第9話
ステラとの約束の日である日曜日がやってきた。あのカラオケの日から日数にして実際は五日ほどしか待っていないというのに、アタシはなんだか一年くらい待たされたような気分でいた。「まだかな、まだかな」だなんて意識すればするほど、時間はゆっくり経過するようになっていってさ。自分に対して「ガキかっつーの」だなんて何回ツッコミを入れたことか、もう覚えていないくらいだ。
アタシはあの日、家に帰ってから速攻で受け取った紙ナプキンに書かれていたメールアドレスを登録して彼女にメールを送った。文面は簡素に「日曜どこ集合にする?」って短文を一つだけ。
普段と何ら変わらない、適当な文章だと言うのに使うのがLINEやインスタじゃなくってメールってだけで嫌に緊張したから送るのにちょっと時間がかかったのは苦い思い出だ。メッセージアプリならポコン、と数あるメッセージの一通にしかならないのに、メールだと形式ばった独立した一通になるしさ。
しかしまぁ、最初は緊張したけども、何回もやり取りした今はあんまり苦手意識はない。最初こそ集合場所の質問から始まったが、慣れた今では好きな食べ物とか最近あった面白い出来事なんかの、どうでもいい内容も思いつくままに彼女にメールを送っている。
基本、彼女は関係ない雑談のような内容のメールをアタシに送ってくることはないから、アタシが一方通行的に送り付けているだけなんだけどもね。ステラってば、めちゃくちゃ律儀だからだいたい何でも答えてくれるから調子乗っちゃうのよ。
何なら昨夜とか、今日のことが楽しみ過ぎてテンションを狂わせていたアタシは魔がさして「今どんな下着履いてるのかな~??」だなんて、今思うとクソキモいセクハラメールを送ってしまったし。
いや、言い訳させてもらえるのならば――そもそも誰に言い訳をするわけでもないけども――マジで何聞いてもステラってば真面目に答えてくれるからさ。そんなんなったら誰だって思うじゃん。「あれ? これ、どれくらいまでの質問ならセーフなんだ?」って。
……いや、言っておいてアレだけど何の言い訳にもならないな、コレ。
しかもメールだから送信取り消しとかもできなかったから、更にヤバかったし。送ってすぐに自分のしたことのヤバさに気が付いて青ざめて冷や汗が止まらん、止まらん。
とりあえずアタシはその場で速攻でステラに電話をかけて――電話番号もそれまでのメールのやり取りで聞いていた――今送ったメールは開くことなくゴミ箱に送ってくれって言うしかなかったんだけどもね。お願いだからまだメール開いてないでくれよ~、って願いながらさ。
結果は……いやぁ、うん。まぁ、その、ね。何をアタシから言えば良いのかわからないけども。敢えて一言だけ言わせていただけるのなら……。
『……ミレイさんのえっち』
電話越しのステラの恥ずかしそうな声、めっっっちゃ良かったです。
「……いや、流石にキモすぎかって」
そう自嘲するも、まぁそんなのはメールを送った時点でどうに遅い。キモいヤツがクソキモい感想を一人抱えている、ってだけなんだから。
……ってか、なんなんだろう。自分で言うのもなんだけど、アタシ、ステラのこと好きになりすぎじゃないだろうか。カラオケ一緒に行って話すようになってから、まだ一週間も経ってないってのに。
この間とかも学校でステラが自分の席からアタシの方を見つめて、ちっちゃく手を振ってくれたのを見つけて限界化しちゃってさ。溢れる衝動の向ける先がなくって自分で自分の頭を机に打ち付けたし。いや、あれはステラが可愛すぎたのが悪いと今でも思ってるんだけども。
前から自分はミーハーで、そんでもって超面食いの自覚はあったけどもさ。流石にガッツリ心を持っていかれ過ぎた気もする。
(でもさぁ……)
そう心の中で一言呟いて、瞼を閉じながら頭に一人の姿を思い浮かべる。脳内に描くはあの日、触れ合うほどの至近距離で見つめた彼女の顔立ち。
(あの顔はズルじゃんさぁ……)
今でも思い出すと頬が熱くなる。鼓動が早くなり、呼吸が浅くなる。
長いまつ毛、通った鼻筋、美しい輪郭、瑞々しい唇、魅力的な瞳。常にかけている眼鏡や顔を出すことを前提にしていない髪型から、あの日まで気が付かなかったけれどもその総てが一級品。
面食いのアタシが心臓撃ち抜かれるのもそりゃあ納得、みたいな顔面だ。ビジュが強すぎるのよ、ビジュが。んでもって振る舞いは可愛いとか、いったい何なのだ彼女は。ちょっとズルすぎる気もする。同じ女の子として。
「ん~~!」
その場で声にならない声をあげながら身体を伸ばす。夏の日差しは朝から強く、日陰から出ないように気を付けながら最大限の動きで筋肉を解していく。
現在午前八時半。場所はメールでステラと決めた合流場所である最寄りのモール。集合時間、今日の午前九時半まであと一時間ほど。
(……ちょっち、早く来すぎたかなぁ)
手に握るハンディファンの風を浴びながら、そんなことを考える。首のあたりに小型の機械が生んだとは思えないような冷たい風が過ぎ去り、身体中の熱を奪い去ってくれて涼しくて気持ちがよく、目を少し細めた。
(いやぁ、我ながら浮かれすぎたね)
そう自分を心の中で諫めるも、はっきり言ってしまうとこんなものは本心でも何でもない。まったくもって反省の色なし、だ。ちょっと自分のことながらどうかと思うけども、まぁ仕方ないだろう。
だって……
(……あのビジュつよつよのお顔にこれから好きなようにメイクできるんだよ? そんなの――)
テンションが上がらない、だなんて言ったら大嘘になってしまう。アタシは自分には正直に生きていたいのだ。つまらない嘘はつきたくない。
ひょんな拍子で始まったアタシとステラとの交友関係だけれども、そもそもの発端はそれだ。ステラは自分の小説を書くためにギャルってものがどんなんかを知りたい。アタシは教えてあげたいけど、上手く教えられないから代わりにステラをギャルにしてあげる。
そんな口約束で始まったのがアタシたち二人の関係で、そしてその最初の最初、第一歩こそ、この間のカラオケで約束をしたギャル化の第一歩、メイクのレッスンだ。
(あー、マジでどんなメイクしようかなぁ。ステラなら何でも似合いそうだけど、やっぱり王道に清楚系? それとも地雷系とか? まさかの量産型もアリかな……。あー、悩む~!)
