「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に… 作:遠藤 世羅須
必要なのは、“任せる”という判断だけだ。
デーモンロードに対して、畏敬の念を抱いた。
今回はホームアドバンテージで勝利した。
だが、俺は“戦った”わけじゃない。杖に勝たせてもらっただけだ。
俺は戦えない。勇者と決戦にでもなれば、ミリアの影に隠れる自信がある。
それに、魔獣たちは「強い者」が好きだ。「管理」で従うのは本能に反している。
だから――強い者に、任せる。
直人は低い声で言った。
「……お前、フロアボスをやれ」
ミリアがぱっと顔を輝かせる。
「採用♡」
直人が睨む。
「まだ言ってない」
デーモンロードは首を傾げた。
「条件は?」
直人は一拍、迷う。
条件を詰めれば詰めるほど、隙が増える。
定義すればするほど、世界が加速する。
そして何より――直人はもう、条件交渉に時間を使いたくなかった。
だから直人は、最悪に社会人らしい結論を出す。
「定義なしで雇う」
ミリアが息を呑む。
「直人さま……それ、現実でも禁じ手です♡」
「知ってる。だからこそ、効く」
「“職務と禁止”だけは最低限固定し、運用の中身は全部、裁量に投げる
――それが“定義なし”だ」
デーモンロードが微かに笑う。
「面白い。責任だけ押しつける気か」
直人は首を振る。
「責任は俺が持つ。支配はお前が持て」
「……分担か」
「分担だ。現場に必要なのは、それだ」
直人は杖のUIを開いた。
そこに新しい項目が点灯している。
【雇用契約:フロアボス】
職務:第X層 統治(侵入者の抑止/秩序維持)
禁止:現実側干渉/園児への接触
例外:管理者承認(緊急時)
契約形態:定義なし(裁量最大)
直人は“定義なし”を選択した。
画面が一瞬だけ揺れ、契約が固定される。
デーモンロードが言った。
「報酬は?」
直人は即答しなかった。
“名誉とポイントと肉”で済ませるわけにはいかない。
こいつは理解している。支配の価値も、数字の価値も。
直人は現実の言葉を持ち込む。
「インセンティブをつける」
ミリアが嬉しそうに拍手する。
「ボーナス♡」
「黙れ」
直人は淡々と条件を打ち込む。
【インセンティブ(成果報酬)】
KPI①:門(現実側)への接続確度を“低”に維持
KPI②:侵入者の撤退率を上げる(撃破より撤退推奨)
KPI③:重大インシデント(火災/崩落/園への漏れ)ゼロ
達成報酬:
S:支配権限の拡大
A:配下増員枠増
B:食事改善(※努力賞)
C:反省文、研修
「食事改善」「反省文」それぞれを入力した時、ミリアが吹き出した。
「ドラゴン対策♡」
「直人様、悪魔♡」
直人は無表情で言う。
「悪魔はお前たちだろ。俺は人事だ」
デーモンロードは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと頷く。
「……良い。
貴様は支配を嫌うが、支配の必要性は理解している」
直人は低い声で返す。
「嫌いだから、任せる。俺は管理する」
デーモンロードは笑った。
「ならば私は、ここを“統治”しよう」
笑みが薄いのに、部屋の空気が従った。
杖のUIに、最終確認が出る。
【確認】デーモンロードをフロアボスとして雇用しますか?
