「世界は変わっても、おにぎりの味は同じなんだな」
やけに積極的なギャルとの遭遇から数時間後。
無事講義を終えた俺は、大学の片隅でひっそりと昼食をとっていた。
本当は大学の食堂に行きたかったのだが、あそこは完全に女子の巣窟と化していた。
男女比が偏っているこの世界では当然の光景なのだろうが、チラホラ見える男子学生は例外なく女子の集団に囲まれていて、気安く近づける雰囲気じゃない。
あの中へ突っ込んでいくのは、今の俺にはハードルが高すぎた。
見渡す限り、俺のような「ぼっち男子」は皆無。
まさか、ぼっち仲間さえいないとは。
知らないグループに「俺も混ぜてよ」なんて陽キャムーブができるはずもなく、かといって異性だらけの空間で一人飯を食うメンタルもない。
結局、コンビニでおにぎりを買い、人目に付かない校舎の裏で寂しくランチタイムというわけだ。
「虚しい…」
そもそも友達ってどうやって作るんだったか。
せめて一人くらいは友達が欲しい……。
なんて考えながら米を頬張っていると、微かに人の話し声が耳に入ってきた。
「……で、わざわざ……かな?」
「い、その……。ごめん」
聞こえてくるのは、途切れ途切れの男と女の声。
「……なんだ?」
人気のない場所での内緒話ほど、好奇心を刺激するものはない。
溢れ出る野次馬根性。
俺の内に眠る野次馬根性が、おにぎりを握る手に力を込めさせる。
怪しい取引か、はたまた禁断の密会か。
あれこれと想像を膨らませ、俺は足音を殺して声のする方へ忍び寄った。
校舎の物陰から、顔を出す。
するとそこには、予想外の甘酸っぱい光景が広がっていた。
「いきなり呼び出してごめんね」
「ふん。わざわざ来てやったんだ、感謝しろよな」
(こ、これは…!)
目に入ったのは、どこか余所余所しく縮こまっている女子と、腕を組んでふんぞり返っている男子。
人目のつかない場所、呼び出し、そしてあの女子の、今にも消え入りそうな震える声。
間違いない、これは――!
「告白っしょ」
「そう!噂に聞くこくは─────ん?」
不意に重なった声に視線を下げると、そこには見覚えのある金髪のつむじがあった。
「あちゃー、隆くんかー、あの子も物好きだよねー」
ゆらゆらと揺れながら喋る金髪。
さっき俺に絡んできたギャルだ。なぜここにいる。
「しかもあの様子じゃ、隆くんがオッケーしそうだし……ヤバくない?」
「…ヤバくない?じゃねーよ、何自然と混ざってんだよ」
「お兄さん見つけたと思ったらコソコソ何か見てるんだもんー」
「だもんー、じゃねえ」
ずぞぞー、と俺の足元で平然とジュースを啜るギャル。
ツッコミたいことは山ほどあるが、一旦落ち着くことにした。
今は足元のギャルより、一世一代の告白シーンの方が気になる。
「人の告白を覗くなんて、お兄さんいい趣味してるね?」
「とか言いつつお前だってガン見じゃねーか」
「あたしはいいの、あかぽんとは友達だからー」
「俺だってあかぽんと友達だからいいんだよ」
「え、あかぽんと友達だったん?」
「いや、名前すら今知った」
「………。」
下からジトーッと「こいつ、ガチの不審者か?」という視線を感じるが、無視だ。
どうやら、男の方は「隆」、女の方は「あかぽん」というらしい。あかぽんはあだ名か。
「た、隆くんのことね、気づいたら自然と目で追っちゃうようになって……」
顔を真っ赤にして、懸命に言葉を紡ぐ少女。
体はフラついているし、手元はもじもじと落ち着かない。
見ているこっちまで緊張してくるほど、彼女の必死さが伝わってくる。
下のギャルも前の二人に視線を戻し、落ち着かないのかソワソワしていた。
「いつも、頭から隆くんのことが離れないの……!」
「「おお…」」
下のギャルと声が重なる。
この不思議な一体感。
少女と知り合いのギャルはともかく、俺には全く関係ないはずの告白に、なぜか胸が熱くなってくる。
これが……青春の波動か。
もじもじと俯いていた少女が、意を決したように顔を上げた。
「隆くんが好きです! 私と付き合ってください!」
「「おおおお…!」」
真っ直ぐ隆くんに伸ばされた手。
彼女の体はガチガチに強張り、差し出した指先は緊張で小刻みに震えている。
王道のストレート。
その熱量に当てられた俺は、思わず下にいるギャルの肩にガシッと手を置いていた。
「ちょ、ちょっとお兄さん!? 痛い、痛いから!」
上から急に肩を掴まれ、地べたに座っていたギャルが声を上げる。
だが、今の俺にそれを気にする余裕はない。
赤の他人のはずなのに、まるで自分が告白しているような、あるいは愛娘の晴れ舞台を見守る父親のような気分だ。
貞操逆転世界だろうが何だろうが、ラブコメの波動は凄まじい。
妙なテンションのまま見守る俺の心臓は、期待でバックバクに跳ねていた。
(どうなる…!?)