今日までずっと悩みに悩んでいたが、結局答えが未だに出ていない難問に頭を悩ませる。いったいどれだけの時間をこの問題に捧げたことか。学生らしく、勉強に捧げてたらテストの一つくらい赤点回避できるくらいには悩んでいたかもしれない。絶対やだけど。
何でも似合いそうだからこそ、決まらない。贅沢な悩み、ここに極まれりってわけだ。綺麗すぎるキャンバスより、ちょっと汚れてるキャンバスの方が書くものに制限があるから題材には困らない、みたいな?
まぁ、幸い時間はまだまだある。今日が楽しみ過ぎて家を早く出すぎちゃったから、ステラが来るであろう予定時刻までまだ一時間あるのだ。
ゆっくり……、じゃあちょっと間に合わないかもだから少し急ぎ目に彼女が到着するまで悩むことにしよう。
(う~ん、悩むなぁ……!)
アタシは自分の妄想の世界へと飛び込んだ。
「…………ん。………さん? ……っと、…レイさん?」
「う~ん、いっそのこと全部やっちゃうか? ……って、アレ?」
急に肩を揺すられて現実へと舞い戻る。先ほどまで浸かっていた妄想の海の心地よさに後ろ髪惹かれながらも、顔をゆっくり上へと向けると……
「あっ、ステラ……」
「もうっ。あっ、じゃないよ。全然反応しないから、熱中症にでもなって気を失ってるのかって心配したんだから」
そう言ってこちらを心配そうにこちらの顔を覗きこむステラの姿がそこにはあった。アタシはその言葉に気まずさを覚えながらも、「ずっと妄想していたから反応できませんでした!」だなんてとてもじゃないが言えないので
「あー、ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ……」
と、当たり障りのない言い訳を述べながら頭を掻いて誤魔化す。ステラも心配そうにしながらも、当事者であるアタシがそう言う以上は追及するつもりは無いらしく、「何かあったらすぐに言ってね?」とそう言って顔を離した。
その瞬間、視界に映っていた――目を奪われていたともいう――ステラの顔が離れていき、代わりに飛び込んできたのは彼女の全身像。アタシはせっかくの休日、初めてのステラの私服姿だ、とワクワクしながら目を見張って、そして……
「えっ、ステラってばなんで制服なの!?」
「なんでって……。学生の正装は制服でしょ?」
そして、そう答える彼女にそれはそれは、とてつもないほどに絶望した。彼女はいつものように「何か問題でも?」みたいな顔してるし。アタシからしたら問題だらけなのだけども。
あぁ、もう、クソ。初っ端からこちらの出鼻を挫いてきてさぁ。アタシはステラの私服が見たかったってのに、蓋を開けたらいつもの学校と同じ格好って、そりゃあないよ。ねぇ?
別にさ、これは約束した訳じゃないよ?
でもさぁ、こちとらステラの私服が見れると思って、こっちもそれなりに気合を入れてオシャレしてきたんですよ。メイクだって六時前には起きて力入れてやってさ、服も下ろしたてだし。普段は面倒でやんないけど、髪まで巻いてきたし。
なのに、なのに……。あっちは、いつもとおんなじ、学校の制服って。
「……」
あー、もう。こりゃもう、ね。プッツンですよ、プッツン。プリンよ、プリン。プッツンプリン。頭に来ちゃってもう大噴火。
「……行くよ!」
「えっ、行くって……、そっちは目的のお店のある方じゃ!?」
アタシはすぐさま腰を下ろしていたベンチから立ち上がり、ステラの右腕の手首を自身の左手で掴んで引っ張り、歩き始める。
目的地は一つだけ。それは決して、今日の目的の店なんかじゃない。メイク用品を買いに行く前に、まずやらないといけないことが出来たのだ。
「まずは服から買うからね!」
アタシはそう、戸惑うステラに背中越しにそう伝えながら人ごみの中を進むのであった。