急に貞操逆転世界とか言われても   作:卵全部割れた

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外国人とかいわれても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初登校から翌日。

 

 今までサボっていたツケを払うべく、セットしておいた目覚ましを黙らせる。

 ……朝起きるの、シンプルにつらい。

 そのうち元の世界に戻るだろうと高を括り、自堕落な生活を続けていた俺の体は、健康的な習慣に慣れていない。

 

 

『ゆーぽんおはよー! あたしもう大学いるよー!』

『昨晩、私の首を獲りに来た不埒な輩がいた気がします。謝罪をまだ貰ってませんでした』

 

 

 スマホを見ると、二人の友人から通知が入っていた。

 一人は昨日出会ったあのギャル、紗羅。

 もう一人は、俺の死体を踏みつけることに命を懸けているネトゲの相棒、花梨だ。

 

 ……獲られたのは俺の首の方だけどな。

 そもそもお前がアイテムを横取りしたのが原因だろ。

 加害者が被害者に謝罪を要求するな、納得いかん。

 紗羅に至ってはお前、なんでもう大学にいるんだ。

 まだ教務員くらいしかいないだろ。

 

 こいつらが早起きしているという事実に少しだけ驚く。

 どっちも昼過ぎまで泥のように眠って枕にヨダレ垂らしてそうな雰囲気の癖に。

 

 寝ぼけた顔を擦りながらベッドを出る。

 二人に適当な返信を飛ばし、朝食を済ませて準備を整えると、俺は戦地へ赴くような心境で玄関の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅に辿り着き改札を抜けると、適当な列の最後尾に並んだ。

 女子たちからの刺さるような視線がむず痒く、一向に慣れない。

 周囲を見渡せば、男子は大抵女子の集団に護衛されるように行動している。

 俺のようなぼっち男子は皆無だ。……悪かったな、ぼっちで。

 

 やってきた電車に乗り込む。

 早朝の車内はやはり人が多く、どこを見ても女子だらけだ。

 場違い感と圧迫感が凄まじい。

 前世の感覚が抜けない俺にとって、女性に囲まれた密着空間は恐怖でしかない。

 手が触れただの何だので通報され、社会的に抹殺されるイメージが脳裏をよぎる。

 

 もしかしてこの世界、思っていたよりかなり生きづらいかも。

 

 比較的空いている車両の隅へと移動し、身を縮める。

 その時、透き通るようなプラチナブロンドの髪をなびかせた、小柄な少女が視界に映った。

 

 

 (おお、外国人だ)

 

 

 この世界にも外国人いるんだ。

 いや、よく考えれば当然なのだが、この世界の国際情勢や文化圏はどうなっているんだろうと、ふと疑問が頭をかすめた。

 

 そんな益体のない考えを抱えて電車に揺られていると、車両がガタンと大きく揺れる。

 するとその衝撃で、先ほどのプラチナブロンドの少女がバランスを崩し、俺の方へと倒れ込んできた。

 

 

 (まずい、訴えられる……っ!)

 

 

 反射的に顔が青ざめる。と同時に、「いや、この世界だとセーフなのか?」なんて思考が脳をかすめた。

 長年染み付いた前世の反射は、そう簡単には変わらない。……慣れねえなあ、この世界。

 

 目の前では、俺の胸元に衝突した少女が、小動物のような目で俺を見上げていた。

 

 

「……大丈夫ですか?」

 

 

 反射的に、彼女の肩を支えるようにして声をかける。

 見たところ足を挫いた様子もなさそうだが、放っておくのも寝覚めが悪い。

 

 

「…………」

 

 

 倒れ込んできた彼女は、ひどく不思議そうな顔で俺を見上げていた。

 

 一向に返事がない。……あぁ、なるほど。日本語がわからないのか。

 もしかしたら、来日して日が浅い留学生なのかもしれない。

 

 

「あー……えっと、ア、アー・ユー・オーケー?」

 

(……こくこく)

 

 

 拙い英語で話しかけると、彼女は小さく頷いた。

 完全にカタカナ英語だったが、意図は伝わったらしい。

 彼女は小柄なせいか、電車が揺れるたびにゆらゆらと不安定に揺れ、見ていて危なっかしい。

 掴まる吊革も手すりも周りにないため、この荒波に飲まれている彼女を見守るだけというのは、どうにも良心が痛んだ。

 

 

「もしよかったら、掴まりますか? ……って言っても、通じないか」

 

 

