「この際だからはっきりさせておこう」
額を互いに合わせ、呼吸を重ね合わせ、そして意識を解け合わせ。私は彼女に切りだす。
「まず……。これは流石に受け取れない。これを受け取ってしまったら、私たちの関係は酷く歪になってしまうって、私はそう思う」
「うん……」
彼女が善意でプレゼントとして購入をしてくれたものだけれども、さっき言った通り友人同士で奢った、どうだ、ってのは不健全だ。別に誕生日にプレゼントを贈り合う、くらいならわかるけれども今回はそう言う訳でもない。
お金が足りなかった私の代わりにミレイさんがお金を出してプレゼントしようとしたってのが今回の件の真実だ。それをただただ「ありがとう」と言って受けとる、なんてことはしていいはずがない。
上と下。与える側と受け取る側。友人関係でそんな役割を互いに担ってはいけないのだ。
「……次に、今の私たちの関係だけども。私はこれまでずっと、ミレイさんに甘え過ぎていた」
「そんなこと……、全然。ステラが甘えてたなんて……」
そうミレイさんは言って否定してくれるが、いいや、そんなことはない。私は頭をフルフル、と横に揺らして彼女に否定の意志を示す。
「ぜんぜん、なんてことはない。むしろ甘え過ぎていた、でさえ言い足りないほどだよ」
思い返せば私は今日に至るまで、ずっと彼女に甘え続けてしまった。
今日のショッピングやこの部屋でやってもらったメイクなんかの話だけではない。そもそもの関係の始まりの時点で私は図々しくも、当時親しくも無かった彼女に対し「ギャルを教えて欲しい」だなんて意味不明なお願いをしてしまった。
それは私の中にあった焦りや自分勝手さが生んでしまった行動で、今思い返しても顔から火が出そうになるくらいに恥ずかしい思い出だけれども……。
そんな私を彼女はバカにするでもなければ、無視するのでもなく。
(ただただ迎え入れてくれた……)
急に放課後、教室に呼び出して狂言を口にする私を前に、彼女は拒絶ではなく許容してくれた。そのことにどれだけ私が救われたことか。
「カラオケに行こう」だなんて言ってくれて、連れられてね。道中や店内で私の憧れの話や、だから声を掛けた、なんて長話を最後まで聞いてくれて。そして結果としてギャルを教えるのが難しいから、私をギャルにしてくれる、だなんて言ってくれて。
ほら、やっぱり。全部、全部、ミレイさんのおかげだったではないか。
一人勝手に焦って暴走した私を優しく受け入れ、暖かく寄り添ってくれて、そして今日まで導いてくれた。私はそんな彼女の優しさに甘えているだけ。
なんて、バカバカしい話なのだろうかと自分が自分で嫌になる。友人関係は対等が良い、だなんて立派なことを言っておいて、その実、今日に至るまで私はミレイさんと言う人間にすべてを任せっきりにしていたではないか。
ダブルスタンダードにもほどがある。貴女はダメで、私はイイの、なんて子供でも使わない自分本位な弁論だ。
「……だから」
だから、そんな不均等な関係は直さないといけない。私が一方的に彼女に甘える関係を続けていいはずがないのだ。
「ミレイさん、何かお願い事はないですか? 些細なことでも、逆に深刻なことでも良いの。何でも良いから、私にお願いしたいことが」
これは、もしかしたらそれこそ人によっては不健全な選択に見えるかもしれない。片方が甘やかして、もう片方が甘やかされるだけでは不平等だから、互いが互いに甘やかし合う、なんてことを選ぶのは。
でも、私が彼女に甘え続けてしまうのはどうしても避けられないこと。ギャルなるものに無知な私がギャルを知っていく上で、彼女と言う先達の存在に甘えないなんてことは不可能なのだ。
それに、そもそも私が思うに人間関係って言うモノは多かれ少なかれ、お互いに甘やかし合うものではないかって、そう思うのだ。だって、甘やかせるってことは、そこにはきっと愛がある。人間関係を何よりも補強してくれるのは、愛のほかに無いのは誰だって知っている真実でしょう。
