「……なるほどねぇ」
「うん……」
二人カラオケボックスで腰を据え、いいんちょーの話を聞くこと二、三十分。いつしか届いていたコーラで喉を潤して、「ふむふむ」なんて適当に呟きながら、さっきまでの話をかみ砕く。割と頭が悪めな私だけども、教室で一度軽く説明されていたので何となくはわかった。
つまり彼女の話の要点をまとめると……
「いいんちょーって、小説書いてたんだ……」
「うん……。――えっ?」
いやぁ、こりゃ驚いたね。前からなんとなく真面目そうというか、私みたいに漫画とかショート動画ばっかりに時間費やしてないで、分厚い辞書みたいな文字ばっかりの本とか読んでそう、なんて思っていたけど。読むのも好きだし、書くのも好きとかさ。
「よくわかんないけど、それってすごくね?」
「いやいやっ、全然すごくなんかないよ! 書くだけなら誰だってできるし!」
「いやいや、誰にもは無理よ。少なくとも私にはマジ無理だし。小学校の頃の読書感想文すら泣きながら必死にやってたしさ」
しかもなんなら、必死にやっても終わんないからママに結局最後は手伝ってもらったまであるし。そんでもって実力以上の読書感想文が完成してしまったから変な賞状とかも貰ったっけ。あの時は気まずかったなぁ。
「んじゃ、いいんちょーは小説で賞を取るためにギャルについて知りたい。だから私に声を掛けた、と」
「……そうだね、うん。正確に言えば、賞を取るっていうよりは、本として自分の書いた物語が出版されて欲しいっていう、酷く自分勝手な話だけど」
「なるなる。いいんちょーってば、顔に似合わず野心家なんだ」
賞よりも出版とか、イメージと違うな、ってなんとなくそう思う。もっといいんちょーなら、憧れの作家の賞。えっと、……なんだっけ。芥川とか、直樹とか、そんな感じの人の名前がついてる賞を取りたい! ってのがピンとくるんだけども。
いや、話を聞く感じだと本を出版して印税でがっぽり! ってよりは、自分の書いた物語で一人でも多くの人を笑顔にしたい、みたいな可愛らしい理由らしいけどもさ。
しかしやっぱり、しっくりこないといえばこないんだけども。まぁそこら辺は、私がいいんちょーのことをあまりよく知らないってだけかもね。ウチ、さっきからずっと自分の中のイメージのいいんちょーと比較しかしてないし。
うーん、というか、そうだなぁ。
「なるほどねぇ、だからあんな必死だったんだ。私てっきり……」
「てっきり……?」
――告白でもされるんじゃないか、って。
そう言いそうになって、すんでのところで止めた。女二人で何言ってんだ、って感じだし。
いや、でも。言い訳させてもらうとするんだったら別にウチ、悪くないと思うんだけどね? だって、今まで対して会話したこともない人から急に「放課後に二人きりで話したい」って言われたらさ。JK的に見て、これってほぼイコールで「これからお前に告白してやるぜ!」みたいなもんじゃん?
んでもって、実際に教室に向かったらやけにモジモジして口を開かんしさ。あんなん、いざ呼び出したはいいけど最初の一言がどうしても出てこない系女子そのまんまだったし。恋愛マンガでよく見たよ、あーいうの。
この時点で私が「告白されんじゃね?」なんて勘違いする理由としては十分だろうけどもさ?
