Re:TS白黒ストライプバニー老害によるナツキ・スバルの悲喜劇観賞会 作:F・M・T (フランチェスカ、マジ年増)
再び目が覚めると、目の前には自分を痛めつけながら殺したあの青髪のメイドが居た。
恐怖で思わず発狂し、部屋から叩き出す。
そして、次に部屋へやって来たエミリアに自分が邪魔ではないのかと尋ねれば、心から不思議そうな顔をする。
「邪魔だなんて思うわけないじゃない。それにスバルは私の命の恩人よ?恩人にその恩も返さず勝手に居なくなられたら、私の夢見が悪いもの。だから、私の意地でも恩を返すまでは居なくなられちゃ困るわ」
紫紺の瞳に嘘は見られない。
精神が限界に近かったスバルはあることに思い至る。
「(エミリアに『死に戻り』を伝えてみるってのはどうだ?)」
眉唾物でしかない話だから、話す意味はないのだと思っていた。
言っても信じてはくれないだろうと。
だが、ここまで追い込まれてしまった以上は、例え信じられなくても全て吐き出すべきだと思ったのだ。
それが何かの突破口に繋がるかもしれない。
「な、なあ、こんなの言っても信じられないかもしれないけど、俺って『死に戻──」
その瞬間、世界が止まった。
「(……は?)」
指先一つ動かすことも、目蓋を動かすこともできない停止をした世界。
その世界で黒い霧が
理解の全くできない状況の中で、そのナニカが体を這って胸に向かって来た。
「(いや、ちょっと待て……それは本気で洒落にならな──)」
──ギシィイッッ!!
その黒い掌はそのままスバルの心臓のまで伸びて、そのまま握り潰す。
その激痛に動けない中で苦しみ、この理不尽な痛みと現象に恐怖する。
スバルは『死に戻り』が軽々しく言えないものだと理解した……いや、理解させられた。
「──ッ!?」
「スバル……?どうかしたの?」
いきなり苦しそうに
しかし、恐怖に支配されたスバルは震えながら呟いた。
「俺に……構わないでくれ…………」
眠気が来る度に羽ペンで手を突き刺して覚醒することを繰り返す。
ベッドの上から碌に動いていないにも拘わらず、スバルの瞳は部屋の中に何か異変が起きていないか常に疑心暗鬼に囚われて動き回る。
スバルは既に三度死亡し、ロズワール邸で過ごす時間を四度目も繰り返している。
一体いつ殺されるか分からない状況というのは、スバルの神経をこれ以上無いほどに摩耗させた。
何よりも解決の方法が何も分からなかった。
前回はフランチェスカが助けてくれたが、今回はフランチェスカは存在しない。
お助けキャラが居なくてはどうしようもないのがスバルだった。
「……前回だって、俺の力で解決できた訳じゃない。フランチェスカに助けて貰ったからできたんだ……この屋敷で俺を助けてくれる奴なんて誰もいない……」
だからこそ、スバルにできるのは全てを疑い、全てに抗い、ひたすらに生に固執すること。
「レムも、ラムも、全て偽物の笑顔で、全て俺を騙すための会話で、全て敵として扱っていた……なんなんだよ、アイツら。どうかしてる……」
敵意しかない現実に失望し。
変えられない状況に絶望し。
先の無い未来に諦観を抱くスバルの心は、
その恐慌状態のまま四日が過ぎた頃に、スバルの部屋へ来客がやって来る。
「──随分と、腑抜けた面構えになっているのよ」
ベアトリスが部屋にやって来て、自然とスバルの警戒心が強まる。
「……今回はお前か」
「面が辛気臭くなっただけじゃなく、ずいぶんと濃くなっているのよ」
「……は?」
「臭いの話かしら。鼻につく、最悪の香りなのよ。あの双子とはしばらく会わない方が賢明かしら」
鼻をつまみ、手を振って悪臭をアピールするベアトリス。
スバルが思いを巡らせるのは『臭い』というキーワード。
その言葉に記憶を想起させる。
それは確か三週目が終わる頃に、レムが言っていた言葉だった。
