急に貞操逆転世界とか言われても   作:卵全部割れた

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とあるギャルの独白 後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、私も自分の講義室に戻って授業を受けたが、内容は全く頭に入ってこなかった。

 どうしても彼のことが頭から離れない。

 授業の終わりを告げるチャイムと同時に、私は脱兎のごとく教室を飛び出した。

 本当は扉の前で出待ちをしようかとも思ったけれど、出待ちは流石に引かれると思って思い直した。

 

 大学内を駆け回って彼を探す。

 

 購買で買ったジュースを喉に流し込み、彷徨っていると、校舎の裏手でコソコソと何かを覗き込んでいる広い背中を見つけた。

 ――いた。

 

 少しドキドキする心臓を無視して、私は音を立てずに彼に近づき、その視線の先を追ってみる。

 すると、あからさまに告白の空気を漂わせる男女が視界に入り、思わず声が漏れた。

 ――ああ、よく見る光景だ。

 

 

「告白っしょ」

 

「そう!噂に聞くこくは──ん?」

 

 

 彼の声が、すぐ頭上から降ってくる。

 なぜか身体がむずがゆくなり、その場から逃げ出したくなる衝動を必死に抑えた。

 私はあえて視線を前に固定したまま、いつもの軽いトーンを作って口を開く。

 

 

「あちゃー、隆くんかー、あの子も物好きだよねー」

 

 

 冷めた目で、前の二人を見やる。

 女子が男子に告白し、付き合えただの振られただのと一喜一憂する。私には見飽きた光景だ。

 手に持っていたジュースを飲み、口を開く。

 

 

「人の告白を覗くなんて、お兄さんいい趣味してるね?」

 

 

 茶化すように言ってみる。

 

 

「とか言いつつお前だってガン見じゃねーか」

 

 

 返ってきたのは、なんの含みもない、軽いトーンの返事だった。

 やはり、そこには男子特有の傲慢さも、女子を品定めするような厭らしさも、微塵も存在しなかった。

 

 

「あたしはいいの、あかぽんとは友達だからー」

 

「俺だってあかぽんと友達だからいいんだよ」

 

「え、あかぽんと友達だったん?」

 

「いや、名前すら今知った」

 

 

 軽口に軽口で返してくれる。

 そのなんてことのないやり取りが、私にはたまらなく心地よかった。

 

「………。」

 

 

 その場のノリで平然と嘘をつく彼。

 おかしなことを言い出す彼に、私はわざとジトーッとした視線を向けてみる。

 けれど、彼はそれを気にする様子もなく、告白の行方に視線を戻している。

 彼が夢中になっているなら、私もそうしよう。

 少しだけ彼に近づいて、私も同じ景色を見つめる。

 

 正直、あんな告白の成否なんてどうでもよかった。

 期待を裏切られてこっぴどく振られるか、もし仮に成功したとしても、それは甘い関係の始まりではない。

 男子にとっては、都合よく使い潰すための駒が一人増えるだけのことだ。

 

 けれど。

 そんな見慣れた光景でも、ウキウキした瞳で追いかけている彼の姿は、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

 毒気に当てられた私の気持ちに彼は気づかない。

 そんな彼に合わせてその様子を見守っていると、唐突に頭上から伸びてきた両手が、私の肩をガシッと掴んだ。

 

 

「ちょ、ちょっとお兄さん!? 痛い、痛いから!」

 

 

 なになに、何が起こった!? 肩!? 今、私、男子に触れられてる!?

