モールを出たのが二時頃だったのに対し、現在の時刻三時半。帰宅途中、お昼ご飯を食べていなかったからか小腹が空いたので近くにあったカフェに寄ったせいか予定よりだいぶ遅い到着になってしまった。
カフェではアタシはミルクティーとモンブラン、ステラはブラックコーヒーとサンドイッチを注文したんだけども、なんというかすっごく二人が二人ともにイメージ通りな注文をしていて、おもわず笑ってしまったりもした。
アタシは苦くて絶対無理だけど、どうやらステラはブラックコーヒーが好きらしい。ミルクとか砂糖を混ぜるのが前提だと思うんだけどもね、コーヒーってのは。あくまでアタシは、だけども。
だからドリンクの交換は出来ないからアタシのモンブランとステラのサンドイッチをちょっと交換して食べたんだけれども……。アレは、良かったね。
もちろん味が良かった、ってのもある。モンブランは洋酒を利かせているのか栗の風味のほかにも芳醇な香りが頬張った時に広がって美味しかったし、サンドイッチは簡素ながらも挟まっている玉子サラダやハム、レタスやトマトとすべての素材が新鮮でこれまた美味しかった。
けども、それ以上に。味よりも良かったのは。
(あの時のステラってば、めっちゃ可愛かったなぁ……)
思わず瞳を閉じて一時間ほど前の場面を想起する。同時に口角が自然と上がっていくが、まぁ……、気にしないことにする。
(アタシがモンブランをフォークであーんって、してさ……。そしたら一瞬ビクッ、って驚いて……。少ししたら申し訳なさそうに小さい口を開けて、されるがままに食べちゃってさ。そんでもって……)
脳内の回想を進めてさらに口角が緩む。もはや、緩むというより壊れている、ってレベルかもしれない。兎にも角にも、他人に見せられない顔って言うのは共通しているが。
(そんでもってさ、あの顔だよ……。あれはさ、……ズルじゃん、もう)
恐る恐るアタシが差し出したフォークに乗せられたケーキの欠片を口に含んだステラ。最初は誰かに食べさせられるって言うのが恥ずかしそうな顔をしていたというのに、口の中に入ったケーキを味わえば味わうほどにどんどん笑顔の花が咲いていって……。
『あっ、おいしい……!』
そりゃあもう最後には満面の笑みでそう呟くんだもん。正直見ているこっちの方が死ぬかと思ったくらいにはしんどかった。それくらい破壊力がやばかった。
ビジュつよつよのステラの満面の笑みを超至近距離でぶつけられて、しかもその理由が自分のあーんとか……。なんだよ、漫画かよっての。少女漫画のソレじゃん、そんなの。
その場で大声を出しそうになったのを何とか堪えたアタシを誰でも良いから褒めて欲しいくらいだ。
しかもしかも。この時点でだいぶヤバいって言うのに、まだこれで終わりじゃないからヤバいんだよね。ステラのあーんされるとこ、可愛すぎ事件だけでも世紀の大事件だってのに、まだこれが前座なのがヤバみ。
『そ、その……』
『……ん? どったの、ステラ?』
こっちが必死に自分の内なる何かと戦っている最中、ちょんちょんとこちらの裾を引っ張りながら――この時点でもうテラ可愛い――声をかけてくるステラ。どうしたの、と彼女を見つめると。
『ミレイさんも……、その、どうぞ』
『――ッ!?』
そう言ってこちらにおずおずと自身の注文したサンドイッチをこちらに差し出してくるステラがこちらを上目遣いで見上げてきてワンヒット。
よく見れば慣れないことをしているのか恥ずかしそうにしながらも頑張って何でもないように表情を保とうとしている仕草でツーヒット。
そんでもってトドメに、
『ミレイさんだってやったんですから。嫌、とはいいませんよね? はい、どうぞ』
純粋な彼女にしては珍しく、こちらに意趣返しをするように悪い顔をしてきてさ。してやったり、みたいな、そんな表情でこっちを挑発してきて。
クリーンヒットもクリーンヒット。綺麗にワン、ツー、スリーの三発のパンチがアタシを襲ってK.Oのゴングが辺りには鳴り響いたね。静かなカフェ店内だから実際に鳴ってたらヤバいけどもさ。
正直、これまで推しって概念がよくわからんかったけど、今ならわかる。ヨッシーとかよく推し変したー、とか言って俳優とかK-POPのアイドルとかをとっかえひっかえで応援していたけれども、なるほど。これが推しと言う概念なのか。
アタシも相当な面食いの自覚はあるし、アイドルとかを動画や雑誌で見たらカッコいいなぁ、綺麗なだぁとは思うけども、だから応援しよう! とはならなかったが……。
今のアタシはもう、かんっぜんにステラに心を射抜かれてるね。ビジュは良いし、仕草は可愛いし、言動は尊いし。マジ推せる。ステラしか勝たん、的な?