数秒の沈黙が、永遠のように感じられる。
やがて隆は、どこまでもぶっきらぼうに、少女の手を乱暴に取った。
「……フン。仕方ねーな。付き合ってやるよ、俺について来い」
(キ、キターーー!!!!)
「あわ、あわわわわわわ!」
「待って! お兄さん揺らさないで! ジュース溢れるぅぅ!!」
興奮が頂点に達した俺は、そのままギャルの両肩を激しく揺さぶる。
地べたに座り込んでいた彼女は、上から加えられる謎の振動に翻弄され、手にしたジュースを自分の顔にぶちまけていた。
男側の、何様だと言わんばかりの超絶上から目線は気になるが、あの少女はああいうオラオラ系が好みなんだろうか。
さっきまで「ぼっちだ、虚しい」とくすんでいた俺の心は、今や満天の晴れ模様。
見ず知らずのカップル成立に、テンションは最高潮に達していた。
「……あかぽん、おめでとー……」
足元のギャルも、友達の成功が嬉しいのだろう。顔をジュースでベチャベチャに濡らしながら、感極まったように(?)呟いている。
他人の告白のってなんであんなにテンションが上がるんだろうな?自分の事でもないのに不思議だ。
貴重な成功の瞬間を見届け、隆と少女が立ち去った後も、俺とギャルはしばらくの間、上下に並んだまま、心地よい余韻の中で共に揺れていた。
「で、お前は一体なんなんだよ」
「なんなんだよって、ひどくなーい!?」
衝撃の告白シーンを見届け、ようやく冷静さを取り戻した俺が尋ねると、ジュースまみれだったギャルは人懐っこい笑みを浮かべていた。
顔のベタつきは、俺が貸したハンドタオルで一応は拭き取ったようだが……拭いたそばから、甘ったるい匂いがぷんぷんと漂ってくる。
「あたしは偶然、友達の恋路を見守ってただけの、ただの純情な女子大生だよ」
「……さっき俺を見つけたから混ざった、とか言ってただろ」
「あはは、そうだっけ?」
カラカラと屈託なく笑う彼女。
名前は確か、高岡紗羅だったか。
「あ、タオルありがとうねー! 助かったー!」
そういい使い終わったタオルを突き返してくる。
正直、糖分でベタベタになったタオルなんて返されても困るのだが、そもそもの原因は俺だ。
受け取りを拒否するわけにもいかず、俺は顔を引きつらせながらそれを受け取った。
「なんかお兄さん、変わってるよね。……もしかして、あたしのこと好きになっちゃった?」
「なんでそうなるんだよ、自惚れんな。さっきからなんなんだ、俺に何か用でもあるのか」
何が面白いのか、いまだにニシシと不敵に笑う彼女にそう問いかける。
すると、彼女は意外そうにキョトンとした顔でこちらを見上げてきた。
「用なんてないよー。あ、でも! 名前! お兄さんの名前、まだ聞いてないじゃん!」
言われてみれば、俺はまだ名乗っていなかったなと思い出す。
わざわざ答える義理もないが、向こうから一方的に名乗られた以上、こっちだけ沈黙を貫くのも居心地が悪かった。
「……湊、雪音だ」
危うく前の世界の名前を口にしそうになり、一拍置いてから答える。
あぶねえ、この体になって二ヶ月程経つが、まだ「湊雪音」という名前に俺の脳が馴染みきっていない。
「ふーん、ミナト・ユキネ。じゃあ雪音くんだね」
