人生なんて、大体クソだ。
黒崎遊馬は、そう思っている。
二十四歳。独身。彼女なし。
職業、軽貨物配送ドライバー。
朝から晩まで荷物を運び、帰ってきたら飯を食ってゲームして寝る。
……いや。
正確には。
ゲームして、気づいたら朝だ。
「――っしゃああああ!!」
午前三時十九分。
六畳ワンルームに、男の歓声が響いた。
デュアルモニターの片方には、巨大な魔竜が崩れ落ちる映像。
もう片方には、DiscordのVC。
『ナイスー!』
『黒崎さんMVP!』
『その武器やっば!』
「崇めろ」
遊馬は鼻で笑いながらキーボードを叩いた。
重度のゲーム廃人。
それが黒崎遊馬だ。
イベントボス討伐。
限定素材ゲット。
ランキング上昇。
ゲームの中でなら、遊馬は強者だった。
現実では免許くらいしか誇れるものがない。
だがゲームの中には、積み上げた時間がある。
実績がある。
名前がある。
だからこそ。
アカウントBANだけは、死んでも嫌だった。
「よし……寝るか」
そう呟いた瞬間。
腹が鳴った。
「……」
沈黙。
冷蔵庫を見る。
空。
財布を見る。
寒い。
外に出るのは面倒。
「……終わってんな」
机の上には、ぬるくなったエナジードリンク。
床には空き缶と空のペットボトル。
せめて一口飲んでから寝るか、と。
遊馬は机の端の飲みかけのペットボトルを掴んだ。
だが。
「……っ」
指先から、力が抜けた。
寝不足。
疲労。
レイド終わりの脱力。
手が滑る。
「あ」
ペットボトルが倒れた。
コトン、と軽い音。
……のはずだった。
ペットボトルは、そのままモニターにぶつかって――
沈んだ。
「……は?」
液晶に、沈んだ。
ぬるり、と。
表面が四角いノイズに分解されていく。
ざらざら、と。
モザイクみたいな粒。
デジタルノイズ。
ペットボトル全体が粒子になり――
モニターへ吸い込まれていった。
「…………」
遊馬は固まった。
「…………は?」
跡形もなく消えた。
床を見る。
ない。
机の下。
ない。
「……え?」
立ち上がる。
モニターを見る。
ゲーム画面はそのまま。
だが。
デスクトップの隅。
ゴミ箱アイコンが青く点滅していた。
「……」
クリック。
カコン。
開く。
【PET_BOTTLE_500ml】
「……は?」
完全にファイルだった。
「……は?」
意味がわからない。
試しにドラッグ。
デスクトップへ。
ぽぅ……。
モニターから淡い光の粒が溢れ出した。
蛍みたいな粒子。
集まり、形を成していく。
「うおっ!?」
数秒後。
ペットボトル。
「…………」
拾う。
本物。
へこみもそのまま。
冷たさもある。
「……マジかよ」
視線がゆっくり、ゲーム画面へ向く。
「……いや、まさかな」
試しにカーソルを動かす。
インベントリの中。
【こんがり焼けた肉】
モンハン飯。
全ゲーマーの夢。
だが――
ドラッグした瞬間。
【容量不足:質量が足りません】
「……は?」
新しいウィンドウが出た。
「容量……?」
意味がわからない。
とりあえず机の上の空き缶を掴む。
モニターへ押し付ける。
ぬるり。
吸い込まれる。
【EMPTY_CAN_350ml】
「うわっ……」
もう一個。
もう一個。
数本吸わせる。
すると。
【出力可能】
「……雑っ!?」
ガバガバ判定だった。
恐る恐るドラッグ。
ぽぅ……。
光の粒が溢れる。
集まる。
形成。
机の上に――
湯気の立つ肉。
「…………」
一口。
「うっっっっま!!?」
肉汁が弾けた。
香ばしい。
絶妙な塩気。
外カリ、中ジューシー。
コンビニ飯が死んだ。
「やっべ……!」
夢中で食った。
その時。
【エラー:参照データが見つかりません】
「……は?」
肉アイコンがバグる。
ノイズ。
点滅。
フリーズ。
【致命的なエラーが発生しました】
強制終了。
「はぁ!?」
再起動。
ログイン。
ロード。
インベントリ。
開く。
【致命的なエラー】
「……あ?」
落ちた。
もう一回。
落ちた。
三回目。
落ちた。
「……あっ」
理解した。
「データ……持ってった?」
現実化したせいで。
元データが消えた。
参照先が欠損。
エラー。
「これ、ゲームデータ直接いじってんじゃねぇか……」
血の気が引く。
オンラインゲーム。
運営。
不正検知。
BAN。
「いやいやいやいや!!」
椅子を蹴飛ばす。
「待て待て待て!!」
黒崎遊馬にとって。
アカウントBANは死だ。
数千時間。
課金額。
限定装備。
フレンド。
積み上げた名前。
「ふざけんな!!」
即アンインストール。
再インストール。
DL開始。
その間に考える。
「……使える」
この力。
圧倒的に使える。
でも。
オンラインゲームは危険。
「……オフラインか」
Steam起動。
財布を見る。
千円札二枚。
小銭。
「……クソ」
セール一覧。
1980円。
オフライン。
料理あり。
装備あり。
生活に使えそう。
「……高ぇ」
数秒悩む。
「……必要経費!」
購入。
残高終了。
「……もやし生活確定」
数十分後。
MMO再インストール完了。
ログイン。
正常。
「っしゃあああ!」
セーフ。
「二度とやらん……!」
オンラインゲームからは。
絶対に。
そして。
新しいゲーム起動。
「……検証第二ラウンドだ」
◇
そこから一時間。
食料。
出せる。
武器。
出せる。
収納。
できる。
戻せる。
「やっべぇ……」
しかも。
現実化したものは、設定通りに機能する。
料理は美味い。
バフもある。
武器は性能通り。
防具もアクセも効果がある。
「……革命だろ」
文明が変わった。
黒崎遊馬の生活が、一夜で変わった。
まず。
飯代が浮く。
最高。
次に。
バフ装備。
仕事が楽になる。
革命。
「……これ、勝ち組では?」
誰もいない部屋で呟く。
でも。
命はダメだ。
生き物は出さない。
責任が取れない。
大型の物も無理。
隠せない。
だから――
「生活改善、だな」
世界征服でも。
異世界転移でもなく。
黒崎遊馬の望みは。
今日より少し楽な明日だった。
◇
こうして。
底辺配送ドライバーの。
異常で平和な日常が始まった。