第4話
つい最近、夏至を迎えた放課後らしく時間帯に対してまだ明るい街の一角。数十分前に自身が発した「カラオケいくべ宣言」の通り、電車に揺られて、ちょっとは歩いて。たどり着きました最寄りのカラオケ。
現在、店前の入り口扉の前に女子高生二人で並んでおります。うーん、青春の香り。
「……私、カラオケって初めて来た」
「マ? 高二で初カラって、いいんちょーってマジいいんちょーなんだね」
「マジ委員長ってなに……?」
しらね。自分で言ったけどマジいいんちょーってなんなんだ。だいたい、七対三くらいの割合で反射的に話してるから口にしたウチでもその真意は知らんのよね。
てか、こてんと頭を横に倒して「わかりません」って感じのポーズをやってるいいんちょー、めっちゃ可愛いんだけども。なにアレ、めっちゃいいじゃんそのポーズ。今度マネして自撮りしてみよかな。
……と、思考があっちこっち散らかった。今はカラオケに来たんだから、カラオケに集中するってもんでしょ。
「でもさ、入学してすぐの頃とかクラス会的なのなかった? ウチのクラスはカラオケ行ったけど」
流石に一年以上前の話だから何月何日に、とか、そこで自分が何を歌った、とかは覚えてないのだけれどもね。とりあえず入学して友達とか中学の頃から知ってるやつしかいなかったから、で提案した突発イベだったし。多分、スマホの写真を遡ればそん時のヤツも出てくるだろうけど。
去年はいいんちょーとは別クラスだったから実際にそんなイベントをやろうとしていたかは知らないんだけどもね。ヨッシーのクラスは焼肉だったっけ。
でもまぁ、高校入学して最初の頃なんてだいたいカラオケ行きがちでしょ、とは思うが。
「……そういえば、そんなことを言っていたよ人も居た気が」
「だっしょ? やっぱあるよね~。行かんかったん?」
「記憶にないってことは恐らく……」
行かなかった、と。なるほど、なるほど。
「別にいいんちょー、コミュ障ってわけでもないっしょ? ここに来る途中までとか、普通に話せたし」
「まぁ……。特別得意、ってことはないけど、苦手意識もないって感じかな」
「だよねー」
じゃあなんでそん時ボイコットしたん?
……そう尋ねようかと、続けようとして、すんでのところで飲み込んだ。自他ともにノンデリを自覚している――自他なら自認じゃなくね? とも思うけど――私でも、流石にそれがレッドラインなのはわかったから。
(コミュ障でもないのにクラスの最初の交流会を避ける理由なんて、まぁ、だいたいアレだろうしね)
人付き合いが嫌って人種なら、それこそいいんちょーはいいんちょーなんてやってないだろう。大方、何か用事があったとか、体調が悪かったってところだろう。あんまりよくはいいんちょーのこととか知らんけど、適当な理由で誘いを断るようには見えないしね。
「そっか~。んじゃあ、いいんちょーの記念すべきカラオケデビューは僭越ながらこの私めがお供させていただきますか~」
話題が変な方向に転がる前に私はそう、ふざけた物言いで会話にピリオドを打ちながら店内へと入った。
「あ、待って……」
「まぁそんな偉そうなこと言っても、別に大したことしないんだけどねぇ。すんませーん!」
そんな私を追いかけるようにして店中に入ってくるいいんちょー。私は後ろ目にそれを確かめながら、誰も居ないカウンターの奥に向けてやや大きめの声で店員を呼び出した。
カウンターの上には呼び出し用のボタンも置いてあるけど、まぁ今回は縁がなかったということで。これからすぐに歌うんだし、喉の調子を整えたってのは即興の理由としてはピッタリではないだろうか。実際はただ、ボタン押すのも面倒だっただけだけど。
結局のところ、店員さえ呼び出せればいいわけだしね。
「らっしゃせー」
「お、きたきた」
暫く待てばカウンターの奥からゆっくりと、気怠そうな挨拶とともに店員がやって来た。たぶん、初動からずっとこの速度で移動していたからだろうけど出てくるまでにまぁまぁ待ったな。普通に聞こえてないんじゃないか、と思ったし。
「高校生二人、時間は……、ね、いいんちょー? 何時間にする? 私的にはフリータイムでオールもおけ、って感じだけど」
「時間? そっか、カラオケって最初に入っている時間を伝えるんだ……」
そう呟いてポケットからスマホを取り出すいいんちょー。時間の確認でもしているのかな、と私も上からひょっこりと覗き込むとそこにはいいんちょーらしく初期デザインのホーム画面に『17:49』とデジタル表記の時計が浮かび上がっていた。
(……てか、めっちゃ古い機種じゃん。なにこれ、化石?)
