ステラにメイクを施し始めて数十分。ワンデイのカラコンを付けることから始め、念のために軽くケア。ベースメイクに眉やアイメイク、それからリップやチークのメイクと基本に忠実な手順を淡々と進めた。
カラコンのカラーには無難に黒髪に合わせる為にブラウン系の色を選択。青とかもかわよなんだけども、そういうのはもっと後のチャレンジカラーとしてとっておくことにした。機会があれば赤系統もやってみたかったりもする。
肌荒れ対策のケアは、まぁ……、ウチらはまだ若いから適当に化粧水や保湿液を使っとくくらいにとどめた。歳をとると乾燥のせいで肌が終わるらしいけども、今んとこは大丈夫なのだ。ママがたまにボヤいているのを聞くと年は取りたくないなぁ、なんて思うんよね。
ベースメイクの化粧下地にファンデ、コンシーラーやパウダーなんかとやることは多いけども、ステラは元から肌が綺麗だからニキビやシミを隠す必要とかもないので手間は少ない。だからあくまで肌色を塗っていく、ってだけだから意識するのはムラなく、一定に伸ばすことのみ。
ギャルと言えば肌で決まる、ってくらい肌は重要だからね。健康的な日焼けを連想させる褐色にするか、それとも病的なまでの不健康ささえ思わせる白肌とするか。はたまた大きく飾らずその中間を選ぶのか。結局これが一番大事。
んで、今回選んだ肌色なのだけれども、悩みに悩んだ末に選ばれたのは……、白。そう、白、白、真っ白。ピュアっピュアなホワイトカラーをアタシは選択した。
いやね、そりゃあアタシもあれこれと悩んだのよ? 普段から白いステラの褐色見たくね、とか、ガングロステラも尊み、とかさ。んでもやっぱり、ステラのお人形みたいな顔立ちと嘘みたいなスタイルを前にすると白ギャル一択かなぁって思ったのよね。
黒髪の白ギャルってマジのガチな顔整い族しか許されない禁断の領域感があるし。ちょっとでもどこかに「……ん?」ってなる要素があると目立つし、一方でそれを隠そうとすると化粧が自然と濃くなるから自分色が消えるし、でさ。その点ステラなら大丈夫だから安心だけれども。
……て訳なのでステラの肌より更に白目のファンデを使用した。同じ白色だけれども、ステラの肌の白さとファンデの白さとは全くの別物だから、塗った個所から白の上に広がる別の白が目立ち始め、温かみのある白から、熱の無い白へ書き換わるのを見てアタシは何故か背筋がぞくりとしたのを覚えている。
ファンデに次いでコンシーラーやパウダー、ハイライトとかなんだけれども……。ここら辺は適当だ。そもそものステラの顔の完成度が高いから小顔効果とかを狙ったりする必要もない。あくまで下地がテカらないようにした処理をするだけでいいのだ。
ベースが終わったらアイメイク。ここは逆にやることが多かった。
眉の形や瞼付近の陰影、目の輪郭にまつ毛の調整。これら一つ一つは些細な作業だけれども、その結果はメイク後に大きくかかわってくる。なんてったって、人間は会話をするときに相手の目をまず見るのだから、目が可愛くなきゃ誰にも可愛いとは見られない。世知辛いことながら。
そもそもアタシがステラに一目惚れして推し認定するようになったのも、もとを辿ればとんでもない至近距離でステラの瞳を覗き込んでしまったことが原因でもある。それくらい目ってのは顔において重要なわけだ。目元一つで妖艶にも元気にも、陰気にも陽気にも、美人にも不細工にも出来てしまう、と言っても過言ではない位に。
だからこそ時間をかけ、丁寧に、元の素材の良さを損なわないように細心の注意をもってメイクをしたのだけれども……。もともとのレベルが高すぎて出来前に中々納得できず、ここだけでだいぶ時間を使ってしまった。
だって元が百点の素材に手を加えて九十点にしたとしてさ。そりゃあ全体で見たら高得点かもしれないけれど、実際にはただただ素材から十点を引いているだけでしかない。アタシがしなきゃいけないのは百点を百十点にすることであって、点数を減らすくらいならメイクなんてするんじゃないって話になる。
結果として、過去最高傑作って言えるくらいの目元が完成したのだけれども……。正直アタシはその出来に満足できていない。ステラのポテンシャルならもっと上も行けただろうに、と口惜しさを感じざるを得ないのだ。