極めつけはアレよ、アレ。全然口開かんからムカついたアタシが教室を出ようとした時、急にいいんちょーが駆け寄ってきてさ。そんでもってアタシの腕を掴んできて。
(最後にはまるで、……ってか完全に腕ン中に抱かれたし……)
突然掴まれた腕を思い切り引かれて、体勢を崩しながら振り向いて。そんなウチの背中に滑り込ませるように反対の腕を差しこんで抱きとめてさ。気が付いたら背中を向けていたはずのいいんちょーと顔の距離、ほぼゼロだったし。
あれで勘違いすんな、って方が無理だってアタシは思うのよ。
(はー、顔面あっつ。今思い出してもヤバいわ、アレ……。マジ、距離感イカレすぎだったし)
いくら同性とはいっても、あそこまで近づいたらそりゃあドキドキくらいするし。いいんちょーの顔とか、ちゃんと見たこと無かったけど、よく見たら普通にめちゃ整ってたしさ。ビジュいいヤツとゼロ距離とか、ふつーに無理よ無理。
私は勝手に熱を帯びだす顔をパタパタと両手で仰いで冷まし、適当にコーラを飲んで体を冷やした。勝手に告白されると勘違いして、んでもって同性相手に顔が良いからって若干メロついてるとかキモすぎだし。
ってわけで、話題を元に戻すことにする。
「ギャル、ギャルねぇ……」
「うん……」
くるん、くるん、と適当に右手で毛先を弄くりながら呟く。最近染め直したばっかりだから割と発色は良くてよき。まぁ一回でも髪洗うとアレだから染めたばっかりの当日が最強なんだけどね。……あ、枝毛見付けた。萎え。
「マジ、教室でもショートしかけたけどギャルってなんだ。私がわからん……」
「そんなぁ……」
いざ考えてみるとギャルってなんなんだ? てか、ウチはギャルなの? いや、これまでずっとギャルのつもりではいたけども、本当にアタシはギャルと言って大丈夫な人間なのか自信が持てないんだが。
ギャルってどこからギャルなんだろう。やっぱファッションとか? でも一口にギャルって言っても全然スタイル違うし、アタシとヨッシーとかも全然違う系だけど両方ギャルではあるわけで。
んじゃあ話し方とか? いやいや、流石にそんな雑な区切りじゃないか。昨日まで「あたくし」なんて自分のこと言ってたお嬢様がそのまま「ウチ」とか言いだしてもギャルっぽさゼロだし。
うーん、わからぬ。
「ん~~」
「……ちょっと、天音さん」
わからないからバカなりに悩み続けてみる。途中、自分の髪を弄っているのに飽きたから横に座るいいんちょーの髪に手を伸ばした。いいんちょーは「ちょっと」なんて口では軽く制止するも、その顔や声色には嫌悪感を乗せていないので、アタシは遠慮なく、さらり、といいんちょーの前髪を左手で流す。
(うっわ、やば……)
思わず、息を飲み込む。アタシは瞬間、呼吸を止めたような錯覚に襲われた。
(いいんちょーの顔とか、こうしてちゃんと見たこと無かったから気が付かなかったけど……。コレは、ヤバすぎじゃね? マジのガチでビジュ強すぎじゃん)
正確に言えば学校でのアレコレで顔を接近させたときにも見たんだけども、あれは気が動転してたしノーカンってことで。
(うっわ、目ぇでっか。まつ毛も長くてバサバサじゃん。肌とかもクソ綺麗だし、鼻の形とかも完璧じゃね?)
見れば見るほど、作りの良い顔立ちだ。パーツ一つ一つの完成度も高いのに、その配置もパーフェクトとか、自分と同じ人間なのか疑いたくなる。
(前髪とかメガネとかで若干芋っぽかったからわかりにくかったんだなぁ……)
さらに言えば今右手で押し上げている前髪もさらっさらで、絹みたいに細く滑らかな触り心地だし。もともとの顔立ちが可愛い系ってより美人、かっこいい系なのもズルいし。
逆に何で今日まで気が付かんかったんだ?
(あー、そう言えば……)
なんか急に思い出したけどもそういえばクラスの男子がなんかの下世話な話に彼女を挙げていたっけ。確か、「クラスで付き合うなら?」みたいなクソ上から目線のヤツ。あれで確かいいんちょーは一位とか二位になってたような気がする。
あんときは、あんなゴミみたいな話題に自分を含まれた方に目がいったから気が付かんかったけどもさ。
あれ、そういえば……
「いいんちょーってメイクとかしたことある?」
「メイク? ……いや、その。恥ずかしながら、まったくっていってほど経験がないんだけども」
「えっ、マジで!?」
衝撃の告白に自分で尋ねておいてこっちが面食らってしまった。いや、高二になってメイクの経験がないってのもびっくりだけどさ? それ以上にびっくりなのは……
「んじゃ、今のこれってガチのマジすっぴん!? いや、うっすらそうかなぁ、とは思ったけどもそれがガチならいいんちょー、マジ美少女じゃん!?」
「美少女って、そんな……。そういうあなたこそ」
「いやいや、私が毎朝どんだけ必死になって盛ってると思ってんの!? はーっ、これが生まれつきかぁ、羨んじゃいけないとはおもうけどズルいなぁ……」
コンプの左目だけ一重なのとかもそうだし、肌もまつ毛も眉も色々と手を加えての完成系がこれだっての。マジ、顔面工事となんら変わんない程度にはアレコレ盛ってるんですよ、こっちは。
だから昨日だってメイク関連でも反省文を書くことになったし。他の理由でも書いたけども。
……てか、あの反省文を渡してきたのもよく思い出せば――いや、よく思い出さなくてもなんだが――いいんちょーだったし。あん時は「これくらいのメイクくらい見逃せや!」とか思ってたけども……。なるほど、恵まれた顔をお持ちのいいんちょー様は必死にメイクをするという下民の努力を知らなかったらしい。
……こんちくしょうめ!!