 俺は自分の服の裾をクイクイとつまみ、「ここ、持ってもいいぞ」というジェスチャーを送る。

 彼女は驚いたように目を丸くし、じっと俺の顔を見つめていたが、やがて意味を理解したのか。

 震える指先で、きゅっと俺の服を掴んだ。

 

 

「ア……アリガトウ」

 

「どういたしまして」

 

 

 片言でお礼を言ってくる彼女。

 簡単な日本語ならわかるらしい。

 その後、お互い無言で過ごしたが、その沈黙は決して気まずいものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、大学に到着した俺。なのだが……。

 

 

「……なぁ、なんでついてくるんだ?」

 

「…………?」

 

 

 振り返りながら問いかけると、そこには小首を傾げたまま、いまだに俺の服の裾をぎゅっと握りしめている先ほどの外国人の少女がいた。

 

 

「こういう時、英語でなんて言えばいいんだよ」

 

 

 俺は英語がからっきしだ。前世でも成績は壊滅的。

 こんな応用力を求められる場面で、気の利いた単語なんて出てくるはずもない。

 

 

(……クイクイ)

 

 

 彼女は裾をちょいちょいと引っ張り、「早く入ろう」とでも言いたげな潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

 もしかして、彼女もこの大学の生徒なのだろうか。そんなことを考えていると――。

 

 

「ゆーぽんが、寝取られた……っ!」

 

 

 正面から、愕然とした悲鳴を上げながら紗羅が現れた。

 

 

「誰も寝取られてねーよ」

 

 

 朝から意味の分からない言いがかりをつけてくる紗羅。

 彼女はやはり、少し……いや、だいぶ変な女なのかもしれない。

 

 

「どうして一緒にいるのー? ニーナと友達だったっけ?」

 

「……ニーナ? お前、知り合いなのか」

 

「知ってるよー。ニーナ・シュミット!留学で来てるんでしょ? ねー! ニーナ!」

 

 

 どうやら名前はニーナ・シュミットというらしい。

 紗羅が親しげに、にこやかに話しかける。

 

 

「日本語がわからないみたいだぞ。俺が駅で話しかけた時も、さっぱりって感じだったし」

 

「え? そんなことな――ふぐっ!?」

 

 

 突然、紗羅が腹部を押さえ、呻き声を上げながらその場にうずくまった。

 なんだ、いきなり。

 朝食にでも当たったのか?

 訝しげに眺める俺の隣で、ニーナがニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 そんな様子を眺めていると、彼女は俺の服の裾をそっと離し、紗羅へ近づいていく。

 

 

「……ニーナ?」

 

 

 呼びかける俺の声は届いていない。

 裾を離した彼女は、うずくまる紗羅の耳元に顔を寄せる。……あぁ、なるほど。

 友人を心配して励ましているのか。

 いい友達を持ったな。

 

 

「講義に間に合わなくなる、そろそろ俺は行くぞ」

 

 

 俺がそう告げると、再起動を果たしたらしい紗羅と、相変わらずニコニコと笑みを貼り付けたニーナがこちらを向いた。

 

 

「うっ……くぅ……。ゆーぽん、あたしも同じ講義、取ってるから……っ」

 

「ん? そうだったのか? 体調、本当に大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫……。それより、早く行こ!」

 

 

 紗羅は痛みを堪えるように顔を引きつらせながら、俺の前に回り込んだ。

 そのまま歩き出す俺たちの後ろを、ニーナも当然のように付いてくる。

 友人だと言っていたし、紗羅が同じなら、ニーナも同じ講義を履修しているのかもしれない。

 二人でじゃれ合っている姿を見ながら、仲がいいんだな、なんて俺は呑気に思った。

 

 

(……。そういえば俺、紗羅に自分の履修内容なんて教えたっけ……?)

 

 

 ふと浮かんだ疑問。

 だが、昨日気づかず、つい口走ったのだろうと脳が勝手に補完し、思考のゴミ箱に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 滑り込んだ教室は、すでに授業開始1分前。

 校内のどこかでバイバイすると思っていたニーナも、平然とした顔で俺の隣に座った。

 ……やっぱりお前もこの講義か。

 

 並び順は、紗羅、俺、ニーナだ。

 俺としては「ニーナ、紗羅、俺」の順が理想だった。

 日本語が通じない助けを求められても、俺の英語力は「ハロー」と「アイアムアペン」の間をうろつく絶望的なレベルだ。

 通訳としての紗羅を隔離してしまったのは、ミスとしか言いようがない。

 

 

「え~、これはこのようになり……」

 

 

