お昼ご飯も食べて元気いっぱいとなった私たちは、一転変わってゲームセンターへと移動していた。目的は、プリクラ。なんでも彼女曰く、「これはやっぱり外せない」とのことらしい。
「初めて来たけど……、すごい音だね」
キンキンと耳の奥で響いてくるほどの大音量に思わず眉を顰める。ここに近づけば近づくほどに大きくなる音量に内心驚愕していたけれども、実際に到着すると予想よりもはるかに騒々しい。
何十、何百もの電子音がこれでもかというほどに重なり合って自身の存在を主張している。
「それに、こんなにたくさん……」
大量に並ぶクレーンゲームを前に驚愕を隠せない。存在自体は知っていたが、まさかこんな大型の機械が大量に区画整備された街並みのように所せましと並べられているだなんて思ってもみなかった。
「ぬいぐるみにお菓子、飲み物に野菜まで……。いくらなんでも、幅が広すぎでは?」
「まぁ、大は小を兼ねるって言うしね。いいんじゃね?」
兼ねて……、兼ねているだろうか、コレ。
大型の機械の中にはいろいろなキャラクターのグッズやスーパーに売ってるお菓子や食料品などが入っているが、正直、品ぞろえが良いというよりは節操がないと言わざるを得ないラインナップな気がするけれども。今時、コンビニでもここまで手広くはない。
「ステラはクレーンゲームってやるの?」
「私はやらないけど、お母さんは好きで度々ぬいぐるみとかお菓子を取ってくるね」
たまに一人ふらっと休日に家を出たかと思ったら、夕方頃にその日に取って来たらしい景品を抱えて帰ってくる我が家の母。小さい頃はぬいぐるみとかを貰うと嬉しかったものだけれども、高校生にもなると流石にその頃程テンションを上げられないのも事実であり、最近ではそういうのは全て、リビングの角に積まれていっている。
「景品自体にはあんまり興味がなくて、あくまでクレーンで景品を取る、ってこと自体が楽しいみたいでさ。だから取ってきた景品は私や妹にくれるんだ」
「へー、いいじゃん! アタシもぬいぐるみとか、ママにとってきてほしいな」
まぁ絶対ないけどね、とそう付け加えるミレイさんはこちらを羨ましそうに見つめてくる。隣の芝生は青く見える、というのと同じだろうか。私や月にとっては「また部屋のモノが増える」と言った感じにしか思えないが、彼女にとっては愉快で面白いお母さんに見えて羨ましいのかもしれない。
「ステラ自身は興味ないの?」
「まったくない、ってわけじゃないけどね。けど、こういうのってある程度のお金を使ってもらうことが前提になっているでしょ? それでワンプレイ百円、ってなるとなかなか……」
「あっはは、リアルな所を考えてるね」
母親がずっとハマっているためか、プレイしたことはないけれども、知識だけは人一倍ある私的にはどうも食指が働かない。なんでも世の中には確率機なるものがあるらしく、それは一定以上のお金を入れないとほぼ取れないお金吸い取りマシンらしい。お母さんの受け売りだけれども。
「そういうミレイさんはどうなの?」
「アタシ? アタシも一緒かなぁ。ヨッシーたちと遊びに来た時に二、三回試しにやってみるって感じ。取れたら取れたで持ち帰るのだるいから、やってる時がピークかなぁ」
「なるほど」
彼女の言葉に納得し、頷く。そう言えばお母さんもそんなことを言っていたっけ。小さい子供くらいの大きさのぬいぐるみなんかはそれこそ、持ち帰るだけで一苦労だって。
とりあえず、私も彼女も共にクレーンゲームに今日は用事がなかったので足早にその場を移動し、目的地へと向かうのであった。
「ステラはプリ、とったことある?」
「ないかな、初めて」
「やりぃ。カラオケに続いて、ステラのファースト、二個目だ」
「一なのか二なのかわかりにくいなぁ、それ」
そうツッコめば「あははっ」と彼女は笑いながら「たしかにー」と、本当に思っているのかどうかもわからない、雑な同意の言葉を口にした。本当に、ずっとなんとなくで喋っている人だ。それでいて聞いているこちら側に、雑に扱われた、のような印象を与えない辺りが彼女の人柄のなせる技なのだろうか。
「まぁ普通、もっと大人数で取るんだけどねぇ。ま、でも二人でも全然、よゆーで撮るからいいよね」
「そうなの?」
「うん。友達同士で撮るときはだいたい四、五人、とかかなぁ。あくまでウチらは、だけどもね。でもアタシはしたことないけど、それこそヨッシーとかは彼氏とのツーショをスマホカバーの裏に入れてるし、二人でも全然オッケーっしょ」
なるほど、そう言うものなのか。
「お、空いてんじゃん。ラッキー」
プリクラの機体が置かれている区画へと移動し第一声、ミレイさんがそう呟く。
「空いてるって、これで……?」
