日曜日、午前十時の十五分ほど前。私は待ち合わせ場所のモール前へと向かう。あまり繁華街のあたりの土地勘がない私だけれども、先週も待ち合わせ場所として使った場所だから進む足取りに迷いはない。
夏らしい暑さも日差しも相変わらずで、一歩進むたびに全身の汗腺という汗腺から汗が吹き出しそうになる。なるべく日陰の下を歩くことを心がけよう。ビルや木の影なら幾分かマシだ。
「人、すごい、多い……」
まだまだ昼と呼ぶには早い時間だというのに、周囲には人、人、人とたくさんの歩行者。道路も車で渋滞中だ。青信号が出ていても車はジッと動けずにいる。
さすがは都内の繁華街、と言うことなのだろう。まだまだ私は慣れれそうにもない。先週もだいたいはミレイさんに先導してもらって、私はカルガモのように後ろをついて歩くだけであったし。
約束の時間まであと十分。目的地にはもうすぐ着く。私はふぅ、と一息つくと懐から手鏡を取り出した。
前髪を整えて、整えて、更に整えて。家を出る前は完璧だと思ったのだけども、移動中で崩れてしまったらしく元に戻そうとするも、中々うまくいかない。ここで留まってほしい、ってところで留まらないのだ。
いつもだったら視界が遮られなければいい、って感じに適当に流すだけで終わらすんだけども……。今日は流石にそれでは駄目だ。
(それにしても上手くいかないなぁ……)
やはり、地毛じゃないと上手くできない、ということなのだろうか。
今日はミレイさんおススメのカツ――じゃなくってウィッグを着用しているから、髪質とかが全く違くて難しい。彼女曰く……
『やっぱステラは黒髪ロングが似合うと思う!!』
とのことで先週のショッピングで選んだカ……、じゃなくってウィッグなのだが。そもそもこれを着用するのも試着と練習を合わせての三回目だから未だ慣れていない。猛暑の中と言うのもあり、装着部である頭部が蒸し蒸しとしているし……。
(これをカツラって言うとミレイさん、すっごく怒るし……)
人工的な装着式の頭髪なのだから同じだと思うけれども、彼女が言うにはオシャレレベルなるものが段違いだから決して前者で呼んではいけないらしい。前者はオジサンの薄毛用、後者は若者のおしゃれ用と、聞く人によっては何とも残酷な発言をしていたっけ。
これを買ったお店にはそれはそれは多数のウィッグが売っていたけれども、今回使っているのはその中でも比較的、現実味のあるやつだ。黒色のロングヘア―用で、エンドカラーやインナーカラーなるものは無い、シンプルなもの。赤や青などの原色寄りの髪色の商品と並んでいたことを考えると、だいぶ現実的な色だとは思う。
(メイクは……、よかった。こっちは大丈夫そう)
前髪がようやく整ったので、次に顔を左右に軽く動かしてメイク崩れをチェックする。この点に関してはミレイさんに前もって汗対策などを念入りに聞いていたからなんとかなったみたいだ。なんでもメイク前のスキンケアや、そもそもの使用するメイク用品自体の選定が大事らしい。
メイクにはそれはそれは時間がかかったから、汗で崩れて直さないといけない、ってなるのは出来るだけ避けたかったし、本当に良かった。先週、ミレイさんは解説込みで数十分でメイクをしてくれたが、私は鏡の前でその三倍は時間を使ってようやく及第点、といった感じだし。やはり慣れや才能の違い、というものなのだろう。
「ふぅ……」
ちらっ、ちらっ、と身だしなみの最終チェックをし、私は開いていた手鏡を閉じて懐にしまった。多分、これで大丈夫。
……ホントに?
「もう一回だけ……」
なんだか急に不安に駆られた私は再度、手鏡を取り出して前髪、次いでメイクの確認をする。どこか変になっている部分は無いだろうか。
しかし当然、直してすぐなのだから乱れているはずもない。私は今度こそ大丈夫、と手鏡を懐にしまった。
「……ミレイさんに恥ずかしい姿は見せられないしね」
私は立ち止まった足をもう一度動かしだし、待ち合わせ場所へと向かうのであった。