花冠の生贄   作:怠惰OO

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第二章 神婚の年 ①

その年の春は、例年より風が冷たかった。

白詰草は咲き始めているのに、朝の空気にはまだ冬の名残があった。

 

ルカは鍛冶場で剣の刃を研いでいた。

砥石の上を鋼が滑る、乾いた音。父が大槌を打つ、腹に響く音。炭の匂い。熱された鉄が水に沈む蒸気。彼にとっては、これらすべてが日々の呼吸と同じだった。

 

「手元が荒いぞ」

 

父が言った。

 

「考えごとか」

 

「別に」

 

「嘘をつけ。顔に出てる」

 

ルカは苦笑した。

父は無口だが、息子の変化には鋭い。幼い頃からそうだった。

 

そのとき、遠くで鐘が鳴った。

一度。二度。三度。

 

鍛冶場の空気がぴんと張る。

父が槌を止めた。

 

「……神殿の鐘だな」

 

村じゅうがざわめき始める気配がした。

ルカは工具を置き、父とともに外へ出る。

 

広場にはすでに人が集まり始めていた。白い法衣をまとった神殿の使者が、村長の隣に立っている。王都から来た正式な触れ役だ。巻物の封を切ると、その声が冷たく響いた。

 

「蒼穹の神アルシオンの神婚祭を、今年執り行う」

 

人々がどよめく。

神婚祭。十年に一度の、王国最大の祭儀。

 

それは祝祭であると同時に、古く、残酷で、美しい制度でもあった。

 

神に花嫁を捧げる。

そうすることで一年の豊穣と平穏を祈る。

選ばれた者は神の伴侶となり、人の世から去る。名誉であり、祝福であり、畏怖される運命だった。

 

使者は続ける。

 

「今年の花嫁は、古き誓約に則り、武をもって選ばれる。

 王国全土より志願者を募り、王都大闘技場にてトーナメントを執り行う。

 優勝者には、神の花嫁となる栄誉が与えられる」

 

花嫁。

だが村人たちはその言葉を、ほとんど生贄と同じ響きで受け止めていた。なぜなら、選ばれた者は戻らないからだ。

 

その名が読み上げられた瞬間、ルカの中で長年眠っていたものが目を覚ました。

 

――アルシオン。

 

喉の奥が焼けるみたいに熱くなった。

幼い頃、風の丘で笑っていた少年の瞳が、鮮やかによみがえる。

 

エリアス。

いや、あれはたぶん最初から仮の名だったのだろう。

本当の名は――アルシオン。

 

「ルカ」

 

隣から声がした。

振り向くと、マーヤがいた。栗色の髪を高く結び、背には長弓を負っている。彼女は幼なじみであり、村一番の弓の名手でもある。

 

「顔色、変だよ」

 

「……アルシオンって名を、昔聞いたことがある」

 

「神さまの名を?」

 

ルカはうなずいた。

冗談に聞こえるとわかっていても、今さらごまかせなかった。

「子どもの頃、風の丘で一緒に遊んでたやつがいて」

 

マーヤはしばらく黙ってから、半分あきれたように笑った。

 

「まさか、その子が神さまだったって言うつもり?」

 

「言うつもりじゃない。そうなんだと思う」

 

「……本気で?」

 

「ああ」

 

マーヤの顔から笑みが少し消えた。

彼女はルカが、こういうことで冗談を言う性格ではないと知っている。

 

「出るの?」

 

その問いに、ルカは迷わなかった。

 

「出る」

 

「神婚祭に?」

 

「あいつが待ってる気がする」

 

マーヤは何か言いかけ、結局飲み込んだ。

彼女の瞳に、少しだけ寂しさが差したのを、ルカは見なかった。

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