しかし、私としてはその言葉が信じられず、思わず聞き返す。彼女はこれを空いている、と形容したが、私にはどうもそうは見えない。下は小学生くらいから、上は大学生くらいまでの女子グループがパッと見でも十はいる。
「いやいや、日曜の昼間って考えたらこれは空いてるよ」
「そうなんだ……」
とりあえず、並ばないことには来た意味がない、と私たちは列の最後尾に向かった。
「台数的にすぐ順番回ってくるだろうし、今のうちに髪とかメイク、直した方が良いよ」
「なるほど」
確かに写真をこれから撮るのなら、身だしなみを整えるのは大事なことだ。
私は数時間前のように懐から手鏡を取り出し、移動で少しだけ崩れていた前髪を整え、次いで顔のメイクを確かめた。顔を横に、縦にと動かしてみて、どこか落ちていないだろうか、と光の当て具合を調整する。
「ん~~」
ミレイさんも私と同じようにポケットから手鏡を取り出し、前髪を調整し始めた。さっきまで対面で話していた私としては、彼女の髪は乱れていなかったと思うのだけれども、しかし彼女は「定まらないなぁ」と微調整を続けている。本人しか分からない問題なのだろう。
こんな風に、友人と一緒に手鏡で髪やメイクを確かめる、なんてことを自分がするようになるだなんて思ってもいなかった。なんてことはない瞬間だけれども、今、ちょっと嬉しくて楽しい自分がいる。
「あっ、空いたよ。行こっ、ステラ」
十数分ほど待っていると、私たちの番が回ってきた。私たちの後ろには気が付けばまた、十くらいの女子のグループが並んでいる。並んでいる人間の凡そ八割くらいが手鏡やスマホの内カメラで身だしなみを整えているのを見ると、この場所特有の景色だなぁ、と謎の一体感を覚えた。
こうして待っている人たちもたくさんいるわけだし、モタモタするわけにもいかない。機体側面の投入口に用意していたお金を入れてから、私たちは機械の中に入っていった。
お金を入れてから、中に入ることを指示されるまでにもいくつかの案内があったけれども、そこら辺は慣れているミレイさんに甘えさせてもらった。
『ポーズをとってね♪』
天井付近のスピーカーからやけに陽気な音声が指示を飛ばしてくる。
「ポーズって、何を……?」
「まぁ、適当でいいんじゃない? 好きなヤツやりなよ」
そんな投げやりな。適当なヤツが思いつかないからミレイさんを頼ったというのに。
『10、9、8……』
しかし、スピーカーからは無情にもシャッターを切られるまでのカウントダウンが流れ始める。テンカウントで決めろ、だなんて酷じゃないだろうか。格闘技でもないのだし。
焦った私は、これといった案が思いつかず、無難に右手を上げてピースサインをするのであった。気分が学校の写真撮影である。
パシャリ。シャッターが切られた音が機械内に響き、備え付けられたモニターに今しがた撮影された写真が表示された。
「あっはは、ステラってば! ピースって、ピースって!」
「……別にいいでしょ」
「いーけど、いいんだけど、ね……っ。っくく、プリでガン立ちピースとか初めて見たし」
「ミレイさんの意地悪……」
そんなに笑わなくたっていいじゃないか、と若干彼女の態度を不満に思う。確かに隣で彼女が慣れたように可愛らしいポーズを取っている横で、棒立ちをしながらピースしている自分という写真はシュールかもしれないけれども……。
ひとしきり笑って満足したのか彼女は「ごめんごめん」と本当に悪いと思っているのかわからない謝罪を口にしながら、こっちに寄ってくると、
「んじゃ、次はアタシに従ってね? まー、最初は定番のギャルピかな」
「ぎゃる、ぴ……?」
「うん、そー。ほらほらステラ、手ぇだしてみて」
そう言って右腕を私の肩に回すと、空いた左手を前に突き出す。頬と頬とがくっつきそうな距離だ。言われたまま私は彼女に倣って、右手を前に突き出す。
「そんでもって、こうやってひっくり返してからの……、ピースよ」
「……こう?」
パンチのように突き出した腕をくるっとひっくり返し、手のひらの側を上に向ける。人差指と中指とをピンと伸ばし、他は折りたたむ普通のピースサイン。手首は軽く上下に捻って、若干斜めの向きでカメラにピースサインを向けた。
「……これって、普通のピースと何が違うの?」
「え、全然違うじゃん。ポーズに捻りが出るしさ」
……なるほど。
すぐさまパシャリ、と二回目の撮影の合図が辺りに響いた。先ほど同様、画面に今撮ったばかりの写真が出てくる。
それを見てみれば、確かに彼女の言う通り、同じピースサインでも最初の棒立ちとは全く違って見える。写真というモノは、どうやら奥が深いらしい。なんというか、棒立ちだと人影が平面に映っていたのに対し、腕を前に回したり、捻りを加えたことで一気に人影が立体的に映っている。
この前後の変化に感動した私は、残りの撮影では全て彼女の指示に従うことにした。