直人は一瞬だけ迷って、迷いを捨てた。
定義している暇はない。
現実を守るのが先だ。
「……雇う」
決定。
画面が静かに落ち着く。
迷宮の空気が、ひとつ深く息をした。
ミリアが囁く。
「直人さま、“定義なし”で決めましたね♡」
直人は答える代わりに、ミュート表示を確認した。
現実の時間はまだ動いていない。
動かしてはいけない。
直人は小さく呟く。
「分からないことは、あとでいい」
そして、デーモンロードにだけ言った。
「現実は守れ。幼稚園には触れるな」
デーモンロードは、誓うように頷いた。
「承知した。管理者」
その呼び方が、初めて“信用できる”音に聞こえた。
直人は一度現実へ出る。
門から幼稚園に出てみる。
世界が止まっているように見える。
現実のひなを探す。
砂場で遊んでいる。
熱から回復して、いつもの顔に戻りつつあった。
幼稚園で遊ぶ背中は小さくて、軽い。
直人はそれを見送りながら、ひとつだけ決めていた。
――現実に繋がる門を、閉じる。
これが最後の大仕事だ。
ミュートはON。
通話は繋がったまま。
現実の時間を止めたまま、異界で片を付ける。
直人は再び物置裏の揺らぎへ向かい、結界の格子をくぐった。
迷宮の空気が肺に入る。湿り気と煤の匂い。
ここは現実じゃない。
でも、現実に触ってしまった。
だから、終わらせなければならない。
管理者の杖を開く。
UIはいつも通り、業務ツールみたいな無慈悲さで整っていた。
【管理者の杖:LV3管理者機能】
修繕
形状変更
雇用(フロアボス)
監査ログ
……
封印(NEW)
直人の指が止まる。
「……来た」
クリックする。
画面が一段深くなる。
【封印コマンド】
対象:外部接続門(現実側)
効果:接続遮断/結界強化/位置情報消去
発動条件:[封印]
(※条件は封印されています)
直人は目を細めた。
「……ふざけてる?」
ミリアが横で、にやにや笑っている。
「直人さま、条件が“封印”されてますね♡」
「笑うな。最悪のUIだ」
「でも可愛いです♡」
「可愛くない」
直人は、仕事脳で試す。
条件が読めないなら、入力を当てにいく。
申請書を出す
署名する
儀式っぽく杖を振る
『封印』と声に出す
ミュートをON/OFF
“すみません”を言わないよう努力
“持ち帰り”を言わないよう努力(努力目標)
結果:全部ダメ。
【封印】実行不可:条件未達
詳細:条件が封印されています
直人は椅子が欲しくなった。玉座っぽい椅子
この世界は椅子さえ仕事っぽいから困る。
「ミリア。条件は何だ」
ミリアはにっこり。
「直人さま、定義して下さい♡」
「今それを言うな」
「ふふ♡」
ミリアは答えない。
答えず、にやにやしている。
答えないで世界を動かすのが、この女の得意技だ。
直人は杖を握りしめた。
(このままじゃ閉じない)
(閉じないと幼稚園に穴が残る)
(穴が残ると――次は“誰か”が出る)
胃がきしんだ。
直人は迷宮の外周を確認する。
デーモンロードはフロアを統治し始めていた。
通路の空気が落ち着き、影が整列している。
「……支配って、こういうことか」
デーモンロードが淡々と言った。
「門を閉じるなら、貴様が“位階”を得る必要がある」
直人が眉をひそめる。
「位階?」
「権限だ」
直人はミリアを見る。
ミリアはにやにや笑う。
「ほら♡ 権限♡」
直人は思った。
(杖は権限)
(封印は最上位)
(つまり、俺はまだ最上位じゃない)
その瞬間――
遠くから、声がした。
幼稚園からの声じゃない。
もっと近い、もっと柔らかい。
「パパー」
直人の背筋が凍る。
現実の声が、ここに届く?