元の点数が百で完成系の点数が百二十として、ポテンシャルは百五十まで行けそうだと思うと二十増やせた、ではなく三十無駄にしたと思ってしまう。ここら辺は次回までに腕を上げるしかない、ということだろう。
最後にリップやチークなどの仕上げだけれども……。ここら辺はもう、正直、アタシの好みにした。可愛い系か、綺麗系か、それともって感じだけれどもさ。もう、欲望に正直に選んだよ。
――ズバリ、エロさ推しで。
たしかに難解な選択肢ではあったけども、この選択は別に難しい話じゃない。
ファンデで作った真っ白な肌にさ、薄桃系でぷるっぷるの唇と、それよりも若干薄いチークってさ……。なんか、エロいよね。てか、めっちゃエロいよね。エロかわすぎて死にそうになるよね。
ただそう、アタシは思ったのだ。ほんと、アタシの好みでしかない。メイク道具を買いに行ったときに下地の色が決まった段階でこれしかない、って思ったのよね。うっすら。いや、けっこうガッツリ目に。
ステラって純粋で真面目で可愛いからさ。メイクして大きく変わるんだったら、そりゃあもう、ドエロしかないっしょ、って。ギャップ萌え、ってやつよ。
で、総括しますとアタシの組んだステラ、ギャル化計画における第一のメイクといたしましては、超絶白ベースで目元ガン盛り祭り、唇と頬は薄いピンクのギャップ萌えドエロ白ギャル、と。そういう結末となったのだけれども。
いやほんと、自分ながらいい趣味しているなぁ、なんて褒めてるのか、貶しているのか分からない言葉で心の中、ツッコミ入れるがまあもう遅い。だって長く続いたメイクの時間もコレでいよいよ完成する。
(……、よし)
きゅ、と最後の調整を終え、アタシはふぅ、と息を一度だけ吐き出した。
と、言う訳で……。
「……完成! どーよ、ステラ! ミレイ特製、超本気のギャルメイクは!」
「これが、……私?」
「お決まりのセリフありがとう! 頑張った甲斐があるね!」
じゃじゃーん、とメイク後の姿をステラにミラー越しでお披露目すると、彼女からは「嘘でしょ……?」みたいな、自身の変化に対する戸惑いの言葉が漏れ出た。アタシはその言葉に満足げにひとり頷く。
メイク中はそれぞれの箇所でのポイントを教えるためミラーは全体でなくピンポイントを写していたし、それに基本的には最後で驚いてもらうためにステラには目を閉じていてもらったから、この反応はアタシにとって百点満点中の百億点みたいなものなのだ。
頑張った甲斐ってもんがある。
「ステラはもともと顔が良いからね。ベースを塗った後はそれぞれのパーツを活かす方向性でいったのよ。目元とかの影を強くして目の印象を強める、とか、リップ塗って唇の艶やかさを出すとかね」
ココとか、あとココとか、それにココとか、とあれこれとステラにこだわりポイントの解説をミラー越しに行っていく。ステラは未だメイク後の姿に圧倒されているのか反応がややふわふわとしているが、ちゃんと聞いてはくれているのか「……うん」とか「……なるほど」なんて小さく呟いては軽く頷いている。
(はー……。しっかしクソ可愛いな、オイ)
ミラーと対面する彼女の顔の横から、自身の顔を挟むようにして口を挟んでいる現在、メイク中と同じか、それ以上に至近距離でステラの顔面を見ているのだが……。その圧倒的な美に圧倒され、思わず息をのむ。
自分で施したメイクに見惚れる、だなんてナルシっぽいしアレだけれどもさ。しかし可愛いもんは可愛いんだから仕方がない。
(あー、白ギャルエッロ……。ベースとか死ぬほど白いのに目元とか頬とか唇とか、パーツパーツは濃くて色っぽいし……)
そう、邪念を帯びた視線でステラの顔面を舐めまわすように見て回る。眉、まつ毛、涙袋。ちょっと下がって頬に鼻、唇に顎。アタシがやったメイクの成果と、そもそもステラの顔の良さ、その両者が合わさってできた一つの芸術品。
もう、あれだ。恥を忍ばずに自身の率直な感想を言うのなら……。
(この顔なら余裕で舐めれる……。ってか、むしろ舐めさせてほしい……)