「ほらほら、ステラ。二人でハートマーク作るから、そっちでも私の鏡合わせにして、くっつけて」
「えっ、えっと……、こう?」
右手と左手とで半分ずつのハートマークを作ってはくっつけて一つの大きなハートマークにしたり。
「今度は一人でハートね。今流行りのハートは片手で……、こう!」
「……こう? なんだか指がつりそうだけど」
大きなハートマークに対して今度は小さなハートマーク、と親指と人差し指とをクロスさせてハートの形を作ってみたり。
「んじゃ次は……、思い切ってハグ写真! いえーい!」
「わっ、ちょっと!?」
油断したところで急にミレイさんに抱き着かれ、そのままシャッターが切られたり。
本当に、いろいろと私の知らない写真撮影を繰り返す。私の中で写真とは、家族写真みたいに自然体で撮るか、証明写真のように形式ばって撮るか、もしくは学校で軽くポーズを取ってと言われてピースしたりするくらいしかなかったので、酷く新鮮だ。
最初は戸惑いが多かった私も、自然に乗り気で彼女と一緒に写真を撮っては次へと進む。なるほど、これがプリクラか。たしかに、あんなにハマる人も出てくるわけである。
……と、そうすること十数分。撮影終了して疲労懇倍で機械の外に出た。撮影中はノリノリだったけれども、今振り返るとちょっと、いやだいぶ恥ずかしいことをしてしまった気もする。
しかし、楽しかった。いい思い出……。
「んじゃ、これからが本番ね」
「……え?」
何を言っているのか、彼女は。もう、写真撮影は終わったというのに。それなのに、これからが本番だなんて、異様なことをおっしゃる。そう思った私に対し、彼女こそ「何言っているんだ、コイツ?」的な視線をこちらに向けてきた。
しかし、撮影が終わった以上、何をやると……。
「当たり前でしょ? プリはデコることのがメインなんだから」
「……あ」
言われて思い出す。すっかり、写真を撮るだけで満足してしまっていたが、そう言えばプリクラとは別に写真撮影のためだけの機械ではないということを。
ミレイさんに引っ張られるまま、機械の右側に向かう。そこにはタッチパネルと、操作用の電子ペンのようなものが置かれていた。
「ねーねー、ステラも何か書きなよ~」
早速とばかりに彼女は置かれたペンを手に取ると、慣れたように画面を操作していろいろとデコレーションを施し始める。
肌を白く、顔を小さく、目を大きく。ペンで文字やイラストも追加していくその手際はまるでプリクラのプロのようだ。プリクラにプロが存在しているのか、全く知らないけれども。
とりあえず、何も知らない私が参加して台無しにするのも怖かったので今回は見ているだけにさせてもらう。
「あっはは、ステラってばかわいいー! 目ぇ、半開きじゃん!」
「もうっ、からかわないでよ。慣れてないだけだから」
撮影した写真の中には慣れてないせいか目が半開きであったり、像がブレたりしている写真もあったらしいけれども、それは勘弁してほしい。
そんなことを思いながら、どんどん別人となっていくモニターの中の自分たちの写真をじっと眺めるのであった。
「はい、ステラの分!」
デコレーションも終え、ようやく完成した写真が筐体から吐き出された。ミレイさんがそれを取り出し口から抜き取って、私に半分手渡してくる。
「……」
その写真は、撮影時とはもはや全くの別物となっており、映っているのが私とミレイさんの二人であるというのも言われなければわからないくらいだ。『大好き!』や『なかよし!』みたいな文字もデカデカと書き込まれており、もはや私たちよりもデコレーションされた文字たちの方が主役な気もしないでもないけれども……。
しかし、そこに確かに込められている親愛の情に私は「ふふっ」と笑ってしまう。確かにこれは、大切な人との思い出作りとして良いかもしれない。
「アタシはこのままケースに入れちゃお」
「私はケースを使ってないから……。シールとかで、貼った方が良い?」
「ん~、止めといたら? 濡れたら地獄だよ」
ミレイさんは「えいっ」と言いながら、自身のスマホのケースを取り外し、背面に今しがた出てきたばかりの写真を挟み入れる。
せっかくなら自分もそれに倣ってみようか、と思うもそもそも自分はスマホのケースを使っていないので叶わぬ夢であったとすぐさま気が付く。
「百均とかでクリアケース買う? いや、ステラのモデルのケースってまだ売ってるかな」
「なるほど……、確かに」
せっかくの思い出の品だし、部屋の隅で埃を被らせるのももったいない。
「んじゃ、行ってみよっか」
「うん、そうだね」
二人、意見を重ね合わせる。賛成二人、反対ゼロ人。
投票率百パーセントな民主主義的投票に従って、私たちは次の目的地へと向かうのであった。
次回、第一章完結