「天音さん……?」
「はっ!? アタシは何を……?」
いかんいかん。嫉みパワーで思考が遥か彼方にぶっ飛んでた。
それもこれも目の前に晒されてるノーメイク、ビジュつよつよの顔面が悪いんだけれども。
なんかムカつくし、このままほっぺとか引っ張ってやろうか。……いや、流石にイジワルが過ぎてるかな。やめとこう。
「……んまぁ、よし。あんまよくないけど、よし」
「……?」
思考をマイナス方面からプラス方面へと切り替えよう、とコーラをもう一口。炭酸の刺激とコーラの爽やかな風味が私の鬱屈とした思いを洗い流してくれた。
なんなら一緒に名案も浮かんだし。マジで、コーラさまさまって感じだね。
「ね、いいんちょー?」
「どうしたの?」
「こんだけ土台が良いってのに、ノーメイクとかもったいなさすぎだとウチは思うのよ。……でさ、いいんちょー、今度の日曜空いてる?」
「空いてるけど。それは、何故……?」
そう尋ね返すいいんちょーを見て、自然と自身の口角が上がっていくのを感じ取る。理由は単純に、優越感からだ。
なんといえばいいか。勉強とかじゃ絶対勝てないいいんちょーに、今の一瞬だけ、この場面だけはアタシの方が一歩先に行っているってことへの優越感、というべきか。アタシの方が今は強い! 的な?
あとは……、まぁ、他にもあるけども。そこら辺はどうでもいいか。
とにかく。アタシはわざと勿体ぶるように、そしてやや偉そうに胸を張りながら自身の提案をいいんちょーに伝えるべく口を開く。
「決まってるっしょ。いいんちょーはギャルを知りたい。私はギャルを教えてあげたいけど、教えられない。なら、やることは一つ!」
いいんちょーは小説だかを書きたいからギャルを知りたい。だから私に。クラスのギャルに「ギャルって何?」って聞いてきた。すごいよね、普通にそれも。アタシだったら無理よ、無理。
でもそのギャル、つまりは私は私で「いざ問われるとギャルって何ぞ?」ってなって答えられない。アタシ、フツーにバカだから言語化とか得意じゃないし。ギャルを言葉で説明とか無理中の無理なのよ。
じゃあどうするか? そりゃあ、ね。
……言語化できる奴が、言語化すりゃあいいのよ。
「私がいいんちょーをギャルにしてやって、いいんちょーが自分でギャルを理解する!」
そう。アタシじゃ無理ってんなら、アタシ以外が言語化すればいい。それこそ……、小説を書くいいんちょーなんかが言語化すればいいんだよ。「ギャルって何なの?」って質問の答えを。他ならぬ、自分自身で。
いいんちょーがギャルになってギャルがわかるようになれば、それで全ては解決ってワケ。自画自賛だけど、マジ頭いいと思うわ、ウチ。
つーワケで。
「わたしがメイクしてやんよ! 覚悟しとけ!」
ビシッ!
アタシはそのから立ち上がり、横に座るいいんちょーに向けて人差指を向けてそう宣言するのであった。
「……、と、それはそれとして。話し込んでたら残り時間、三十分くらいになっちゃったね。何歌う? 先入れていい?」
「あっ、うん。でも私、コレの使い方がよくわからないんだけど」
「デンモクね、おけ。んじゃあアタシのやり方見てて」
アタシはとりあえず直近のランキング一覧を開いて、無難に一番上の歌を予約した。