「パパ、まおうごっこしよう」
ひなの声だった。
直人は息を止めた。
これは錯覚か。魅了か。
それとも、門が開いているから聞こえるのか。
ミリアが、満足そうに言った。
「聞こえましたね♡」
直人が低く返す。
「……聞かせたな」
「ヒナちゃんが呼んだんです♡」
「都合よく言うな」
しかし直人は、ひなの言葉の中に“条件”を見た。
まおうごっこ。
魔王。
直人はピンと来る。
「……魔王になることが条件か」
ミリアが、答え合わせをしないまま笑った。
「どうでしょう♡」
答えない。
答えないが、その顔が答えだ。
〇手続き(魔王への扉)
直人は深呼吸した。
嫌な予感しかしない。
だが、門を閉じるには、進むしかない。
杖のUIに、新しい通知が出る。
【権限昇格フロー(推奨)】
魔王認証:未
玉座セッション:未
定義登録:未
(※一部項目は封印されています)
直人は呻く。
「また封印」
ミリアが明るく言う。
「手続きです♡」
手続き。
この世界の“手続き”は、ゴブリンの申請書から始まっていた。
そして今、魔王ですら手続きが必要らしい。
グブが整列して出てきた。
妙に丁寧に頭を下げる。
「管理者さま、魔王昇格の申請でございますか」
ボゴが板を出す。
『魔王昇格申請書(簡易)』
ニョがペンを差し出す。
「こちらに“魔王になる目的”を……」
直人は顔を覆った。
「目的欄があるのかよ」
ミリアがにっこり。
「目的、大事です♡」
直人はペンを取る。
目的欄に書く。
「現実を守るため」
書いた瞬間、空気が変わった。
迷宮の壁の奥で、何かが“認識”した音がした。
これは、この世界の規約に通った。
次の紙が出る。
『玉座利用申請(本人確認)』
『魔王名(仮)登録』
『現実干渉禁止誓約(重要)』
『魅了の範囲:園児除外(必須)』
直人は即座に丸を付ける。
園児除外。必須。
絶対。
デーモンロードが低く言った。
「よい。貴様は支配を乱用しない」
直人は吐き捨てる。
「乱用する暇があるなら寝たい」
手続きが終わった瞬間、迷宮の奥に“扉”が現れた。
昨日の扉とは違う。
もっと静かで、もっと重い。
【魔王の扉】
ミリアが、嬉しそうに手を差し出す。
「行きましょう♡」
直人は一歩だけ遅れて歩き出した。
(現実に戻るために、魔王になる)
(矛盾してる)
(でも、やる)
扉をくぐると、空気が変わった。
〇玉座の部屋(解放されるステータス)
そこは、豪華だった。
露骨な豪華さ。
黒い絨毯、金の縁、妙に機能的な照明。
そして中央に、玉座。
玉座だけは、ゲームのやつだった。
直人は笑いそうになって、笑えなかった。
「……ここに座れって?」
ミリアがにっこり。
「座ってください♡ 直人さま向けです♡」
「やめろ、最適化すんな」
直人が玉座に座った瞬間、視界にステータスが展開する。
業務ダッシュボードの形で。
【魔王ステータス:解放】
管理者権限:L3 → L4
形状変更:上限解除(局所)
雇用枠:+1
結界設定:可視化
監査ログ:編集不可(※コンプラ)
封印:実行権限取得(条件は別)
直人は眉間を押さえた。
「封印、まだ条件あるのかよ」
ミリアが笑う。
「最後のカギは“現実”です♡」
玉座の肘掛けに、最後の通知が出た。
【封印コマンド:発動条件】
条件:魔王を定義すること
定義場所:現実側
定義形式:テキスト(簡易)
(※定義が確定するまで、封印は実行できません)
直人は、言葉を失った。
定義。現実。テキスト。
最悪に“直人向け”だ。
「……ここで魔王になっても、だめなのか」
ミリアは涼しい顔。
「現実で魔王にならないと、門は閉じません♡」
直人は立ち上がった。
玉座が背中で重い。
「戻る」
ミリアが頷く。
「戻りましょう♡
でも、今の魔王さまは、想いの強い場所に戻ります♡」
〇現実:まおうごっこ(そして定義)
直人は結界を抜け、幼稚園への門の所に出た…つもりだった。
ひなは幼稚園にいたはず。
しかしここは、幼稚園じゃない。
自宅だ。どういうことだ?