いいんちょーが取り出したスマホに何か違和感があるなぁ、だなんて見つめること数秒。まるで間違い探しのようであった僅かな差異だけれども、今回は運よくすぐに気が付くことができた。
(今時ホームボタンが付いてるスマホとか珍し……)
ウチらが小、中学生くらいのモデルからホームボタンが廃止されていったはずだから……。当分は過渡期ってのもあったけど、それらを考慮しても彼女が今使っているスマホは三世代は前の機種じゃないだろうか。
(へー……)
まぁ、だからなんだ、って話なんだけども。いや、使ってるスマホのブランドとか、それが最新機種かどうかとか――ウチとしてはクソダサいとは思うけど――そういったある種の持ち物の格でクラス内での見る目が変わると言うことを踏まえると……。
ひとりの女子高生、ただのギャルとしての意見としては強気と言うか、世間知らずと言うか、時代に取り残されていると言うか。
(なんてゆーか。マジで、いいんちょーって感じするわ)
私は無意識に、ぽりぽりと頭を右手で掻いた。
「私はできれば20時には家に帰りたい、かな」
「……おっけ、んじゃあ今がだいたい18時だから今日はお試しの一時間って感じにしとこ? んで、ならドリンクバーじゃなくてワンドリンクでいっしょ。いいんちょー、炭酸とか大丈夫?」
そう、いいんちょーにまくし立てるよう尋ねると、ハトが豆鉄砲を食らったような表情をし、次いで質問の内容をかみ砕いたのかコクコク、と二回ほど小さく頷いた。
「んじゃ、コーラ二つで。そんでもって、ほいほいほいっと」
アルコールを飲まない……とか、とか反社会的勢力に……とか、市の条例が……とか。そういった確認事項が浮かぶ画面を慣れたように右手でタップして手続きを進める。まぁ、慣れたように、ってか実際に慣れてはいるんだけども。よく遊ぶメンバーの中でも割と受付の手続きを私がやるから。
「あざます。お部屋番号、18番になります」
「あざーっす」
そう言ってやる気のない店員が差し出してきた伝票などをピッ、と半ば奪う様にして受け取った。18番となると……、一階かな。割と近くてラッキーだ。あんま歩かないで済む。
「んじゃ、行こっか」
「はー。これが、カラオケ……」
三十秒も歩かないくらいで18番の部屋に着いた私たちは扉を開いて中に入る。防音の為なのかは知らんけど、普通の扉より厚くてやや重い扉。これを押し開くとカラオケに来たなぁ、って感じがして個人的にはちょっと好きだ。
「は~~……」
きょろきょろと室内を眺めるいいんちょー。借りてきた猫の様でなんだか可愛らしい様子だ。確かに、初めてカラオケに来たのなら私には見慣れたこの室内も真新しく映るのだろう。
電気は落とされ真っ暗、灯りと言えばデンモクと中央のモニターだけ。机の上にはやけに種類豊富なフードの注文メニューとかが並べられ、付近には充電されているマイクが立ち並んでいるこの景色。
改めて見てみれば、ハイテクっぽくなくもないな。多分、小学校低学年くらいまでならロボットの中って言っても信じそうなくらいにはマシンに囲まれているし。スピーカーからとかミサイル撃ち出されそうだし。
「はー、あっつ」
私はピピピ、と壁についてるエアコンのリモコンで冷房をガンガンに稼働させながら制服の上に来ていた夏用のカーディガンを脱ぎ去り、適当に備え付けの椅子に放った。
「ちょっと、皺になるかもよ?」
「まぁまぁ、気にしない気にしない。なったらなったで、その時よ」
そもそもぴっちりしてるカーディガンとか、別に可愛くないし。多少の皺が付いた方が立体的でかわいいかもしれん。こう、こっち側に飛び出る感じで。
「そもそも、暑いくらいなら着なければいいのでは?」
「いやぁ、ウチの学校の夏服、ちょーダサいじゃん。流石にこのシャツ一枚で外を歩くとか、ないっしょ」
そういいながら今しがた露わになったシャツの胸元を片手で引っ張り寄せ、パタパタと仰いで中に冷たい空気を送る。
あぁ、生き返るような気分だ。ただでさえ暑いってのに、熱を籠らせるような真似してるから、こん中は軽いサウナみたいになってるし。蒸し蒸しよ、蒸し蒸し。汗とかで張り付いてるとことか、気持ち悪いし。
「……別に特別、制服がおかしいってことはないと思いますけど」
「えーー??? ココとか、あとココとか。無駄に変な線とか入れてるとことか、ダサくね? いっそ、無地なら可もなく不可もなく、って感じでよかったのに」
んならあんなカーディガン着なくてもいいしね。涼しさを取ることができるくらいにはギリ許せるデザインよ、シンプルイズベストってね。逆に今のデザインは涼しさを取るのも憚られるくらいにはダメってことだけども。
……と。
アタシとしてはこのままいいんちょーと制服談義をするのもやぶさかではない、っていうかめちゃくちゃグッドなんだけれども。流石にそれじゃあここまでやって来た意味もない。
私はドサリ、と適当に近くの椅子に腰を下ろすと、トントン、と近くの席を叩いて依然立ったままのいいんちょーを隣に呼ぶ。いいんちょーはこちらの意図を察したのか、何の躊躇いも無くこちらまで歩み寄って私が今しがた指示した座席に着いた。
よし。
準備は整った、と、私は隣に座る彼女の方へと身体を向けるとその瞳をまっすぐに見つめて離さない。こっからは嘘も建前も許さんぞ、と、可能な限り視線に込めて。
「……んで、さ。落ち着ける環境になったから教室での話、もっと詳しく教えてよ」