「へ~、この機械ってこうやって使うんだ。他の人が歌っている時に次の曲が予約できるって便利~」
ぽちぽち、ぽちぽち、と物珍しそうにデンモクの画面を指で叩くいいんちょー。なんだか初めて携帯を買ってもらったおばあちゃんみたいで微笑ましい。
そう言えばさっき入り口で見た彼女のスマホもだいぶ古い機種であったか。もしかしなくとも、いいんちょーはそういった現代のテクノロジーにはあんまり興味が無いのかもしれない。
ケースにも入れられていない素の姿のスマホは今どき、かなり珍しいと思うがそんな武骨さが彼女らしかったのを思い出して、わずかに笑ってしまう。
なんとなく気になったアタシは「いいんちょーってスマホとか、あんま慣れてない感じ?」と尋ねてみた。
「高校入学のあたりにお母さんが連絡用に、って買ってもらってね。慣れるも何も、そもそも携帯電話なんてそんな高頻度で使うモノでもないでしょ?」
「え~~? あたしは暇があれば見てるけどなぁ。連絡きてないかなぁ、とかちょっとSNSみよー、とかさ」
そう答えると心底不思議そうにこちらを見つめ返すいいんちょー。やめて欲しい。そんな「物珍しい人」みたいな目で見ないで。アタシを珍獣みたいに見ないで。
たしかに人間として健全なのはそっちかもだけど、今どきのJKのサンプルとしては私の勝ちだから。JKとスマホ依存ってポテトとハンバーガーくらいにはニコイチでしょ。
「……あっ、そーだ」
若干の気まずさを覚えていた私は半ば強制的に話題を変えるようにして大きめの声をあげた。
「今度の日曜の約束もしたことだし、連絡先交換しよーよ。インスタとかやってる?」
「いっ、いん……、いんすた?」
「あー、おけ。んじゃあLINEは?」
ふるふる、と首を横に振るいいんちょー。マジか。今時、スマホを使った連絡手段って大体がLINEかインスタのDMじゃないの? その両方を使ってないで今までどうやって意思疎通をしてきたと言うのだ。クラスの委員長とかそれこそ連絡する機会多そうだけども。
「私、普段のやり取りは電話とメールを使ってて」
「マジで!? いいんちょーってか、それはもうサラリーマンじゃん!」
衝撃の告白に素でつっこんでしまう。あぁ、でもなんだろう。普通、JKがメッセするのにLINEとか使わずにメールするのとかイミフだけども、いいんちょーがってなるとなぜかすっごく想像できてしまう。電話越しに律儀に頭を下げるいいんちょーの姿とか、メールの文面がバカみたいに形式ばっているのとか。
……むしろ想像したらしっくりきすぎて怖いまであるな。
「んじゃ、まぁ今回はメールでいっか。ここでアカウント作ってたらそれこそカラオケ出なきゃだし。アドレス、覚えるの無理ゲーだからこれにでも書いてちょ」
そういって備え付けの紙ナプキンを適当に二、三枚引き抜いて手渡す。
いいんちょーはそれを受け取るとポケットからペンを取り出し、流れるような仕草でイメージ通りの綺麗な文字を書き込んでいく。手渡してから気づいたけど、普通にここで一回メールを送ってみるなり、アドレスが出てる画面の写真を撮るなりすりゃあ済んだ話だったが……。
(……きれい)
それを指摘することはできず、ただ目の前で文字を書き込むいいんちょーの姿に目を奪われるだけであった。姿勢正しく、先ほどまで笑みを浮かべていた顔から表情が抜け落ちて怜悧に、目をうっすらと細めて。まるで抜き身の日本刀を見ているような気分。危なく、怪しく、美しい。
その姿を見て彼女は小説家志望だ、と言っていたことが頭の中で反響する。
……いや、彼女が手書きで小説を書いているのかとか知らんけども。なんなら今ここで書いてるの、アルファベットと数字だから小説書くのとあんま関係なさそうだけどさ。
「はい、これ」
「……あんがと」
少しして書き終えたのかいいんちょーが紙ナプキンをこちらに手渡す。アタシはさっきまで見惚れていたことを悟られるのは恥ずかしいと思ってしまい、ややぶっきらぼうな返答をしながらそれを受け取った。
「……?」
当然、そんなことを知らないはずのいいんちょーは急にぶっきらぼうになった私に「どうしたんだろう?」と不思議そうな視線を向けるが……。とりあえず、見逃して欲しい。アタシがただ気まずかっただけだから。
若干気まずさを覚えながらアタシは逃げるように紙ナプキンに眼を通す。メールアドレスってたいてい名前だったり誕生日だったりが入っていたりしているものだけれども、どれどれ……。
「sutera……、ステラ? 何、いいんちょー。星が好きなの?」
「え、違うけど……。なんで?」
今度は違う理由で不思議そうにこちらを見つめ返すいいんちょー。いや、なんではこっちのセリフなのだけども。もしやアタシの見間違えか? ともう一度紙ナプキンに視線を戻すもそこには変わらず「sutera」から始まるメールアドレスがしっかり黒のボールペンで書かれている。
やっぱり見間違いではなく、ステラはステラだ。
「だって、suteraってよく知らんけど星とかそんなんじゃなかった?」
「あぁ、なるほど。……って、綴りが違うでしょうに」
……そうなのか。ステラ、イコール、星の図式は脳内にあったけども。
いいんちょーの反応的にステラが星、って連想はあってそうだけども。流石にアタシじゃその綴りまでは知らなかった。いや、流石にsuteraは違うだろ、って感じかもだが。直球に書き過ぎだし。多分、rはlだったりなんだろうな。よくある、よくある。
「へー。んじゃあ、なんでステラなの? あだ名とか?」
「あだ名も何も……。えっ、それ、本当に言ってる?」
こちらの顔を信じられない、みたいな顔で見てくるいいんちょー。なんだよ。こっちとしてはマジで知らんのよ。steraって何さ、steraって。綴りが違う、別の意味の単語か? playとprayみたいな。知らんし、そんなん。
「へー、へー。あたしは所詮いいんちょーと違って学のないクソギャルですよ~、だ。なんだよ、そんなイジワルしないで教えてくれてもさぁ」
若干イラっとしたアタシはぐでぇ、と備え付けの机の上に上半身を乗せて伸ばした。ついでにこの気分をコーラで流してしまおうか、とストローを引き寄せるも流石に頭の位置が低いせいで口まで届かない。
「……意地悪も何も、そんなのじゃなくって。ステラって、その……」
いいんちょーはこちらを見つめながらおどおどと、やや気まずそうに視線を彷徨わせながら口を開く。アタシはその様子を眺めて若干、内心、「これもしかしてミスった……?」なんて思うももう遅い。
そもそもいいんちょーがそんな、こちらの無知を嘲笑うような性格じゃないってこれまでの短い会話でもわかっただろうに。
いいんちょーはぐ、と少しだけ言葉を止め、一瞬だけ溜めると再度その口を開き「sutera」の意味を口にする。
「――私の本名、だけど」
「……え?」
「私、九条流星。流れ星って書いてステラ。……えっ、もしかして貴女」
背筋に冷や汗が流れ落ちる。
「私の名前を知らなかったからずっといいんちょー、って役職で呼んでいたの?」「…………え?」
結論、アタシはやっぱりモノも知らないバカギャルだった。
ただ、本気で、本当に、ずっといいんちょー、いいんちょーって言い続けて。名前すら知らないままだったことに、今の今まで気が付かないでいただなんて。本当に、自分でも擁護できないくらいには、大バカ仕草。
アタシはその場でただただキャパオーバーで、固まってしまうのであった。