これがミリアが言ってた事か…
戻る時に違和感はあった。
身体が浮くような感覚。
周囲の景色が一瞬闇に沈んだ。
足元の黒い絨毯がフローリングの感触に変わり、
空調の微かな音が耳に戻ってきた。
結界……なのか……。
ひなが、布団から顔を出している。
現実の時間が動いた。
いつの間にかミュートが切れている。
直人は、自宅のリビングにいた。
さっきまでの迷宮の豪華さが、嘘みたいに狭い。
ひなが、布団の中から言う。
「パパ、まおうごっこしよう」
直人は膝をついた。目線を合わせる。
「……いいよ。やろう」
妻がキッチンから声をかける。
「元気なら少しだけね」
「少しだけ」
ひなは嬉しそうに笑う。
「パパがまおう」
直人は頷いた。
「うん。パパが魔王」
ひなは腕を伸ばす。
「じゃあ、まおうは、ひなをまもる?」
直人は、そこで完全に理解した。
魔王とは。
支配者じゃない。
勝つための称号じゃない。
現実を守るための役割だ。
直人は低い声で、しかしはっきりと言った。
「守る。魔王は、守る」
ひなが満足そうに頷いた。
「じゃあ、ゆうしゃは、ねる」
「勇者は寝ろ」
「うん」
ひなが眠りに落ちるのを見届けて、直人はそっと立ち上がった。
妻が小声で言う。
「仕事、戻る?」
直人は頷く。
「うん。……でも今日は、“定義”だけ」
妻は意味が分からない顔をしたが、何も聞かなかった。
聞かない優しさが、現実の結界だ。
直人はノートPCを開いた。
画面の端で、管理者の杖のUIが待っていた。
【定義登録:未】
直人は指を置き、息を吸う。
キーボードを叩く指が震えている。
冷や汗が止まらない。
家の中の静寂が逆に耳鳴りのように響く
一息つく。
そして、現実側のテキスト欄に打ち込んだ。
魔王の定義:
「現実を守るために、異界を支配し、門を閉じる者」
入力が確定した瞬間、画面が静かに光った。
【定義登録:完了】
【封印:発動条件達成】
直人は、喉の奥で息を飲んだ。
笑いは出ない。
でも、もやもやが少しだけ形になる。
ミリアが画面の中で、満足そうに微笑んだ。
「おめでとうございます♡ 魔王さま♡」
直人は低い声で返す。
「……これで終わりだ。門を閉じる」
封印コマンドが、初めて“押せる”状態になっていた。
直人はカーソルを合わせる。
現実の静けさの中で、異界の扉が、最後に呼吸する。
最終確認。
【最終確認】封印を実行しますか?
YES / NO
直人は、YESを押した。
次の瞬間、画面が真っ白になる。
音が消える。空気の密度が変わる。
リビングの時計の秒針が――止まったように見えた。
直人は反射で立ち上がりかけて、椅子の脚が床を擦りそうになり、
慌てて力を抜いた。
物音を立てるな。妻が起きる。
画面が暗転し、進捗バーが出る。
封印処理:1% … 7% … 18% … 93% … 99% …
接続先:幼稚園/物置裏(推定)
対応:魅了レイヤーを一時隔離
注意:隔離は削除ではありません
直人の手が止まる。
「削除じゃない?」
背後から、ぬるい声。
「削除って、こわい言葉ですよね♡」
【警告】門は閉じますが、“残留”が発生する可能性があります。
直人は息を飲んだ。
「……やめろ。続きを出すな」
(第一章 完)
お読み頂き誠にありがとうございます。これにて第一章「定義して下さい」終了となります。タイトル回収ではありますが、直人にとっての不穏な終わり方です。
この後第二章「魔王編」が始まります。一章以上に直人にとって色々な事が起こります。ミリアとのコンビも更に絶好調?になっていきます。
是非とも続けてご支援頂けますと嬉しいです。