しかもクラスメイトかつ友達だからいわゆるファンサも供給過多くらいだし……。
(は……、何? もしかしなくてもアタシの推し、最高か?)
とりあえずアタシは推し活の一環として、スマホの壁紙を二人でのツーショットにしようかと思うので、今度一緒に写真を撮らせてもらおうかと画策するのであった。
持つべきものは、推しがいのある推しである。
閑話休題。
「おじゃまします……」
「あっはは、そんな緊張しないで。自分ちだと思って寛ぎなよ~」
そう言いながらアタシは脱いだ靴を玄関で揃えて隅に置く。ステラもそれに倣ってアタシの靴の横に自身の靴を並べた。
「ご両親は?」
「パパもママも仕事~。て言っても、方やゴルフで方や取材って名前の旅行なんだけどね~」
もう慣れたもんだけども、ウチの両親は基本的に家には居ない。平日は仕事で、休日は付き合いやなんや、と言って結局は一週間のうちの殆どを外で過ごす二人だから週に一回も顔を合わせない、だなんてことも珍しくはない。
まぁ基本的にずっと忙しいパパと違って、ママの忙しさは時期によるって言うか、仕事が立て込んでなかったら逆にずっと家に居るから一年間で平均をとったらバランスよくなってそうだけれども。
昔はやっぱり自分も寂しかったけど、もうこの年齢にもなれば慣れたし何とも思っていないけどね。ていうか家に居ないからってそのぶん、たくさんお小遣いをくれるからアタシ的にはありがたいし。欲しいバッグやコスメが出たらすぐ買えるしね。
「こっちこっち。アタシの部屋こっちだからついて来て~。あ、なにのむ? 麦茶で良い?」
ずん、ずんと慣れた足取りで廊下を進み、階段を上り、もう一度廊下を進み。すぐにアタシの部屋の前にまで着いたので中に入る。
手に持っていた紙袋は部屋の隅にでも立てかけ、自分の荷物であるバッグは適当にベッドに投げ捨て……、ようとしたが取りやめ紙袋の近くに同じく置く。
ドラマとかだと部屋に入る前に『ちょっと待って! 今汚いから!』みたいに先に部屋に入って掃除するシーンとかが入ったりするけども、今回は別に前から決まっていた来訪だから昨夜の内に掃除しておいたし何の問題もない。
そもそも見られてヤバそうなものとかもほとんどないし、念のためヤバそうなやつは隣のママの部屋に適当に投げといたから万が一にも目に入らないだろうしね。
アタシは適当に部屋の中のクッションの一つをステラに座るように勧め、部屋の隅に置いた小型の冷蔵庫からペットボトルの麦茶を二本取り出し片方を座る彼女に手渡した。
「あ、ありがとう」
「ん~」
適当に返事をしながらペットボトルのキャップを緩め蓋を外し、口を付けて一口だけ飲む。
あー、やっぱり夏は麦茶だね。さっぱりするっていうか、さっきまで外に居て身体に溜まっていた熱を奪ってくれるよ。
ついでに適当に投げ捨てていたエアコンのリモコンを拾って電源を付ければ、もう完璧。あと数分もしたらこの部屋は夏の暑苦しさとは対極のこの世のオアシスになっているだろう。アタシもステラの近くに腰を下ろした。
……と、そこでアタシは座るステラの様子が変なことに気が付く。
「……ステラ、ぼーっとしてどしたの?」
もしかして熱中症か、と思い腰をあげようとするも、その前に彼女は「あぁ」と意識をこちらに向けてくれたので腰を再度下ろす。