「貴女が私のお願いを聞いてくれているんだから、私は貴女のお願いを聞く」
だから私は言葉に愛を込めて眼前の彼女に囁いた。
こんなどうしようもないくらい未熟な私を受け入れてくれた彼女への感謝の気持ち。そんな私とこうして笑いあってくれるようになった友人への友愛の想い。そしてずっと甘え続けてしまった彼女に対する謝罪の念。
要するに全部ひっくるめて、私からミレイさんへの愛である。
「……なんでも?」
「うん、なんでも。もちろん、私に出来る範囲で、だけど」
彼女から零れ落ちた質問に、当然ね、と頷き返す。それだけのお願いを私は彼女に押し付けてしまったから。
「それならさ……。このプレゼントを受け取ってって言ったら、受け取ってくれるの? それが私のお願いだって、言ったらさ……」
「ミレイさん……」
あぁ、心が軋む。情けなくも涙が零れ落ちそうになる。
あの明るい、楽しそうな声で話す彼女にこんな風な、低く落ち込んだ声を出させてしまうことになるなんて。明るい太陽のようであった彼女が、今や陽の沈んだ夜闇のよう。
「――それが貴方の心からのお願いなら、聞くよ」
だけれども……。
私は一呼吸を置いて彼女の言葉に返答する。
「でも、ミレイさん。それはお願いじゃ、ないよね? それはただ意固地になっているだけで、こうなってほしい、とかこうしてほしい、じゃない。それは、自分でもわかっているでしょ?」
「……」
さっき言った通り、私はお願いなら何でも聞くつもりでいる。その行為の難易度なんかは関係じゃない。出来ること全てで私に向き合ってくれた彼女に対するお返しは、こちらからも出来る限りの全てしかないのは道理だろう。
けれども今彼女の口にしたものは決して、お願いじゃない。それはどっちかというと、反射に近い言葉であって、気持ちが乗ったものではなかった。
そしてそれは彼女自身も気が付いていたはずだ。だから彼女は恥じるように目をこちらから逸らしている。
(……あぁ)
けれどもそんなのは一瞬の話。すぐに彼女は逸らした瞳をこちらに向けなおして、そしてこちらの瞳を覗き込む。
その視線には先ほどまでの執念のような感情は乗せられていない。あるのは、そう。いつもの彼女のように、明るく綺麗な太陽のような眼差しだけ。
私の大好きな彼女の眼であった。
「……ねぇ、ステラ? 本当に、何でも言うこと聞いてくれるの?」
「うん、もちろん。ミレイさんがこうして私にギャルっていうものを教えてくれる限り、いつまでも、ね」
ぐっ、と重ね合った額に少しだけ圧を感じる。ミレイさんがほんの少しだけこちらに寄ってきてくれたからだろう。普段何も圧を感じない部分だから、少しだけくすぐったくて笑い声を漏らしてしまう。
「わたし、すっごいワガママだよ? 今回みたいに、すっごくパパやママに甘やかされたから、割とすぐムキになるし、癇癪も起こしちゃうかも」
「……んふふ、望むところだよ。むしろ、私以上のワガママを出せるものなら出して欲しいくらいだよね。ギャルを教えて、なんて無茶ぶり以上のお願いを、さ」
気が付けば私の肩に置かれていた彼女の両手は既にない。代わりにその二本の腕は私の腰の方へと回され、抱きしめられていた。私も変わらず彼女の頭へと腕を回しているので、きっと外から見たら仲良く抱きしめ合っているように映ることだろう。
額だけでなく、全身が彼女と密着し離れない。甘い匂いが鼻に届いて脳をくすぐる。柔らかい身体の感触も、暖かな体温も、ダイレクトに伝わってきた。
「めちゃくちゃお願いするかもよ? 一日百件とか、二百件とか。鬼みたいにメッセ送って、返信なかったらヘラったりとかするかもだし」
「それは……。できるだけ、頑張るよ。あんまり、SNSは慣れてないからさ……」