 男子が女子の体に自分から触れるなんて、普通じゃありえない。

 

 パニックで頭が真っ白になるけれど、お兄さんは無意識なのか、気にした様子もなく告白の行方に夢中だ。

 

 

「待って! お兄さん揺らさないで! ジュース溢れるぅぅ!!」

 

 

 私が動揺しているのも構わず、そこからさらにガクガクと激しく揺さぶられる。

 手にしていたジュースは、まるで地震に襲われたかのようにカップの中で暴れまわった。

 そして次の瞬間、無情にも甘ったるい果汁が、私の顔面に盛大にぶちまけられる。

 

 ……冷たい。ベタベタする。

 

 私が何をしたというのか。

 頭の中が混乱で埋め尽くされている間に、どうやらあっちの告白は成功したらしい。

 上を向くと、お兄さんは満足そうに「うんうん」と深く頷いていた。

 私の顔に起きた惨劇なんて、彼の眼中にすらないみたいだ。

 

 

「……あかぽん、おめでとー……」

 

 

 顔をジュースでベチャベチャに濡らしたまま、私は呆然とそう呟いた。

 散々な目にあっているはずなのに、肩に残る彼の熱い手の感触のせいで、不思議と嫌な気分じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、お前は一体なんなんだよ」

 

「なんなんだよって、ひどくなーい!?」

 

 

 散々な目に遭わされた後、彼がようやく私を認識してくれた。

 その事にがちょっと嬉しくて、私は元気にギャルモードで答える。

 顔をジュースまみれにした罪悪感からか、彼が貸してくれたタオルは、驚くほど落ち着く匂いがした。

 

「あ、タオルありがとうねー! 助かったー!」

 

 ……正直返したくない。このまま持って帰ってしまいたい。

 

 名残惜しさを押し殺してタオルを返すと、彼は少し引きつったような、微妙な顔をしてそれを受け取った。

 ……え、私が顔を拭いたから汚いとか思ってる? もしそうなら、ちょっと、いやだいぶ傷つく。

 

 そもそも、汚れた女子に自分からタオルを差し出す男子なんて、今まで一度も見たことがない。

 このまま放置されてもおかしくないのに、彼は普通に私を気遣ってくれた。

 

 これ、絶対あたしのこと好きだよね。

 

 

「なんかお兄さん、変わってるよね。……もしかして、あたしのこと好きになっちゃった?」

 

 

 そうじゃなきゃ説明つかなくない?ありえないって。

 自信満々でカマをかけてみたけれど、返ってきたのは呆れたような否定だった。残念。

 クソッ、脈なしかよ!

 

 けれど、会って間もないはずなのに、彼と交わす言葉のキャッチボールは、驚くほど心地よくて楽しい。

 

 

「用なんてないよー。あ、でも! 名前! お兄さんの名前、まだ聞いてないじゃん!」

 

 

 そうだ、名前。一番大事なことを聞いていなかった。

「何か用か?」なんて問いかける彼に、私はここぞとばかりに名前を聞いた。

 

 

 「……湊、雪音だ」

 

 

 意外にも、彼は素直に名乗ってくれた。

 それが、ひどく嬉しい。

 彼の中に少しだけ私の居場所ができたような、そんな気がしたから。

 

 

「ふーん、ミナト・ユキネ。じゃあ雪音くんだね」

 

 

 口の中でその音を転がし、心に深く刻み込む。

 雪音くん。

 彼はやっぱり、他の誰とも違う。

 

 

「雪音くんって、最近入ってきた人でしょー?」

 

 

 大学内の男子はほぼ把握しているつもりだったけれど、彼には全く心当たりがなかった。

 だとしたら転校生か何かだろうと思って問いかけると、彼は今日から登校を再開したのだと教えてくれた。

 サボっていた分を取り戻すために、これからはちゃんと登校するつもりらしい。

 

 

「じゃあ、これからは毎日ちゃんと学校に出てくるんだ?」

 

 

「そうなるな。……食いぶちを稼ぐためにも、中退するわけにはいかないし」

 

 

 へぇ。……これから毎日、大学に来るんだ。

 こんな私と普通に話してくれる男子が、毎日? この、女子が飢えた魔窟のような場所に?