「俺から……何が臭うって?」
「魔女の臭いなのよ。鼻が曲がりそうかしら」
『魔女』という言葉。
ここで言う魔女は『悲嘆の魔女』であるフランチェスカのことではないだろう。
そうであるならば、該当する『魔女』は一人しかいない。
「嫉妬の魔女……」
「今の世界で、魔女と言われてソレ以外のなにがあり得るのかしら」
小馬鹿にしたようなベアトリスの物言いを無視して、スバルは詰め寄る。
「どうして、その臭いを俺から感じる?」
「さぁ?魔女に見初められたか、あるいは目の敵にされたのか。どちらにせよ、魔女から特別な扱いを受けるお前は厄介者なのよ」
「顔も名前も知らない相手に特別扱いってのは、ゾッとしねぇな」
レムの行き過ぎた殺意の理由がそれであるのなら、スバルにはどうしようもない。
──万事休すだ。
「何も無いならもう行くのよ。にーちゃには、ちゃんとベティーがお前に会いにきたことを伝えておくかしら」
「ちょっと待て」
ドアノブに手をかけて『扉渡り』を行おうとするベアトリスにスバルが声を掛ける。
「お前、俺に悪いと思ってるんだよな?」
「思ってないのよ」
「パックに言いつけるぞ」
「ぐっ……少ぉぉぉぉしだけ、思ってみることもあるかもしれないかしら」
しかめっ面で渋々口を開くベアトリスにスバルは真剣な顔をした。
「明後日の朝まででいい。俺を守ってくれないか」
「曖昧な物言いなのよ。狙われる理由でもあるのかしら」
当然の質問をされる。
もし、そうでなければこんな頼みをするわけがない。
「揉め事をこの屋敷に持ち込まれるのはゴメンなのよ。ベティーにとってこの屋敷は、失くてはならない場所なのかしら」
「……俺の方からなにかする気はない。かかる火の粉を払いたいだけだ」
「それさえ他人任せな癖に、随分と立派な志なのよ」
「今回に限り、返す言葉もねぇよ」
「はぁ……手を出すのよ」
スバルはベアトリスの足下をこれでもかと見て、彼女と契約を結ぶ。
「──汝の願いを聞き届ける。ベアトリスの名において、契約はここに結ばれる」
三日目はまだ殺される心配は無い。
とはいえ、何かの原因で殺される可能性はあるため油断はできないが、ベアトリスの契約は今日の四日目の夜。
今日はこのまま自室で過ごすしかない。
部屋にやって来たエミリアに毒気を抜かれて眠る。
それがどれほど無防備なのか分からないスバルではなかったが、『死に戻り』から目覚めて一睡もしていなかったこともあり、張り詰めていた神経が弛んでしまったのだろう。
「うっ……んぐっ…………はぁ……っ!はぁ……っ!」
スバルの呼吸が荒くなる。
夢で思い返しているのは、これまで死んだ数々の追体験。
その死と絶望の記憶によって魂が削れていく。
しかし、──両手に伝わる
その熱からは慈悲の心が伝わる。
温かく優しい熱だ。
それが右手と左手から伝わった。
「っ…………すぅ……すぅ……」
それでナツキ・スバルは確かに救われた。
そして、四日目の夜にベアトリスの禁書庫の中で、契約通り屋敷の住人から隠れて過ごした。
殺しに来るレムも、偽物の態度で接してくるラムも、スバルからすれば同じ脅威でしかない。
彼女達の気紛れで自分が死ぬとなれば、近付こうと思わないのは自然なことだろう。
スバルは必死に外聞もなくベアトリスに泣き付いたお陰で、スバルはようやくまともな安全地帯を手に入れたというわけだ。
「……まさかの展開だぜ。この、選択肢は読みきれなかったなぁ」
殺される恐怖も、裏切られるの絶望も、どれも忘れた訳ではないが時間が経てばある程度の余裕は出てくる。
だからこそ、今さらのように疑問が沸いてくる。
「(フランチェスカは一体何なんだ……?)」
突然現れたお助けキャラという認識しかスバルにはない。
だが、今回の事でその異質さがまた浮き彫りになった。