ぼう、と背徳的な感想を心の内に抱く。なんてアブノーマルな思考なのだろうか。推しとは言え、クラスメイトの女子の顔を舐めたい、だなんて。しかし、そんな倒錯的な感想を抱くくらいに目の前の顔は魔性に満ち溢れているのだ。仕方がないじゃないか、と、アタシは誰にでもなく弁明をしたいほどに。
(あー、なんかずっと良い匂いもするしさぁ……)
「す、すごい……。ミレイさん、すごいよ……!」
ようやく現実を飲み込み始めたのか、先ほどまでの曖昧な意識ではなく、しっかりとした口調で感想、感謝を述べ始めるステラを横目に「すぅ……」と少し鼻を効かせれば、瞬間全身に拡がる花のような香りに思わずくらりとする。
メイク中からずっと距離が近くてさ。いつもじゃあり得ないくらいにステラの香りを堪能していたわけだけども、未だその強烈さにアタシは対応できていない。呼吸の度に脳内トリップをしているんじゃないか、ってくらいにはくらってしまっている。
ステラ。いや、九条流星ってただの一人の女の子にアタシ、天音美鈴がどんどん絡め捕られて、抜け出せない、底なし沼へと引きずり込まれるような感覚だ。ステラ沼に堕ちて、溺れて、悶えて、悶え続けて。
彼女しか見えない、見たくない。そう思ってしまうくらいに彼女一色に染め上げられる。
(ちょっと、……ヤバいかも。アタシ……)
全身に熱が帯びだす。下腹部が重く、息が自然と荒くなり始めた。視界もどこか勝手に色づき始め、星屑のようなフィルター越しにステラの顔を眺め続ける。
(あ……)
「すごい……。すごいよ……!」
そこで気が付いた。目の前で初めてのメイクにはしゃいでるステラの、その余りにもな無防備さに。
(首、白くて……、細い……)
制服をいかにきっちり着込んだとはいえ、上から覗き込むような姿勢にもなればいくらでも見えるものは見える。それにいくらステラでもここは学校ではなくアタシの家なので普段ではありえないくらいに制服を崩して着ているのだから、更に余裕で、だ。
ミラーに映るステラは気が付いていない。自分が世界にその、白くてほっそりとした美しい首を曝け出していることに。無防備に、顔と胴体とをつなぐ人間の急所の部分を。一切の装いなく。
そしてその曝け出している世界と言うのは、この閉じられた自室の中ではステラと、そしてアタシとの二人しか存在しない世界でもあって。つまりはこの無防備な首元は、アタシだけに差し出されているという訳で……。
「――ッ」
呼吸が荒くなる。視線が彼女の曝け出された首に固定される。自然と顔がその差し出された首筋に近づき、息を静かに、悟られないように呼吸を一度だけして、彼女の首元の香りを吸い込んで……。
(……あぁ)
トリップ。
これまで以上に濃いステラの香りに全身が痺れ、弛緩する。脳みそが痺れて、身体がぶるりと震えた。幸福感に満ち溢れる。
だけど、そこでアタシは止まらない。止まれない。
アタシは内緒に彼女の首もとへと寄せた顔を更にゆっくり、しかし確実に更に近づけていく。
まるで身体のコントロールが効かない。自分で自分が何をしているのか、何をしようとしているのかがわからない。この一秒後にアタシは何をしでかしてしまうというのだろうか。
アタシは無意識のまま、その白く無垢な肌に、愚かにも唇を押し当てようとして……
「……あぇ?」
そこで違和感に気が付く。自身の思考の行き過ぎと、そしてこの浮ついた様な感覚の異常さに。いくらステラが推しで、そんでもってその推しがエロいわ、近いわでメロメロにメロついてるっていってもさ。流石に今のアタシはキモすぎだった。
だから、きっとその天罰でも落ちたのだろう。
「ちょっ、ちょっと。ミレイさん!?」
「あー……。流石に、興奮しすぎたかぁ……」
そう呟きながら自身の顔面の下へと差し出した右手へ、ぽたり、と何かがしたたり落ちてくるのを感じ取る。
視線を落とせばそこにあるのは……、真っ赤な液体。
「……やっべ」
「あの、ミレイさん……。ミレイさん……!?」
――拝啓、取材旅行中のママ。どうか聞いてください。あなたの娘はどうやら、クラスメイトに興奮しすぎた挙句、その想いが募り過ぎていよいよ、鼻血まで出してしまったようです。
アタシは心配そうに振り向く彼女を見つめながら、とてもじゃないが理由は言えないな、と。一人そう、懺悔するのであった。