 教壇では、教授が睡眠導入剤を音声化したような掠れた声で呪文を唱えている。

 俺はサボっていた分を少しでも取り戻すべく、必死に板書をノートに書き写した。

 

 集中しようとペンを走らせていると、右側から袖をクイクイと引っ張られる。

 

 

「ん……?」

 

 

 ノートを取る手を止め、右隣を見る。

 そこには、俺のルーズリーフの端を指差し、困ったように小首を傾げるニーナの姿があった。

 

 

「What does this mean?(これ、どういう意味?)」

 

 

 そう言い彼女が指し示したのは、今しがた教授が口にした経済用語だ。

 その碧い瞳が、すがるように俺を見つめてくる。

 

 

(知ってた。そう来ると思ったよ!)

 

 

 マズい。ただでさえ俺の英会話レベルは、中学生の夏休み宿題以下なのだ。

 そんな専門用語を英語でレクチャーするなど、逆立ちして鼻からスパゲッティを食べるより難しい。

 ここは紗羅に助けを求めるか。

 ニーナの友人である彼女なら、俺よりはマシな英語が話せるはず。

 

 

「なぁ、高――ぐえっ!?」

 

 

 左隣の紗羅にヘルプを求めようと首を回した瞬間、横からグイッと強烈な力で襟首を引っ張られた。

 あまりの勢いに、喉の奥からカエルの潰れたような声が漏れる。

 

 

「……っ、なにしやがる、このクソチビ……っ」

 

 

 文句を言おうと右を向くと、そこには先ほどと変わらぬ、ニコニコと無邪気に俺を見つめるニーナがいた。

 

 

(…紗羅に聞くなってことか?)

 

 

 紗羅に気を遣ってるのか?それとも、友達同士で勉強の出来を比べられるのが嫌なタイプなのか。

 イマイチこいつが何を考えているのか測りかねるが、ニーナの無言の圧力に屈した俺は、仕方なくスマホを取り出した。

 該当する用語の意味を検索し、その画面をニーナに見せる。

 

 

「これだよ。あー、翻訳が合ってるかは保証しないけどな」

 

 

 コツコツと表示された検索結果の画面を指差す。

 すると、視力が悪いのか、ニーナがさらにこちら側へと身体を寄せてきた。

 

 

「Thank you…」

 

 

 ふわりと微笑む彼女の髪から、柑橘系の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。

 肩と肩が密着し、柔らかな感触が伝わってくる。

 さすがグローバル基準、距離感のバリアが日本とは比較にならないほど薄い。

 思わぬ接近に、俺の心臓が少しだけ跳ねた。

 

 

 ――その時だった。

 

 

 バキッ!!

 

 静寂の講義室に、何かが硬いものを粉砕したような音が響いた。

 反対側の紗羅の席からだ。

 

 

 「あー、…また新しいの買わなきゃ…」

 

 

 ポツリと紗羅が呟く。

 恐る恐る左を向くと、彼女の手には無残にへし折れたボールペンが握られていた。…え? ボールペン?

 シャーペンじゃなくて、プラスチックの軸ごとへし折ったのか? 握力何キロだお前。

 唖然とする俺を余所に、紗羅は椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。

 

 

「あー、あたしが教えてあげるよ! ニーナちゃん、英語『も』わからないみたいだしね!」

 

 

 二コリと笑う紗羅。

 だがその笑顔には、言いようのない迫力が宿っていた。

 怖い。

 手に持たれた元ボールペンがその威圧感をさらに増幅させている。

 

 

「あ、ああ、そうしてくれると助かるが…」

 

 

 俺が同意してチラリとニーナを見ると、彼女は俺の目を見つめたまま、消え入りそうな声で呟いた。

 

 

「No... You are better...」

 

 

 ボソボソとした発音のせいで俺には上手く聞き取れなかった。

 俺と紗羅が席を交換すると、二人は即座に交流を開始した。時折ガスッと拳を合わせたり、机の下でえげつないローキックの応酬をしたり……。

 

 

(これがいわゆる喧嘩するほどってやつか)

 

 

 最初からこうすればよかったのだ。

 どつき合っている二人を放置し、俺は平和を取り戻した机で板書を再開する。

 隣でボコッ、ドカッ、という友情の音が響き続ける中。

 

 

「そこの三人、騒がしくするなら教室から出ていけー」

 

 

 教授のお叱りが飛んできた。

 

 

 

 

 ……待て。ペンを走らせているだけの俺までなんで連帯責任なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






『友人がゴリラなのかもしれない』


『何言ってるんですか雪音ちゃん…』

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