「(『死に戻り』を口外しようとすれば、あの心臓を握り潰しにやって来る……じゃあ、何でフランチェスカは『死に戻り』のことを俺に話すことができたんだ?あらかじめ、フランチェスカが知っていたから問題がなかったってことか?)」
フランチェスカには『死に戻り』を話すことができた。
だから、今の今まで言ってもいいものだとスバルは思っていた。
スバルが今まで躊躇していた理由は、頭のおかしな奴だとエミリアに思われたくなかったから。
信頼を勝ち取る時期に『死に戻り』をして未来を知っていますなんて、不信感しか与えない言動だと客観的に理解ができていたからこそ、スバルは今まで誰にも自分から言わなかった。
それこそ、もしこの屋敷にフランチェスカが居たのなら、馬鹿みたいにスラスラと『死に戻り』の事を口にしていた自覚がスバルにはある。
「(あるいは……『悲嘆の魔女』なら『死に戻り』の禁句すら素通りできる力があるっていうのか?)」
もしそうなら、どうして教えてくれなかったのだと一瞬だけ思ったが、魔女だからといって、この原因不明のナニカを隅々まで理解しているかは怪しい。
「(……いや、対処法は知っていても、その病気に感染して起こる症状を全て把握しているかどうかは別の話ってことなのか?)」
だから、彼女にできることは『嫉妬の魔女』や魔女教というテロ集団の情報を伝えることだったのではないか?
『死に戻り』が異質なものだと理解できたからこそ、言わずにはいられなかったのでは?
例え、自分が『嫉妬の魔女』だと誤解されかねない、『悲嘆の魔女』であるとことをスバルに知られることで、それが今まで積み上げてきた全てのものを失くし、世界中から人類の敵だと認識されるのだとしても。
「(それじゃあ、まさか……)」
フランチェスカはスバルの身を案じ、危険な橋を渡ることを許容してくれたと見るべきだ。
それこそ、スバルが気に病まないようにそのリスクの一切を言葉にせず、スバルのためだけにあれほど献身的に言葉を送り、スバルのために死地に赴いてくれていたのではないだろうか。
「……馬鹿か、俺は。いや、馬鹿だ俺は」
「どうかしたのかしら?」
「いや、俺はとんでもない大馬鹿野郎だって気付いたんだよ……」
スバルはそんな恩人に対して一瞬でも疑念を抱いたことに嫌悪感が溢れる。
どう考えても、初対面で大した後ろ楯も権力も無いスバルに対して、自分の存在を口にするリスクなんて欠片も無い。
路地裏でのことが好奇心からのものでも、1回だけ助けて特に説明もなく別れたとしても何も問題は無かったのだから。
「クソッ……恩を仇で返しまくってんじゃねぇか……」
誰かからの優しさが当たり前なんて事はありえないというのに、いつの間にフランチェスカの優しさに甘えていた。
あの道化のような姿と言動を真に受けて、享楽主義で刹那的に生きているものだと思い込んでいたのだ。
自らの秘密を口にしたのも面白半分でしたのだと。
──そんな適当に生きる人間が存在している筈もないのに。
「言われなくちゃ、そんなことにも気付けないのかよ……俺って奴は」
そして、そのしっぺ返しがやって来た。
ここにフランチェスカは居ないのだから。
──だが、予想に反して無事に五日目をスバルは迎えた。
四日目の死の運命から解き放たれたのだ。
「あ、はは……こんなにもあっさり……」
ベアトリスの部屋で世話になるだけで生存できた。
その事実に膝から崩れ落ちる。
勿論、根本的な解決にはなってはいないが、それでも不可能だった境界線を越えた事実はスバルの胸に達成感を抱かせた。
──だが、それもすぐに冷めることになる。
「はあ……?」
丁寧に整えられたベッドの上に彼女は居た。
あれほど怒りを爆発させながら、モーニングスターを振り回して殺しに来ていたメイドは自分を殺しには来ない。
なぜなら、息を引き取っているのだから。
「レムが、死んでる……?」