「あははっ、なにそれ。もうっ、ステラってば……」
そう笑う彼女に私は凄く安心する。彼女が落ち込んでいたのなんてほんのわずかな時間だけれども、けれどもやっぱりミレイさんには笑顔が一番だ。
「ねえ、ミレイさん。さっきのアクセサリー、持ってる?」
「うん……」
「これさ、つけてくれる?」
「え――」
パッ、と額が離れた。
何を言って、とこちらを不思議そうに彼女がこちらを覗き込む。そりゃあそうだ。さっきまでのやり取りは何だったんだ、ってことを私は今口にしたんだから。
でも、少しだけ彼女は勘違いをしている。
「言ったでしょ。もらえないって。あくまでこれは、もらえないってだけ」
私が言っていたのはあくまで、彼女からプレゼントを受け取れないって話であって、何も、だからそれをお店に返してきて、だとか、捨ててよね、だなんて言うつもりはないのだ。
「せっかく、ミレイが似合うって思って買ってくれたものなんだから。返品するのもアレだし、ね?」
そう言ってパチリ、と軽くウインクをして
「締まらなくてごめんね、だけどさ。ちょっと時間かかるかもだけど、これは私が買い取るよ。それなら、大丈夫でしょ?」
そう、私の答えを口にする。
何度も重ねて言うが、問題だったのは友達から無条件で贈り物をもらうことであって、私だってそのアクセサリーはいいものだと思ったし、ミレイさんからの気持ちはとても嬉しかったのだ。
だって、友達が私を思って見つけてくれたアクセサリーだ。それに入れ込まないわけがない。
だから、受け取る代わりに……、買い取る。あくまでその商品は私が買ったもので、ミレイさんが私のために選んでくれたものだったってことにすればすべては丸く収まる。
「ね、つけて……?」
「……あはは。さっき、私のことを意固地って言ってたけどさ。ステラの方が、よっぽど意固地じゃん。この、石頭め……」
もうっ、とそう呆れるように言い放つミレイさん。しかしその口元は確かに上がっていた。きっと、私の顔も彼女とそう変わらないものなのだろう。
「ほら、つけるよ。頭下げて……」
「ん……」
言われるまま、私は頭を下げて首を曝け出す。少しの間、前の方から紙が擦れる音が聞こえてきた。きっと、紙袋から急いであの銀色のネックレスを取り出しているのだろう。
そしてさらに暫く。首元に軽いけども、しかしちょっとだけ重い感触が伝わってきた。
私はそれを合図だと思い、ゆっくりと頭をあげて、下から覗き込むようにミレイさんの顔を見上げた。今、私は手鏡を持っていないからどんな状態なのかはわからない。
わからないけれども……。
「あぁ、思った通りだ。すっごく、……似合ってる」
そう言って笑う彼女を見て、きっとそう言うことなのだろうと一緒にまた笑うのであった。
「ね、ステラ……。変なこと言っていい?」
「なぁに、ミレイさん?」
二人、一緒に横に並びながら床に座る。エアコンで室内は若干寒いくらいなまでに冷えているが、決して寒くはない。それどころか、温かくてしかたがない。
「ねっ、ちゅーしちゃってもいい?」
「……それは、お願い?」
唐突におかしなことを言いだす彼女に訝しみながらそう返すと
「あははっ、じょーだん♡」
と、そう本当に冗談であったのか、どうなのか曖昧な笑い声で有耶無耶にした。そして続けざま、今度こそが本題のように話題を切り替えて……
「ねぇ、ステラ。さっそくだけど、一個目のワガママ、いい?」
「――もちろん」
そう言ってきたから、今度こそ私も「当然、なんでも」と頷く。叶えられることなら、なんでも、何度でも。
彼女が私を甘やかして、代わりに私も彼女を甘やかす。それが私たち、二人の関係。そう、今さっきルールを作ったのだ。
「来週さ。その格好で、一緒に遊びに行こうよ」
私の返事はもちろん、決まっていた。