミリアはにやにや笑う。

「ほら♡ 権限♡」

直人は思った。

(杖は権限)

(封印は最上位)

(つまり、俺はまだ最上位じゃない)

 

その瞬間――

遠くから、声がした。

幼稚園からの声じゃない。

もっと近い、もっと柔らかい。

「パパー」

直人の背筋が凍る。

現実の声が、ここに届く?

「パパ、まおうごっこしよう」

ひなの声だった。

 

直人は息を止めた。

これは錯覚か。魅了か。

それとも、門が開いているから聞こえるのか。

ミリアが、満足そうに言った。

「聞こえましたね♡」

 

直人が低く返す。

「……聞かせたな」

「ヒナちゃんが呼んだんです♡」

「都合よく言うな」

 

しかし直人は、ひなの言葉の中に“条件”を見た。

まおうごっこ。

魔王。

 

直人はピンと来る。

「……魔王になることが条件か」

ミリアが、答え合わせをしないまま笑った。

「どうでしょう♡」

答えない。

答えないが、その顔が答えだ。

 

〇手続き(魔王への扉)

 

直人は深呼吸した。

嫌な予感しかしない。

だが、門を閉じるには、進むしかない。

 

杖のUIに、新しい通知が出る。

【権限昇格フロー(推奨)】

魔王認証:未

玉座セッション:未

定義登録:未

(※一部項目は封印されています)

 

直人は呻く。

「また封印」

ミリアが明るく言う。

「手続きです♡」

 

手続き。

この世界の“手続き”は、ゴブリンの申請書から始まっていた。

そして今、魔王ですら手続きが必要らしい。

グブが整列して出てきた。

妙に丁寧に頭を下げる。

「管理者さま、魔王昇格の申請でございますか」

ボゴが板を出す。

『魔王昇格申請書(簡易)』

ニョがペンを差し出す。

「こちらに“魔王になる目的”を……」

 

直人は顔を覆った。

「目的欄があるのかよ」

ミリアがにっこり。

「目的、大事です♡」

直人はペンを取る。

目的欄に書く。

「現実を守るため」

 

書いた瞬間、空気が変わった。

迷宮の壁の奥で、何かが“認識”した音がした。

これは、この世界の規約に通った。

 

次の紙が出る。

『玉座利用申請(本人確認)』

『魔王名(仮)登録』

『現実干渉禁止誓約(重要)』

『魅了の範囲:園児除外(必須)』

直人は即座に丸を付ける。

園児除外。必須。

絶対。

 

デーモンロードが低く言った。

「よい。貴様は支配を乱用しない」

直人は吐き捨てる。

「乱用する暇があるなら寝たい」

手続きが終わった瞬間、迷宮の奥に“扉”が現れた。

昨日の扉とは違う。

もっと静かで、もっと重い。

 

【魔王の扉】

 

ミリアが、嬉しそうに手を差し出す。

「行きましょう♡」

直人は一歩だけ遅れて歩き出した。

(現実に戻るために、魔王になる)

(矛盾してる)

(でも、やる)

扉をくぐると、空気が変わった。

 

〇玉座の部屋(解放されるステータス)

 

そこは、豪華だった。

露骨な豪華さ。

黒い絨毯、金の縁、妙に機能的な照明。

そして中央に、玉座。

玉座だけは、ゲームのやつだった。

 

直人は笑いそうになって、笑えなかった。

「……ここに座れって?」

ミリアがにっこり。

「座ってください♡ 直人さま向けです♡」

「やめろ、最適化すんな」

 

直人が玉座に座った瞬間、視界にステータスが展開する。

業務ダッシュボードの形で。

 

【魔王ステータス:解放】

管理者権限:L3 → L4

形状変更:上限解除(局所)

雇用枠:+1

結界設定:可視化

監査ログ:編集不可(※コンプラ)

封印:実行権限取得(条件は別)

 

直人は眉間を押さえた。

「封印、まだ条件あるのかよ」

ミリアが笑う。

「最後のカギは“現実”です♡」

 

玉座の肘掛けに、最後の通知が出た。

【封印コマンド:発動条件】

条件:魔王を定義すること

定義場所:現実側

定義形式:テキスト(簡易)

(※定義が確定するまで、封印は実行できません)

 

直人は、言葉を失った。

定義。現実。テキスト。

最悪に“直人向け”だ。

「……ここで魔王になっても、だめなのか」

ミリアは涼しい顔。

「現実で魔王にならないと、門は閉じません♡」

直人は立ち上がった。

玉座が背中で重い。

「戻る」

ミリアが頷く。

「戻りましょう♡

 でも、今の魔王さまは、想いの強い場所に戻ります♡」

 

〇現実:まおうごっこ(そして定義)

 

直人は結界を抜け、幼稚園への門の所に出た…つもりだった。

ひなは幼稚園にいたはず。

 

しかしここは、幼稚園じゃない。

自宅だ。どういうことだ?