「いや……。こうして友人の部屋を訪れるなんて久しぶりだったから、変な感じがして」
「あー、わかるかも。私も友達と遊ぶときはよくココを使ってるけど、たまにヨッシーんちとか行くと変な感じするし」
基本的に家に誰も居ないから、と言う理由でアタシの部屋はよく遊び場として選ばれるからあんまりピンとはこないんだけれども。
しかしたまに自分が友達んちに行くと妙にソワソワするっていうか、なんというか。嫌、とかそういうんじゃなくって、ね。なんかちょっとだけ違和感があるんよね。わかる。
……まぁそれで言うんだったら日曜日だって言うのに制服姿のステラがアタシの部屋に居るって時点でだいぶ違和感なんだけどもね。自分の部屋で違和感を覚えるって相当じゃね? なんて思う。
「なんというか……。すっごく変なこと言うけどいい?」
「なになに? ステラが変なこと、っていうと気になるんだけど」
普段、冗談とかをあんまり言わないステラがそんなことを言うなんて。アタシは気になって身を乗り出す形で聞きの姿勢に入る。
「……その。すごく、ミレイさんの匂いがしてね? なんというか、その。――あぁ、ミレイさんの部屋なんだなぁ、って。ふと、思ったって。……それだけ、なんだけど」
「……え? そんなにあたしって匂い強い?」
ステラの想定外の発言にショックを受けスンスン、と鼻を利かせるも何も感じない。自分の服や腕なんかを嗅いで、次いで部屋の匂いを嗅ごうとするも全然わからん。テレビ台に置いてるルームフレグランスのシトラスの香りならわかるんだけども……。
「え、マジ? アタシ、気づいてないだけでもしかして臭かった?」
そうだとしたらだいぶショックなのだけれども。匂いがしない、ってのも鼻が麻痺してしまっているってだけかもしれないの?
そう一人絶望しかけるも、ステラはそんなアタシの様子を見て焦ったのか、まくしたてるように訂正しだす。
「違う、違う! 臭いとか、そういうのじゃないの!」
「……ホント?」
「本当! ただ多分、この部屋でずっと生活しているから部屋に洗剤や柔軟剤の匂い、香水の香りが残ったり、逆に芳香剤の香りがミレイさんに乗っかっていて、それに既視感があったってだけだから! 臭いなんてこと、全然なくって!」
あぁ、よかった。本気でステラがアタシのことを臭いって思っていたわけじゃないようだ。コレでマジだったら生きる気力失ってたかもしれん。
「はー、よかったぁ……」
「本当ごめんね!」
アタシはステラの謝罪を受け止めながら、身体から力を抜きその場で崩れ落ちる。本当に、生きた心地がしなかった。
よかった、よかった。
それか二人で適当に雑談しながら休み、夏日の日中で外出をしていた疲れを癒すこと三十分ほど。ベッドの近くに置いた時計もそろそろ午後四時を迎えようとしている。
時間的にもよろっと良いかな、とアタシは適当に眺めていたインスタを閉じ、スマホを適当に横に置く。ステラもこちらの変化に気が付いたのか崩しかけていた姿勢を正し、こちらを見つめてきた。
――そう、あくまで日中のショッピングは前座も前座。メインディッシュはむしろ、今からであったはず。そのことを二人とも、今こうして再確認しているのだ。
「……んじゃ、メイクしていくからこっち座ってね。普段私が使ってるミラー前に置くから、どんな感じでやってくか見ててね?」