 ――それは、ちょっと。……いけない。

 

 初対面の時から思ってたが、彼は少し、無防備すぎる。

 この無垢な顔があさましい周囲の女子たちに汚されるかもしれない。

 そう想像しただけで、私の心の中には、今まで感じたことのない真っ黒な感情が沸き上がってくる。

 

 

「気を付けてね? 雪音くん、無防備すぎて……見てるこっちが心配になっちゃう」

 

 

 本気でそう伝えても、彼は「急に何の話だ」と言いたげに小首を傾げるだけ。

 ……可愛い。

 いや、そうじゃない。

 彼はこれっぽっちも分かっていない。

 この世界の女子がどういうものなのか。

 

 

「不思議くんの雪音くんには、わからないかー」

 

 

 胸の奥で渦巻く黒い独占欲を悟られないよう、私は努めてカラリと笑って見せた。

 

 

「あ! やば、もうすぐ次の講義始まっちゃうかも!」

 

 

ふとスマホを見ると、あまりに彼との時間が心地よくて、次の講義までもう時間がなかった。

 

 

「あ、そーだ! 戻る前に連絡先だけ交換しよー? ねー、いいでしょー?」

 

 

 この好機を逃すまいと、必死にいつもの軽いノリを装って提案した。

 もし断られたら、今度こそこの場で泣き崩れてしまったかもしれない。

 

 けれど、やっぱり、彼は拍子抜けするほど快く受け入れてくれた。

 そういう裏表のない無防備さは、たまらなく魅力的だけど。

 でも、飢えた女子たちに対してその態度は、あまりにも猛毒すぎる。

 

 さりげなく肩が触れ合うほどに体を近づけ、端末をかざして連絡先の交換を終える。

 たったそれだけの作業なのに、指先が震えていた。

 

 もっと一緒にいたい。

 後ろ髪を引かれる思いで、私はようやく背を向けた。

 

 

「ゆーぽん! らびゅー!」

 

 

 自分でも驚くほど子供っぽい言葉が口を突いた。

 会ってからまだ数時間。

 なのに、彼と離れるのが、身を引き裂かれるように辛かった。

 だから去り際に何度も振り返り、精一杯の「大好き」をその言葉に込めて投げつけた。

 

 

 胸の奥で、経験したことのない激しい熱が灯っている。

 離れたくなくて、視界から彼が消えるのが怖くて、何度も、何度も手を振った。

 すると彼は、少し呆れたように、でも確かに優しく手を挙げて応えてくれた。

 

 

 その何気ない仕草が、その存在すべてが愛おしくて。

 ――私は、どうにかなってしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 角を曲がり、次第に彼の姿が見えなくなる。

 喧騒から切り離された、静寂だけが残った場所。

 私は独り、その名を噛み締める。

 

 

「……よろしくね。湊、雪音くん」

 

 

 この世界に染まってない、たった一人の人。

 ――渡さない。

 絶対に。

 彼は、私の。私だけのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講義中、私は雪音くんから届いたメッセージを凝視していた。

 画面に並ぶ無機質な文字。

 

 

『考えすぎ。隣で小学生が寝てるくらいだ。肩にもたれかかってきて、むしろ可愛らしいくらいだぞ』

 

 

 それを見た瞬間、私の指先がピクリと跳ねた。

 

 

「は? ……電車で女子小学生が、もたれかかって寝てきた?」

 

 

 思わず口から漏れた声は、自分でも驚くほど冷え切っていた。

 周囲の女子たちが一瞬、私の方を振り返った気がしたが、そんなことはどうでもいい。

 私の脳内は今、見知らぬ女子小学生へのどす黒い感情で埋め尽くされている。

 

 

「それ……絶対わざと。ガキのくせに、狙ってやってる」

 

 

 雪音くんは偶然だと思っているんだろう。彼は純粋だから。

 でも、私にはわかる。

 相手が小学生だろうが、女は女だ。

 あざとく独占したそのガキを、想像するだけで吐き気がする。

 

 ノートの端に、無意識のうちにペン先を突き立てる。

 何度も、何度も。

 ずるい。ずるすぎる。

 どこの馬の骨ともしれないガキが、幼さを盾にして、無防備なフリをして彼の温もりを独占した。

 

 バキリ、とボールペンの折れる音が、静かな講義室に小さく響いた。

 

 

(……害虫は、排除しないとね)

 

 

 滲んだインクで真っ黒に汚れたノートを、私は歪んだ笑顔で見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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