これがミリアが言ってた事か…

 

戻る時に違和感はあった。

身体が浮くような感覚。

周囲の景色が一瞬闇に沈んだ。

足元の黒い絨毯がフローリングの感触に変わり、

空調の微かな音が耳に戻ってきた。

 

結界……なのか……。

 

ひなが、布団から顔を出している。

現実の時間が動いた。

いつの間にかミュートが切れている。

 

直人は、自宅のリビングにいた。

さっきまでの迷宮の豪華さが、嘘みたいに狭い。

ひなが、布団の中から言う。

「パパ、まおうごっこしよう」

直人は膝をついた。目線を合わせる。

「……いいよ。やろう」

妻がキッチンから声をかける。

「元気なら少しだけね」

「少しだけ」

ひなは嬉しそうに笑う。

「パパがまおう」

直人は頷いた。

「うん。パパが魔王」

ひなは腕を伸ばす。

「じゃあ、まおうは、ひなをまもる?」

 

直人は、そこで完全に理解した。

魔王とは。

支配者じゃない。

勝つための称号じゃない。

現実を守るための役割だ。

 

直人は低い声で、しかしはっきりと言った。

「守る。魔王は、守る」

ひなが満足そうに頷いた。

「じゃあ、ゆうしゃは、ねる」

「勇者は寝ろ」

「うん」

ひなが眠りに落ちるのを見届けて、直人はそっと立ち上がった。

妻が小声で言う。

「仕事、戻る?」

直人は頷く。

「うん。……でも今日は、“定義”だけ」

妻は意味が分からない顔をしたが、何も聞かなかった。

聞かない優しさが、現実の結界だ。

 

直人はノートPCを開いた。

画面の端で、管理者の杖のUIが待っていた。

【定義登録:未】

 

直人は指を置き、息を吸う。

キーボードを叩く指が震えている。

冷や汗が止まらない。

家の中の静寂が逆に耳鳴りのように響く

 

一息つく。

そして、現実側のテキスト欄に打ち込んだ。

 

魔王の定義:

「現実を守るために、異界を支配し、門を閉じる者」

入力が確定した瞬間、画面が静かに光った。

【定義登録:完了】

【封印:発動条件達成】

 

直人は、喉の奥で息を飲んだ。

笑いは出ない。

でも、もやもやが少しだけ形になる。

ミリアが画面の中で、満足そうに微笑んだ。

「おめでとうございます♡ 魔王さま♡」

直人は低い声で返す。

「……これで終わりだ。門を閉じる」

封印コマンドが、初めて“押せる”状態になっていた。

直人はカーソルを合わせる。

現実の静けさの中で、異界の扉が、最後に呼吸する。

 

最終確認。

【最終確認】封印を実行しますか?

YES / NO

 

直人は、YESを押した。

次の瞬間、画面が真っ白になる。

音が消える。空気の密度が変わる。

リビングの時計の秒針が――止まったように見えた。

 

直人は反射で立ち上がりかけて、椅子の脚が床を擦りそうになり、

慌てて力を抜いた。

物音を立てるな。妻が起きる。

 

画面が暗転し、進捗バーが出る。

封印処理:1% … 7% … 18% … 93% … 99% …

接続先:幼稚園/物置裏(推定)

対応:魅了レイヤーを一時隔離

注意:隔離は削除ではありません

 

直人の手が止まる。

「削除じゃない?」

背後から、ぬるい声。

「削除って、こわい言葉ですよね♡」

 

【警告】門は閉じますが、“残留”が発生する可能性があります。

 

直人は息を飲んだ。

「……やめろ。続きを出すな」

 

(第一章 完)




お読み頂き誠にありがとうございます。これにて第一章「定義して下さい」終了となります。タイトル回収ではありますが、直人にとっての不穏な終わり方です。
この後第二章「魔王編」が始まります。一章以上に直人にとって色々な事が起こります。ミリアとのコンビも更に絶好調?になっていきます。
是非とも続けてご支援頂けますと嬉しいです。
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