俺の名を呼ぶ彼女の瞳は、どことなく熱を帯びているように見えた。
「雪音くんって、最近入ってきた人でしょー?」
小首を傾げてそう問う彼女の動きに合わせて、長い金髪が肩から胸元へとさらりと流れる。
「……入ってきたというか、今日初めて大学に来たんだよ。二ヶ月間、ずっと休んでたから」
「あー、どーりで! 初めて見る顔だと思った!」
「だから今は、サボってたツケを払いに大学に来てんだよ」
「じゃあ、これからは毎日ちゃんと学校に出てくるんだ?」
「そうなるな。……食いぶちを稼ぐためにも、中退するわけにはいかないし」
そう答えると、紗羅の瞳の奥に一瞬だけ、粘りつくような濁った色が混ざった気がした。
「気を付けてね? 雪音くん、無防備すぎて……見てるこっちが心配になっちゃう」
「急に何の話だ」
「不思議くんの雪音くんには、わからないかー」
カラカラと笑う彼女の表情からは、先ほどの真剣な響きが霧散していた。
「あ! やば、もうすぐ次の講義始まっちゃうかも!」
焦った様子でスマホを取り出し、時間を確認し始める紗羅。
「あー、もうそんな時間か」
思っていたよりも時間が経っていた。
他人の告白をじっくり眺めていたせいだろう。
俺は今日の講義をすべて終えているので、特に慌てる必要はないのだが。
「雪音くんは大丈夫なの? 今日はもう終わり?」
「ああ、俺はもう帰るだけだ」
遅刻しそうなわりには余裕のある紗羅を眺めながら答えると、彼女は悔しそうに歯を食いしばり、「羨ましー! 羨ましすぎるー!」とジタバタしながら俺を睨みつけてきた。
そんな顔をされても、俺の休みは分けてやれない。
「あ、そーだ! 戻る前に連絡先だけ交換しよー? ねー、いいでしょー?」
「……まあ、それくらいなら構わないけど」
思いついたように、花が咲くような笑顔で頼み込まれた。
断る理由もない。
連絡先の一人や二人くらいは増えても罰は当たらないだろう
二人の端末を合わせ、連絡先を交換する。
それが済むと、彼女はくるりと背を向け、「じゃ、またねー!」と軽快に駆け出した。
「連絡してよー!しなかったら寂しくて泣いちゃうかんねー!」
時折こちらを振り返り、大げさに手を振る紗羅。
元気な奴だなあ、と呆れ半分で見守っていると、彼女はさらに声を張り上げた。
「ゆーぽん! らびゅー!」
「……ゆーぽん?」
距離の詰め方が凄まじい。
この世界でもギャルはギャルのままなのか、それとも男が希少だからアプローチが加速しているのか。
いつの間にか妙なあだ名までつけられている。
ちらり、ちらりとこちらを見ては、ちぎれんばかりに手を振る彼女。
去りゆく背中に軽く手を挙げて応えてやると、紗羅はより一層嬉しそうに両手を振り回した。
「そんなことしてると、本当に遅刻するぞ……」
子供っぽい振る舞いを少しだけ微笑ましく思いながら、俺は昼飯のゴミを捨てるべくゴミ箱へと向かった。
二ヶ月ぶりに踏み出した外の世界は、思っていたよりもずっと騒がしく、そして奇妙だった。
遠ざかる足音。
角を曲がり、俺の姿が見えなくなったはずの場所で、彼女の声が小さく響いた。
「……よろしくね、湊雪音くん」
その声には、先ほどまでの明るい響きは微塵も混ざっていなかった。